世の中不景気で大変との事だが、浮世離れしていると言われそうで恥ずかしいが昔から景気・不景気と言うものが良く分からない。就職してから今日までやれオリンピックだ、いざなぎだと様々な景気があったようだが、どの景気の恩恵にも浴していないせいかもしれない。バブル景気も一種景気が良かった時代かも知れぬが、仕事をしていて個人的に景気のお陰と言う実感はない。
逆の意味になるが、今日昼飯を食った近所の食堂で、野球帽をかぶったおじさんとセーター姿のおばさんが隣でタバコを吹かしながら話していた。「民主党も日銀もやる事が遅いわよ。こんな事じゃ景気は良くなりはしないわ。」「円が高いのだから海外に遊びに行くか、せめてドルでも買えばいいじゃないか。」「海外に遊びに行く気にもならないし、それも考えては見たけど、もっとドルが下がるのではと怖くて両替に行く気にならないのよ。」お二人は近所の職人さんらしき方と商店の女主人のような方で、ご商売が大いに影響を受けている事を不景気のせいにしてしきりに嘆いていらっしゃる。
昨日さる大学の先生とお目に掛かる機会があったが、やはり「景気はどうですか?」と質問されて返事に困ってしまった。大学で生徒と日常接しておられるので、若い人が就職できなかったりする現状を見ていると彼らに同情を禁じえないようだ。私が大学を卒業したのは1963年3月、岩戸景気とオリンピック景気の狭間での就職活動だった。当時の日本は「ものづくり日本」を目指し始めたところで技術系は兎も角、殆どの企業で事務系の採用は極端に絞り込まれ、文学部学生など高卒以下の扱いで採用するところがなったのは事実かも知れない。
高校で就職していれば地元の銀行に親の七光りで入れてもらえたかも知れないが、遊びたいばかりに東京に出て来てしまった。4年生の夏休み前東京の保証人になって頂いた方に就職相談に伺うと「いったい何を学んできたのですか?経済学部に編入して後2年勉強し直しなさい。私からお父さんにお願いしてあげます。」と説教を食らってまた勉強の話。「後悔先に立たず」を思いきり知らされたが、ここで初めてどんなにちっぽけな会社ても良いから自力で決めて就職しようと言う気になった。それから数カ月後、結果的にはひょんなことからそんな職業がある事すら知らなかったちっぽけな広告会社に採用されて波瀾万丈の人生が始まったのだが・・・・
今はもっと状況が厳しくて、大学卒業生が多い所にもってきて技術系であろうが事務系であろうが優秀な学生でも求人が少ないのだろう。確かに若い人にとって不況の影響は厳しいのかも知れない。しかしどうなんだろう、「兎に角独立して食べてさえいければ」と言う気になれば何か仕事は必ず見つかるのではないだろうか?事実私の周りにもサラリーマンだけが人生ではないといった生き方をしている若い人が何人かいる。
若者であれ老人であれ、景気が良くても悪くても現代の日本に於いては職業のえり好みをしなければ、江戸時代に飢饉が襲った農村みたいに明日食うものに事欠く様にはならないと思うのだが。問題はむしろ家族関係の在り方とか若い人が近隣といかに接すべきかを学習することなく成人に達してしまう人が居る事に問題があるように思う。自力でと言っても所詮人間は一人では何もできなく、結局誰かの世話になっているのだ。家族や近隣、友人知人とのコミュニケーションの取り方は教えるとか学ぶと言ってもどうしていいか分からないが、我々老人にも大きな責任があるように思う。
景気の話から大分離れた所に飛んでしまったが、経済とか景気と言った大きな問題はとんと理解が出来ない。所詮お天気みたいに我が力ではどうにもならない所で発生するものだから、ほっておけばいいのではと思っている。株価も景気も落ちればどこかで必ず昇りに転ずるだろう。損をする奴は自業自得だ、つい最近まで何千億円何兆円と利益を出していた会社のために何も税金を使って救済策なんか考えるまでもないだろう。自民党であれ民主党であれ誰が何をしても大差はないのだから何もしないのが一番ではないの。
友人にこの話をしたら「お前それはとんでもない心得違いだ。そんな考えでいたら日本は中国の属国になってしまうぞ。」と怒られてしまった。内心その時はそれまでの事よと思っていたりして・・・
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