2025年2月2日日曜日

もう少しの自主性を

 日本の宗主国のようにふるまうアメリカの政権が代わって、新しい殿様からお呼びがかからないので不安になったのだろう。日本外務省が一生懸命努力した結果かもしれぬが、今週7日に石破首相とトランプ大統領の会談がやっと設定された。アメリカからすれば飛んで火に入る夏の虫とばかりだろう。中東やロシア対ウクライナ戦争の下火で、アメリカの主要産業の兵器武器産業の連中が次のカモをと考えている矢先のことだ。役立たずの武器を買わされたり、アメリカの防人のように日本にとって無理な役目を背負わされることが目に見えるようだ。

我が国とアメリカの関係は先の大戦での敗北の結果だから、後数十年は仕方ないかもしれぬ。しかし国際的に独立が認められたのは1951年に調印式が行われ、翌年の4月に発効したサンフランシスコ条約だからもう70年以上経っている。領土は小さくなっても人口は戦前よりはるかに増えてるではないか。指導者の皆さんも皆戦後生まれて優秀とされている方だ。前例を貴ぶ日本の政治風土を一概に悪く言うつもりは無いが。

もう少し己の、そして国としても、国際的には自主性言い換えれば本来の日本人らしさを発揮してもらいたい。 

2025年1月31日金曜日

若い力を忘れていないか

 今朝知ったばかりの話だが、実際は昨年6月に発表されていたこととのこと。内容は中体連(日本中学校体育連盟)が全国中学校体育大会(全中)の規模を2027年度から、縮小するとのこと。要するに中学校の全国大会を止めるとのことだ。縮小されるのは夏季と冬季の計19競技のうち、水泳、ハンドボール、体操、新体操、ソフトボール(男子)、相撲、スキー、スケート、アイスホッケーの9競技が開催されなくなる。

孫たちが中学生時代に熱中していたバスケは入っていないが、学生スポーツは体育と称せられるように人間形成に大いに好影響がある。故に指導者不足とか要員は様々あるのだろうが、為政者は努力して中学生のスポーツ活動を応援してほしいものだ。個人的なことを更に言えば、孫たちが東京都大会や全国大会まで行けたので、馬鹿爺婆ぶりを発揮して遠い中学校の体育館まで応援に行ったことを思い出している。孫たちもバスケを通じての中学時代の友人関係が社会人となった現在も続いているようだし、スポーツを通して得たものは有益且つ多いだろう。

人口が減ると言うことはこんなところにも影響が及んでいること改めて知った次第。同じテレビニュースで外国人労働者数の話が出ていたが、これも既成の認識とは大分違っていた。古い記憶で言えば外国人と言えば人数的には精々100万人前後、旧日本領だった韓国、台湾、フィリピン人は別として日系人が多いブラジルからの出稼ぎが多いと思っていたが、現在人数的には230万人、最も多いはベトナム人56万人、次いで中国人42万人とのこと。

国会は110兆円を超す新年度予算案を巡って騒がしいが、何か大事なことを忘れているように思えてならない。

昨日投稿したつもりでいたが、投稿手順を勘違いして未投稿だったので今朝公開した。

2025年1月30日木曜日

何ごとも程ほどが

 曲がりなりにも自宅に仏壇を持っている仏教信徒の端くれとして、首相の施政方針に苦言を呈したい。石破首相はキリスト教徒なので人間観が異なるのだろうが、年初の施政方針で「楽しい日本を目指す」と述べられた。昔から親が子への訓えの基本は刻苦勉励にあり、決して楽しめとは言わないものだ。人生は苦しみの中でささやかな楽しみを見出すことに意味があるので、楽しみは求めて得られるものではあるまい。小生も毎日老後の楽しみを色々求めて暮しているから禁欲主義でも何でもない。しかしできるだけ多くの人が平穏に暮らせる平和な世界を夢見てる。

年初に目指す日本社会を、弱者救済、貧富の格差、教育の格差を狭めるとか何とか言った方がまだ益しだったように思う。いつの時代も、首相の周辺で見える景色はエリート社会の一角しか無いので仕方ないかもしれぬ。エリートたちが忘れがちな庶民は、日常的に<生老病死>四苦の何れかに悩まされていると思う。首相も言葉としてはご存じだろう。

これに加えて八苦があることは知っていたが、お釈迦様は何を加えたか知りたくて調べてみた。

愛別離苦(あいべつりく): 愛する人と別れなければならない苦しみ

怨憎会苦(おんぞうえく): 嫌いな人や憎む人に会わなければならない苦しみ

求不得苦(ぐふとっく): 求めているものが得られない苦しみ

求不得苦(ぐふとっく): 求めているものが得られない苦しみ

五蘊盛苦(ごうんじょうく): 五つの蘊(うん)(色、受、想、行、識)が盛んに働き、苦しみを生み出すこと

五蘊盛苦は説明を読んでも難しいが、生きてる限り執着心から逃れられないことらしい。しかし言われてみれば何れも尤もで、日本に暮らす人すべてに当てはまるかどうかは別として、楽しみなんて程ほどにしておかねばなるまい。

2025年1月28日火曜日

どうでもいいこと

 毎朝毎晩テレビをつけて最低でも30分はニュースを観るし、ネットで朝日と日経の項目ぐらいはチェックをしている。それで世の中の動きの大体が分かったつもりでいるわけだ。ところがテレビ新聞のどちらでも大きく取り上げられているフジテレビの騒動がどうしても理解できない。ネットの力も借りて少し解ってきたこともあるので書いてみたいと思う。恐らく多くの人が分からずにいると思うので役に立てば幸いだ。

そもそもの発端が重要。先日人気芸能人の中居正広氏か、芸能界からの引退を表明してレギュラー番組を全て降板した。彼は昨年5月に週刊文春でフジテレビの女子アナとの交際で揉めていることを報じられたらしい。週刊文春も毎号欠かさず目を通しているが、記事は全く記憶に無い。要するによくありがちなことと思ったのだろう。最近分かったのがその揉め事解決のため中居氏側が女性に9千万円支払ったとのこと。ちょっとアメリカの大統領や新国防長官のスキャンダルと似ている。

この解決にフジテレビが関与したかどうかは未だに分からないが、フジテレビはトラブルがあって解決した事実ははっきり認識していたそうだ。問題はここからで、その事実を知りながら中居氏を咎めず、番組に出演させ続けたのがいけないと騒ぎが起きたらしい。この騒ぎで、フジテレビ側は昨日社長を含む数人が辞職を余儀なくされた。事の原因が中居氏の強姦にあったと言うなら警察沙汰だろうが、警察が動いた形跡も見受けられていない。

昔流に言えば、少し身持ちの悪い金持ちと有名人好きの男女が悪さをして、男性側が慰謝料で法外なお金を支払ったか支払わせられたかで、他人がとやかく言うほどのことかなとも思う。大岡越前のような名奉行が居れば三方一両損だから女子アナもお裁きの対象になるだろうが、放送局が人身御供で中居氏側に差し出したとすれば話は別だ。

全く別の話になるが、昨日以前から気になっていたことをグーグルのAIに訊いてみた。評論家として信頼している青木理氏が最近マスコミから遠ざかっている理由だ。ところがAI(GEMINI)からはまともな回答が返ってこない。これでは中国製DEEP SEEKにやっつけられても仕方あるまい(笑)。仕方ないので苦心惨憺して自分で回答を見つけた。以下は昨年9月27日の記事からの引用。

<政治メディア「ポリタスTV」の番組「報道ヨミトキFRIDAY」に出演し、同チャンネルで自民党支持者層を念頭に「劣等民族」と発言したことについて謝罪し、地上波テレビ番組の出演を当面、自粛することを明らかにした。>

2025年1月27日月曜日

平和ボケかなぁ

 戦争から遠ざかって既に80年、現代の日本人の多くは昔よく聞いた(せんさい予防)即ち戦争災害からの予防措置と言う概念を殆ど忘れている。物心ついた頃はどこの家にも防空頭巾や水筒は用意され、庭のある家は防空壕を掘って緊急時の避難場所を作っていたものだ。更に隣組では年中防空訓練が実施されて空襲があった場合の避難経路や場所を知らない大人はいなかっただろう。因みに終戦間際に一度だけ長野市内による空襲警報が発せられ、市内の北に位置した女学校裏のしぐれ沢なる飯縄登山の入口まで連れていかれた経験がある。

今考えれば噴飯するほどのお笑い草だが、国民がまじめに対応していたことは事実だ。序に一言付け加えると昭和22年に小学生となったが、当時学校の近くに戦災孤児の収容施設があった。確か三帰寮と名付けられていたと思うが、長野市が設営していたのではと思ったりしている。当時日本は現代のパレスティナと同じ焼け野原あちこちにあって、長野市の被害は殆ど無いに等しかったと思う。本格的な被害を受けた原爆被災地や首都圏なんかにでは長野市のような対応ではとても及ばず、あちこちに現代は死語同然の浮浪児の存在があり、大人たちも三度の飯を食いあぐねる日が暫く続いていたのだろう。

ささやかな記憶だが、現代日本はそんな記憶すら無い政治家によって安全保障問題が議論されている。一方戦災の記憶がかすかに残る小生にはどうしても理解できない新造語は政府やマスコミ関係者がよく使う「核の傘」だ。核爆弾で痛烈な試練を味あわされたので、全国的にシェルターを構築してそう呼ぶなら少しは理解するが、アメリカが原爆を所有していて、日本には置いていない事になっている原子爆弾が何故予防措置になるのか全く理解できない。一方アメリカを含む核保有国に使用させないようにする国際条約を作ろうとする核兵器禁止条約国の動きもある。

この条約に日本も参加すべきとする民間団体の一つが昨年ノーベル平和賞を受賞した被団協であることはご承知の通り。共に1世紀近い間それぞれ二度と戦災を被らないことを前提でのお考えなので、どちらが良いのか小生には分からない。ただ最近片方がノーベル賞を受賞したので、両者がマスコミの前で対面せざるを得なくなった。両者ともに慇懃な対応をしているが、腹のうちは互いに相手を困った奴だと思っていることだろう。

中国やロシアでなくて北朝鮮や中東の小国でもどこでも良い、アメリカに刃向かえば第三次世界大戦になりかねない。そんな時に初めて日本が巻き込まれる危険性が生じるだろう。国会で行われている首相の施政方針に対する質疑応答を聞きながらこれを書いているが、誰もそんなことは考えていないようだ。

2025年1月26日日曜日

進歩と向上

 先日の宵の口に故郷長野市駅前で発生した通り魔事件。犠牲なられた方は本当にお気の毒でお悔みとお見舞いを書くしかなく心を痛めていたが、今朝の報道で取り敢えず犯人らしき人物が警察によって早めに逮捕されたことを知り、少しほっとした気分になれた。長野市に住んでいたのは18歳までで、当時は人口10万人。現在は40万人を超えてるそうだから犯罪者や病人も増えてることは間違いないだろう。

閑話休題:今日は明るい話題を書きたい。年寄りにすれば最も縁遠い進歩と向上に関することだ。昔から勉強に限らず飽きっぽい性格もあって、趣味にしても何をしても長続きしなかった。しかし普通の人に比べるとやや遅めの40歳前後に独学で始めた囲碁のこと。覚え始めてすぐに大阪に転勤となり、ここで懇意になった得意先の紹介でプロ棋士の指導を受けたことが始まりで、不思議なことに40年以上たった現在でも毎日のようにネット上の囲碁クラブ(会員約8万人とのこと)で囲碁を楽しんでいる。

棋力の方は、もう歳だから向上は無理だろうと諦めてかけていたが、最近自分でも棋力向上を実感できる対局が何局か続いている。因みに5年前の2025年1月20日のブログに以下の記録がある。「会員中のランキング「世界ランク:10840位 日本ランク:7586位」は少しずつ進歩しているように思う。」改めて昨日までの記録を確認すると「世界ランク:8354位、日本ランク5806位」だから過去5年間少なくても後退することなく進歩と向上があった証拠に他ならない。

自画自賛のご粗末。乞ご容赦

2025年1月25日土曜日

石破首相の施政方針

 昨日、来年度予算を決めるための通常国会が始まり、首相の施政方針演説が発表された。直接聞いてはいないが、例に倣って各論がちりばめられているので聞いても意図を掴みかねるだろうが、総論として興味深い発言があった。「目指す国家像として、すべての人が安心と安全を感じ、多様な価値観を持つ一人一人が互いに尊重し合い、自己実現を図る「楽しい日本」を掲げ、バランスの取れた国づくりを進める決意」とのことだが、幾ら読んでも意味が分からない。一国の指導者が政府の方向性として「皆さん楽しくやりましょうよ」と敢えて言うのは変ではないか?

大金持ちから貧乏人まで皆苦楽は別として、勝手と言うか個性的に生きざるを得ないので、社会は常にぎすぎすしてバランスがとりにくいのが当たり前の世の中だ。数千万人の夢や希望をいちいち聞いてはいられないが、国全体としての方向性はこのようにありたいと述べてほしかった。

国の形を変えること目指して首相になった人物が語った方針で、当時はろくに興味も無かったが、後になってうまいことを言ったものと感心するのは、池田勇人氏の「所得倍増計画」田中角栄氏の「日本列島改造計画」と記憶する。何れも小生にすれば子供に等しい青二才だったが、大人たち、特に政府の官僚諸氏はその大方針を踏まえて政策を立案した筈。結果国民の殆どが数年あるいは数十年後にその恩恵を被ったと実感することになったのだと思う。

昨日の石破氏の大方針では、政策立案者も意味が分からないから前例に頼ざるを得ないだろう。マスコミは目玉は地方創生予算の予算の倍増とお茶を濁している。首相は数年ごとに選挙の試練を受ける政治家だし、現首相の石破氏は何年ポストに居られるか分からない不安定な位置にいることは理解するが、だからこそ思い切った長期展望を示してほしかったが、無いものねだりかどうか、周辺を取り巻く官僚やらの人物にすっかり馬鹿にされて詰まらぬ施政方針を読まされてしまったものだと、ある意味同情したくなる。