改元の日

30年前に一度改元を経験しているので特別に思う程のことは無いし、特段の不便さも感じない。最近では元号を書くのは手紙を書く時ぐらいで、その手紙も滅多に書かなくなっている。でも感じたことが二つあった。一つは自分の馬鹿さ加減。昨日思ったのは「俺も愈々昭和・平成・令和と三代の御代を生きることになった。明治・大正・昭和と三代を生きた両親に並ぶことが出来て良かった。」まではいいのだが、「はて、明治の前の元号は何だったかな?」でどうしても思い出せない。

因みに小生、曲りなりにも慶應義塾の出である。態々wikiを開いて「そうか、慶應じゃないか。」笑ってしまうが、老化と言うことにしよう。ところで慶応4年が明治元年は分かるが、慶應の前の元号まで記憶している人は相当な時代小説好きか記憶力の良い人だろう。昔の改元は天皇の交代と関係なしに行われたようなので、江戸時代270年弱の間に36の元号があることが序に分かった。

皇室は時の権力者との関係で複雑に変化してきていることは、日本人であれば誰でもぼんやりと気が付ている。昔から女性天皇もいたようだし、南北朝のように天皇が二人存在した時代もある。そして室町時代まで正統視された南朝が滅び、戦国時代を経て北朝皇室が現在に至っている。兎も角複雑で、万世一系、男系男子を強調する知識人に言わせると、女性は誰でも皇族になれるが、皇族のDNAを持たぬ男子の血が混ざると千数百年か2千数百年続いた血統が途絶えるとのこと。

医学的根拠無しに千年以上の血統を持ち出し、世界に冠たる云々を聞いていると馬鹿らしくなる。ただ権力者の上に皇室があることは日本人にとっての救いであるのも事実。願わくば、ネパールの「クマリ」(生き仏)ではないが幼少からその地位になるべく自他共に研鑽を重ねた人になってほしい。少なくとも昭和と平成お二人の天皇は、形は変われども少年時代に厳しい教育を受けられている。今上陛下も少し様子は異なるが平成天皇皇后両陛下がそれなりの教育を授けられたと思う。

皇室の政治利用が甚だしい現政権によって、名前だけ皇嗣とされた秋篠宮殿下は賢明にも、皇位継承をしない発言をされたと聞く。当然と言っては不敬に当たるかもしれぬが、今上天皇との年齢差が5歳しか無いのだから自然なご発言だ。皇室問題についてこれ以上は言わない方が良さそうだ。二つ目の感想は昨日から今日にかけてのバカ騒ぎ報道についてだ。戦後NHKが「紅白歌合戦」文化を確立したことで賑やかな年越しが当たり前になった。

善悪は別問題として、古来「年とり」は送る年をしみじみとした気分で送るのを主としてきた筈。「蛍の光」の心境だ。それを思うと「なんだかな」である。

コメント

このブログの人気の投稿

慶応義塾入学式 期待が膨らむ

読後感「新天皇と日本人」小山泰生著

何もかも関係ない話だ