2009年12月14日月曜日

平和な国ニッポン

遂に今年も余すところ半月になってしまった。こちらの人生もますます残り少なくなってくる。めでたさも中位なりなんてとても言っていられない。かと言って何かやり残したとか、これだけは是非しなければならない事がある訳でもない。毎日をただ同じような生活リズムに乗って淡々と過ごしているだけだ。テレビのニュースも朝夕の新聞も毎日ざっとは見る事にしている。今日は新聞休刊日だが、無ければ無いで食後ゆっくり茶を喫する事が出来るので、この方が良いなとも思ってしまう。

毎日報道される経済や社会関係のニュースはざっとは見ても殆ど瞬時に忘れてしまうようだ。一昔前まではスポーツ関係のニュースなんか殆ど見る事はなかったのに、逆に最近はこっちを良く見ている。特にゴルフなんかもう2年近く前に止めてしまったのに、遼君やさくらちゃんやタイガーなんぞゴルフをした事が無い婆さんと掛け合いをしながら見てはしゃいでいる。可笑しなものだ。序に家庭内の下品な話題からで恐縮。年寄り二人が行く末を案じて暗い会話をしても仕方ないので、如何に低俗な話題をしているかをご披露することをご容赦。

たまたま今朝一番寝床に居ながらでテレビをひねったら、たまたまスポーツニュース。野村沙知代さんがタイガーの浮気について話していた「男の浮気なんて犬が電信柱に〇〇〇〇〇〇するようなものよ。」朝っぱらから不謹慎だが布団を着たまま大笑いをしてしまった。1週間の初めにこんな愉快な話を聞いたので今週は何かいい事があるかもしれない。起きて婆さんと早速この話題、タイガーウッズが可哀想だとか、早く離婚すればいいとか、浮気をしないプロゴルファーなんて遼くんぐらいしかいないのではとか、他にはやはり大金を稼ぐのも大変だろうが使う事になるともっと大変だと大盛り上がりだった。

もう一つ最近他人事でよく話題にする事、電車の中の人物百景、我が家は自家用車を持たないので夫婦とも公共輸送機関利用が多い。男子は疲れている所為か居眠りしている人が多いし、最近は漫画本を読んでいる人が少なくなっている。出版不況はこんな場面からも伺えるのかもしれない。代わりに携帯電話とゲーム機が多いなあ、ヘッドホンを聞きながら一心不乱に小さな画面に見入っているのは世界共通なんだろうか?

女子となると、すげえ婆さんでも熱心に携帯を見たりメールを打っている。どんな用事があるのかぜひ聞いてみたいものだ。老いも若きも車中での飲み食いは完全解禁だし、車中でのお化粧、これが最高に面白い。欧米では売春婦のサインだそうだが、外人さんが見たら日本では真昼間から売春婦が良く働くと見えるのだろうか?俺は、四角い鏡を取り出して真剣に付けまつげをいじっている女性の顔を見るとこっちが恥ずかしくなる。と言ったらそれを見ているオジサンの顔を見るのが又楽しいのだそうだ。

他にも万引きで生計をたてている一家が、子供に万引きをさせている時に親は自家用車の中で待っていると言うニュース。どこか不思議と言うより小泉純ちゃんではないが笑ってしまうしか無い。他人事になると沢山あって話題は尽きない、他人様から見ればこちらも相当おかしな事をしているのだろう。不況だ不況だと騒ぎながら、低い次元で生きている小生には日本と言う国は結構な国だとしか思えない。

2009年12月11日金曜日

腎機能検査

加齢による機能不全はこちらがどんなに気を付けていても次から次へと現れる。夏の終わり頃であったか区の無料老人健診があった。無料だから当然受けておいた。暫くして結果が来たので渋谷の掛り付け医に持参した。特に問題無いと言われたので、検査してもらった近くの医者には行かなかった。ところが10月になってインフルエンザの予防接種この医者に行ったところ、聞くつもりもなかったのに健康診断の結果を解説し始めた。雰囲気的には、「聞きに来ないとは如何なる了見ぞ!」とやや怒っていらっしゃる。

そして<クレアチニン:1.54>と言う項目に大きなバッテンを付けて、「このまま放置するとあと10年位で確実に人工透析と言う事になります。町の診療所なんかではなく大病院の腎臓専門医の診察を受けてください。きっと塩分制限、蛋白制限等の食事制限が必要な筈です。私でしたらすぐに日大病院を紹介します。」余りの権柄ずくにムッとしながら聞いた「塩分制限食は聞いた事がありますが、蛋白制限をするにはどんな事に気をつければいいのですか?」先生曰く「そんな事素人のあなたに説明する訳にはいきません。管理栄養士と言う職業の人に献立を作ってもらうのです。」

お医者さん相手に喧嘩する訳にもいかないので「分かりました、考えます。」と応え紹介して頂くとしても後ほどと言う事にした。次に渋谷の掛り付け医に行った時に話をすると、お医者さんも脇から何か言われ、自分の見立てとは異なっていても、もし何かあると怖いのかなあ、「じゃ、専門医に一度見てもらう事にしましょうよ。」と早速豊島区の医者の意見に同意してしまった。10年以上も掛っている医者で、私のクレアチニンがずっと前から高いのを知っているくせに。これも無視しようかとも思ったが、なにせ命より健康を大事にしている昨近なので決心した。

その結果別のルートで先週日大板橋の腎臓内科に行き、採血と採尿をして今日は腹部の超音波撮影をして診断してもらった。先週の初診でも「先生、私は10年以上前から似たような数値です。」と言ったので、今日は15年前の健康診断結果を引っ張り出して持って行った。これを見て今度の病院の検査結果(ここは患者にデータを渡さない)と見比べていたが、不思議そうな顔をして「なるほど、変わりませんね。今回も1.5なんですよ。当面はこの値を注意ぶかく見ていて2.0を越したらすぐ来て下さい。」との事で無事無罪放免になった。

検査のため朝飯抜きの半日仕事で草臥れたが、安心には代え難い。因みに私は管理しているウェブサイトに沢山のレシピを上げている関係で、知り合いに管理栄養士さんは沢山居る。たまたま今週も管理栄養士の大学の先生とご一緒する機会があったので訊ねてみた。この先生はある病院で栄養指導をしていて、人工透析の患者さんも3人預かっている正に専門家。私の蛋白価が正常と聞いて、調味料の事を聞いてきた。意外と醤油とかポンズとかの高級品に含まれるアミノ酸が影響する事、もう一つは生姜とニンニクがいけないらしい。婆さんに聞くと家庭の栄養管理士としてやや名誉を傷つけられたかのようで、「我が家の食生活は完璧なバランスを取っているので、塩分や蛋白の摂りすぎなんかあり得ない。」

私も「ご尤も。」となだめに回った。何れにせよメタボ健診なんかが典型だろうが正常値に拘りすぎるのも良くないかもしれない。

2009年12月10日木曜日

「栄花物語」 山本周五郎 著

先日読んだ高坂正堯氏の著書の中にこの本の事が出ていたので興味を持った。元来山本周五郎の小説は好きな方である。司馬遼太郎のように如何にも歴史に拘ったような書き方をせず、どこまでも小説、あるいは物語として、その時代にはこういう事があって当然と思わせる。しかも登場する人物の織りなす綾はいつも人間の情に深く訴えるものがある。高坂正堯氏に言わせると「山本周五郎程人間の醜い面を上手くえぐりだした作家はいない」となるが、確かにそうかもしれない。それだけに余計切なくなるのだ。

舞台は江戸中期、最近功績も大分見直されてきているようだが、当時は悪徳政治家の権化とされた田沼意次が小説の中心に居る。彼は老中でありながら実際は清貧に甘んじ、台頭しつつある商業資本に打ち負かされないよう武士階級を守り、徳川幕府の財政を立て直すために努力をする。しかし反対勢力、即ち権威にしがみつき言う事は格好良いが先見性に欠け台所がますます苦しい武士たち。でも数的には圧倒的に多いのだろう、その為に資本家どもにうまく乗せられてしまった保守勢力(松平定信に代表される)と戦って遂に敗れた人間として描かれている。

「白河の清きに流れに住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」と言う狂歌は出てこないが、この狂歌が象徴しているような経済的に逼迫している(一人は逼迫はしていないが、侍のイメージとは程遠い)幕臣2名の友情と女性問題、家族問題が物語を織りなしていく。18世紀半ばには江戸の武士階級がどのように商業資本主義に負け始めていたかを想像するには実に参考になる。

古い権威を守りながら高楊枝をして威張ってみても、所詮人間は自分の本能や欲に沿って生きてしまうもので、一人高い志を果たそうとすることが如何に困難であり、人生は空しい事を言おうとしているのだろう。江戸の華やかな街を舞台にしているストーリーは飽く迄面白く、背景と人物の描写は丁寧で、最近のいい加減な映画や芝居と異なり本物の臨場感にあふれている。難しい事は抜きにして人情味溢れる世話もの芝居を見たような感じだ。

2009年12月8日火曜日

校歌 信濃の国 君が代 開戦記念日

先週歳末恒例の高校の同窓会(首都圏在住全卒業生が対象)が都内のホテルで開かれたので出席した。今年はやや参加者が少なくなったようだが私はいつも楽しみにしている。何故か、この会は先ず同窓生の中で著名な方の講演を聴く事が出来る。今年は2年先輩の山科鳥類研究所の山岸所長と東京大学大学院総合文化研究科教授で障害者のリハビリが専門の22年も後輩の中澤教授であった。

普段カルチャースクールなどとは無縁の生活をしている自分にとって、只でこのような有益な話を伺う事が出来るのは本当に喜ばしい限りである。この歳になると考えようでは、学芸文化に関する話は聴いても一文の徳にもならないとの見方もでるかもしれない。しかしこの歳だからこそ知識欲に燃えた若き日々を思い満足感が出るのだろう。

私は新制高校第11回生である。もう何年も出席しているが年々先輩の出席が減り、昭和34年卒業の我々も参加者の大分上の方に名前が書かれるようになってしまった。懇親会では我々の10年先輩第1回生の先輩方と同じテーブルになった。戦時中に中学に入学、中学4年の時学制が変更になって高校3年に編入して高校第1期生として卒業された方たちである。勿論高校に編入せず中学5年生をもって卒業された友人も多いとの事であった。

懇親会には校歌斉唱の他に必ず長野県の県歌とも言うべき「信濃の国」斉唱がある。音痴の私でさえこの2曲だけは声を張り上げるのだ。「信濃の国」は県下全小学校の式典では国家「君が代」についで必ず歌われたもので、長野県人で知らない人はいない筈であった。我が一族などは婚礼の時に全員で歌ったりしたものだ。

ところが、ある後輩が言うには最近小学校で「信濃の国」を教えなくなったそうである。「君が代」ですら四の五の言われたこともある位だから仕方ないかも知らぬが。プロ野球やサッカーの応援歌は知っていても、校歌、県歌、国歌は知らない人間が増えるのは良い事なのか憂うべきかは分からない。今日はたまたま大東亜戦争の開戦記念日でもある。

幸い我が一族にはこの大戦で亡くなった人はいなかった。一庶民である私としては校歌、県歌斉唱程度で自己のささやかなプライドやアイデンティーを感じる事が出来る。しかしたまには日本人として明治維新以降最大の犠牲者を出したこの戦争が日本に何をもたらしたのか、また何を日本が失ったのかを年に一度くらいは考えてみる価値はあるのだろう。

2009年12月7日月曜日

鳩山首相 リーダーシップ考

今年の流行語大賞は「政権交代」だったが、確かにこれは大きな話題にもなり画期的な出来事であった。政権交代で新総理になった鳩山由紀夫さんは毎日のようにテレビに取り上げられて一寸したスターっだ。彼は総理になる前に大臣の経験がないので、報道関係者も彼の実像をよく知らないのではないだろうか。私は彼が内閣副官房長官をしていた時内閣広報室に出入りしていたので、少し噂を聞いた事がある。結構細かいと言う話だった。

そんな事はどうでもいいが、最近の報道では彼のリーダーシップをとやかく言う話が多い。従って昨日発表になった世論調査にもその事が反映されている。成程毎日の報道を見る限り余りリーダーシップを発揮しているようには見えない。民主党に引っ張られ、亀井静香氏に振り回され、最終的には小沢氏の指示に従っているようにも見えると言えば見える。しかし考えてみると、首相が余りリーダーシップを発揮すれば今度は逆に「強権政治」とでも言って非難されるのだろう。私は周りがリーダーシップなんて煽ってほしくない。

兎に角新政権では政治家諸氏が実によく働いているように見える。首相はそれでも奥さんと相撲や芝居に行ったりはしているが、岡田さんや長妻さんは見ていて気の毒なようだ。今までの自公政権では首相が毎日飲み歩いている事ばかり報道されてきたせいか、とてもこんなに仕事をしているようには見えなかった。各大臣がバラバラに不用意な発言をしていると非難されるが、私のような庶民の立場からすれば経過が見えた方が面白いのも事実。所詮報道は皮相な事実を針小棒大にするものだから実態は全く分からないし、政治に限らないかも知れぬが、進行中の真実がメディアで明らかにされた事は先ずないと思う。

来年度の予算や沖縄の基地移転問題がどんな決着になるのか分からないが、当面は黙って見守るしか無いだろう。金持ちのお坊ちゃんにリーダーシップを期待する方が無理と言う事もよく聞く。数カ月しないと分からないだろうが、昔聞いた噂には「我が田に水を引く、自己主張が強い」と言うのもあった。昨近のぶら下がりインタビューからは一寸想像しがたいが、当時の役人からは相当に煙たがられていた様に記憶している。問題は高校の先輩小沢氏にリーダーシップをどこまで取らせるかではないだろうか。小沢氏側も今の所は後輩を「兄貴」に祭り上げて陰で操って良い気分でいるのかも知れない。しかしリーダーになるとそうでなくてもリーダーシップを発揮したくなるものらしい。その方が今よりもっとやばいと思ったりしている。

「世界史の中から考える」 高坂正堯 著

著者が1996年に亡くなってから上梓された短編の随筆集である。著者の弟子とされる中西輝政など最近の政治評論家の本は読んで面白いものに当たったためしがないが、これは久しぶりに面白かった。

歴史的に見ると、我が国では民主主義の手本とされている英国ですら現在においても尚、民主主義の建前と本音のせめぎあえはかなり存在するようでもあり、ましてや現在に至るまでの道のりに於いてはかなりの腐敗政治の道のりがあったようである。米国人の建前と本音も面白いし、ヨーロッパについては日本では忘れられているがバルカン半島の国々が如何に政治的に難しいかを指摘している。

外国の例はさておき、我が国の近代政治に於いても少し変わった角度から歴史を見る事を教えてくれる。例えば一般的に高い評価を得ている外交官の陸奥宗光や海軍の米内光政についても肝心な時に判断ミスをしている事を指摘しているし、江戸時代悪代官の代名詞とされた田沼意次については山本周五郎の小説を引き合いに出して、政治の理想と現実の調和がいかに難しいかを説いているように思われる。

現在の政治のごたごたを毎日見聞きしても、正確な情報に基づかないものが多くつまらないが、15年以上前に書かれている事を今読んでみると成程と思う事が多い。この本を読むと政党による民主政治なるものは非常に困難なもので、国民世論はどうしても情緒に流されやすいし、政治家はもこれを無視する事は出来ない。従って理性的な大政治家と言う存在自体が、この世には存在しえないものであるような気になる。

2009年12月2日水曜日

不況?

世の中不景気で大変との事だが、浮世離れしていると言われそうで恥ずかしいが昔から景気・不景気と言うものが良く分からない。就職してから今日までやれオリンピックだ、いざなぎだと様々な景気があったようだが、どの景気の恩恵にも浴していないせいかもしれない。バブル景気も一種景気が良かった時代かも知れぬが、仕事をしていて個人的に景気のお陰と言う実感はない。

逆の意味になるが、今日昼飯を食った近所の食堂で、野球帽をかぶったおじさんとセーター姿のおばさんが隣でタバコを吹かしながら話していた。「民主党も日銀もやる事が遅いわよ。こんな事じゃ景気は良くなりはしないわ。」「円が高いのだから海外に遊びに行くか、せめてドルでも買えばいいじゃないか。」「海外に遊びに行く気にもならないし、それも考えては見たけど、もっとドルが下がるのではと怖くて両替に行く気にならないのよ。」お二人は近所の職人さんらしき方と商店の女主人のような方で、ご商売が大いに影響を受けている事を不景気のせいにしてしきりに嘆いていらっしゃる。

昨日さる大学の先生とお目に掛かる機会があったが、やはり「景気はどうですか?」と質問されて返事に困ってしまった。大学で生徒と日常接しておられるので、若い人が就職できなかったりする現状を見ていると彼らに同情を禁じえないようだ。私が大学を卒業したのは1963年3月、岩戸景気とオリンピック景気の狭間での就職活動だった。当時の日本は「ものづくり日本」を目指し始めたところで技術系は兎も角、殆どの企業で事務系の採用は極端に絞り込まれ、文学部学生など高卒以下の扱いで採用するところがなったのは事実かも知れない。

高校で就職していれば地元の銀行に親の七光りで入れてもらえたかも知れないが、遊びたいばかりに東京に出て来てしまった。4年生の夏休み前東京の保証人になって頂いた方に就職相談に伺うと「いったい何を学んできたのですか?経済学部に編入して後2年勉強し直しなさい。私からお父さんにお願いしてあげます。」と説教を食らってまた勉強の話。「後悔先に立たず」を思いきり知らされたが、ここで初めてどんなにちっぽけな会社ても良いから自力で決めて就職しようと言う気になった。それから数カ月後、結果的にはひょんなことからそんな職業がある事すら知らなかったちっぽけな広告会社に採用されて波瀾万丈の人生が始まったのだが・・・・

今はもっと状況が厳しくて、大学卒業生が多い所にもってきて技術系であろうが事務系であろうが優秀な学生でも求人が少ないのだろう。確かに若い人にとって不況の影響は厳しいのかも知れない。しかしどうなんだろう、「兎に角独立して食べてさえいければ」と言う気になれば何か仕事は必ず見つかるのではないだろうか?事実私の周りにもサラリーマンだけが人生ではないといった生き方をしている若い人が何人かいる。

若者であれ老人であれ、景気が良くても悪くても現代の日本に於いては職業のえり好みをしなければ、江戸時代に飢饉が襲った農村みたいに明日食うものに事欠く様にはならないと思うのだが。問題はむしろ家族関係の在り方とか若い人が近隣といかに接すべきかを学習することなく成人に達してしまう人が居る事に問題があるように思う。自力でと言っても所詮人間は一人では何もできなく、結局誰かの世話になっているのだ。家族や近隣、友人知人とのコミュニケーションの取り方は教えるとか学ぶと言ってもどうしていいか分からないが、我々老人にも大きな責任があるように思う。

景気の話から大分離れた所に飛んでしまったが、経済とか景気と言った大きな問題はとんと理解が出来ない。所詮お天気みたいに我が力ではどうにもならない所で発生するものだから、ほっておけばいいのではと思っている。株価も景気も落ちればどこかで必ず昇りに転ずるだろう。損をする奴は自業自得だ、つい最近まで何千億円何兆円と利益を出していた会社のために何も税金を使って救済策なんか考えるまでもないだろう。自民党であれ民主党であれ誰が何をしても大差はないのだから何もしないのが一番ではないの。

友人にこの話をしたら「お前それはとんでもない心得違いだ。そんな考えでいたら日本は中国の属国になってしまうぞ。」と怒られてしまった。内心その時はそれまでの事よと思っていたりして・・・