2026年7月1日水曜日

完ボケの前に

 体力は相当低下していることを普段の生活でも実感できるが、脳の認知度合い劣化の実感は難しい。最近は名刺交換も無いし、年賀状交換もしないので他人の名前すらまともに覚えられない。ものごとを記憶しない方が気が楽ではあるが、それだけ社会から遠ざかるのだから一定の覚悟は必要だろう。恥ずかしいことではあるが、我が家と同じ2階に9軒並ぶマンション世帯両隣さんの苗字すら未だに覚えられないし、隣人の顔も記憶できていない。マンション1階には出入口が2か所あって、その中で顔を合わす人には誰にでも朝夕の挨拶だけはしても、その人物が何号室の人かは全然分かっていないのだ。

知の働きを若々しく保つためには、毎日の生活に多少なりとも変化を持たせることが有効らしいことは何となく理解している。しかし実生活は出来るだけ規則正しさを追求しているので、脳の動きは正反対になるしかない。即ち劣化の一途を辿っている筈だ。毎日一応テレビニュースや数通のメルマガにはざっと目を通して、何となく世の中の動きを確認はするが、世田谷区長の名前すら未だに覚えられない。政治問題なんかもたまにブログで書く必要があるので、何となく知っておきたい気もあるが政党名やその勢力の記憶は極めて曖昧。

ワールドニュースも毎朝テレビで1時間くらいは観るようにしているが、実世界情勢はどこの誰を信じて良いのか分からない。しかし昨日の昼間NHKの2チャンネルを観て妙に感心したことがある。江戸末期の薩摩の殿様<島津重豪公>のこと。幕末に先進性で有名な島津斉彬公の曽祖父に当たる人。詳しく書く余裕が無いが、貴重な書物を膨大な量書いて残している。因みに名前は(しまづ しげひで)と読む。