2010年5月31日月曜日

映画鑑賞「オーケストラ」



高校時代の友人が輸入したフランス映画、「面白いから見てくれ」と直接薦められたので翌日に早速銀座の劇場迄足を運んで見た。

内容は一切教えてもらっていなかったし、既に鑑賞した同期生のコメントを読んで音楽映画かなと思って行ったのだが。これが案に相違して喜劇と言うか大人のお伽話との例えもあるようだが実に面白い。

何かと言えば、フランス映画でありながら現代(少なくともソ連崩壊後)のロシア人を描いている。せりふの半分以上はロシア語のようだ。フランス人から見るとウラル山脈の向こう側はヨーロッパではないと聞くが、彼等がロシア人を田舎者として揶揄している事が伝わってくる。

しかし芸術には都会も田舎も無いと言う事だろう。劇場で観たのでクラシックとは縁遠い小生にも背景に流れる音楽も大変心地よく感じた。


2010年5月28日金曜日

iPod,iPad

今日、iPadが日本で発売されると言う事で、昨日から銀座の店には行列ができているらしい。昔iMacが新発売になって評判になった頃、ゴルフ大会の賞品で貰った事がある。馬鹿でかい箱に入ってやたら重くて持ち帰るのに苦労をした記憶がある。まだPCをいじり始めたばかりの頃で、使い勝手がマイクロソフト製品と余りに違うので、ものにする事が出来ずに友人に上げてしまった。当時からディザイン系の人はmac、事務系はmsと言われていた。

今にして思うとmac系はディザインもあか抜けているし、フォントなんかは俄然きれいなので、ディザイン系の人が愛用するのは分かるような気がする。但し、ご商売があまり上手でなくて、ビジネス的にはマイクロソフトの後塵を拝していたように思うが最近はそうでもないらしい。特に携帯端末のiPodの世界的ヒットと今回のiPadでハードメーカーとしては優劣がつかなくなっているようだ。今頃ハードメーカーの優劣を論じていると如何に年寄りかが分かってしまう。

今はソフトの時代だからiPod,iPadについいては実際に使ってみたうえで、その使い勝手を論じなければ話ならないだろう。と言う事は、両方とも買う気が無いので、今後生きているうちにこれについて論じる事は永久になさそうだ。先日iPodについては友人に触らせてもらった。gps機能が付いているのがちょっと魅力的で、更に聞いてみると未だ高度表示はできないらしい。山登りには未だ利用できそうにないので買わずに済むと言って笑われてしまった。要はとても使いこなせそうにないだけの話である。iPadは未だ触ってないがパソコンでもないし、大きさが中途半端に過ぎないだろうか?本は買わない事にしたのでもはや関係ないし。

何れにせよIT技術が発達するのは人類にとって結構な事で、これを否定するものではない。電車に乗ると実に多くの人が携帯端末を覗きこんだりイヤホーンを耳にして目を閉じている。個人対マシンであらゆる情報が安直に入手できるようになると、情報が伝達される時、互いに感じる相手の表情や息遣いを汲みとる能力が涵養されないのは間違いない。この事は善悪は別にして社会に大きな変化もたらさずにはおかないだろう。

婆さん曰く「大人のおもちゃが次々と世に出て、人間が益々馬鹿になるわね。」これは尤もな意見かもしれないし、正直小生も少々心配ではある。

2010年5月27日木曜日

訳が分からん

来週は衣替えと言うのに昨夜など布団をかぶって寝ていた。今日も狐の嫁入りのような雨が降ったりしてうすら寒いものがある。天気も想像を超えているが、政治の動きについては気象庁の長期予想以上に難しそうだ。

鳩山首相は沖縄の基地移転問題でケチョンケチョンだ。公約違反と言う事で退陣・同時選挙も仕方がないと思ったのだが、ここ数日の報道を見ていると連立の調整に話題がシフトして鳩山責任論の影が薄くなっているようだ。

どうも攻め手の方に対案が無いのが原因らしい。前政権が13年掛かって出来なかったのはどこに原因があったのか、8カ月で1から調べなおしたのだ。元の案に戻ったと言う事ではなくて、改めてアメリカと1から出直して新たな約束を交わすのだ、対案があると言うなら示してみろ。と開き直って戦う気配になって来た。

総理の言う事は信用できないと言う事はあっても、確かに攻め手に対案はある筈もない。自民党では石破氏辺りは対案を出そうと言ったようだが、谷垣・大島のツートップが攻めてさえいれば何とかなるとの事ではねたらしい。民主党内でも流石に昨日参議院の桜井充氏が総理の責任を追及するような事を言っているが、彼も果たしてどこまで頑張れるのだろう?参議院で今度改選かどうか知らぬが、もし改選組だったら選挙を考えそんなには突っ張れないだろう。

とは言えトップ二人が強気で、このまま選挙に突入して民主党が大惨敗という事態も大いにあって不思議はない。となると政界再編は間違いないだろうが、小沢幹事長はどこに手を突っ込んでいるのだろう?もっぱら公明党といううわさもあるが、そんな事ってあり得るのだろうか?もうとても想像できない。ここから先は世の中の動きを黙って見守るしかなさそうだ。

2010年5月26日水曜日

区立図書館

つい最近まで書店に行って読みたい本を買うのが趣味みたいなところがあった。2006年3月からだから過去4年程読後感をウェブ上に記録しておいたのを振り返ると、年間50冊前後の本を購入していた事になる。仕事を辞めたのを機会として、今月から本は図書館で読むことにした。これで年間5,6万円のコスト削減にはなるだろう。幸い近くに豊島区立図書館があって、本の貸し出しもしてくれるので有難い。

早速先日平成2年発行の吉川英治著「私本太平記」を借り出したが、汚れが激しい。如何に大勢の人が読んだかということの証明だろうが、何かをこぼした人がいたのかしみだらけ。この事は少し残念だが、小学生の頃貸本屋から借りた和紙のカバーが掛かり、背中に墨で書名が書かれた本の事を思えば大した問題ではなかろう。全8巻のうち1週間で4巻を読み終わったが、面白くて夢中になっている。

図書館通いには他にも良い点がある。散歩の回数とルートが増える事、今まで買った事が無い雑誌を手にして読める事、但し雑誌は貸し出されない。豊島区は6か所に図書館があり、東池袋のきれいで立派なビルに入っている大きな図書館がある。ここはいつ行っても混んではいるが、蔵書は確か10万冊超だった筈でかなり揃っている。どの図書館で借りても返却は最寄の図書館でOKだし、在庫の確認はオンラインで調べてくれる。取り寄せも可能なので利用し始めると結構便利だ。

地下鉄を利用すれば国会図書館も半時間ほどで行ける。ここは本の借り出しに少し時間が掛かるが、読書環境は最高である。但し退館時には借り出した本を一旦返却しなければならない。貸出のシステムが無いので、途中までしか読めなかったら次回改めて借り出す必要がある。ここでは雑誌も同じシステムになっているので、単行本も同様だが新刊の場合既には貸し出し済みなんて事もありそうだ。

国会図書館の良い所は食堂が沢山あって、それぞれ安くてそこそこうまい昼飯が食える事もある。これからだんだん図書館通いが増える事だろう。新聞書評などを見て新刊書を読みたくなって、書店に足が向きかけるが、ここが我慢のしどころと思っている。きっとそのうちに慣れる事だろう。

2010年5月25日火曜日

勝負事

どうも勝負事が苦手である。スポーツでもゲームでも何をやっても弱いせいでもあろう。まして賭け事なんぞは全く駄目である。付き合いで外国のカジノ何ぞも何回か行ったが、全く論理性に欠ける出目を予想してお金を賭ける人の気がしれない。スポーツ観戦の趣味もない。

しかし考えてみるとスポーツ観戦は趣味としては良いものだろう。自分が好きなスポーツなり選手なりを応援しながらゲームを楽しみ、時間を潰す事が出来るのだから、古来より人類が得たかなり高尚な文明、レジャーと言っても良いのだろう。特にプロの野球と相撲は、小生が欠かさず見ているNHK19時のニュース枠30分の中で必ず報道されるほどだ。

昨今プロのスポーツは多々ある中でこの現象も不思議と言えば不思議だが、左程までに国民的関心事なのかもしれない。友人から聞いた話によると、日本人は中国人や韓国人に比べると余り賭け事に熱心ではないそうだ。とは言え勝負、観戦と来れば賭けは必然の付属物のようにも思う。従って今度の事業仕分けでは、国が博徒に代わって大掛かりな賭博を開帳して、莫大な寺銭を稼いでいる事が明らかになった。相撲界での野球賭博が社会問題になり始めているが、プロスポーツ界の人に「賭博に手を染めるな」と言う方が無理かもしれないと内心同情している。

しかし公営で無い賭博が非合法である事は論を待たない。お上が公営で賭博を開帳、庶民に娯楽を提供して財政の足しにしようと言う心根は、小生博徒ではないので別に非難するには当たらない。しかし寺銭が自治体の財政を潤す事も出来ないのに、役人の再就職保証に使われているのは余り感心出来た話ではないだろう。宝くじなんぞは博打そのものだが、歩(ブ=寺銭)が45%は博徒もびっくりの阿漕な話だ。

これも友人から聞いた話ではっきり覚えていないが、何でも昔の博打場では、5分寺と言って賭け金の5%を胴元が取るのが最高だったとの事。と言うのは毎回の掛け金に対して5%ずつ取ったのでは客が直ぐオケラになるので、ある目が出た時だけしかテラは取らないとしたものらしい。やくざに肩入れするつもりも無いのだが、事業仕分けの報道を見ているとお役人様の態度は傲慢そのものヤクザ顔負けだ、考え方の間違いを反省する様子は見当たらない。仕分けの結果が無駄遣い撲滅にどう反映されるか心配でもある。

実は昨日の日韓のサッカー試合の結果で書こうと思っていたのだが、話があらぬ方向に行ってしまった。勿論中継は見ていないし、試合内容について云々する事は全く出来ない。書きたかったのは、試合には勝つか負けるしかない事と勝っても負けても見ている人はそれなりに楽しい筈だと言う事。選手たちもこれだけ負ければ却って気が楽になって良かった、と婆さんと話した事だった。

もう一つおまけに、小生にとっては唯一の勝負事「囲碁」の件。
最近自分でも不思議なくらい勝ち負けに拘らなくなってきた。仕事から離れて少し気分的に余裕が出て来たとでも言うのだろうか。今月は10日に碁会所の月例大会で優勝、賞品に3000円のQuoカードを貰い娘に喜ばれたし、この前の土日も不思議に良い碁が打てて、いつも負けてばかりいる人3人に勝ち越す事が出来た。こんな事を書いて天狗になっていると又すぐ「出ると負け」に逆戻りする羽目になるだろうが。それはそれで又楽しいのである。

2010年5月24日月曜日

困ったものだ

昨年来ずっと民主党政権の実現を期待し、政権が出来てから政権支持率が下落していて行く中、なんとか現政権に頑張ってほしいと応援をしてきた。マスコミでマニフェスト違反が厳しく問われても、内心未だ違反云々する時期ではないだろう、と気にしないよう努めてきた。鳩山総理については、少し口は軽いがまるきりの馬鹿でもあるまいし、バックに海千山千の小沢一郎氏が付いているから少々の混乱は乗り越えて4年間政権を維持するだろう、と期待を込めて思っていた。

ところが今回の沖縄訪問を見る限り、場あたりで希望的観測を口にして後は何もしないで部下に丸投げしていた事が露呈。との見方が出ているが、反論すべき材料は何もなさそうだ。外務防衛両大臣も当初は総理の意向に沿ってアメリカとの交渉に臨んだのかもしれないが、昨日までの結果を見る限りアメリカが譲歩した様子はまるでなさそうである。新政権は何事によらず比較的透明性が高い事を売りにしているし、事実その傾向はある。

しかしこの普天間の基地移転に関しては、担当大臣が官房長官と外務防衛国土交通の4人だったと思うが、彼等がどういう連絡を取り合い、具体的に何をしていたのか全く分からない。仕事でも事業目標設定をして担当を決め、一定の期間毎に寄り合って計画のロールオーバーをするのは常識である。勿論環境変化が生じて途中で当初計画を練り直し、再調整する事はあっても不思議はない。しかし今回の場合はそういった情報が全く無いまま、腹案に期待を持たせ8カ月も経ってからいきなり「ごめんなさい」みたいな話だ。

これは総理に政権担当能力がないと言われても仕方がない。今週中に出す結論が如何なるものになるかは分からいないが、今言われている通り、蛇だがミミズだか分からないものであるとしたら大変な事にならざるを得ない。職を賭すとまで言ったのだから、素人考えで言えば内閣は総辞職せざるを得ないだろう。

その場合、民主党は国民の信任を得ない政権を厳しく追及してきた経緯があるから、党内で新代表を選ぶのは良いとしても、政権そのものを盥回しで決める訳にはいかないだろう。そうなるとダブル選挙と言う事になるが、残念ながら民主党を中心とした政権は崩壊する事になりかねない。バックについている大幹事長は何を考えているのだろうか?「居直り」も考えられるシナリオかもしれないが、支持率一桁で2年も3年も政権が持つ筈もあるまい。

何れにせよ不思議なのはやはりアメリカの存在だ。まさか鳩山氏もまるきりの思いつきで県外・海外と言ったとは思われない。ある程度アメリカと交渉の余地はあると思っていたとも思う。対等な立場での交渉を唱えた新政権がこれ程までにあっさり腰が砕けているのは、余程日本の政権に対するアメリカの抑止力が強い事を証明しているようにも思える。そりゃ一体何なんだ?弱みの無い人間なんていないかもしれないが、今日の天気のように嫌な気分だ。

2010年5月21日金曜日

サラリーマン川柳

今日は真夏日だったそうで、今年初めて半そでシャツで外出たが外を歩くと照りつける陽射しが強く、帽子をかぶってくるべきだったと後悔した。

サラリーマン川柳の優秀作品の発表があった。昨年も関連で日記を書いたように記憶するが、どれも感心するばかりだ。ベストテンに「先を読め 言った先輩 リストラに」と「先を読め 読める訳ない 先がない」と先についての不安を詠んだ川柳が2首も入っている。投稿者の年齢は不詳だが、先の投稿者はひょっとするとかなりお若いかもしれない。気持ちは分からないでもないが、若い人に「先の事を余り考えるな、今日を精一杯生きよ。」と伝えたいが、気持ちを分かってもらえるだろうか?

最近マスコミには「日本が沈没する」「日本が破綻する」と言う言葉が踊るが、そんな言葉に惑わされて悲観しないでほしい。経済的に日本がアイスランドのように或いはギリシャのようになる可能性があるのかどうか知らないが、そうなればなった時の事だ。自分の今日すべき事に向かって努力をするしかないだろう。
学生は勉強を、或いは就活を。社会でも家庭でも仕事についている人は役割を果たす努力を、或いは新たな道を模索する努力を。今の時代、何事も報われた実感を得るのに掛かる時間は確かに長いかもしれない。

仕事に関して言えば、己を取り巻く環境は確かに変化する。しかしその変化に応じて必死にもがいているうちはなんとかなるものだ。リストラも何回か経験しているが、不思議な事に誰かが助け船を出してくれた。職安・ハローワークのお世話になった経験がないので偉そうなことは言えないが、前の会社の取引先や友人が思いもよらないところで助けてくれた。偶々ラッキーだったのかもしれない。もう一つ言えるのは「親子兄弟夫婦 家族の絆・支えあい」これが一番大切で、ここさえしっかりしていれば「日本が駄目になろうが何になろうが」だと思っている。

そういった意味で読むと「子供でも 店長なのにと 妻嘆く」とか「ただ今と 犬に言うなよ 俺に言え」とか「離さない 10年経つと 話さない」はかなり深刻な要素を帯びていると言わざるを得ない。最後に「70歳 オラの村では 青年部」は我が身も省みて微笑ましい。