読後感「漱石の夏休み」 高島俊男著

サブタイトルは<房総紀行『木屑録』>である。なんと読むか殆どの人は分からないと思うが「ぼくせつろく」と読むらしい。木っ端の寄せ集めと謙遜しているのだろう。漱石が23歳、明治22年の作品である。東京大学の夏休みに房総を約3週間ほどかけて旅行した紀行文で、親友の正岡子規に送ることを前提に書いたようである。ところがこの作品は全文が漢字で書かれているので、残念ながら読みこなせない。そこで中国文学や歴史に詳しい著者の解説が必要になる。

内容的には高々3週間の紀行文で、しかも現在であれば東京からアクアラインで内房に上がって館山まで行って外房に回り、銚子からも少し北に回って帰京しても車なら日帰りコースである。当然ながら目新しいことは無いもないようなものだが、著者の解説の方が余程面白い。例えば漱石と子規は同年の生まれであるが、子規が兄貴分を気取り、漱石は弟分のように振舞っていることが、旅先からの手紙のやり取りなどに表れてくる。

二人とも慶応3年の生まれだが、当時日本のエリート教育がどのように行われていたかも分かりやすく解説されている。先日のブログに少し書いたが、先ず国語である漢文を徹底的に教え込まれた(場所は様々)少年たちが、中学となる年代頃だろうか、東京に出て大学の予備門(高校に匹敵か)に入学するために、そのまた予備校に通うことになる。 彼等の時代は大学が1校のみで、かなり狭き門だったようだ。大学ではまだ教師の大半が外国人で授業は全て英語。

二人とも受験勉強時代には相当英語を勉強したことだろう。しかし、二人が仲良くなるきっかけが、共に寄席が大好きだったことにあると言うのだから面白い。漱石の作品はどこかユーモアに満ちているように感じるが、漢文で書かれても十分伝わってくる。紀行には漱石作の漢詩が大分盛り込まれているが、子規がこれをけなしていたりするが、英語では漱石には敵わないと認めていたりする。日本の文明開化を知るためには大変役に立つ作品だと思う。

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