明治4年岩倉使節団の一員として渡米した木戸孝允が、不平等条約改定を悉く蹴られてタイトルのように嘆いたとされている。
前回総選挙自公圧勝で政権交代が実現し、今度の参議院選挙でも自公圧勝と見込まれている。参院選が終われば新政権はやりたい放題だろうが、今のところは安全運転をしているそうだ。16日には目出度くか、25年度予算が衆議院で成立した。何でこんなに時間をかけているかも不思議だが、誰もそんな事は言わない。そこで誰が何を考えたか分からぬが昨日国会で党首討論が行われた。以前からこの党首討論なる代物「国家基本政策委員会合同審査会」と大仰な名前の割に、時間が極めて短く内容も薄っぺらに過ぎると思っていた。
多分これをまともに見る暇な日本人は少ないと思うが、昨日午後3時から約50分この党首討論を見た。それは薄っぺらさが更に顕著で、それぞれの野党党首に割り当てられた時間は民主党海江田氏25分、日本維新の会石原氏15分、みんなの党渡辺氏5分。時間の中には総理の発言時間も入ってくるので、とても討論なんて呼べたものではない。3人の野党党首は安倍総理の引き立て役として連れてこられたようなもので、正に総理の独擅場。一番長い時間を持っている民主党海江田代表なんか政権に異議を唱える気力も失せ、泣き言を言っているようにしか見えない。
維新の会石原氏やみんなの党渡辺氏に至っては、まるで与党議員がお追従言っているのと変わらない。4人とも健全な国民が民主的な選挙で選んだ政治家の代表だから今更何をか況やではある。この体制が5年も10年も続くことはないと思うが、年寄りの目から見て、野党の影がこんなに薄い状態が長く続くことは決して国民の幸福につながらないように思う。何故か、宗主国気取りのアメリカが益々我が国を好いようにハンドリングし、悪く言えば食い物にする危険を感じるからである。
マスメディアに登場しない識者の中には次のような事をはっきり指摘する人もいる。「アメリカは如何に属国視していると雖も、日本をハンドリングする時に無理押しはしない。外交戦略に関しては目標を設定したら非常に長いスパンであろうと着実にそれを達成する。特に外交と言う国家戦略に関しては民主、共和に政党間に基本的相違が無いと知るべきである。」言われてみればその通りだろう。外交戦略と国内政治は別物であるのは日本も同じ筈だ。
沖縄普天間の問題であれ尖閣問題でも、国家的国民的見地を何故共有できないのか?いずれにせよアメリカは日本の政治状況を間違いなく喜んでいる。これから当分の間、何をしようとアメリカの思いのままなる筈。小泉政権の時代の「構造改革」で国の形が随分変わった。その後野党が台頭したのでアメリカ的には少し手が出しにくかったようだ。ハンドリングしにくい政権が出来たのでは元も子もない。でも彼らは辛抱強い、待った甲斐があって今日が巡ってきている。それこそこのまま行けばアメリカのやりたい放題である。
2013年4月18日木曜日
2013年4月17日水曜日
祖母と父、どちらが正論?
東京は桜もすっかり散って若葉が青々している。代わってハナミズキやつつじが咲き初めたが、朝から風が強く雨が降るようにはないが何かどんよりとしたパッとしない天気だ。多分黄砂とかPM何とかが大量に舞っているのだろう。土曜日の山歩きで生じた足の筋肉痛は治ったが、腰の痛みが未だ抜けない。暫くじっとしていて立ち上がると腰がしゃんと伸びない。みっともないので何とかしたいと、月火水と3日間1万歩以上歩いてみた。歩いている時は殆ど気にならないのだが、靴を履いて歩き出しの数歩が問題である。
少しずつは元に戻りつつあるのだろうが、完全に復旧することはないだろう。
残念ではあるが身体の劣化は着実に前進していく。しかし自然の摂理でもあろうし、足腰にもっと深刻な悩みを抱えている多くの友人のことを思えばそこそこ歩き回れるだけでも善しとしよう。先の見えた自分のことを思っても仕方がないが、折につけて聞く孫のことが楽しいし面白くもある。今朝聞いたのは長女の一人息子カズ君、今年目出度く幼稚園の年中組に進級できたので嬉しく思っていた。
大分人間らしくなってきていると思っていたが、母親との知恵比べについて今朝婆さんから報告があった。何でも彼の朝めし時にお気に入りのテレビ番組があるらしい。それに見入って飯がおろそかになるので、一昨日母親が怒ってテレビの無い部屋で食事を強制したらしい。「さて、カズ君の反応はどうだったでしょう?」聞かれても答えは想像すらできない。答「なん翌朝彼は30分早く起きてテレビの無い部屋で朝食を食べ終わり、好きなテレビが始まる時間にはテレビのある部屋に来たのです。」
何も問題ないように思うのだが、娘からすると、旦那の朝食と息子の朝食の準備が重なると何かと大変らしい。従来はカズ君がお母さんに気を使って、お父さんの食事が終わるまで寝床で待機をしていたらしい。テレビを見せてくれないなら早起きするよとの意思表示には参ったそうだ。昨日午前中に娘が我が家に来て、知恵比べでやっつけられたことをこぼしていたとのこと。
下の娘の高校1年生も学校のオリエンテーションが終わると、ますます勉強したくなってきたとのこと。
何処か塾にでも行く気になったのか聞くと、そうではなくて学校での勉強をしっかりするのだそうだ。何れも従来我が家には存在していなかった人種が突然変異で出現したみたいである。鳶が鷹を生むわけはないが、先日の兄妹会で面白い話題が出た。昔あるとき祖母が言った「人間頭が良い悪いは大体生まれつきのもので、素材が悪い子はいくら努力しても東大へなんか行けないから余り無理をしない方がいい。」すると聞いた父が珍しく怒って祖母に反論したそうだ。「人間は努力するか否かで出来不出来が決まるのです。」
どちらかと言えば圧倒的に祖母の論理が支配的な我が家ではある。
少しずつは元に戻りつつあるのだろうが、完全に復旧することはないだろう。
残念ではあるが身体の劣化は着実に前進していく。しかし自然の摂理でもあろうし、足腰にもっと深刻な悩みを抱えている多くの友人のことを思えばそこそこ歩き回れるだけでも善しとしよう。先の見えた自分のことを思っても仕方がないが、折につけて聞く孫のことが楽しいし面白くもある。今朝聞いたのは長女の一人息子カズ君、今年目出度く幼稚園の年中組に進級できたので嬉しく思っていた。
大分人間らしくなってきていると思っていたが、母親との知恵比べについて今朝婆さんから報告があった。何でも彼の朝めし時にお気に入りのテレビ番組があるらしい。それに見入って飯がおろそかになるので、一昨日母親が怒ってテレビの無い部屋で食事を強制したらしい。「さて、カズ君の反応はどうだったでしょう?」聞かれても答えは想像すらできない。答「なん翌朝彼は30分早く起きてテレビの無い部屋で朝食を食べ終わり、好きなテレビが始まる時間にはテレビのある部屋に来たのです。」
何も問題ないように思うのだが、娘からすると、旦那の朝食と息子の朝食の準備が重なると何かと大変らしい。従来はカズ君がお母さんに気を使って、お父さんの食事が終わるまで寝床で待機をしていたらしい。テレビを見せてくれないなら早起きするよとの意思表示には参ったそうだ。昨日午前中に娘が我が家に来て、知恵比べでやっつけられたことをこぼしていたとのこと。
下の娘の高校1年生も学校のオリエンテーションが終わると、ますます勉強したくなってきたとのこと。
何処か塾にでも行く気になったのか聞くと、そうではなくて学校での勉強をしっかりするのだそうだ。何れも従来我が家には存在していなかった人種が突然変異で出現したみたいである。鳶が鷹を生むわけはないが、先日の兄妹会で面白い話題が出た。昔あるとき祖母が言った「人間頭が良い悪いは大体生まれつきのもので、素材が悪い子はいくら努力しても東大へなんか行けないから余り無理をしない方がいい。」すると聞いた父が珍しく怒って祖母に反論したそうだ。「人間は努力するか否かで出来不出来が決まるのです。」
どちらかと言えば圧倒的に祖母の論理が支配的な我が家ではある。
2013年4月16日火曜日
陵介と浩介
先日新潟県長岡市で行われた競泳日本選手権大会の最終日の14日、普段あまり注目しない水泳大会であるが東洋大学1年生(18歳)の萩野公介選手が前日までに5冠を達成していたので、この日の200m背泳には流石に強い関心を持って見守ってしまった。レースの結果は先輩の入江陵介が先輩の意地を見せて競り勝ったが、150mの最後のターンで頭2個分萩野が前に出た時は彼が勝つかと思った。
しかしスポーツは実力、且つ厳しい世界であることを痛感した。試合後の萩野選手は「最後の25メートルガクッときた。12レース目、最後の最後で来ました。本当の怪物は最後まで活躍を続けられる。」とフェルプスやロクテを挙げて成長途上を認めたと報じられている。レース後に入江から「萩野はAKB48好きで、これからはセンターに立ってくれる」とエールを送られると、「憧れのセンター(入江)を倒せる存在になりたい」と返したやり取りも爽やかだった。
その辺の中学生でも水泳部ともなれば1日に何千メートルと泳ぐのが当たり前だから、このクラスの選手の練習量はきっと想像を絶するものがあるのだろう。その中で、萩野選手については平井ヘッドコーチが「身体が壊れるのでは」と心配するくらい練習するらしい。水泳連盟では「萩野は期待値が一番高い。リレーを含めて8種目に出る可能性もある。世界選手権では準決勝もあるが、挑戦してもらいたい」と日本人としては例のない8種目出場の可能性を示唆したそうだ。
平井ヘッドコーチも「チャレンジさせたい。最後へばるかもしれないが、チャレンジすることが大切。フェルプスやロクテを本気で目指してますから」とのこと。今回の日本選手権200m平泳ぎで優勝した山口観弘選手も未だ18歳、この夏バルセロナで開催される世界選手権が楽しみになってきた。
政治経済のインチキ臭い話を追っていても全くつまらないが、スポーツの世界は嘘が無いので実に爽やかだ。様々なジャンルで若い選手が活躍しているのが嬉しい限り。特に水泳は、日本が敗戦に打ちひしがれていた時、富士山のトビウオが私を含め日本人を再び奮い立たせてくれた。日本のお家芸でもある。二人の介さん頑張ってください。
しかしスポーツは実力、且つ厳しい世界であることを痛感した。試合後の萩野選手は「最後の25メートルガクッときた。12レース目、最後の最後で来ました。本当の怪物は最後まで活躍を続けられる。」とフェルプスやロクテを挙げて成長途上を認めたと報じられている。レース後に入江から「萩野はAKB48好きで、これからはセンターに立ってくれる」とエールを送られると、「憧れのセンター(入江)を倒せる存在になりたい」と返したやり取りも爽やかだった。
その辺の中学生でも水泳部ともなれば1日に何千メートルと泳ぐのが当たり前だから、このクラスの選手の練習量はきっと想像を絶するものがあるのだろう。その中で、萩野選手については平井ヘッドコーチが「身体が壊れるのでは」と心配するくらい練習するらしい。水泳連盟では「萩野は期待値が一番高い。リレーを含めて8種目に出る可能性もある。世界選手権では準決勝もあるが、挑戦してもらいたい」と日本人としては例のない8種目出場の可能性を示唆したそうだ。
平井ヘッドコーチも「チャレンジさせたい。最後へばるかもしれないが、チャレンジすることが大切。フェルプスやロクテを本気で目指してますから」とのこと。今回の日本選手権200m平泳ぎで優勝した山口観弘選手も未だ18歳、この夏バルセロナで開催される世界選手権が楽しみになってきた。
政治経済のインチキ臭い話を追っていても全くつまらないが、スポーツの世界は嘘が無いので実に爽やかだ。様々なジャンルで若い選手が活躍しているのが嬉しい限り。特に水泳は、日本が敗戦に打ちひしがれていた時、富士山のトビウオが私を含め日本人を再び奮い立たせてくれた。日本のお家芸でもある。二人の介さん頑張ってください。
2013年4月15日月曜日
故郷の春
故郷長野の春は実に爽やかである。朝晩の冷え込みはきついが昼ともなると東京より気温が高くなりさえする。庭の草花が咲き、里の桜も満開となり、この週末は素晴らしいお天気で市内の公園は花見客でごった返した事だろう。
金曜日に兄の法事を兼ねた昼食会が市の外れの高台にある料理屋であった。南に長野市と取り囲む山並みを一望できる座敷に兄妹が集り、肉料理を肴に楽しい歓談のひと時であった。
この後、弟の家で一晩厄介になり、翌朝飯縄山能登山口まで送ってもらった。先述したように朝の冷え込みはきつかったが、その快晴で長野市を取り囲む山並みが綺麗に浮かび上がる素晴らしい天気になった。特にドライブの途中、弟が昔子度の頃よくスキーをしに来た門沢付近に車を止めた。現在は皆車を飛ばして通り過ぎるので知らぬ人が多いだろうが、ここはこのルート一番のビューポイントとのこと。
成程、車外に出て眺めると足下に広がる芋井の畑と部落の遥か向こうに北アルプスの五龍・鹿島槍・爺が連なりがえも言われぬ美しさだ。特に五龍と鹿島槍は形がいいし、この2山を繋ぐ稜線は有名なキレット(切れ込んだ岩稜帯)で、歩いたことはないが見ているだけで胸が熱くなる思いだった。飯縄山は今年は3月の気温が高かったようで、昨年弟と一緒に登った時(やはり4月の第2土曜か日曜)と比較すると遥かに残雪が少なかった。
しかし前夜の寒さで新雪が降ったようで、1900mの山頂付近になると10㎝を超えそうな積雪になっていた。昨年と異なり山頂まで夏道が殆ど開通しているので、8合目付近から直登とはいかなかったせいでもあるまいが、疲労が激しい。前夜から弟宅で話題にもなり当日の信毎朝刊に記事が出ていたが、飯縄山は市内の小学校5年生の学習登山の山だそうだ。我々の時代もそうだったかどうか記憶が無いが、市内で20校近くの小学5年生が来月あたりから順次遠足に繰り出すらしい。
そんなことも意識し、何度も登っている山でもあるので、軽い気持ちで登るつもりが、取り掛かると意外にきつい。こんなところ本当に5年生が登れるの?と不思議な思いだし、引率の先生方の苦労が思いやられる。帰宅して「年のせいかバテバテだよ。」と言ったら婆さん曰く「今頃気が付いたの?あったり前でしょ。」とのこと。月曜の今日でも筋肉痛が尾を引いている。
飯縄山
山歩きの詳しくはこちらをどうぞ。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-285451.html
山歩きの詳しくはこちらをどうぞ。
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2013年4月11日木曜日
慌てる乞食は・・・
明日から長野に行かなくてはと言うのに、季節が1か月以上逆戻りしたみたいな寒さだ。ここ東京もかなり寒いが長野では雪が降っているらしい。ま、明日になればまた春の陽気になるだろうと考えておこう。昨日のブログでスマホに関連して、新しいものに手を出さないことにすると書いたばかりなのに、後輩がiPadminiが非常に便利と言っていたのが頭から離れず、遂に今日買ってしまった。
事務所の他に自宅にもパソコンを持っていて碌に使いもしないのに、携帯のパソコンを買って何をしようと言うのか。事務所に帰って反省しても後の祭り、後悔先に立たずの典型である。昼飯の序でに昨日の後輩の話を確認するつもりで家電量販店に寄ったのが間違いの始まりだった。見事販売員の口車に乗せられ買わされてしまった次第。もう少し年がいったら振り込め詐欺なんかに簡単に引っ掛かるかもしれない。
この代物一種のパソコンだからインターネットに接続しなければ意味が無い。結局接続が簡単な通信回線を抱き合わせで購入することになり、本体価格8800円と一見あまり高くは無さそうだが、これで通信費が年間6万円ほど余計に掛かることになる。しかも2年間解約できない、年金生活者には分に過ぎる贅沢品だ。高い玩具になったかもしれない。
しかも事務所に帰ってきたのが3時一寸前だったが、梱包を開いて玩具を取り出したはいいけれど、この設定がまた一苦労。4時間近くかけてやっとインターネットにつながったが、とてもこの日記を書くような訳にいかない。結局いつもようにデスクトップのパソコンでこれを書いている。どういった理由か分からないが、投稿の設定画面が異なっているのだ。デスクトップはウィンドウズ、iPadminiはアップルだから基本ソフトが違うことは分かるが、同じ機能の表示がこうまで違うとは少しびっくりだ。
ブログの次にパソコンの利用頻度が高いネット囲碁、これをトライしようと思ったら、パンダネットのアプリケーションはウィンドウズにしか対応していないらしい。何処に居ても囲碁が出来ると少しは価値あるかと期待していたが、全く役に立たないではないか。そう言えば大昔アップル社のiMacが発売になった頃、ゴルフの商品で貰った事があった。結局全く使いこなせず誰かに持って行ってもらったことを思い出す。慌てる乞食は貰いが少ないどころの話ではなさそうだ。不吉な予感が募ってきた。
事務所の他に自宅にもパソコンを持っていて碌に使いもしないのに、携帯のパソコンを買って何をしようと言うのか。事務所に帰って反省しても後の祭り、後悔先に立たずの典型である。昼飯の序でに昨日の後輩の話を確認するつもりで家電量販店に寄ったのが間違いの始まりだった。見事販売員の口車に乗せられ買わされてしまった次第。もう少し年がいったら振り込め詐欺なんかに簡単に引っ掛かるかもしれない。
この代物一種のパソコンだからインターネットに接続しなければ意味が無い。結局接続が簡単な通信回線を抱き合わせで購入することになり、本体価格8800円と一見あまり高くは無さそうだが、これで通信費が年間6万円ほど余計に掛かることになる。しかも2年間解約できない、年金生活者には分に過ぎる贅沢品だ。高い玩具になったかもしれない。
しかも事務所に帰ってきたのが3時一寸前だったが、梱包を開いて玩具を取り出したはいいけれど、この設定がまた一苦労。4時間近くかけてやっとインターネットにつながったが、とてもこの日記を書くような訳にいかない。結局いつもようにデスクトップのパソコンでこれを書いている。どういった理由か分からないが、投稿の設定画面が異なっているのだ。デスクトップはウィンドウズ、iPadminiはアップルだから基本ソフトが違うことは分かるが、同じ機能の表示がこうまで違うとは少しびっくりだ。
ブログの次にパソコンの利用頻度が高いネット囲碁、これをトライしようと思ったら、パンダネットのアプリケーションはウィンドウズにしか対応していないらしい。何処に居ても囲碁が出来ると少しは価値あるかと期待していたが、全く役に立たないではないか。そう言えば大昔アップル社のiMacが発売になった頃、ゴルフの商品で貰った事があった。結局全く使いこなせず誰かに持って行ってもらったことを思い出す。慌てる乞食は貰いが少ないどころの話ではなさそうだ。不吉な予感が募ってきた。
2013年4月10日水曜日
情報機器の進歩、使って見なきゃ分からない
昨日は孫が進学した都立三田高校の入学式。娘から電話があったそうで、なんでも今朝の日本テレビの朝番組「ZIP」のカメラが入っていたから見てね、とのこと。普段見慣れない4チャンネルだが早朝から見ていると7時過ぎになって出てきた。現代高校生気質の一端を紹介する意図だったらしいが、婆さんに言われて関心を持って見たのが先ず制服。我が家では娘が二人とも制服の無い高校だったので興味があったようだ。三田高は男女ともに濃紺のブレザー。やはり学生には制服が良く似合う。
婆さんは下の娘の時にPTAの役員を務め、校長に制服を定めるように何度も進言したらしい。当時は実現しなかったが現在は制服になっているので、思いが適って嬉しく思うとのこと。脇にそれたがテレビが報じたのは、ここの高校生90%以上が持っているスマホのこと。孫も今まで携帯を持っていなかったが、高校入学が決まると同時にスマホを買ったことは聞いていた。このテレビを見て、これまでスマホ機能と特性について少し勘違いしていたような気がしてきた。
スマホの機能は現在使っている10年前の携帯と大差なく、画面が少し大きいこととフィンガータッチで画面を変化させることが出来るのが主な違いで、使い勝手がパソコンに近づいている程度のことは想像していた。「アプリ」もよく聞く単語だが、パソコンに入れているそれと大差あるまいとも思っていた。ただ電車の中の風景で、非常に多くの人がスマホを見つめているのは行儀の悪さだけ少し気にはなっていたが、どうも善悪だけで判断していいものなのか、もっと知る必要があるのかもしれない。
今朝のテレビは若者が利用する使い勝手の一例を取り上げたもの。都内の異なる中学から集まってきている筈の女子生徒たちが、入学式当日既に多くの友達を作っている現実があり、それがスマホに搭載されているアプリの一つ「ライン」の機能によるものであることを紹介していた。確かに「ライン」については先日孫と一緒にやって来た娘から少し話を聞いた。その時の理解は孫の中学生時代の友達のグループメールと勝手に理解したが、どうもこれも大分イメージが違っていたようだ。
たまたま昼に、放送局勤務50歳台の後輩と飯を一緒した時に聞くと、「ライン」は今世界的に流行している日本発のSNS(mixiやfacebookもその一種)であること。通信費が掛からないことから加速度的にユーザーを伸ばし、そのスピードはfacebookを遥かに凌駕している。facebookユーザーが1億人を突破するのに要した時間が5年程であるのに対して「ライン」は2年足らずで達してしまったそうだ。mixiでこの日記を書き始めたのが2005年10月だから7年半前になる。
当時は未だmixiでさえ流行り初めで、若者に負けずそのユーザーになったことを内心誇らしく思いさえした。以来こちらの脳みそはフリーズ状態にある訳で、その間世の中が進歩するのは当たり前だ。後輩の言によれば、時代の先端を行っていると思っていた通信会社でさえ、そろそろ時代遅れになりかねないとのこと。思えばiPhoneもiPadも手にしたことが無い。何でもそうだが、限られた情報だけでは実態が理解できないことを忘れていた。
しかし、もう若者について行くのはギブアップするしかなさそうだ。なんたって中学生時代でも、自宅に電話のある家なんかクラスに数人しかいなかったのだから。
婆さんは下の娘の時にPTAの役員を務め、校長に制服を定めるように何度も進言したらしい。当時は実現しなかったが現在は制服になっているので、思いが適って嬉しく思うとのこと。脇にそれたがテレビが報じたのは、ここの高校生90%以上が持っているスマホのこと。孫も今まで携帯を持っていなかったが、高校入学が決まると同時にスマホを買ったことは聞いていた。このテレビを見て、これまでスマホ機能と特性について少し勘違いしていたような気がしてきた。
スマホの機能は現在使っている10年前の携帯と大差なく、画面が少し大きいこととフィンガータッチで画面を変化させることが出来るのが主な違いで、使い勝手がパソコンに近づいている程度のことは想像していた。「アプリ」もよく聞く単語だが、パソコンに入れているそれと大差あるまいとも思っていた。ただ電車の中の風景で、非常に多くの人がスマホを見つめているのは行儀の悪さだけ少し気にはなっていたが、どうも善悪だけで判断していいものなのか、もっと知る必要があるのかもしれない。
今朝のテレビは若者が利用する使い勝手の一例を取り上げたもの。都内の異なる中学から集まってきている筈の女子生徒たちが、入学式当日既に多くの友達を作っている現実があり、それがスマホに搭載されているアプリの一つ「ライン」の機能によるものであることを紹介していた。確かに「ライン」については先日孫と一緒にやって来た娘から少し話を聞いた。その時の理解は孫の中学生時代の友達のグループメールと勝手に理解したが、どうもこれも大分イメージが違っていたようだ。
たまたま昼に、放送局勤務50歳台の後輩と飯を一緒した時に聞くと、「ライン」は今世界的に流行している日本発のSNS(mixiやfacebookもその一種)であること。通信費が掛からないことから加速度的にユーザーを伸ばし、そのスピードはfacebookを遥かに凌駕している。facebookユーザーが1億人を突破するのに要した時間が5年程であるのに対して「ライン」は2年足らずで達してしまったそうだ。mixiでこの日記を書き始めたのが2005年10月だから7年半前になる。
当時は未だmixiでさえ流行り初めで、若者に負けずそのユーザーになったことを内心誇らしく思いさえした。以来こちらの脳みそはフリーズ状態にある訳で、その間世の中が進歩するのは当たり前だ。後輩の言によれば、時代の先端を行っていると思っていた通信会社でさえ、そろそろ時代遅れになりかねないとのこと。思えばiPhoneもiPadも手にしたことが無い。何でもそうだが、限られた情報だけでは実態が理解できないことを忘れていた。
しかし、もう若者について行くのはギブアップするしかなさそうだ。なんたって中学生時代でも、自宅に電話のある家なんかクラスに数人しかいなかったのだから。
2013年4月9日火曜日
理解不能
今世の中で起きていることがこの先、と言っても近い将来どうなるのか、1940年生まれの小生には殆ど理解不能である。止むを得ない、或いは当たり前だのクラッカーかもしれない。先ず隣国とも言える北朝鮮で起きていること。隣国と言っても昔からベールに包まれていたにしても、つい先日まるっきり子供のような金正恩が3代目に担ぎ上げられたのか、自らの器量で成り上がったか分からない。彼の下における最近の動きに至っては、全く何を考えているのか、想像を遥かに超えた次元である。
何となくアメリカを意識していそうだが、アメリカは太平洋にミサイルをぶっ放すだけなら「好きにやっていいよ。」と言っているらしい。そこまで言われたら、北朝鮮としてはどうするのか。代わりに手先の韓国や日本にちょっかいを出せば、親分アメリカの態度が変わるとでも思っているのだろうか?そこから先に思いを巡らそうとしても、脳みそが空回りしてしまう。まさか例え限定的にせよ、戦になった場合のストーリーが予想が出来ない筈はないように思うのだが。
幾ら鎖国状態とは言え、昔の日本ではあるまいに、政権内部には相当な情報が集積され共有できているだろう。日本政府の情報については質量ともにアメリカからのお下げ渡し以外考えられないので、対応も全てご指示のままなんだろう。ご指示に従って高価な玩具みたい兵器を大量に動員すれば、供給しているアメリカにとってはハッピーだろう。ひょっとすれば「ミサイルを打て」とけしかけているのかと邪推したくなる。
十年一日、身体は衰えても頭の動きは十年前とは変わらないつもりでいても、おつむの劣化も相当進んでいるようだ。株に縁が無いので余計理解不能なのが株価の動き。株式投資が古い脳みそにこびりついている言葉であり、お金のある人が将来性のある企業に投資してリターンを稼ぐのが基本原理と理解してきた。しかしいつの頃からもどこがどう変わったかも定かでないが、株式売買のルールが変わったのだろう。
株式市場そのものが博奕場に変身、企業の優良性も将来性も関係無く、誰がどこに張っているかを見分けるのが売買の原則になっているらしい。新政権発足を寿ぎ世界中から博徒が集まり、丁よ半よと賑々しい博奕が始まっているらしい。この華々しさに当然のことながら、若い打ち手に交じってこれまでに株で苦い経験をした老人でも、つい我を忘れて手が出るのだろう。政府が自国通貨の価値が2割下がったことを歓迎するような煽り方をするから余計燃えてきても仕方ない。
株を買おうかなんて人に貧乏人はいないだろうし、頭の体操になるからボケないで善いという人もいる。だがどうしても小生には理解不能だ。
何となくアメリカを意識していそうだが、アメリカは太平洋にミサイルをぶっ放すだけなら「好きにやっていいよ。」と言っているらしい。そこまで言われたら、北朝鮮としてはどうするのか。代わりに手先の韓国や日本にちょっかいを出せば、親分アメリカの態度が変わるとでも思っているのだろうか?そこから先に思いを巡らそうとしても、脳みそが空回りしてしまう。まさか例え限定的にせよ、戦になった場合のストーリーが予想が出来ない筈はないように思うのだが。
幾ら鎖国状態とは言え、昔の日本ではあるまいに、政権内部には相当な情報が集積され共有できているだろう。日本政府の情報については質量ともにアメリカからのお下げ渡し以外考えられないので、対応も全てご指示のままなんだろう。ご指示に従って高価な玩具みたい兵器を大量に動員すれば、供給しているアメリカにとってはハッピーだろう。ひょっとすれば「ミサイルを打て」とけしかけているのかと邪推したくなる。
十年一日、身体は衰えても頭の動きは十年前とは変わらないつもりでいても、おつむの劣化も相当進んでいるようだ。株に縁が無いので余計理解不能なのが株価の動き。株式投資が古い脳みそにこびりついている言葉であり、お金のある人が将来性のある企業に投資してリターンを稼ぐのが基本原理と理解してきた。しかしいつの頃からもどこがどう変わったかも定かでないが、株式売買のルールが変わったのだろう。
株式市場そのものが博奕場に変身、企業の優良性も将来性も関係無く、誰がどこに張っているかを見分けるのが売買の原則になっているらしい。新政権発足を寿ぎ世界中から博徒が集まり、丁よ半よと賑々しい博奕が始まっているらしい。この華々しさに当然のことながら、若い打ち手に交じってこれまでに株で苦い経験をした老人でも、つい我を忘れて手が出るのだろう。政府が自国通貨の価値が2割下がったことを歓迎するような煽り方をするから余計燃えてきても仕方ない。
株を買おうかなんて人に貧乏人はいないだろうし、頭の体操になるからボケないで善いという人もいる。だがどうしても小生には理解不能だ。
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