2019年5月8日水曜日

失われしこと

既にどこの紙面であったか忘れてしまったが、確か今朝の新聞報道に「アメリカ国内のトランプ大統領支持率が47%とかで過去最高」との記事があったと記憶する。国民の4割以上の支持を持つトランプ人気の要因の一つは日本と同じように株高があると聞いていた。その株価が危なくなっているのに不思議でならない。或いはこの調査が強硬な対中政策発表前のことだったかもしれぬなんて思ったりしているが、トランプ大統領は対中政策だけでなく、対イランでもかなり強硬なことを言っている。

日本は普段イランとの友好関係を自認しているが、こういった場面でアメリカに対し「それは少しやり過ぎではないか」みたい公式発言は何処からも聞こえてこない。へぼ碁を通して思うのは、たった361路といっても複雑な力関係の中で一方が他方に対して全て力任せの戦いをすると、不思議なことにどこかで必ずと言っていいくらい破綻を生じる。アメリカは戦いの力、実力に於いて世界の第1人者であって、その戦力は他のどの国にも負けないことは自他ともに認められているようだ。

実際に北朝鮮やイランだけでなく南米ベネズエラなんかでもそうだが、総てその実力行使をちらつかせながらアメリカの都合に従わせようと迫っている。もっと深読みすれば対中国やロシアにでさえ大げさには言わないが、様々な威嚇行為をしている事実もある。流石に中国やロシアは下手な威嚇に動ずる気配は見せない。我が国なんぞアメリカ様と聞いただけで、揉み手をしながら「何でも仰る通りに致しますので、ハイ。」てなものだ。

偶々あるメルマガで「武力に依存しない国際関係を築く9条の理想や軍縮を真正面から訴える政治勢力が与野党から無くなってしまった。」この引用のネタ元は、旧社会党々主村山富市氏が自社政権の総理に就任、そして自衛隊を容認した時の記者会見で、目指す方向を聞かれた際の発言である。この記事を読んで本当に情けなくなってしまった。振りかざす刀は無くても志は武士「弱気を助け、強きを挫く」精神であってほしいが、今の政権には薬にしたくも見つからない。

2019年5月7日火曜日

もの忘れ

5月も2週目に入ったのに寒々とした天気だ。予報が言っていた雨が未だに落ちて来ないだけ善しとしなければならないかだ。町を歩いている時にポケットの携帯が鳴る。その度立ち止まらないといけない。周辺の人々がスマホなり携帯を見ながら歩いているのを見て、羨ましくて仕方がない。今日も僅か小1時間に3度も鳴ったが皆迷惑電話の類。どうして俺はこんなに不器用なのか?嘆くと同時に腹が立ってくる。

歩きながらの買い食いも腹は立たぬが、街を汚さぬように願いたいことと、不思議に若い女性が多いのは何故かと疑問が湧いてくる。現代の女性はどうしてそんなに忙しいのだろう?今日声を出したのは昼飯屋での注文と勘定の催促だけだ。記憶にある日本語が段々少なくなる。インターネットの世界は、文章が段々短くなる傾向だそうだ。尤もかもしれぬ。

2019年5月6日月曜日

連休に幕

山での死亡事故が多かったせいか、お天気だけで見れば余りぱっとしない連休だったと思う。しかし浮世の憂さを忘れて遊び惚けた人も少なくは無かったことだろう。現代は5月病なる言葉が生まれたくらいで、明日からただでさえ面白くない職場に戻る人の士気が上がらないのは当然だ。

ネットで見る限り長いこと続いていた米中の貿易交渉は遂に行き詰まったのか、トランプ大統領がしびれを切らし癇癪玉を破裂させたかは兎も角、「中国の知的財産権侵害などを理由に2000億ドル分の同国製品に課す関税を、10日から現在の10%から25%に引き上げると表明」とある。世界貿易の最大量を占めるのが米中貿易の筈で、ここに不穏な要素が出現するのは両国の何れにもプラスは無いように思うが、選挙だけを考えるトランプ氏独特の考えなんだろう。

中国がどんな反応を示すかについての報道は未だない。当然ながらこのことは世界経済全体(勿論日本も含まれるだろう)に少なからずの影響を及ぼすだろう。トランプ大統領は変わった人と見るべきか、信念の人と見た方が好いのかは分からない。兎も角、今月国賓として来日されるようだが、日本政府が提案した国会でのスピーチを断ったそうだ。曰く「シンゾー君よ、俺は何処でも”アメリカファースト”としか口にしないから、君のために辞退するよ。」

外国関連の報道の量が減っているが、中東や北朝鮮でも変わった動きが出ているようだし、世界は激動を続けてるようだ。新しい時代の幕開けと浮かれた日本は、この先に待ち受けることについて深刻な論評をする人がいないのか、報道機関が取り上げるのを避けているだけかは分からない。失われた10日間にならずに済むことを祈りたい。

2019年5月5日日曜日

イメージと実像

映画スターでもないのに、見知らぬ人を好きになったり嫌いになったりするのが情報過多の現代だ。当然マスコミやネットが運んでくる情報は当人のごく一部だからイメージは偏って創られ、実像とはかなり異なる者になりがちであろう。政治家なんぞは自ら好んで知りもしない多数の人にイメージを作ってもらおうと必死になっているのだから、多数の人がどのようなイメージを持とうと責任は政治家本人にある。

言いたいのは「ホリエモン」のことである。昨日の早朝、彼が起業した小企業「インターステラテクノロジズ」が、本拠を置く北海道の広尾郡(と聞いてもどこか分からぬ)で宇宙ロケットの発射に成功との報道があった。宇宙ロケットと言っても彼の本拠とは真逆の種子島でよく行われるようなバカでかい代物とは異なり、かなり小ぶりなもので、高度が100キロを少し超えたということで衛星軌道に乗った訳でもなく、そこで燃え尽きてしまったようだ。

JAXAの小惑星探査機の打ち上げからと比較すれば、大学生と幼稚園生くらいの差があるかもしれぬ。しかしNHKを始めとする各テレビ局や新聞などマスコミはこぞって取り上げて報道している。アメリカあたりではいざ知らず、日本では宇宙開発なんて大それたことが一民間企業、それも殆ど個人の零細企業となれば、発想自体が無理とされる筈。バックに大企業が付いていたとは聞かぬし、彼自身金持ちかも知らぬが、どんなに持っているか知りようもないが、会社の資本金は1億円にも満たない。

ファイナンスに関して彼が如何なる魔法を持っているかは知らぬが、多くは無いと言ってもそんなに少なくない筈のスッタフを10年以上抱え込んできたことには敬服するしかない。しかも彼にとってこれは3度目の挑戦であって、既に2度も打ち上げに失敗している。ホームページを見ると歴史には次のように書かれている。

2005年「宇宙機エンジニア、科学ジャーナリスト、作家らが集まり、国内における民間宇宙開発を目指す組織「なつのロケット団」を結成、活動を開始。」

正直言って、彼を好きか嫌いかで言えば後者に属する。しかしこのニュースに接して改めて思うのは、これからの日本が必要とする人材は彼のような人物だろう。

2019年5月3日金曜日

映画「バイス」

やっと皐月晴れが訪れた。天邪鬼なので、この晴天に薄暗い映画館で映画を観てきた。タイトルは「バイス」意味が分からず気にもしなかったが、読みつけている天木直人氏がメルマガで絶賛したからだ。日本にも嘗ては石川達三氏が中曾根康弘氏の九頭竜川事件モデルに描いた小説や映画「金環蝕」などがあったが、最近この手の題材は沢山あるのに、小説や映画では全く見られない。

比較するとハリウッドは流石なものだ。この映画は2代目ブッシュ大統領の副大統領であったディック・チェイニー氏を描いたお話。氏は年齢78歳とかで未だ生きていらっしゃる。なのに、冒頭に「この映画はフィクションではない。本人が取材に協力的ではなかったが、事実を追求したものである」と断っている。そしてエンドロールではご丁寧にも「消去されてしまったメールが2千万件以上あるが、大統領関係のデータは未だ保存されている筈なので。いつの日か日の目が当たることもあろう」なんて書いてしまっている。

チェイニー副大統領は若い時にはどうしようもないくらいの不良だったようだが、女房が偉い。頭も良いがこの悪ガキを掌に載せてその気にさせ、歴代共和党大統領の補佐官になるほどまでに育て上げた。程度の差はあろうが、女房を思い出した。もう一人の登場人物2代目ブッシュ大統領、これもどうしようもない馬鹿に描かれている。しかし制作者は自信がありそうだ。そこで発生した911事件と後に続いた報復としての戦争。

これらの戦争を通じて最も儲かったのが、現在チェイニー氏が個人筆頭株主である石油関連企業の「ハリバートン社」株価が戦争前と後では500倍になったとのこと。表では正義だの民主主義だのときれいごと言っているホワイトハウス内部の闇、自分さえよければ他人の命などどうでも良いらしい。半分くらいに割り引いても恐ろしくなる。チェイニー氏は心臓に持病を抱えていて、何度も入院を重ねているのは公然らしいが、この映画では心臓移植2回受けていることが暗示されていた。
 
何はともあれ、見応えがあったが、午前中だったので観客は20人もいなかったかもしれぬ。

2019年5月2日木曜日

連休中のお仕事

連休がまだ続いている。NHKも政府を慮っているのだろう、毎朝6時から2時間観ていたBS「ワールド・ニュース」が放送されないので不便極まりない。日本のニュースは皇室関係で持ち切りだし、世界で何が起きようと極楽国家としては関係無いらしい。昨日昼飯の時となり合せた老人が「連休で迷惑している人の方が多い筈」と言っていたが、多数でなくても少なくないような気がする。

10日間もあるのに何故ゴールデンウィークだ?英語を習い始めた子供の教育上不適切ではないか。プラチナ旬間でもないし、全国一斉特別春休みとでも正直に言った方がまだましだ。政府機関の正規職員は給料が変わらないのだから、休みが多ければ多いほどラッキーは分かる。迷惑なのは国会図書館が国立なのでこの間ずっと休館であること。民営化された郵便局が1日から明日3日まで通常業務になっているかは分からない。ネットで調べた限りでは近くの小さな郵便局はお休みらしい。

これで経済活性化に悪影響が出ないと考える方が無理だろう。偉いと思うのはお休みの筈の近くの保育園で数人の子供の相手をしている保育士さんだ。私立の保育園なので子供を預けている親御さんは特別料金を払っているのだろう。どっちも大変であることに変わりはない。話が変わるが、家電量販店に買い物に行った。最近4Kテレビを買ったので、試しに番組を観てみようと思って、店員に尋ねた。

名札を記憶していないが多分正規社員だと思う。「最近チューナー内蔵の4Kテレビを買ったので番組を観たいと思う。どうしたらいいかね?」「ハイ、専用の丸いアンテナが必要です。」「BS用アンテナは設置済みだが、他に別のアンテナが必要なの?」「アンテナ屋さんに聞かなければ分かりませんが、古いものだと対応していないものがあります。」もう大分年季の入った社員に見えたが、この程度は当たり前なんだろう。

帰宅するとBS放送画面に何やら怪しげな文字が出現。これを消したければNHKにご連絡を、ときた。早速連絡すると、BSは問題が無くなり、頼みもしないのに4K放送まで支障なく観られるようサポートしてくれた。皆さん連休中に大変だなと感心した。

2019年5月1日水曜日

改元の日

30年前に一度改元を経験しているので特別に思う程のことは無いし、特段の不便さも感じない。最近では元号を書くのは手紙を書く時ぐらいで、その手紙も滅多に書かなくなっている。でも感じたことが二つあった。一つは自分の馬鹿さ加減。昨日思ったのは「俺も愈々昭和・平成・令和と三代の御代を生きることになった。明治・大正・昭和と三代を生きた両親に並ぶことが出来て良かった。」まではいいのだが、「はて、明治の前の元号は何だったかな?」でどうしても思い出せない。

因みに小生、曲りなりにも慶應義塾の出である。態々wikiを開いて「そうか、慶應じゃないか。」笑ってしまうが、老化と言うことにしよう。ところで慶応4年が明治元年は分かるが、慶應の前の元号まで記憶している人は相当な時代小説好きか記憶力の良い人だろう。昔の改元は天皇の交代と関係なしに行われたようなので、江戸時代270年弱の間に36の元号があることが序に分かった。

皇室は時の権力者との関係で複雑に変化してきていることは、日本人であれば誰でもぼんやりと気が付ている。昔から女性天皇もいたようだし、南北朝のように天皇が二人存在した時代もある。そして室町時代まで正統視された南朝が滅び、戦国時代を経て北朝皇室が現在に至っている。兎も角複雑で、万世一系、男系男子を強調する知識人に言わせると、女性は誰でも皇族になれるが、皇族のDNAを持たぬ男子の血が混ざると千数百年か2千数百年続いた血統が途絶えるとのこと。

医学的根拠無しに千年以上の血統を持ち出し、世界に冠たる云々を聞いていると馬鹿らしくなる。ただ権力者の上に皇室があることは日本人にとっての救いであるのも事実。願わくば、ネパールの「クマリ」(生き仏)ではないが幼少からその地位になるべく自他共に研鑽を重ねた人になってほしい。少なくとも昭和と平成お二人の天皇は、形は変われども少年時代に厳しい教育を受けられている。今上陛下も少し様子は異なるが平成天皇皇后両陛下がそれなりの教育を授けられたと思う。

皇室の政治利用が甚だしい現政権によって、名前だけ皇嗣とされた秋篠宮殿下は賢明にも、皇位継承をしない発言をされたと聞く。当然と言っては不敬に当たるかもしれぬが、今上天皇との年齢差が5歳しか無いのだから自然なご発言だ。皇室問題についてこれ以上は言わない方が良さそうだ。二つ目の感想は昨日から今日にかけてのバカ騒ぎ報道についてだ。戦後NHKが「紅白歌合戦」文化を確立したことで賑やかな年越しが当たり前になった。

善悪は別問題として、古来「年とり」は送る年をしみじみとした気分で送るのを主としてきた筈。「蛍の光」の心境だ。それを思うと「なんだかな」である。