我が国は嘘をつくことについて極めて寛容な国である。「国会に証人喚問でもされない限り嘘をつくことは罪にならない。」と平気で言うメディアと解説者のなんと多いことよ。そのせいかどうか知らぬが、内閣(政府)は息でも吐くように平気で嘘をつく。マスコミも身に覚えがあるせいか、明らかな嘘でも深い追及はしない。このように真実味の薄い報道にばかり接して些かうんざりしていたが、今朝の米中首脳会談の報道を見て少しほっとした気分になった。
会談は準備も本番も相当な時間を掛けて念入りに行われた筈だ。当然ながら本番の中身も相当濃いものがあったに違いない。しかし共同記者会見が一度もなかった。更に輪をかけて、1日目の歓迎夕食会(このメニューがまたご粗末なことにびっくりだ)の最中か後か、何れにしてトランプ氏側以外の誰も予想しなかったタイミングで、アメリカはシリア政府空軍基地をミサイル攻撃をしてのけた。当然招待されていた中国にも知らされていなかった可能性が高い。
アメリカのミサイル攻撃については世界の世論が割れている。当然だろう、大統領就任以来世界に向かって「外国の紛争にかかわる余裕は無い」と宣言し続けていたにも拘らずである。シリアで化学兵器が使用されたとの報道が出るや否や、シリア政府軍による許されざる暴挙と決めつけ、電光石火の如くミサイルをぶっ放した。どうしても、アメリカ大統領が不人気挽回のため使うやらせ、ジョンソン大統領のトンキン湾事件やブッシュ大統領のイラク侵略を思い出してしまう。
この振る舞いにも関わらず、中国側は平然たる態度を崩さずに、殆ど予定に近い日程をこなしたかのように見える。ひょっとしたら共同記者会見がなかったことは予定外だったかな。トランプ氏は自分の目標は何一つ叶えられていない、しかし「我々は米中関係におけるとてつもない進展を成し遂げた。」と述べ、習主席はトランプ大統領の温かい言葉に対し、「この首脳会談に他に類を見ないほど重要な意義」があったと述べて謝意を表した。と報道されている。これは外交上のプロトコル(標準手続き)だろうから目くじら立てるには及ばない。
今日の報道だけでは、哲学の異なる首脳同士が会談を持った意味をどう捉えたらいいか、俄かに判断しかねるが、会談の中身が空疎でなかったことだけは想像できる。何をしでかすかわからないアメリカの新大統領に慌てふためいて面会を乞い、米中首脳会談に匹敵する待遇を受けて、媚へつらいにに終始した我が首脳の会談。それを良しとしたマスコミは、今回の首脳会談を中国側の期待が見事に裏切られたと喜んでいるようだ。
2017年4月8日土曜日
2017年4月7日金曜日
文書の廃棄
小学校入学前のことである。2年近く信州の古い城下町「松代」で過ごしていたことがある。家は南北に延びる馬場町と代官町に挟まれた武家屋敷で、前後左右似たような家が並んでいたように思う。庭には梅や柿や柏などの大きな木が何本もあり、屋敷の南側は結構大きな泉水があった。この泉水は西側の溝から水を引きこみ東側の溝に流す仕掛けになっていて、その出入口は金網があり、中の鯉など大きな魚は逃げ出せない仕組みになっていた。
今となると不思議に思うが、この泉水や屋敷の前の<せぎ>と言ったと思う溝の流れが生活用水の大部分で、井戸が無かった。もちろん当時は水道が来ていなかったので、飲用水と煮炊きに使う水は毎朝100m近く離れた上流の家の井戸から貰い水をしてくることになっていて、これが子供の仕事になっていた。子供と言っても未だ幼稚園の児童である。兄貴の手伝いについて歩いていただけだったかもしれぬ。
このように書いてくると、5歳前後のことをよく思い出すものだ。バケツに汲んで天秤棒で担いできた水はお勝手の流しの脇にあった大きな水瓶にあけられる。反対側には竃(へっつい)2個置かれていて、その間には銅壷(どうこ)が設置され、ここでお湯が沸かされる。竹の火吹きがどこに置かれていたかとか、書き出すときりがない。昨日のことや今朝のことも思い出せないのに、まさに認知症の初期症状かな。
いい加減にタイトルに関係する話に戻そう。この屋敷は兎に角古い文書の宝庫と言えば聞こえもいいだろうが、紙すら貴重な時代だから障子や襖は殆ど古い文書で修理されていたように思う。今もそうだが、兎に角和紙は丈夫だから襖の下張りだけでなく、障子紙代わりにはもってこいだったのだろう。何が書いてあるか分からないので、面白半分に祖母に読んでもらったこともある。今にしてみれば貴重な江戸時代の文化遺産だったかもしれぬ。
文書の記録はいつの時代でも貴重なものだから極力保存すべきものだと思うが、現代はパソコン等電子機器の発達で文書がやたらに増えてしまったのも事実だろう。役所の文書には管理規則があって、保存期間が決められているとのこと。結構なことだが、政権に都合悪い文書が、うまい具合に保存期間を過ぎているので確認できないらしい。昔の文書のように襖の下張りに使ったり、はたきに使って捨ててしまえばそれまでかもしれぬ。
しかし現代の電子システムは少し厄介で、簡単に廃棄は出来ない。これは防衛省で廃棄されたはずの南スーダンの日報が、どことかで見つかった、とは意味が違う。管理担当者は全員分かっている筈だが、関係者が使用しているPC端末にしても、関係者全員がアクセスするサーバーなる代物。何れも几帳面なもので、一定の時間ごとにバックアップデータを保存ずる仕掛けになっている。物凄く高度な技術をもってすれば不可能ではないかもしれぬが、現代は物理的にシステム全体の端末を抹殺しない限り、一旦書いた文書を永遠に削除することは出来ないのだと思う。
今となると不思議に思うが、この泉水や屋敷の前の<せぎ>と言ったと思う溝の流れが生活用水の大部分で、井戸が無かった。もちろん当時は水道が来ていなかったので、飲用水と煮炊きに使う水は毎朝100m近く離れた上流の家の井戸から貰い水をしてくることになっていて、これが子供の仕事になっていた。子供と言っても未だ幼稚園の児童である。兄貴の手伝いについて歩いていただけだったかもしれぬ。
このように書いてくると、5歳前後のことをよく思い出すものだ。バケツに汲んで天秤棒で担いできた水はお勝手の流しの脇にあった大きな水瓶にあけられる。反対側には竃(へっつい)2個置かれていて、その間には銅壷(どうこ)が設置され、ここでお湯が沸かされる。竹の火吹きがどこに置かれていたかとか、書き出すときりがない。昨日のことや今朝のことも思い出せないのに、まさに認知症の初期症状かな。
いい加減にタイトルに関係する話に戻そう。この屋敷は兎に角古い文書の宝庫と言えば聞こえもいいだろうが、紙すら貴重な時代だから障子や襖は殆ど古い文書で修理されていたように思う。今もそうだが、兎に角和紙は丈夫だから襖の下張りだけでなく、障子紙代わりにはもってこいだったのだろう。何が書いてあるか分からないので、面白半分に祖母に読んでもらったこともある。今にしてみれば貴重な江戸時代の文化遺産だったかもしれぬ。
文書の記録はいつの時代でも貴重なものだから極力保存すべきものだと思うが、現代はパソコン等電子機器の発達で文書がやたらに増えてしまったのも事実だろう。役所の文書には管理規則があって、保存期間が決められているとのこと。結構なことだが、政権に都合悪い文書が、うまい具合に保存期間を過ぎているので確認できないらしい。昔の文書のように襖の下張りに使ったり、はたきに使って捨ててしまえばそれまでかもしれぬ。
しかし現代の電子システムは少し厄介で、簡単に廃棄は出来ない。これは防衛省で廃棄されたはずの南スーダンの日報が、どことかで見つかった、とは意味が違う。管理担当者は全員分かっている筈だが、関係者が使用しているPC端末にしても、関係者全員がアクセスするサーバーなる代物。何れも几帳面なもので、一定の時間ごとにバックアップデータを保存ずる仕掛けになっている。物凄く高度な技術をもってすれば不可能ではないかもしれぬが、現代は物理的にシステム全体の端末を抹殺しない限り、一旦書いた文書を永遠に削除することは出来ないのだと思う。
2017年4月6日木曜日
理解不能
ボケてきたせいか、最近世の中で発生する事件がよく理解できなくなってきた。例えば、東芝がアメリカで原発建設に手を出していたとは知らなかったが、それが原因で会社が破たんしかけていることだけは知っている。そこに持ってきて今度はこの報道だ。「日立製作所は子会社を通じて、イギリス南西部にあるアングルシー島に2基の原発を新たに建設することを計画。建設の実現に向け、子会社がイギリスの原子力規制庁に建設と運営の許可を求める申請をしたと発表。」
日立は今回の申請について「大きな一歩」と評価していて、規制庁の審査を経て許可が下りれば、2019年の後半に着工し、2020年代の前半に1号機の運転開始を目指す計画としている。このように大きな産業政策には国も大きくコミットしていると思うので、狐に抓まれているような気がして訳が分らなくなってくる。
次に今朝の報道、米中首脳会談を前に、早朝に日米首脳が電話会談をして、北朝鮮問題を共通の脅威と言うことで話し合ったそうだ。トランプ米大統領は「机上にはあらゆる選択肢が載っている。」と言い、日本の総理は「極めて力強い返事を伺うことができた。」と喜んでいる。と報道されたが、何のために電話会談をしたのか、意味が分からない。米中首脳会談で北朝鮮問題に全く触れられないとは素人でも考えにくいが、日本の立場からすれば、結果を見守る以外策の取りようは無いと思う。
数日前に書いたばかりだが、テレビで解説者の辺真一氏が言っていた。「日米同盟に何とあるか知っていますか?戦争の際アメリカは日本を守る義務があるが、日本はアメリカを守る必要はないのですよ。」だからではないが、よけいなことを言わずに黙って見まもるしかないだろう。しかしトランプ氏の国内における不人気を思うと、まさかの事態が起きかねないし、そのことは確かに怖い。
昨今自民党の先生方が「敵基地攻撃能力の検討」なんて仰るが、臆病者ゆえに防空壕の設置でも真剣に検討しようかと思ってしまうが、どう考えても手遅れだ。ただひたすら戦争にならないことを祈るしか手はあるまい。首脳同士だから電話代を気にする必要は無かろうが、先方にすれば時間は貴重だろう。こと北朝鮮に関しては、大統領府の全員がここ数日「戦争も辞せず」と同じことを言っている。
我が総理の忠告でトランプ氏がそのトーンを弱めるなり、「戦争にならないよう習近平氏とこれから相談したい。」と言ったなら日本の総理として喜ぶべきだ。なのに「実力行使を含むあらゆる選択肢」を聞いて、日本の総理が「力強い返事を聞くことができた。」は無かろう。
日立は今回の申請について「大きな一歩」と評価していて、規制庁の審査を経て許可が下りれば、2019年の後半に着工し、2020年代の前半に1号機の運転開始を目指す計画としている。このように大きな産業政策には国も大きくコミットしていると思うので、狐に抓まれているような気がして訳が分らなくなってくる。
次に今朝の報道、米中首脳会談を前に、早朝に日米首脳が電話会談をして、北朝鮮問題を共通の脅威と言うことで話し合ったそうだ。トランプ米大統領は「机上にはあらゆる選択肢が載っている。」と言い、日本の総理は「極めて力強い返事を伺うことができた。」と喜んでいる。と報道されたが、何のために電話会談をしたのか、意味が分からない。米中首脳会談で北朝鮮問題に全く触れられないとは素人でも考えにくいが、日本の立場からすれば、結果を見守る以外策の取りようは無いと思う。
数日前に書いたばかりだが、テレビで解説者の辺真一氏が言っていた。「日米同盟に何とあるか知っていますか?戦争の際アメリカは日本を守る義務があるが、日本はアメリカを守る必要はないのですよ。」だからではないが、よけいなことを言わずに黙って見まもるしかないだろう。しかしトランプ氏の国内における不人気を思うと、まさかの事態が起きかねないし、そのことは確かに怖い。
昨今自民党の先生方が「敵基地攻撃能力の検討」なんて仰るが、臆病者ゆえに防空壕の設置でも真剣に検討しようかと思ってしまうが、どう考えても手遅れだ。ただひたすら戦争にならないことを祈るしか手はあるまい。首脳同士だから電話代を気にする必要は無かろうが、先方にすれば時間は貴重だろう。こと北朝鮮に関しては、大統領府の全員がここ数日「戦争も辞せず」と同じことを言っている。
我が総理の忠告でトランプ氏がそのトーンを弱めるなり、「戦争にならないよう習近平氏とこれから相談したい。」と言ったなら日本の総理として喜ぶべきだ。なのに「実力行使を含むあらゆる選択肢」を聞いて、日本の総理が「力強い返事を聞くことができた。」は無かろう。
2017年4月5日水曜日
寄り添う?
やっとと言うほどではないかもしれぬが、花見に出かけたくなるような春めいた陽気になった。入学式に入社式、若い人々には希望に胸膨らむ季節であるが、年寄りの身にそのような感慨も無く寂しいことだ。むしろ介護保険料の値上げ報道なんかに身をつまされる。しかしなんだかんだ言っても年金のお陰で露命をつないでいるので、お上の差配に文句をつけるのは憚るべきか。
なんて思いながらも昨日の今村復興大臣の記者会見、フリージャーナリストの質問に頭に血が上り暴言を吐いて、8時間後に反省の記者会見を開かざるを得なかったことには笑ってしまった。東北大震災の際に復興庁が置かれた記憶はあるが、こんな大臣が現存しているなんて全く知らなかったので調べてみた。復興庁なる役所と大臣は311震災1年後の民主党政権末期の2012年2月10日に内閣府内で発足し、2021年3月31日までに廃止されることが決まっている。蛇足ながら前の大臣はパンツ泥棒で有名になった高木毅氏とのこと。
お騒がせの時だけ国民が知ることになる職位だが、それでも大臣に変わりがない。内閣が役人や大臣の焼け太りを助けているような構図が透けて見えるが、少なくともオリンピックが終了する翌年までは存続が約束されているわけだ。昨日の記者会見で質問したフリージャーナリストの台詞ではないが、こんな役所の存在意義はどこにあるのだろう?江戸に鎮座するお大臣様が被災者の現状に思いを致すなんぞ出来よう筈がない。
復興庁とは無関係と言うだろうが、原発事故による帰宅困難地域の今月からの解除も同じ問題を抱えている。政府の指定が解除されようとも、4月になったら放射線量が急に下がる筈もない。当然ながら、帰宅できると喜んで帰宅する人は被害者の2割にも満たないお年寄りばかり。若い人が帰宅するわけは無いだろう。それでも指定の解除は、政府側に補助金打ち切りの名分を与えることになる。
多くの国民にとって311災害はだいぶ昔の話かもしれぬ。しかし現在でも被害を受けている人が一人でもいたら、そこに寄り添うのが政治と言うものだろうに。ロシアの地下鉄テロに関して総理の発言で「ロシア国民に寄り添う」みたい発言を聞いて感じてしまった。
なんて思いながらも昨日の今村復興大臣の記者会見、フリージャーナリストの質問に頭に血が上り暴言を吐いて、8時間後に反省の記者会見を開かざるを得なかったことには笑ってしまった。東北大震災の際に復興庁が置かれた記憶はあるが、こんな大臣が現存しているなんて全く知らなかったので調べてみた。復興庁なる役所と大臣は311震災1年後の民主党政権末期の2012年2月10日に内閣府内で発足し、2021年3月31日までに廃止されることが決まっている。蛇足ながら前の大臣はパンツ泥棒で有名になった高木毅氏とのこと。
お騒がせの時だけ国民が知ることになる職位だが、それでも大臣に変わりがない。内閣が役人や大臣の焼け太りを助けているような構図が透けて見えるが、少なくともオリンピックが終了する翌年までは存続が約束されているわけだ。昨日の記者会見で質問したフリージャーナリストの台詞ではないが、こんな役所の存在意義はどこにあるのだろう?江戸に鎮座するお大臣様が被災者の現状に思いを致すなんぞ出来よう筈がない。
復興庁とは無関係と言うだろうが、原発事故による帰宅困難地域の今月からの解除も同じ問題を抱えている。政府の指定が解除されようとも、4月になったら放射線量が急に下がる筈もない。当然ながら、帰宅できると喜んで帰宅する人は被害者の2割にも満たないお年寄りばかり。若い人が帰宅するわけは無いだろう。それでも指定の解除は、政府側に補助金打ち切りの名分を与えることになる。
多くの国民にとって311災害はだいぶ昔の話かもしれぬ。しかし現在でも被害を受けている人が一人でもいたら、そこに寄り添うのが政治と言うものだろうに。ロシアの地下鉄テロに関して総理の発言で「ロシア国民に寄り添う」みたい発言を聞いて感じてしまった。
2017年4月4日火曜日
韓半島
昨日岸田外相が駐韓国大使や釜山領事を任地へ帰任させることに関し、記者会見でこう述べた。「国民の皆様にもご理解いただけることだと思います。」国民の一人であるが、さっぱり理解できない。政府は耄碌爺の一人がどう思うとどうでもいいだろうが、同感の人は少なくないだろう。
日本側が1月に振り上げた拳に関して、友人たちと話したことを思い出す。大方の意見は「なんでそんなにムキになるのか、ほっておきゃいいではないか」と記憶する。振り上げた拳の降ろしどころ(タイミング)に困るのではないか。と心配していた人は少なくない筈だ。今は大統領不在になってしまったが、当時の朴槿恵大統領にしても、国内の半日派の動きには頭を悩ませていたことだろう。
それを承知の上で更に強硬な姿勢を見せたことが果たして冷静な判断であったかどうか、問うまでもない。結局韓国側の状況は日本側から見れば当時より。悪化していることだけは明らか。一刻も早く外交関係を正常化する方向に動くべきであったのに、官邸が強硬姿勢を崩さなかったとされている。単に外交センスの低さを笑ってばかりられない状況になっているようだ。
結局は先週になってようやく、北朝鮮問題を慮ること深刻なアメリカからのクレームがやっと官邸に届いたということだろう。アメリカでも大統領が代わり、米朝関係は相当微妙なところに差し掛かっているに違いない。いくら日米韓とアメリカが中に立ち、日韓は属国同様と言っても、日韓関係がぎくしゃくしたのでは、アメリカの軍事はおろか外交万般に支障が生じるのは当たり前。そりゃ文句も言いたくなるだろう。
話は変わるが、昨日ネットのテレビ番組で韓半島問題の事情通である辺真一氏の話を聞いた。氏の言わんとするところは傾聴に値するところが多かったが、中で一つ抜き出して披露してみたい。氏は嘗て(20年以上前らしい)北朝鮮の工作員の一人が日本側に確保されて(寝返ったか)、自衛隊で実情を説明する現場に立ち会ったことがあり、その時の証言内容を語った。
曰く「北の工作員は東京だけでも数百人はいる。一旦ことが起きれば23区内に3人一組がアクションを起こすことになろう。70人で事足りることになる。
ミサイル防衛について議論していれば済むような話ではない。VXガスなんてものはミサイルに搭載する必要なんかまったくない。」氏が本当に言いたいのは、「アメリカの言うことだけ従っているだけで、本当にいいのですか?」であった。
日本側が1月に振り上げた拳に関して、友人たちと話したことを思い出す。大方の意見は「なんでそんなにムキになるのか、ほっておきゃいいではないか」と記憶する。振り上げた拳の降ろしどころ(タイミング)に困るのではないか。と心配していた人は少なくない筈だ。今は大統領不在になってしまったが、当時の朴槿恵大統領にしても、国内の半日派の動きには頭を悩ませていたことだろう。
それを承知の上で更に強硬な姿勢を見せたことが果たして冷静な判断であったかどうか、問うまでもない。結局韓国側の状況は日本側から見れば当時より。悪化していることだけは明らか。一刻も早く外交関係を正常化する方向に動くべきであったのに、官邸が強硬姿勢を崩さなかったとされている。単に外交センスの低さを笑ってばかりられない状況になっているようだ。
結局は先週になってようやく、北朝鮮問題を慮ること深刻なアメリカからのクレームがやっと官邸に届いたということだろう。アメリカでも大統領が代わり、米朝関係は相当微妙なところに差し掛かっているに違いない。いくら日米韓とアメリカが中に立ち、日韓は属国同様と言っても、日韓関係がぎくしゃくしたのでは、アメリカの軍事はおろか外交万般に支障が生じるのは当たり前。そりゃ文句も言いたくなるだろう。
話は変わるが、昨日ネットのテレビ番組で韓半島問題の事情通である辺真一氏の話を聞いた。氏の言わんとするところは傾聴に値するところが多かったが、中で一つ抜き出して披露してみたい。氏は嘗て(20年以上前らしい)北朝鮮の工作員の一人が日本側に確保されて(寝返ったか)、自衛隊で実情を説明する現場に立ち会ったことがあり、その時の証言内容を語った。
曰く「北の工作員は東京だけでも数百人はいる。一旦ことが起きれば23区内に3人一組がアクションを起こすことになろう。70人で事足りることになる。
ミサイル防衛について議論していれば済むような話ではない。VXガスなんてものはミサイルに搭載する必要なんかまったくない。」氏が本当に言いたいのは、「アメリカの言うことだけ従っているだけで、本当にいいのですか?」であった。
2017年4月3日月曜日
読後感「漱石の夏休み」 高島俊男著
サブタイトルは<房総紀行『木屑録』>である。なんと読むか殆どの人は分からないと思うが「ぼくせつろく」と読むらしい。木っ端の寄せ集めと謙遜しているのだろう。漱石が23歳、明治22年の作品である。東京大学の夏休みに房総を約3週間ほどかけて旅行した紀行文で、親友の正岡子規に送ることを前提に書いたようである。ところがこの作品は全文が漢字で書かれているので、残念ながら読みこなせない。そこで中国文学や歴史に詳しい著者の解説が必要になる。
内容的には高々3週間の紀行文で、しかも現在であれば東京からアクアラインで内房に上がって館山まで行って外房に回り、銚子からも少し北に回って帰京しても車なら日帰りコースである。当然ながら目新しいことは無いもないようなものだが、著者の解説の方が余程面白い。例えば漱石と子規は同年の生まれであるが、子規が兄貴分を気取り、漱石は弟分のように振舞っていることが、旅先からの手紙のやり取りなどに表れてくる。
二人とも慶応3年の生まれだが、当時日本のエリート教育がどのように行われていたかも分かりやすく解説されている。先日のブログに少し書いたが、先ず国語である漢文を徹底的に教え込まれた(場所は様々)少年たちが、中学となる年代頃だろうか、東京に出て大学の予備門(高校に匹敵か)に入学するために、そのまた予備校に通うことになる。 彼等の時代は大学が1校のみで、かなり狭き門だったようだ。大学ではまだ教師の大半が外国人で授業は全て英語。
二人とも受験勉強時代には相当英語を勉強したことだろう。しかし、二人が仲良くなるきっかけが、共に寄席が大好きだったことにあると言うのだから面白い。漱石の作品はどこかユーモアに満ちているように感じるが、漢文で書かれても十分伝わってくる。紀行には漱石作の漢詩が大分盛り込まれているが、子規がこれをけなしていたりするが、英語では漱石には敵わないと認めていたりする。日本の文明開化を知るためには大変役に立つ作品だと思う。
内容的には高々3週間の紀行文で、しかも現在であれば東京からアクアラインで内房に上がって館山まで行って外房に回り、銚子からも少し北に回って帰京しても車なら日帰りコースである。当然ながら目新しいことは無いもないようなものだが、著者の解説の方が余程面白い。例えば漱石と子規は同年の生まれであるが、子規が兄貴分を気取り、漱石は弟分のように振舞っていることが、旅先からの手紙のやり取りなどに表れてくる。
二人とも慶応3年の生まれだが、当時日本のエリート教育がどのように行われていたかも分かりやすく解説されている。先日のブログに少し書いたが、先ず国語である漢文を徹底的に教え込まれた(場所は様々)少年たちが、中学となる年代頃だろうか、東京に出て大学の予備門(高校に匹敵か)に入学するために、そのまた予備校に通うことになる。 彼等の時代は大学が1校のみで、かなり狭き門だったようだ。大学ではまだ教師の大半が外国人で授業は全て英語。
二人とも受験勉強時代には相当英語を勉強したことだろう。しかし、二人が仲良くなるきっかけが、共に寄席が大好きだったことにあると言うのだから面白い。漱石の作品はどこかユーモアに満ちているように感じるが、漢文で書かれても十分伝わってくる。紀行には漱石作の漢詩が大分盛り込まれているが、子規がこれをけなしていたりするが、英語では漱石には敵わないと認めていたりする。日本の文明開化を知るためには大変役に立つ作品だと思う。
2017年4月2日日曜日
少し変だよ
森友学園事件で塚本幼稚園の偏向教育がこれだけ世間から批判されているにも拘らず、昨日次の報道があった。『政府は3月31日、教育勅語について「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまでは否定されない」とする答弁書を閣議決定した。』最初エイプリルフールの冗談かと思ったが、そうではなく真面目な報道らしい。併せて、中学武道に「銃剣道」が追加、なんて報道もある。
こういったことは学習指導要領の改訂で、特に国会での審議は必要ないらしい。教育現場で学習指導要領がどんな意味を持つか知らぬし、これで我が国の義務教育が現政権が期待するほど右傾化するとも思えぬが、先生方が混乱して迷惑をこうむることだけは間違いなかろう。他にも、「聖徳太子がいなくなったと思ったら、やっぱりいました。鎖国は無かったとしましたが、江戸時代は鎖国でした。」なんてこともある。
大阪の実験校「森友学園」の実験は開校を待たずにポシャったことに何一つの反省もないのか?文部省の教育方針に明治憲法の精神を少しでも注入していきたい。安倍内閣の諦めない精神は、稀勢の里や羽生結弦選手と同じにしても褒められたものではないだろう。
こういったことは学習指導要領の改訂で、特に国会での審議は必要ないらしい。教育現場で学習指導要領がどんな意味を持つか知らぬし、これで我が国の義務教育が現政権が期待するほど右傾化するとも思えぬが、先生方が混乱して迷惑をこうむることだけは間違いなかろう。他にも、「聖徳太子がいなくなったと思ったら、やっぱりいました。鎖国は無かったとしましたが、江戸時代は鎖国でした。」なんてこともある。
大阪の実験校「森友学園」の実験は開校を待たずにポシャったことに何一つの反省もないのか?文部省の教育方針に明治憲法の精神を少しでも注入していきたい。安倍内閣の諦めない精神は、稀勢の里や羽生結弦選手と同じにしても褒められたものではないだろう。
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