先ずは読者の皆様にお礼を申し上げなければなりません。先日お願いした、右側にある「にほんブログ村」アイコンクリックの効果で本日<男性シニア>ジャンルで一躍1位に躍り出ました。尤もこのジャンルに現在登録されているブログ数は52サイトだそうです。登録件数705サイトの<シニア日記>では38位になっていました。
とは言え、小学校以来何をやっても学年はおろかクラスでも1番になった事が無いものですから、私は一人で喜んでいます。。(笑)
毎日書き続けるのが一つのコツのようですが、そんなに変化ある生活ではありません。小学生時代の夏休みの宿題の日記はほぼ1か月分を1日か2日で書いたものです。その時のように毎日同じことを書いていたら、「いい加減にしろ」とお叱りを蒙ってしまいます。思いつくまま気の向くままに続けたいと思いますので今後もよろしくお願いします。
最近家族ネタが無かったので今日はそれにします。昨日家内の実家の母の誕生会と言う事で(天皇陛下とは数日のずれがあるようです)家の婆さんと二人の娘の家族が横浜の実家に集まりました。私だけは何故か参加していません。いつもの休日通り午前中はプール、午後は碁会所で遊び夕食は外食でした。付き合ってくれる彼女はいませんので勿論一人です。
昔からこの手の集まりに私が参加するのはお正月だけと決まっています。同窓会などでは私が中心に居ると納まりが良いようなんですが、家族の場合はどうも私が居ない方が和気藹藹で、私が居ると異物感が漂うようです。私の方もここ数年は酒を控えていますので、酒飲み一家の宴会は長丁場すぎて若干居心地が悪くもあります。双方に丁度いい塩梅と言う訳です。
今朝の食事は、これもいつもの事ですが、婆さんから孫の報告で終始しました。昨年の文化の日に生まれた3人目の孫が居るのですが、これがかなり活発に歩いたり、何やら声を出したりして大分意思表示があるようです。大きい孫は既に6年生と5年生で、彼らも一回り大きくなっているようです。6年生の方は「そしがやレッヅ」と言うミニバスケのチーム(つい最近まで小学校のクラブ活動かと思っていましたら地域のクラブで、他校の生徒も一緒なんだそうです)に入っていて、今年からレギュラーになり、先週は世田谷区の大会で優勝したようです。
私は遊ぶことは好きですが、運動とか駆けっこには自信がありません。婆さんは小学生の頃から体育の時間が一番嫌いだったと公言するほど運動はしません。娘は少しお転婆だったかもしれませんが、チビでしたし駆けっこが早かったと言う事は無い筈です。お婿さんもおとなしい人であまり運動が得意そうには見えません。誰の遺伝子を受け継いだのかと二人で毎回不思議がっています。それにしても孫たちが元気と言うのはなによりで、老夫婦には一番明るい話題です。
「お爺さんもお正月が楽しみですよ。」と言われましたが本当に早く会いたいものです。
これとは関係ないのですが朝の会話からもう一つ。
「誕生会」で思い出したがのですが、私はほぼ毎日自宅から池袋駅まで約2.5km程を歩きます。
半分は民家で半分はビル等の商業施設でしょうか。家内の実家は正月に行くと必ず国旗が出ています。昨日の事は聞きませんでしたが、昨日私の歩いた豊島区では国旗を1本も見かけませんでした。婆さんに話したのですが「あら、そう」で終わってしまいました。自分の家で掲揚もしないでここに書くのも変な話ですが、自民党の区会議員でも良いから、音頭を取ったらどうかと思った次第です。ご近所の旦那衆との付き合いも全て婆任せなので、私に発言権が無いのが残念です。
2009年12月24日木曜日
2009年12月22日火曜日
年初の予想
当て事と褌は先から外れるので先の事を考えるのは得意でない。しかし毎年暮れには婆さんが神宮館製の暦を買ってくるので、先日もパラパラと見た。小生六白金星の年回りだが珍しく〇印になっている。当然何年かに一度は回ってくるのだから、そういう年があっても不思議はないが久しぶりにお目に掛る心境だ。例年は気をつけなければならない事を読んだりするのだが、調子づくのが嫌になって今年は深く読まない事にした。
今日は今年の初めに考えていた事を振り返るためにmixiサイトに書いていた正月の日記を読み返して見た。
最初は正月の5日に初めて書いているが、「仕事始め・・・ケ セラ セラ」とタイトルを振っているだけあって何の見通しも無かった事が分かる、いつもの事だ。続いて6日こっちには少し先の予想めいた事を書いている。タイトルは「国会、いずれ選挙、そしてその後に何が」
以下少し引用する。
>「・・・もう誰も自民党に期待はしていないので民主党中心の政権が誕生するのだろう。むしろそこから先の事が気になる。 日本は議院内閣制で三権分立というが、この制度のせいか運用の間違いか知らぬが、我が国では内閣が行政をコントロールできずに行政が内閣を動かしているのは誰の目にも明らかだ。その内閣が立法府で法案の大部分を作っているのだからとても三権分立なんて言えた話ではない。日本は正に官僚社会主義国家だ。誰かが言っていたが地球に残された三大社会主義国家(北朝鮮とキューバ)の一画だそうだ。
民主党中心の内閣が本気で行政をコントロールするためにはまず何が必要なのだろうか?当然手順をいろいろ模索はしているだろう。でもネクストキャビネット程度の生易しい事ではないはずだ。・・・」<
振り返ると、年初には民主党政権が誕生する事が常識だったのだろう。そう考えると自公政権もよく頑張って8月まで持ちこたえたものだ。おそらく先の大戦でも昭和20年の正月頃は、国民の大多数が常識的には日本が負けると思っていたのでは。両者とも頑張った結果、国民に何をもたらしたかを考えてみる必要がある。自公が頑張ったのは政権交代をより実現しやすくしたと言う意味では良かったのかも知れない。しかし昭和20年の鈴木、小磯内閣は後ろの軍閥に脅かされていた意味はあろうが、死ななくてもいい人を大勢殺してしまった結果になっている。
後知恵で偉そうなことを言ってはいけないが。民意が実際の政治に反映されるまでは最低でもこの程度(8~12ヶ月くらいか)の時間は必要なんだろうな。そう考えると最近の民主党政治は優柔不断の総理と 傲慢で剛腕の幹事長のコンビで、比較的手際よく民意を汲んでいる気がしなくもない。
問題は自民党だ。先日の総裁とのミニ集会で茨城県のお百姓さんたちでさえ「与党のあら探しばかりでなくビジョンを示せ」と言っている。総裁が答えて「先ずは、総理と幹事長の政治資金問題を徹底追及します。これが私たちの使命だと思います。」
小泉進次郎が先導する中学生の社会科見学会をマスコミに取り上げさせたり、病的な上目使いの石波政調会長がねちっこい言い回しでテレビで喋るのを見ていると情けなくなる。河野太郎の言っていたことが正しかった事には党内で大方の議員も気づいているのだろうが、柵から抜け出せない保守の悲しさだ。小生も父譲りのウルトラコンサバティヴだと思っているが、年寄りが多いと言う事は国民の大半は保守の筈だ。自民党さんよ、保守とは少数の意見にしがみ付く事であっては困ります。
今日は今年の初めに考えていた事を振り返るためにmixiサイトに書いていた正月の日記を読み返して見た。
最初は正月の5日に初めて書いているが、「仕事始め・・・ケ セラ セラ」とタイトルを振っているだけあって何の見通しも無かった事が分かる、いつもの事だ。続いて6日こっちには少し先の予想めいた事を書いている。タイトルは「国会、いずれ選挙、そしてその後に何が」
以下少し引用する。
>「・・・もう誰も自民党に期待はしていないので民主党中心の政権が誕生するのだろう。むしろそこから先の事が気になる。 日本は議院内閣制で三権分立というが、この制度のせいか運用の間違いか知らぬが、我が国では内閣が行政をコントロールできずに行政が内閣を動かしているのは誰の目にも明らかだ。その内閣が立法府で法案の大部分を作っているのだからとても三権分立なんて言えた話ではない。日本は正に官僚社会主義国家だ。誰かが言っていたが地球に残された三大社会主義国家(北朝鮮とキューバ)の一画だそうだ。
民主党中心の内閣が本気で行政をコントロールするためにはまず何が必要なのだろうか?当然手順をいろいろ模索はしているだろう。でもネクストキャビネット程度の生易しい事ではないはずだ。・・・」<
振り返ると、年初には民主党政権が誕生する事が常識だったのだろう。そう考えると自公政権もよく頑張って8月まで持ちこたえたものだ。おそらく先の大戦でも昭和20年の正月頃は、国民の大多数が常識的には日本が負けると思っていたのでは。両者とも頑張った結果、国民に何をもたらしたかを考えてみる必要がある。自公が頑張ったのは政権交代をより実現しやすくしたと言う意味では良かったのかも知れない。しかし昭和20年の鈴木、小磯内閣は後ろの軍閥に脅かされていた意味はあろうが、死ななくてもいい人を大勢殺してしまった結果になっている。
後知恵で偉そうなことを言ってはいけないが。民意が実際の政治に反映されるまでは最低でもこの程度(8~12ヶ月くらいか)の時間は必要なんだろうな。そう考えると最近の民主党政治は優柔不断の総理と 傲慢で剛腕の幹事長のコンビで、比較的手際よく民意を汲んでいる気がしなくもない。
問題は自民党だ。先日の総裁とのミニ集会で茨城県のお百姓さんたちでさえ「与党のあら探しばかりでなくビジョンを示せ」と言っている。総裁が答えて「先ずは、総理と幹事長の政治資金問題を徹底追及します。これが私たちの使命だと思います。」
小泉進次郎が先導する中学生の社会科見学会をマスコミに取り上げさせたり、病的な上目使いの石波政調会長がねちっこい言い回しでテレビで喋るのを見ていると情けなくなる。河野太郎の言っていたことが正しかった事には党内で大方の議員も気づいているのだろうが、柵から抜け出せない保守の悲しさだ。小生も父譲りのウルトラコンサバティヴだと思っているが、年寄りが多いと言う事は国民の大半は保守の筈だ。自民党さんよ、保守とは少数の意見にしがみ付く事であっては困ります。
2009年12月21日月曜日
雪山賛歌と登山届
暖冬と言われていた日本に寒波が来た。年寄りに寒さはいけないと決まったものだが、喜んでいる人も大勢いるに違いない。私もそうだがスキーをする人たちはホッとしている事だろう。明日は冬至、毎朝通い慣れている道で、毎日少しずつ北側によって陽ざしを求めて歩くようにしていたが、今朝は遂に道全体が日陰になってしまっていた。太陽が南の方に一番低く沈んでしまったのがよく分かる。明日はゆず湯に身を沈めゆっくり暖まる事になるだろう。毎度のことながら欧米の寒波は日本の比ではない様子だ。
冬将軍のもたらす悲劇に山での遭難がある。先週も富士山で2名が亡くなる事故が発生している。何でも8合目付近でテントを張って寝ている時にテントごと吹き飛ばされたらしい。事故にあった人たちは勿論大変なベテラン登山家であったに違いない。テレビでは素人のコメンテーターが後付けでいろいろな批判めいた事を言っていたが、高齢ハイカーとしては心からお悔やみを申し上げたい。
昔から死亡事故を起こすような人は大抵大ベテランでエキスパートと決まっている。今回はリーダーがたまたま助かってているのが、死亡された人も一人は報道でも大ベテラン、もう一人の若い人も経験5年と報じられているが実際は相当のエキスパートだろう。並の人間が真冬に富士山で天泊する筈がない。マスコミは「原因を究明して2度とこんな事故が起きないように」と決まり文句を流しているが、冬の山では事故は必ず起きるし起きない事が不思議だと知るべきで、もう少しましなコメントはできないものか。
今回の事故の批判に無届登山がある。しかし冬の富士登山届けはどこに出せばいいのだろう?届を出してそれを真剣に受け止めてくれる組織がどこかにあるのだろうか。下手に出せば「冬期登山は禁止されています」で、今度は違法登山の烙印を押されかねないのでは?登山者の身になってアドバイスする役所は日本にはない。私もアルプスに登るときは登山口に置いてあるポストに登山計画書を入れている。しかしこれとても実際に遭難した時、救助後に自宅に連絡するのに活用する程度が精一杯だろう。
友人知人に聞いたりした話だが、ニュージーランドの国立公園内のハイキングや登山は公園の管理者が事前の希望を確認して、毎日の入山者を完全に制限しているのだそうだ。装備品のチェックまであると言う話も聞いた。従って行って来た人は口を揃えて素晴らしかったと言っている。確かに日本の国立公園に限らず里山でも異常なほどの混雑(殆ど私みたいな爺と婆)を思うと『さもありなん』だ。しかしこんな事に税金を投入したらたちまち事業仕分けだろうな。
昔は雪山賛歌を歌い、山に憧れたものだ。”荒れて狂うは 吹雪か雪崩れ 俺たちゃ そんなもの 恐れはせぬぞ”確かにこんな気分の時もあったろう。しかしいつの間にかすっかり山とは無縁になっていた。それが半世紀の間を置いて又ぼつぼつと山に行きはじめている今日この頃、7月の北海道大雪山系トムラウシでの事故と言い、今回の事故と言い他人事ではない。若い日にはこんな歌もよく歌ったものだ。”娘さん よく聴けよ 山男にゃ惚れるなよ 山で吹かれりゃよ~ 若後家さんだよ”
爺になったら家族への迷惑度と救助費用を考えなくてはいけないな。
冬将軍のもたらす悲劇に山での遭難がある。先週も富士山で2名が亡くなる事故が発生している。何でも8合目付近でテントを張って寝ている時にテントごと吹き飛ばされたらしい。事故にあった人たちは勿論大変なベテラン登山家であったに違いない。テレビでは素人のコメンテーターが後付けでいろいろな批判めいた事を言っていたが、高齢ハイカーとしては心からお悔やみを申し上げたい。
昔から死亡事故を起こすような人は大抵大ベテランでエキスパートと決まっている。今回はリーダーがたまたま助かってているのが、死亡された人も一人は報道でも大ベテラン、もう一人の若い人も経験5年と報じられているが実際は相当のエキスパートだろう。並の人間が真冬に富士山で天泊する筈がない。マスコミは「原因を究明して2度とこんな事故が起きないように」と決まり文句を流しているが、冬の山では事故は必ず起きるし起きない事が不思議だと知るべきで、もう少しましなコメントはできないものか。
今回の事故の批判に無届登山がある。しかし冬の富士登山届けはどこに出せばいいのだろう?届を出してそれを真剣に受け止めてくれる組織がどこかにあるのだろうか。下手に出せば「冬期登山は禁止されています」で、今度は違法登山の烙印を押されかねないのでは?登山者の身になってアドバイスする役所は日本にはない。私もアルプスに登るときは登山口に置いてあるポストに登山計画書を入れている。しかしこれとても実際に遭難した時、救助後に自宅に連絡するのに活用する程度が精一杯だろう。
友人知人に聞いたりした話だが、ニュージーランドの国立公園内のハイキングや登山は公園の管理者が事前の希望を確認して、毎日の入山者を完全に制限しているのだそうだ。装備品のチェックまであると言う話も聞いた。従って行って来た人は口を揃えて素晴らしかったと言っている。確かに日本の国立公園に限らず里山でも異常なほどの混雑(殆ど私みたいな爺と婆)を思うと『さもありなん』だ。しかしこんな事に税金を投入したらたちまち事業仕分けだろうな。
昔は雪山賛歌を歌い、山に憧れたものだ。”荒れて狂うは 吹雪か雪崩れ 俺たちゃ そんなもの 恐れはせぬぞ”確かにこんな気分の時もあったろう。しかしいつの間にかすっかり山とは無縁になっていた。それが半世紀の間を置いて又ぼつぼつと山に行きはじめている今日この頃、7月の北海道大雪山系トムラウシでの事故と言い、今回の事故と言い他人事ではない。若い日にはこんな歌もよく歌ったものだ。”娘さん よく聴けよ 山男にゃ惚れるなよ 山で吹かれりゃよ~ 若後家さんだよ”
爺になったら家族への迷惑度と救助費用を考えなくてはいけないな。
2009年12月18日金曜日
青い鳥
小学校に通い始めたころの事を時々思い出す。まだ終戦間も無い1947年4月の入学だから60年以上昔の事になってしまう。入学して最初の記憶は、担任の先生がひらがなの読み方を生徒一人一人とさしでテストをした事である。確かいろはのカードをランダムに取り出されたような記憶がある。私は半分くらいは読めたような気がするが、全部読めた子も勿論いた。考えてみると私は確か2年か1年幼稚園に通っていたのだが、いろはを半分くらいしか読めなくて普通だったのだろう。
その代りと言うのもおかしいがアルファベットについては、小学校3年生の冬にはエービーシーと全部言えたし、大文字だけであればABCを読む事も出来た。しかし今の子供に比べれば、当時の私の識字力は相当低く幼稚なものだと思う。現代では幼児の識字力はかなり高いのではないだろうか。にも拘らず本が売れなくて出版界は大分苦しいらしい。不思議で仕方無い。毎日利用する地下鉄の中で見ていると、随分小さな子が分厚い本を開いて読んでいる光景によく出くわすが、これは沿線の有名私立の生徒で例外なんだろうか?
文字を覚え始めると、当然活字を読みたくなるが我が家に絵本は殆ど無かった。しかし母や叔父叔母たちが読んだ戦前の少年少女向けの本がかなりあったように思う。すぐ近くの友人の家には講談社の絵本が沢山あった。彼の所も大きなお兄さんやお姉さんが沢山いたからだろう。彼の家に毎日ように遊びに行って一緒に絵本を読むのは楽しかった。そのうちに字を覚えると、家にある本を片端から読んだものだ。テレビが無かったことも幸いしているのだろう。ラジオは有ったが父がニュースを聞く以外、子供が触るものではないと思っていた。
兎に角日本の昔話や英雄偉人伝、アンデルセン、グリム、イソップ等の欧米の童話集、「小公子」「家なき子」「母を訪ねて3000里」「青い鳥」「フランダースの犬」「ピノキオ」等のお話とか数え上げるときりがない。絵本は別としてにして、本の挿絵は単色が多かったが情緒があったように記憶している。この時代に読んだストーリーは半世紀以上を過ぎて未だ頭の中で生きている事が多い。
しかし中には話の内容がどうしても思い出せず、もどかしく思うものがあるのも事実。私の場合は「心に太陽を、唇に歌を持て」だ。多分これが本のタイトルだったのだろうが、どうしても作者もストーリーも思い出せない。確か表紙の挿絵は帆船が難破して人が漂流している絵だったような気がする。この言葉はとても好きなのだが何方かストーリーをご存じだろうか。序にもう一つ、活字とは異なるが子供のころ母が教えてくれて以来何故か忘れられない詩がある。いつ思い出してもホッとする。
「山のあなたの空遠く 幸い住むと人のいう ああ、われひとと尋めゆきて 涙さしぐみかえりきぬ 山のあなたになお遠く、幸い住むと人のいう 」
挿絵とキャプションだけ
その代りと言うのもおかしいがアルファベットについては、小学校3年生の冬にはエービーシーと全部言えたし、大文字だけであればABCを読む事も出来た。しかし今の子供に比べれば、当時の私の識字力は相当低く幼稚なものだと思う。現代では幼児の識字力はかなり高いのではないだろうか。にも拘らず本が売れなくて出版界は大分苦しいらしい。不思議で仕方無い。毎日利用する地下鉄の中で見ていると、随分小さな子が分厚い本を開いて読んでいる光景によく出くわすが、これは沿線の有名私立の生徒で例外なんだろうか?
文字を覚え始めると、当然活字を読みたくなるが我が家に絵本は殆ど無かった。しかし母や叔父叔母たちが読んだ戦前の少年少女向けの本がかなりあったように思う。すぐ近くの友人の家には講談社の絵本が沢山あった。彼の所も大きなお兄さんやお姉さんが沢山いたからだろう。彼の家に毎日ように遊びに行って一緒に絵本を読むのは楽しかった。そのうちに字を覚えると、家にある本を片端から読んだものだ。テレビが無かったことも幸いしているのだろう。ラジオは有ったが父がニュースを聞く以外、子供が触るものではないと思っていた。
兎に角日本の昔話や英雄偉人伝、アンデルセン、グリム、イソップ等の欧米の童話集、「小公子」「家なき子」「母を訪ねて3000里」「青い鳥」「フランダースの犬」「ピノキオ」等のお話とか数え上げるときりがない。絵本は別としてにして、本の挿絵は単色が多かったが情緒があったように記憶している。この時代に読んだストーリーは半世紀以上を過ぎて未だ頭の中で生きている事が多い。
しかし中には話の内容がどうしても思い出せず、もどかしく思うものがあるのも事実。私の場合は「心に太陽を、唇に歌を持て」だ。多分これが本のタイトルだったのだろうが、どうしても作者もストーリーも思い出せない。確か表紙の挿絵は帆船が難破して人が漂流している絵だったような気がする。この言葉はとても好きなのだが何方かストーリーをご存じだろうか。序にもう一つ、活字とは異なるが子供のころ母が教えてくれて以来何故か忘れられない詩がある。いつ思い出してもホッとする。
「山のあなたの空遠く 幸い住むと人のいう ああ、われひとと尋めゆきて 涙さしぐみかえりきぬ 山のあなたになお遠く、幸い住むと人のいう 」
挿絵とキャプションだけ
2009年12月16日水曜日
年賀状の準備
昨日<にほんブログ村>のアイコンに関してお願いを書きましたところ、お陰さまで早速効果が現れました。先ほど確認をしましたらシニアのランクが75位、男子シニアでは3位にランクアップしていました。誠にありがとうございます。今後ともアイコンのクリックをよろしくお願いします。
さて、やはり昨日私信を投函しようとポストに近寄ると、ポストの脇にいた郵便局員から注意されました「そちらではなくてこちらに入れてください。」こちらが不思議そうな顔をしたのだろう、「今日から年賀状の受付が始まっていますので、普通郵便の受付が変わりました。」もうそんな季節なのだ。しかし未だ喪中案内が来る可能性が多分にあるので、年賀はがきのあて名書き(と言ってもPC任せになるのだが)をする気にはならない。でも今日久しぶりに万年筆を出して試し書きをしてみた。案の定インクが入っていても出てこない。
これも恒例行事見たいもので、インクに含まれている膠成分か何かが固まってしまうのだ。確か万年筆を一晩水に漬けてペン先等で固まったものを除去して綺麗にしてからインク交換をすれば復元するようだ。しかしこれも面倒で、ここ数年ボールペンで用事は済ませてしまう。歳と共に横着は増すばかりである。しかし横着は小生だけの問題ではなくて社会全体の現象であろう。きっと日本全体が幾ら不況だと騒いでも豊かで便利にになりすぎているのだ。何度も日記には書いたが、1960年代半ば迄の暮らしを記憶している人から見れば、現代人の生活ぶりは百万長者(これも古い言い回しだ)のそれに等しいだろう。
自分に対しても勿論、他人様に高潔ぶって貧乏暮らしが良いと言ってみたり、清貧に甘んじろなんて言う気は無い。今日のテーマが何か分からなくなるが考えた。
「デフレ克服とか景気回復と言う議論が喧しい。対処方法は大別すると2通りで一つは通貨の供給量を増やすこと、もう一つは需給ギャップとやらを解消するために消費者に金を使わせる事だそうだ。前者は紙幣を増刷しろなんて訳の分からんこと言う奴もいる。後者については仕事を増やせだの新しい産業を育成しろと言っている。」
「難しい事は分からないが、どっちの意見を聞いてもピンとこない。札びらを空から撒いて景気が回復する筈もないが、景気回復のために何で無駄な工事を考えなきゃならないんだ。さもなければもっと新しいニーズとやらにマッチする商品を開発しろだと!?」
「結局のところは税金をたんまり使え、みたいな話だ。国に金がないなら政治家も役人も数を減らして何もしなければいいではないか。」
失業が増えて大変な経済危機が日本を襲う事になりそうだ。小生はどうなるか見てみたい。餓死者が続出するのか、犯罪が激増するのか、金持ちの国に買われていく女性が増えるのか。金があっても自分の体を売る商売が横行している日本の事だ、子供の頃から外国語教育なんかしなくてもどんどん国外に出て行くだろう。一方で結構優秀で勤勉な子供も沢山出てくるような気がしてならない。
子供手当があっても無くても、普通の神経を持つ人なら結婚して子供を作ろうとするだろう。何をしようが人口が急速に減るのは避けようがないだろう。年金制度も孫の次代では破たんするのではないだろうか。あと10年で農業をする人が居なくなると言っている人もいる。今年の春先に田舎で見た光景を思い起こすと本当かとも思う。
考え出すと頭が混乱してくる。政治家やそれを操っている官僚の言葉も新聞もテレビも何一つ信じる事が出来ない。 やけになると「40年も50年も先の事は考えずに今のままにしておけよ。」言いたくなる。
余り頼りにならない報道でも、政権交代で生じている混乱は今まで見えなったものをいろいろ見せてくれている。日本のみならず世界中で、極めて不安定な社会を形作っていると言う事を改めて思い知らされた。
繰り返しになるが、日本人は先祖のお陰で幸い豊かになった、ある意味では豊かになりすぎて少し呆けはじめているかもしれない。際限のない欲は身を滅ぼすだけだ。宗教家ではなく政治やメディアの世界で責任ある人たちが経済理論ではなく、いかなる哲学を持つかが問題になってきているのではなかろうか。
もう欲ボケをした私の世代や兄弟世代に言っても始まらない。願わくば子供よ、せめて孫からは、あまり全てを欲しがらず、与えられた才能と環境の範囲で人さまを頼らずご迷惑掛ける事無く生きる術を身につけて欲しいものだ。諸君の時代は我々の無責任さゆえに多分環境も相当劣化し混乱した世界になっているかもしれない。 忸怩たるものはあるが、諸君の叡智が優れたリーダーを選び、日本が世界に冠たる必要はないからそこそこに幸せな人生を送ってほしい。
思いつくまま取りとめのない事を書いてしまった。何を言いたいのか自分でもよく分からないが、書きながら孫の事を考えてしまった。
さて、やはり昨日私信を投函しようとポストに近寄ると、ポストの脇にいた郵便局員から注意されました「そちらではなくてこちらに入れてください。」こちらが不思議そうな顔をしたのだろう、「今日から年賀状の受付が始まっていますので、普通郵便の受付が変わりました。」もうそんな季節なのだ。しかし未だ喪中案内が来る可能性が多分にあるので、年賀はがきのあて名書き(と言ってもPC任せになるのだが)をする気にはならない。でも今日久しぶりに万年筆を出して試し書きをしてみた。案の定インクが入っていても出てこない。
これも恒例行事見たいもので、インクに含まれている膠成分か何かが固まってしまうのだ。確か万年筆を一晩水に漬けてペン先等で固まったものを除去して綺麗にしてからインク交換をすれば復元するようだ。しかしこれも面倒で、ここ数年ボールペンで用事は済ませてしまう。歳と共に横着は増すばかりである。しかし横着は小生だけの問題ではなくて社会全体の現象であろう。きっと日本全体が幾ら不況だと騒いでも豊かで便利にになりすぎているのだ。何度も日記には書いたが、1960年代半ば迄の暮らしを記憶している人から見れば、現代人の生活ぶりは百万長者(これも古い言い回しだ)のそれに等しいだろう。
自分に対しても勿論、他人様に高潔ぶって貧乏暮らしが良いと言ってみたり、清貧に甘んじろなんて言う気は無い。今日のテーマが何か分からなくなるが考えた。
「デフレ克服とか景気回復と言う議論が喧しい。対処方法は大別すると2通りで一つは通貨の供給量を増やすこと、もう一つは需給ギャップとやらを解消するために消費者に金を使わせる事だそうだ。前者は紙幣を増刷しろなんて訳の分からんこと言う奴もいる。後者については仕事を増やせだの新しい産業を育成しろと言っている。」
「難しい事は分からないが、どっちの意見を聞いてもピンとこない。札びらを空から撒いて景気が回復する筈もないが、景気回復のために何で無駄な工事を考えなきゃならないんだ。さもなければもっと新しいニーズとやらにマッチする商品を開発しろだと!?」
「結局のところは税金をたんまり使え、みたいな話だ。国に金がないなら政治家も役人も数を減らして何もしなければいいではないか。」
失業が増えて大変な経済危機が日本を襲う事になりそうだ。小生はどうなるか見てみたい。餓死者が続出するのか、犯罪が激増するのか、金持ちの国に買われていく女性が増えるのか。金があっても自分の体を売る商売が横行している日本の事だ、子供の頃から外国語教育なんかしなくてもどんどん国外に出て行くだろう。一方で結構優秀で勤勉な子供も沢山出てくるような気がしてならない。
子供手当があっても無くても、普通の神経を持つ人なら結婚して子供を作ろうとするだろう。何をしようが人口が急速に減るのは避けようがないだろう。年金制度も孫の次代では破たんするのではないだろうか。あと10年で農業をする人が居なくなると言っている人もいる。今年の春先に田舎で見た光景を思い起こすと本当かとも思う。
考え出すと頭が混乱してくる。政治家やそれを操っている官僚の言葉も新聞もテレビも何一つ信じる事が出来ない。 やけになると「40年も50年も先の事は考えずに今のままにしておけよ。」言いたくなる。
余り頼りにならない報道でも、政権交代で生じている混乱は今まで見えなったものをいろいろ見せてくれている。日本のみならず世界中で、極めて不安定な社会を形作っていると言う事を改めて思い知らされた。
繰り返しになるが、日本人は先祖のお陰で幸い豊かになった、ある意味では豊かになりすぎて少し呆けはじめているかもしれない。際限のない欲は身を滅ぼすだけだ。宗教家ではなく政治やメディアの世界で責任ある人たちが経済理論ではなく、いかなる哲学を持つかが問題になってきているのではなかろうか。
もう欲ボケをした私の世代や兄弟世代に言っても始まらない。願わくば子供よ、せめて孫からは、あまり全てを欲しがらず、与えられた才能と環境の範囲で人さまを頼らずご迷惑掛ける事無く生きる術を身につけて欲しいものだ。諸君の時代は我々の無責任さゆえに多分環境も相当劣化し混乱した世界になっているかもしれない。 忸怩たるものはあるが、諸君の叡智が優れたリーダーを選び、日本が世界に冠たる必要はないからそこそこに幸せな人生を送ってほしい。
思いつくまま取りとめのない事を書いてしまった。何を言いたいのか自分でもよく分からないが、書きながら孫の事を考えてしまった。
2009年12月15日火曜日
考えれば当り前か?
民主党政権になってもう3か月、大政奉還や江戸城明け渡しが済んでから戊辰戦争が始まったように旧勢力、特に官僚の抵抗は凄いものがあるようだ。世の中を変えると言うのは生易しいものではなさそうだ。しかし江戸の一町民からすると勝負がついているのははっきりしている。旧幕府軍を応援しているのはやはり少数派と言う事だろう。一町民の立場からすれば幕府が徳川であれ、薩長であれ己の生活に大きな支障が無ければどうでもいいのだろう。
とは言え明治維新の実際はどうだったのだろう?江戸城の開城と共に幕府の奉行所なんかもすぐに薩長の田舎侍が引き継いだのかなあ。現在に比べれば役人の数が如何に少ないと言っても、百万人の人口を抱える江戸を治める役人は下っ端まで数えればかなりの数居たのではなかろうか?ましてや幕臣の抵抗は眼前で繰り広げられているのだから。町民共はどのように暮らしていたのだろう?薩長としても下級の武士も引き取らなかったとすれば、よくぞ国の形を壊さずに大きな変革を成し遂げたものだ。
昨近巷の混乱を見ていると150年に足りない昔の事が不思議に思えてくる。勝手に解釈すれば、新政権が選挙で勝ったのは江戸城を明け渡されたようなものだろう。しかし中に居る武士を居抜きで引き取らざるを得なかったと言う事なんだろうか。見ていてそんな気がしてならない。維新を行うにも旧幕臣を抱え込まざるを得ない新政権の悩みは大きいだろう。官僚が「新政権に従います。」と言ったところで面従腹背は決りきった事だ。
武士とても町民と同じで、腹の中では上役の上級武士なんか徳川でも薩長でも関係ないのでは。幕藩体制の頃は違っても、現代は間違いなく自分に都合だけ考えている筈だ。都合はその場の事だから常に二股膏薬、やり易さはこちらの裁量に任せてくる奴の方が良いに決まっている。そうなれば自公政権の方が圧倒的に有利だろう。今回の政変は歴史に学んでいない事が1点ある事が露呈した。古来日本の政変は錦旗を揚げた方が勝つ事になっている。
民主党はそこを甘く考えていた訳でもあるまいが、錦旗の守りを旧幕臣のままにしておいたのは悔まれるだろう。又皇室はいつの時代も宿命として、武士たちに利用翻弄され、お可哀相ではあるがこれも世の習いか。
とは言え明治維新の実際はどうだったのだろう?江戸城の開城と共に幕府の奉行所なんかもすぐに薩長の田舎侍が引き継いだのかなあ。現在に比べれば役人の数が如何に少ないと言っても、百万人の人口を抱える江戸を治める役人は下っ端まで数えればかなりの数居たのではなかろうか?ましてや幕臣の抵抗は眼前で繰り広げられているのだから。町民共はどのように暮らしていたのだろう?薩長としても下級の武士も引き取らなかったとすれば、よくぞ国の形を壊さずに大きな変革を成し遂げたものだ。
昨近巷の混乱を見ていると150年に足りない昔の事が不思議に思えてくる。勝手に解釈すれば、新政権が選挙で勝ったのは江戸城を明け渡されたようなものだろう。しかし中に居る武士を居抜きで引き取らざるを得なかったと言う事なんだろうか。見ていてそんな気がしてならない。維新を行うにも旧幕臣を抱え込まざるを得ない新政権の悩みは大きいだろう。官僚が「新政権に従います。」と言ったところで面従腹背は決りきった事だ。
武士とても町民と同じで、腹の中では上役の上級武士なんか徳川でも薩長でも関係ないのでは。幕藩体制の頃は違っても、現代は間違いなく自分に都合だけ考えている筈だ。都合はその場の事だから常に二股膏薬、やり易さはこちらの裁量に任せてくる奴の方が良いに決まっている。そうなれば自公政権の方が圧倒的に有利だろう。今回の政変は歴史に学んでいない事が1点ある事が露呈した。古来日本の政変は錦旗を揚げた方が勝つ事になっている。
民主党はそこを甘く考えていた訳でもあるまいが、錦旗の守りを旧幕臣のままにしておいたのは悔まれるだろう。又皇室はいつの時代も宿命として、武士たちに利用翻弄され、お可哀相ではあるがこれも世の習いか。
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