2010年4月29日木曜日

映画鑑賞「アイガー北壁」

ご承知の通りこのところ山歩きにはまっている。休日にプール通いするのは只管その為の体力維持を目的にしているようなものである。今日はそのプール通いを止めて、劇場に足を運んで見てきた。1936年悪魔の山とされて未登頂であったアイガー北壁に挑んだ登山家の話である。ドイツの映画で実話をベースに制作されたものらしい。

主人公になっているドイツ人の2人がこの壁への挑戦を決意する経緯(ナチスがベルリンオリンピックを控え、国威発揚のために初登頂者を金メダリストとして表彰する事を発表)と挑戦を見守る傍観者(国威発揚を煽る新聞社、そこに挑戦者の恋人がいる)が背景にある。この背景が描かれているので、却って挑戦者の国威とか名誉とは関係ない山に対する思い入れとパートナーとの友情が際立ってくる。

未だ幼い頃から山の記録映画を好んで観たものだ。中学生くらいの時だったろうか、京大山岳部のマナスルへの挑戦を描いた「白き神々の座」やヒラリーとテンジンの「エヴェレスト」がカラーで紹介された時の衝撃は忘れられない。今でもNHKの「グレート・サミッツ」等山の記録テレビはよく観ている。この映画はこれらの記録映像に決して引けを取らない迫力のあるものだ。制作過程は分からないが、殆どロケーションで制作されているのだろう。思わず手を握り息を飲むシーンの連続である。

更に映画と言えばかなりの悲劇でも最後に若干の救いがあるのとしたものだ。ところがこの映画の凄い所は悲劇を悲劇として描ききっているところだ。山に登る理由は人様々である。主人公2人もパートナーではあるが思いは別だ。脇にもう一組オーストリア隊が登場するが、彼らの思いは別にある。そして山は挑戦してくる者に対して等しく厳しい。当時としてはそれぞれ山岳国家を代表する超一流のクライマーである筈の4人が、次々と自然の厳しさに打ちのめされていく。

最初はそれぞれ自分は負けない(自然に対し、競争相手に対し)と思っていても、最後には登頂を断念して力を合わせて降ろうと決断する。しかし時すでに遅く・・・・・。超人的な肉体や精神力を誇っても、岩山への挑戦が如何に卑小なものか、迫力ある映像に圧倒され、観ていて涙も出ない。「山は恐ろしい」を改めて痛感した。今までに見た山岳映画では最高としたい。

2010年4月28日水曜日

市民感覚

小生は毎度恥ずかしげも無く俄か仕立ての床屋政談のようなものを書き連ねている。毎度読んでくださる方が如何ほどの共感を持ってくださるかは分からない。時にはとんでもない事を言いやがる、と思う事も多分にある筈。しかし大部分の方は小生の実像もご存じなので「あの馬鹿はそう思うのか」と自分の考えに取り込む前にフィルターを通す事が可能である。少なくとも小生は自分が書いたものについては責任を持っている。「とんでもない事を書きやがって、謝れ」と言われて納得すれば謝る覚悟はしている。

最初から言い訳めいた事を書いたが、ブログと異なり新聞の報道は、どんな馬鹿が書いた記事か先ず見当がつかない。テレビの場合は喋っている奴の顔は見えるが、聞いていると「我々が期待した政権交代(政権公約)」とか「私たちの感覚」を頻繁に使っている。以前から何度も書いているが、ニュースショウを司会する男女が政治問題や社会問題を掘り下げて研究している筈も無い。大方は台本にあるセリフを暗誦するのに精一杯で、最後のところで先ほどの「私たちの感覚」や「市民感覚からすると」を旨く繋ぎに使うだけの事である。要するに最初から自分の意見であるような、あるいは無いような(多分こちらだろう)いい加減なのだ。

その脇に控えるのが論客と称する解説者や専門家である。いつも茶の間で笑っているのだが、世の中に良くもこれだけ専門家が居るものだ。これも実にいい加減で、己の考えを断定的にしゃべる人間はごく稀である。そんな人間はすぐに座敷が掛からなくなる。竹中平蔵氏は自説に拘泥するように見えるが、説が巧妙に変化していくので更にたちが悪い。殆どが適当なところで市民感覚に折り合いをつけている。嘘だと思ったら、彼等が先ほどの「」付きのフレーズをどの程度使用するか見てください。政治家が「国民の大多数が・・・」と言うのは商売(市民多数に支持されなければ政治家になれない)だから仕方が無いにしても、かなりの識者が「市民感覚」を強調しています。

従って日夜こんなメディアにつき合っている一般市民はどうなるか。言わずと知れた話で、無意識のうちに新聞やテレビの報道を中立的なものとして受け入れてしまいます。最近の決め台詞は「新政権は全く期待外れだが自民も駄目だ」で、これさえ言っておけば間違いない。がメディアの立場だが、この文言についても彼等は何の責任も取る気はない筈。同様に昨日あたりからメディアに華々しく登場してきたのは「絶対権力者・小沢一郎」。このセリフは例の生方某が民主党副幹事長辞任騒動のときに使用したかと思うが、昨日の「検察審査会」の結論で一気にメジャーに駆け上がった。

この「検察審査会」なるものも一般市民11名で構成されるらしいが、誰ひとり顔が見えない。明石の陸橋事故事件も「検察審査会」の2度に亘る申し立てで、検察が無罪とした警察幹部を起訴する事が決まった。小生には分からないが、被害者遺族の感情=市民感情からすると極めて納得いくものなのだろう。今回の陸山会事件に関する小沢一郎氏に対する申し立ても同じだ。

今日のテーマと少しずれるかもしれないが、「普天間移設問題」の沖縄県民の思いと徳之島町民、鹿児島県民の思いにも少し共通する部分がありはしないか。大部分は他人事とみなして、安心して政府を叩いているのだろう。日本国民の思いからすればどうなんだろう。米海兵隊が日本に基地を置いている事が日本の抑止力になっている、とする意見が多いようだ。(小生は不必要と思っている。社民党みたいで嫌だが仕方無い。念のため)こんな難しい問題にまで素人が気安く意見を言ってはいけないからやめる。

2010年4月27日火曜日

ゴールデンウィーク

今週はいよいよゴールデンウィーク入りだ。端午の節句前後特にわが故郷信州では気候が実に爽やかで気持ちが良い。勉強や仕事を一時休んで遊びまわるには正に最適であろう。古来我が国は正月と盆には家を出ていた家族が帰省して一家団欒の時を過ごすものと決まっていたが、近年はこれにGWが加わって機会が一回増えている。核家族化で一家が分散して暮らすケースが多いので悪い事ではない。交通機関が混みあって集まるのに一苦労だが、やむを得ないだろう。GWを地域ごとに分断して交通量の軽減を図るなんて愚は取らないようにすべきだ。

手前勝手な欲を言えば、普段利用しているJRの老人割引(ジパング倶楽部)がこの3大レジャーシーズンに無効になる。ただでさえ混みあうのだから暇な老人にはご遠慮頂く趣旨だろうが、この考え方はおかしい。利用者のニーズに老若男女の別が無いのだから、老人にだけ我慢を強いるのは如何ものか。若い人からすれば普段特権的なサービスを享受しているのだから、こんな時ぐらい若い人に譲れという理屈だろう。しかし僻みっぽくなっている年寄りからすると、「年寄り遠慮しろ」とあからさまに言われてしまうと「やっぱり!世界は若い人の物、もはや無用の員数か」と落ち込んでしまうかもしれない。

以上は一般論で小生が落ち込んでいる訳ではない。我が家は娘夫婦2組とも幸い都内在住なので、互いに比較的頻繁に顔を合わせている。勿論このウィークはそれぞれ旦那の実家に行ったり、我が家にも来るのだろうが全てを婆さんに任せ、小生は一人で遊びに行かせてもらう。例年ハイキングが多いのだが、今年は既に4回も山歩きをして一昨日も行ってきたばかりだ。流石に疲れて今度の連休は山歩きはしない事にする。かといって若い時のように急に海外にと言う気にもならない。昨日少し考えて、志賀高原で春スキーを楽しむことにした。

若い時からスキーは随分滑ったが、GWに滑るのは初めて。ここ数年毎シーズン志賀高原に行ったが、横手熊の湯方面は全くのご無沙汰だった。4月に入っての降雪が多いから雪崩に要注意の警告も頂いた。でもゲレンデは大丈夫だろう。リフトで横手山頂に登り、コーヒーでも喫しながらゆっくりと眺望をおさめるのを楽しみにしている。

2010年4月26日月曜日

花の山里と両神山


昨日絶好の行楽日和に誘われて奥秩父でハイキング。目的地は首都圏では数少ない「深田久弥の日本100名山」に挙げられている両神山。先週の初めから週末天気になったら行こうと決めていた。調べてみるとアクセスが極めて悪いと言うか不便。池袋から1番の特急で行くと西武秩父に8時15分に着く。接続のバスが1本あるのだが、登山開始が10頃になってしまう。
登山口から帰りのバスも15時5分前と16時3分と2本あるがどう考えても日帰りには向かない。

やむを得ず西武秩父からタクシーを利用する事にした。片道8200円程だそうだ。それでも1時間足らずで登山口まで運んでもらえる。早めの朝飯をすませて6時15分に家を出る。既に眩しい程の日の光、そしてピリッとした寒さが残っている最高のお天気だ。6時55分発の西武線レッドアロー号車窓から真っ白な富士山が良く見えた。秩父駅で予約しておいたタクシーに乗り込む約50分で登山口の日向大谷口に到着。登山口近くは両神村と呼ばれているようだが、梅桃桜にレンギョウ山吹が咲き乱れさながら桃源郷を思わせる佇まい。

昭文社の山と高原地図によると所要時間は登り3時間30分、降り3時間。運転手さんに聞くと「自分が登った時は4,5時間掛かりましたよ。」との事。些か不安を覚えるが取敢えず4時には迎えに来てくれるとの事。9時を回り大分陽が高くなってきたので、薄手のシャツに着替えて登山を開始。開始地点の標高は685m山頂が1723mとあるので標高差は1000mを超える。最初は薄川渓谷沿いの登り、登山道の整備が悪い上に渡河地点も沢山あって歩きにくい。

途中1300m地点に清滝小屋なる山荘の表示があるので、そこで一休みと思ったが未だクローズ状態で近くにテントが4,5張り残されている。ここまでは一応目標の2時間を切ったので少し休憩。ここから急になるのは分かっていたが、急坂が続くうえに鎖場や残雪や凍結で結構難儀をする。しかし鎖場の待ち合わせのお陰で休憩が出来たので却って助かったかもしれない。両神の由縁ともなっているようだが、一先ずピーク(両神神社本社)にたどり着く。しかしここからの登り降りが激しく道が悪い。これも結構きつい。

特に山頂直下が鎖場になっていて、ここで2本のストックを手にしたままうろちょろしていたら、降ろうとしていた人に叱られてしまった。「鎖場ではストックをちゃんと仕舞って取り掛かれ。」「どうも済みません。」と一応謝ったが、結局そのまま登ってしまった。ストックが絡んで死亡事故が多発している旨何度もご警告を頂いてしまった。余程よぼよぼ爺に見えたのだろう。結局山頂に辿り着いたのは12時45分だから3時間40分程掛かった事になる。

山頂は岩でやや狭いが360度の絶景、富士山こそ見えなかったが甲武信岳、金峰山等秩父の山々は言うに及ばず遠くは雪をかぶった八ヶ岳連峰から北アルプス迄がはっきり見える。空は真っ青で絵に描いたように雲がぽっかり浮かんでいる。正に息をのむ見事さだ。昼飯に温かいものをと思って一応準備はしていたのだが、風景に見とれて疲れを癒している間に時間が過ぎ、気がつけば既に13時30分近く。昼飯はもう握り飯とオレンジだけで我慢、後はスポーツドリンクと糖分を補給して帰り支度。タクシーとの待ち合わせには2時間半しかない。

少し慌てた気持ちで下り始めるが、先ほどの警告でストックを格納したまま少なくとも両神神社本社下の鎖場までは行かねばならない。登りも苦労したが、降りは相当に緊張した。尾根の危険個所をかわして清滝小屋の少し手前から又ストックを使用。気も焦っていたし疲労感があったのも確かだが、暫く行くと急に太股の内側がつってしまった。足がつる経験は初めてである。「こりゃやばい、落ち着け」と自分に言い聞かせて少し歩調を緩める。昨日プールで開脚ストレッチの時にどうも股の開き具合が悪いと思ったので、少し頑張ったのが仇になったのかもしれない。

全て齢のせいにしておけば気が楽だ。少し楽なっても暫く歩くと又少しつりそうな感じが来る。兎に角慎重且つ急いで降った。2時間半は無理かと思ったが、登山口には約束の1分遅れ4時01分に着く事が出来た。村人も登山客は誰もいないので運転手さんに暫し待ってもらい、ゆっくりと着替えをして、里の景色を少し写真に収める。5時10分頃には秩父駅に着いたが、観光客でごった返していて特急には乗れず。婆さんに約束の杓子菜漬けを買って5時30分発各駅停車で2時間掛かって池袋へ。

思いの外早かったじゃありませんか。と慰めめいたお言葉を頂きビールで乾杯。9時には寝てしまった。

2010年4月23日金曜日

読後感「小沢君、水沢に帰りたまえ」江藤淳 著

江藤淳氏の昭和末期から亡くなる(平成11年7月)直前約10年間の40件程政治的な随筆を集めたものである。冒頭の1篇が平成9年3月の「帰りなん、いざ―小沢一郎君に与う」である。小沢が新進党党首に選ばれはしたが、分裂の危機直前にあった時期のものである。小沢を貶めるために書いているのではない。更にこれから半年後、軽い沢の江藤氏山荘に小沢氏が訪ねて対談もしている。

江藤氏はこの本の中でもいろいろな政治家を取り上げ、それぞれ辛口の批評をしているが、小沢一郎についてはかなり評価していたように思う。「水沢に帰れ、」の意は小沢の政治的理想を評価しながらも、江藤氏自身が政界の汚辱に嫌気がさして、小沢にも権力抗争から身を引く事を勧め、別の高い次元で政治をリードするようにアドバイスしたつもりだろう。小沢は結局著者の意には全く反して現在に立ってしまうのだが。

本書を読み進むと小沢関係以外に様々な事が見えてくる。先ず日本の政治がここ20年ほど空回りしている事が良く分かる。行財政改革、郵政民営化、地方分権、日米関係、全ての念仏が20年たった現在でも同じように唱えられ、前政権ではその実が上がってこなかった。中曽根さんのいい加減さ、特に「ロン、ヤス」の軽さを厳しく批判したり、橋本行革や増税路線に対する批判については全く同感である。やはりこの頃から小沢路線を支持していたのだろう。

著者とは個人的にも多少のご縁がある。昭和の末期だったろうか、当時テレビ番組の制作に関係していて、何度か東京工大の研究室に伺って「日英同盟」についていろいろ教えて頂いたり、会食させて頂いた。それまで「海は甦る」の作者である事は知っていたが、政治的な論客であるとは知らなかった。未だメディアに現在のような政治的コメンテータが多数登場していなかった故もあろう。結果的に企画は没になったのだが、その報告に伺った時も嫌な顔一つされず、優しい先輩として接して頂き感激した事を記憶している。

著者については毀誉褒貶様々で、特に晩年の言動に関しては賛同しがたいものがあるのも確か。しかし同時代の同じ保守の論客石原慎太郎氏に比べると文章に格調があるし、人間的な優しさと純粋さを感じる。著者が自裁せずに生きて今日の政治状況を見たら何と言っただろうか?


2010年4月22日木曜日

平穏な幸せ

昨日は夏日、今日は冬の寒さで、昼間の最高気温が昨日と比較して17℃も低いそうだ。確かに寒い、部屋に暖房が必要である。

昨晩は娘から送られてきた孫の小学校の卒業式と中学校の入学式のスナップ写真を見ながら盛り上がった。面白い事に小学校の卒業式でも中学校の制服を着用している。制服はブレザーでかなり大人っぽく見える。彼自身大変気に入っているのだそうだ。親ばかみたいものだが、至極真面目で凛々しく見える。感激して思わず「孫のこんな姿を拝めるとは長生きして良かった。」と言ったら、横で婆さんが大笑いしていた。

「血筋を引いてあなたのように憎たらしくならないようにしなければ。」
「俺の血が入っていれば他人様に好かれる事はあっても恨まれるようになる筈が無い。第一婆さんの血も入っているから大丈夫だろう。」てな調子で観客無しの漫才見たいもの。とても他人様に聞かせられたものではない。

でもマジで思っている。彼がどのような人生を歩むことになるか、又どの辺まで見届ける事が出来るのだろう。何れにせよ彼の人生に比べればそう長くは無い事だ。自ら納得して道を選び、後悔しないで歩んでほしいものだ。

「人の将来よりあなたの近い将来、連休はどうするの?」と聞かれた。何処か山には行く事にしたいが、このところの天候不順の影響でどうも気持が定まらない。


2010年4月21日水曜日

党首討論

今日も又暇にまかせて党首討論を最初から最後まで見た。自民党総裁谷垣さんは「あなたは日米関係を悪化させている、ばら撒きで日本の未来を暗くしている、政治と金の問題で国民に政治不信抱かせた。」3点セットを掲げた。そして「5月末の普天間移設問題解決に職を賭すと言いなさい。」と迫った。勿論鳩山総理が「ハイ、その時には私は辞めます。」なんて言う筈も無い。正確には覚えていないが「旧政権の後始末を職を賭す覚悟でやっている。」と開き直られたところでお時間となった。

谷垣さんが少し可哀そうになった。特に米軍海兵隊の抑止力で鳩山さんから「日本にとっても抑止力はある。」と答えを引き出したまでは良かったが、知ったかぶりのついでに「朝鮮半島の有事や世界平和への貢献等を考えれば、駐留地は地政学的に沖縄でなければならない。」ような事を言ってしまった。口が滑ったのかどうか分からないが、これは言わない方が良かったのではないだろうか。自民党が日本の国益を離れてアメリカの世界戦略の片棒を担ぐポチになってる事を端無くも曝け出した様に感じるのは小生だけだろうか。

谷垣さんは沖縄の負担軽減に思いを致さない事を自ら認めた事になっている。沖縄の人達が今日の討論をどのように受け止めたか是非教えてほしい。鳩山さんには「日本に海兵隊の抑止力なんか必要無い。」とどこかで開き直ってほしい。どうして出来ないのだろう?はっきり言い切れるのは共産党の先生だけと言うのも少し情けない。どうせなら2大政党の党首が、国益という観点からすれば今後日米関係をどうすべきか、についてもっと堂々の論戦をしてほしい。

公明党の山口代表は相変わらず政治と金で迫っていたが、なんかあっさりとかわされた感じだ。山口さんはプロの弁護士、鳩山さんはその意味ではアマチュアなのに不甲斐ない。