少年時代を過ごしたのは、全国的にも有名な信州信濃の善光寺の門前町長野市。このお寺は特定の宗派に属さない珍しいお寺さんだ。家に仏壇は無かったが、お釈迦さんの訓えは大事にされていた。序に言えば神棚も無かったので、当時の日本家屋としては珍しかっただろう。話を戻して、今でも記憶している訓えのナンバーワンは芥川龍之介が小説に迄した「蜘蛛の糸」。現代の幼児向け絵本などにどれほど受け継がれているか分からないが、兎に角子供心に強く響いた。
内容は、悪行三昧だったカンダタが蜘蛛に対してとった行動(目の前を横切ったクモを踏みつけなかった)が、 お釈迦様の目には菩提心の片鱗であるように見えたのか、地獄に落ちて苦しんでいるカンダタの前にクモの糸を垂らして救いの手を伸べる。喜んでそれにすがって登り始めた彼がふと下を見ると大勢の人が後からついてきている。怒った彼が「着いて来るな!」と喚いた瞬間に糸がぷつんと切れた。と極めて単純なお話。これを小学校1年生か2年生頃に聞かされたのだ。
その他には前にも書いたような気もするが、近くの里山<旭山>の観音様。祖母が言うには「生涯に3回だけ願いを聞き届けて下さる。」早速高校受験の前日願をかけた。有り難いことに願いが叶った。そんな時には<大願成就>の印旗(割り箸に小さな短冊で書く)を千本用意して道筋に挿すことが求められていた。従って当時道筋には無数の印旗が植わっていたものだ。しかし罰当たりな小生はそれをパス。
更に大学受験前とか苦しい時にだけ願掛け参りを続け、お情けだけを被って今まで生き延びている。ここまで来ると仏様以外頼る者が居なくなるのは当たり前だ。
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