2020年12月7日月曜日

やはり親子だ

 石原慎太郎氏の言動が好きになれない。何故か、文学者或いは社会学者としての才能があるかどうかは分からないが、政治家としての立ち居振る舞いがどうも独善的に見えて鼻につくのだ。外の女性との間でもうけた子は別として、正妻との間に4人を男子がいる。政治家が二人に絵描きが一人、もう一人が次男のタレントで気象予報士の資格を持つ良純氏だ。

彼はCM出演もしているので毎日のように顔は見るし、コメンテーターして出演する番組も多いので、個人的意見を聞く機会も多い。彼のタレントとしての評価であるが、嫌味がなくて親父に似ない常識を弁えた好人物だと思っていた。ところ今朝のテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」での発言を聞いて少しがっかりしている。やはり血筋は争えないのかな?である。

父慎太郎氏の中国嫌いは有名で、中国を口にするの嫌なようで、常に「シナ」呼び習わしていたほどだ。彼は曲がりなりにも文学者。中国関連の歴史や文学に多くなくても一通りの知識はあったろうから、その結果至った信念とすればそれは仕方ない。ところが良純氏はどちらかと言えば、気象予報士になるほどだから理系の人かもしれない。今朝彼が番組の中で同じコメンテーターの玉川徹氏に噛み付いた。

玉川氏は前からコロナ対策で政府の中途半端な政策を批判し続けている。簡単に言えば「中国の政策を見習え」とやや危険思想に近い論調。これに対して良純氏曰く「中国なんて独裁主義国家で特殊な国だ。民主主義国家の日本がそれを真似することは出来ぬではないか。」両氏の間には元大蔵(財務だったかな)官僚で東大を首席で卒業したとされている山口真由氏がいるが、彼女も政府的立場なので良純氏派。中国は特殊国家論だ。

玉川氏は特殊国家であろうと良いところは真似て取り込むべきだを主張。最後まで観なかったので、司会の羽鳥君がどう収めたか見極めなかった。言いたいのは日本人は圧倒的に良純氏派で、これが常識化しているのだなと言うこと。これが日本の劣化を招いていることに気がついた。昨日のブログへのコメントを是非参照願いたい。科学技術には無縁な小生だが、最近の電気自動車問題にしろ、月面探査衛星にしろ、国民の衛生管理システム構築にしても同じことだ。

中国は科学的分野で圧倒的に日本を凌駕し始めているのみならず、世界でもトップクラスに躍り出たように見える。社会的に共産党の独裁主義は問題かも知らぬが、だからと言って1億国民が火の玉となって精神論で立ち向かっても敵う筈もない。自由民主主義国家の米英仏だって問題は山ほどある。何故共産主義国家だけが悪者になるのだろう?個人の行動監視はシステム化されていないだけで自由主義国でも始まっている。システム化もそう遠い将来ではないだろう。問題はアクセス権の構築にある。

次期大統領に決まったバイデン氏にもアクセスできない機密情報だってあるのだから。長くなりそうなのでやめるが、日本人も冷静に自国の遅れを見つめ直すべき時のようだ。

2020年12月6日日曜日

久しぶりの明るい話題

今朝一番のニュースは全てのマスコミが「日本の宇宙探査、結晶帰還 50億キロの旅、生きた初代の教訓 はやぶさ2」だ。これは朝日新聞から借用している。不愉快なニュースが続く昨今で久しぶりの明るい話題だ。昨夜というか今朝というべきか真夜中の2時半、はやぶさ2から発射されたカプセルが無事オーストラリアの草原に着陸し、現在既にカプセルの回収も終了したとのこと。

真夜中の2時半まで起きてその現象を見守った人々、特に小中学生らしい若人の目の輝きにこそ拍手を贈ろう。あの子達はきっと理科や算数が好きになるに違いない。それにしても50億キロとはどんな距離か想像すら出来ない。数日前長野の幼馴染と電話で話した時のこと、毎日池袋界隈を徘徊して運動していることを自慢した。「俺は毎日約6キロ歩いているから、1年で約2千キロ歩く勘定だ。」友人も心得たもので、馬鹿なことを自慢しやがるなんて思ったにしても明るく「そりゃ凄いね、日本列島北海道から鹿児島の先まで歩いたようなものだ。」なんて煽ててくれて気を良くしたものだ。

列島を10往復すれば4万キロ、このへんまでは想像できるが、地球の果さえ想像できない無学者にはそれ以上の想像は無理で、遠い遠いところで皆同じだ。理科も算数も特別苦手なので、惑星なるものが水金地火木・・・と教わった他に猿の惑星の如く、他にあるとはつい最近まで知らなかった。今度探査の対象になった星の名前は「小惑星」とのみ発表されているだけで、命名は未だらしいがリュウグウ以上に立な名前を後世に残すべきだろう。

はやぶさ2の機能も想像を絶する。はやぶさ2のような無人探査や観測衛星などの科学予算は5年前の約200億円から160億円に減った。はやぶさ2は発射から今日までで6年、初代はやぶさ1がオーストラリア上空で砕け散ったのが2010年とのことだから、以来毎年200億円ずつ注ぎ込んだとしても高々2千億円にもならないだろう。現在騒ぎになっているイージス艦「まや」型2隻分のミサイル弾薬代込み30年使用総経費は約8000億円と書かれている。

これも想像を絶する経費だが、それと比較するとJAXA(宇宙航空研究開発機構)の年間予算が何もかも合算して1900億円と言うのが随分慎ましく見える。昨夜も高校同期生のリモート井戸端会議でアメリカのNASAとイーロン・マスク氏が話題になった。イーロン・マスク氏も凄いが、吝嗇のトランプ大統領が嫌になるほど宇宙開発は金を食うものだったのだろう。具体的比較はできないが、JAXAは頑張っていると言わざるを得ない。

初代はやぶさ1の帰還直後に高校の同窓会で、このプロジェクト中心にいた後輩の講演を聴く機会があった。彼が「相模原の基地にいつでも来てください。」と言っていたこととそのままになって10年過ぎてしまったことを後悔している。 

2020年12月5日土曜日

略式起訴

 誰でも同じ思いだろうが、人並み外れて利口でないにしても所謂馬鹿者の範疇にはに入らないごく普通の常識人だと思っている。しかし考えると人並みとか常識に関して物差しが無いので、これは勝って読みの思い込みかもしれない。よって当然だが耄碌しても頭はボケていないつもり、これがかなり危険かもしれぬ。宅配の新聞購読は既にやめて久しいが、テレビは毎日観ているので世の中の動きにはついて行けてるつもりでもある。他人はどうか分からないが、テレビの影響が大きく我が常識を翻弄している可能性がありそうだ。

テレビ画面には毎日多くの人物が登場して、もっともらしいことを宣う。これを受け止めるに最初から疑ってかかるほど訓練ができていないので、余程気に入らない数人を除けば概ねの人の意見をそのまま受け止めてしまう。並外れて視聴時間が長いとも思わないが、似たような話が繰り返されるので、最初少しへんかなと思ったようなことでも知らぬ間に吸収してしまうことも多いだろう。そうなると後にいくら活字で確認しても疑問は感じない。脳みそに刷り込まれている記憶に疑問が生じないのだ。

変なことを書き出したのは訳がある。昨日台所で洗い物かなにかしていた時に聴こえてきたそれこそテレビの音声が脳を刺激した。「AIが人間を超えることは有りません。何故ならAIには興味という概念が有りませんし、良心も有りません。」短い音声だったが、コンピュータと人間の脳みその違いが分かったような気がする。

そこで早速今日関心を持った言葉について書きたいと思ったのが「略式起訴」だった。なんのために開催されたかよく分からない臨時国会が1日繰り上げて昨日閉会になってしまった。せめてマスコミはこの出来の悪い政治を少し追求するかと期待したが、今朝観たテレビがよくなかった。それが読売テレビの「ウェークアップ!ぷらす」ご存知政府の代弁人のお二人、辛坊治郎氏司会で、橋本五郎氏メインコメンテーターだから仕方ない。

途中で切ってしまったものの、最初に国会について10分足らずの短いコーナーが有った。もちろん安倍元首相に対する検察の事情聴取と吉川元農相の鶏関係団体からの裏金献金問題が存在したことには言及があったが、何れも歯切れの悪いもので、後者に関しては汚職事件だと言いながら前者は政治資金規正法違反で、秘書と事務担当者の略式起訴で終わるだろうと、当たり前のように言って終わり。

流石に「そんな報道はありえないだろう。」と反発を感じたが、そういう役割を担ったマスメディアが存在するのも事実と再認識した。せめてと思って「略式起訴」の意味を調べると、「略式起訴では、懲役刑や禁固刑にすることはできない」ことのようだ。政治資金規正法や公職選挙法違反が禁錮刑に値しないとは初めて知ったような気がするので、今後の政治はもっと悪くなるに違いない。

2020年12月4日金曜日

爺バカ

 先の大戦中とすれば、きっと銃後の家族のようなもので、心の浮かぬ日が続く中、昨日は久しぶりに義理の母や長野の古い友人と電話で比較的長い話ができて、少し心の休まる思いだ。やはり人との会話は神経を癒やす最良の薬かもしれぬ。更に、今朝パソコンを立ち上げると娘からメールが来ていた。娘からの連絡は急ぎは電話、さもなければラインが普通なので珍しい。ラインは立ち上げない日が多いことを知っているはずなので、朝一番で何か言いたかったのだろう。

早速確認すると上の孫のこと。昨日も義母との会話で、この孫が大学院進学を果たしたことをすごく喜んでいたことを思い出した。娘からのメールに依ると、その上喜びが重なったらしい。次のように書かれている。「おはよ~哲也くん何やら研究会↓↓で賞を頂いた様です。ご報告までm(_ _)m」矢印が次のURLを指している。https://www.sigwi2.org/next-sig /メールには表彰状の添付ファイルまで付いていた。

小生は兄弟が5人だったが、中で賞らしきものを手にした経験者は学校の教師をする傍ら絵を描いていた亡き弟一人だけ。他には聞いたことがない。娘たちも皆勤賞ぐらいはもらえたはずだが、もうそんな賞は無い時代になっていた。ところが隔世遺伝かどうか知らぬが、この孫はよく出来たもので、小学校時代から運動能力に優れ、運動会の花形、中学に進学すると所属していた区立梅田中学校バスケ部が東京都中学校大会で優勝してしまった。この時は娘と何度も応援に行ったが、何でも900校くらいの参加があったので興奮した記憶がある。

今回はまた趣が変わって、どうやら学問上の賞のようだ。早速上記のURLを開いてみたが、どういう意味を持つか全く理解不能。取り敢えず娘には「ノーベル賞」と似たようなものだろうと返信した。孫には「意味が全く分からないが、おめでとう。」とだけ書いて昼の時間にラインで送った。するときた返事が次の通り。「ありがとう!!! 引き続き大学生の名に恥じぬよう、研究頑張ります!」

声を聞きたいとも思ったが、話し出すと長くなりそうだし、今日は平日。学校もアルバイトも忙しいだろうから我慢した。正月に会うのがますます楽しみになってきた。耄碌して親馬鹿ならぬ爺バカだ。

2020年12月3日木曜日

局面の変わり目

 昭和15年生まれだから先の大戦終了に依る社会の大変革は子供だったので、あまり理解できていない。なんの因果か終戦75年目の今年、他国同様日本も新型コロナウイルスとの戦いに入ってしまった。この終戦の目処はついていないが、何れ何処かの時点ではその時を迎えるだろう。それは政府が甘く考えるほど近い将来ではないと思うが、先の大戦が5年、考えようでは10年以上の長きになった程遠い将来でもあるまい。期待を込めて言えば我が命がある将来であって欲しい。

先の大戦は、少なくても初動の半年ぐらいの作戦はほぼ日本の計画通りに進んだようだ。しかし1年も経たないうちに計画の杜撰さが露呈して、足掛け5年悪足掻きをした結果甚大な被害が国民全体にのしかかる結果となった。このことは平成生まれの若い人でも少しは知っているはずだ。恐らく日本政府はその意識がないだろうが、コロナとの戦いが始まって既にまる1年。日本における戦局も新たな局面に入っている。

既に死亡者が2200人を超え、今月に入ると1日の死亡者が30人を超え始めた。如何なる根拠があるか不明だが、東京都知事は今月17日までに一山越えそうだとしている。その思惑通りに行けば結構だが、思惑が外れると1ヶ月の死亡者数が千人の大台に乗りかねない。google社の解析では、今月末には感染者数は5千人を超えると言っている。昨日今日の感染者数は未だ2千人強だから、あと4週間ほどで倍以上になる計算だ。AIの予測に小池知事の見込みが勝つとはチョット考えにくいが、勝つことを祈ろう。

話が逸れたが書きたかったのは別で、戦い週末期における指導者の立ち居振る舞いのこと。現在の指導者のそれが余りにも見苦しいのは書くまでもない。戦いの基本が敵の存在を明らかにすることにあり、それを求めて検査数を増やして探索する以外にないことは既に明白になっている。我が国では政府がウイルスに関する遺伝子工学の専門知識を有する学者の意見に聞く耳を持たなかったので、この対策の基本が採用されずにここ(ウイルスが全国に拡散)まで来てしまった。

一方で政府が打ち出したのが経済対策。これがまた噴飯ものでGo To一本槍、桶狭間で戦争しているつもりかもしれぬが、経済対策にしても本当に困っている人を見つけて、その人々にきめ細かく対策を講じるなんて夢にも思わぬらしい。どうしても先の大戦末期に重なって見え始めた。冒頭書いたように、先の大戦末期については知っているようで知らないのが事実。改めて先の大戦を指導した東条英機氏についてwikiで少し読んでみた。

開戦2年足らずでジャーナリスト出身の衆議院議員中野正剛氏が、反東條の狼煙を上げて自決に追い込まれるが、その頃からいわゆる重臣グループが反東條で連携し始めたと書かれている。それでも東條を実際に更迭できたのは昭和19年7月だから1年有余掛かっている。権力者を追い落とすことの難しさが分かるような気がする。でも安倍晋三氏は落城寸前、菅代官を追い込むまでそんなに時間が掛からないことを祈りたい。

2020年12月2日水曜日

意味不明の言葉遊び

 外国の事情は知らぬが、昔から我が国では言葉遊びが盛んだったようだ。掛詞(かけことば)や謎掛けが才能豊かな文人や芸能人によって生まれ、多くの人を楽しませてきた。理由はよく分からないが、これも楽しみの一つとして勝手に想像してみた。昔々、中国から漢字とともに言語が相当輸入され、その読み方を適当勝手に言っているうちに誰かが仮名文字を発明して、それまで使っていた言語との橋渡しをするようになり、徐々に整理されて日本語が定着していったのだろう。

当然の結果として日本語は複雑怪奇、同じ言葉でも肯定にもなるし否定にもなる。子供が生後4年や5年でよくこれを習得するものだと感心している。欧米にもボードビリアンと称する芸人が存在するそうだから、それなりの言葉遊びはあるだろうが、日本の寄席芸人ほどの多様性はあるまい。池袋にも寄席が1軒だけあって昔は時々息抜きに行ったものだ。でもテレビのお陰(これも肯定的に取られかねない言葉だ)近年はすっかり寂れ、最後に行った時は昼席で入場して、夜席も無料で居られた。

ところがそのテレビの芸能が最近は様変わりして、嘗て寄席で観た芸能は態々「古典」と銘打たれる始末まで落ちぶれて、古典人間にはすっかりつまらなくなってしまった。つまらないのは意味が通じない、分からないからで、テレビ芸人のせいでないのは分かっている。言葉は時と時代で変化するのはやむを得ない。いっそこのブログも長生きして古典になることを期待しよう。話がおかしな方向に入ってしまったので戻したい。

芸能について語りたかった訳ではない。意味不明で言いたかったのは報道で聞く政治家の発言だ。彼らが教養不足で語彙が少ないのは仕方ないにしても、余りに日本語としての言葉遣いが酷すぎる。言わんとする文脈のよって来る根拠(英語でエビデンスと言うらしい)、前の発言との脈絡や他閣僚との整合性を言えば殆ど支離滅裂。使う単語の不適格さは、如何に漫画ばかりで育ったからとしても、曲がりなりにも国の指導的立場にある者ではないか。


最近は揃いも揃って昔の紙芝居宜しく、何やら特筆大書した画用紙を振りかざして何かを喚く。如何に芸能番組が面白くないからとて、政治家が紙芝居屋の真似事してどうなるというのだ。大人を馬鹿にするな。

2020年12月1日火曜日

中国敵視が分からない

まず最初に書いておくが、数ある外国で中国は一番好きな国かもしれない。何が良いかと言えば、先ず食い物が美味い。次は歴史が面白いからである。

昨日も中国について書いたが、今日もまた書かざるを得ない。ステラが勝てない中国については多くの評論家やブロガーが称賛の記事を書いている。「だからどうした?」と聞かれても困る、単に事実を書いただけだ。個人の思いを正直に言おう。やはり中国は大国だと思う。大国とは何ぞやであるが、人口が多いことに尽きるかと思い始めている。そうなると中国に勝る人口を擁するインドはどうなるかだが、正直なところ分からない。

少なくとも現在の中印紛争ではインドが勝っているとは言い難いようだ。しかし遠い将来ではどうなるか分からない。現在の超大国と言えば圧倒的にアメリカだろうが、残念ながら人口的には中国4分の1以下、経済力では既に追いつかれたようなものだろう。武力ではアメリカが未だ相当優位であるにせよ、科学力で相当追い上げられているようにも見える。月面探査衛星の結果は今週末にはっきりするだろうが、成功すればアメリカには脅威がまた一つ増える。

要するに、国土が広くて鉱物資源が豊富でエネルギー源に困らず、食糧自給に不自由がなくても、人間の頭数には敵わないのではと思う次第だ。ロシアも注目すべき大国の一つだと思うが、人口を調べるとアメリカの半分以下の1億5千万人弱。日本と比較するほうが早いくらいでは、残念ながら大国にはなれそうにない。その大国を維持し続けることの難しさがあると思うが、中国の現行制度、即ち共産党に依る一党独裁しか無いのかもしれぬ。

アメリカのトランプ大統領もできればそうしたかったのだろうが、残念ながら民主主義という社会風土で培われた政治制度に阻まれ、敢え無く自滅した。日本は間違っても大国になろうとは思わないだろうが、共産主義はマッピラだとしている。その気持は分からぬでもないが、だからと言って独立国家としての矜持を捨ててアメリカ一辺倒もどうかと思う。

嘗ての外務官僚天木直人氏が今日のメールで次のように言っている。共感を覚えたのでそっくり引用する。

「いまから40数年前、田中・大平コンビがニクソン・キッシンジャーコンビに先がけて中国と国交を正常化し、日本の対中経済協力が始まった。その歴史的瞬間に担当官として立ち会った私は、日中経済関係はゆるぎないものになっていくと信じていた。その流れを逆行させたのが、田中派と敵対した福田派の小泉純一郎首相だった。以来、安倍首相に至るまで、対中敵視の政策は変わらなかった。このままでよいはずがない。」