2021年3月7日日曜日

何が緊急かね?

 もうだいぶ前から今日で緊急事態宣言が解除され、生活が少し楽になると考えていた都民は少ないだろう。だから明日以降の生活にも特段の緊張感が増す筈もない。昨日と同じ態度の生活が明日以降も続くだけのことだ。政府も、頼りとされている専門家集団も当然分かっている筈だが、何故同じようなメッセージしか出せないのか?血の巡りが悪いことを自ら証明しているに過ぎない。常識的に考えれば、2週間後は今日より感染者が増え、重症患者数も改善されずに死者数も増え続けているだろう。 

3月21日に現状が改善される根拠があるなら是非提示してもらいたいが、提示できる専門家は居ないようだ。毎日のように前を通る居酒屋のシャッターには「1月8日から当分の間休業します」の紙が貼られたままなので、紙が破れかけている。店主は1日6万円の休業手当 を貰ってほくそ笑んでも、働き場所を失った従業員はたまったものではあるまい。政府も自治体も市民の行動に対して注文を出し続けるだけで、自らはこの1年間に何をしてきたか?マスクを配ったり一人10万円の特別給付金を1回配っただけで、他に特段のことは皆無に等しい。

最近世界各国で始まっているワクチン接種については殆ど周回遅れで、年内に全国民に行き渡る目処さえ立たない状況ではないか。ワクチンは国産化は実現ができなかった。これも政治の無策だろうが、ワクチンのみならず、薬品についても様々候補があるにも関わらず、何一つ緊急承認されていない。政府は口先で緊急事態を唱えながら、事態の緊急性を全く自覚出来ずに居ることが歴然としている。これで7年前の計画に基づいてオリンピックを開催する気でいるとすれば、まさに狂気の沙汰だ。

医療関係も改善できていない。コロナ感染が広がる前は医療については先進国と思っていたが、これも裏切られた思いだ。ワクチン接種が始まって、医療従事者が500万人近くいると初めて確認された。この数字は諸外国と比べても遜色ないだろう。しかしコロナ対策に限定して見ると、適切な運用下にあるとはとても思えない。未だに入院できずに居る感染者数は全国では1万5千人、都内だけでも1500人も存在している。

国全体で感染者が一人発見されても大騒ぎになる国があるのに、この差はなんだろう?結局は政治のご粗末、何事も後手後手で、前向きな対策を打てなかっただけのことだ。先手と後手には天地ほどの差があること殆どの人が認めるだろうが、被害を被っている人に対しての救いは一向に発動しない。何が緊急事態なんだろう?

2021年3月6日土曜日

リーダー不在

 政府はだいぶ以前から「働き方改革」なる標語を掲げている。何を目指してどんな法案が成立したか知らない。要は日本に古くから伝わる縦型社会の働き方、即ち「遅れず休まず働かず」。特に役所に多いとされるこの非効率な働き方を改めることを目的にしたのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。昨日の報道によると「政府は5日、新型コロナウイルス対応を統括する内閣官房の対策推進室で、平均の超過勤務時間が今年1月、122時間に上ったと明らかにした。」とある。国民の多数はまともに受け止めて、官僚が可哀想だと思うだろうが、そうは思わない。

同室には102人が勤務、厚労省では単月の「過労死ライン」を100時間と見てるようだが、最も多かった職員は378時間だったとのこと。現役を退いて長いので現状は知らぬが、昔大蔵省時代の話だ。次年度予算査定が本格化するのは毎年年末近くになってから。この時期になると大蔵省主計局職員や、対応している各省庁の会計担当部署職員の幹部クラスは何故か夜仕事するものとなっていた。出勤は午後からで査定に関する各省庁への指示は夕方、大蔵省幹部は夕食を官官接待民間接待か知らぬが、外でとって深夜に役所に戻る。

ここで報告を聞いて、「じゃあ今日はここまでにしよう。」てなことで、対応している官庁に連絡が行き、やっと職員は開放されてタクシーでの帰宅となる。上がそうであれば下がどうなるかは言うまでもない。当時は霞が関官僚の超過勤務手当は一定額でで打ち切られていたので今度報道されたようなことは無かったが、代わりにノーパンしゃぶしゃぶ事件なんかが面白おかしく取り上げられた。

今は働き方改革のお陰で、霞が関官僚は超過勤務を青天井で申告できるようになったに違いない。いくらアホな大臣の下でくだらぬ仕事を言いつけられても、まともに月に100時間も残業なんか出来るはずがない。土日祝祭日もアホな大臣が役所に顔を出したりするので待機だけはする必要もある。普通に考えれば誰にもすぐ分かることだ。そもそもこんな役所に100人以上のスタッフを集めて余計な仕事をさせる必要があるか大いに疑問で、むしろ所管官庁の痩せ細りを心配すべきだ。安倍内閣以来、内閣府が焼け太りを始めているようだが、国家行政の目詰まり箇所が増えるだけで、事実が物語っている通り何一つ実効は上がらない。

想像するに昔と根本に於いて何も変わっていない。なんと言っても律令国家の陰を引き摺っているくらいだから、今に始まったことではないが、政治家は行政の目詰まりを正すために送り込まれているはずなのに、問題を発見→解決する意欲に乏しいのせいだと思うが、枝葉末節でつまらぬことを言い出して、行政の混乱だけを拡大している。やはりリーダー不在の国家はどうしようもない。早くまともな政治家が出現して欲しい。

2021年3月5日金曜日

ボランティア活動

 自慢にはならないが生まれてこの方、所謂ボランティア、社会奉仕活動に参加したことが一度もない。報道では何か大きな災害が発生すると必ず、自然発生的に災害復旧の手助けのために駆けつける人が沢山いらっしゃる。10年前の東北大震災の時は、かなり長期間タレントなども入り混じって多くの人が思い思いの場所に駆けつけた様子を何度も目にしたものだ。このような行動に出る人には大いに敬意を払う必要があるだろう。

更に、このような事態にテレビで盛んに呼びかけられる募金があるが、これにも一度も応じた記憶がない。社会と言えば知らない人の集合体と思っているので、見知らぬ人のために時間とお金を割くほど暇でもないし、経済的余裕も無いと思っているからだ。ただ町内会で毎年秋に回ってくる赤い羽根募金だけはしているが、見方によっては相当ケチな爺ということになるかもしれぬ。どうしてそうなったか理由ははっきりしない。幼い頃育てられた祖母も両親も、それなりに社会への奉仕はしていた。

祖母は元来愛国婦人会に所属して社会奉仕は積極的に行っていたし、母も大学婦人協会と言う組織を通じて同様の活動をしていた。未だに記憶していることに、松本在住時代に少年刑務所の慰問に同行したことがある。息子である私に余り語ったこともないような調子で受刑者に語りかけていて不思議な気がしたものだ。ただ、その母も自分の子供達のPTA活動には殆ど参加しなかった。代わりに祖母と家内は教育熱心で、子や孫が通う学校の校長先生からは煙たがられていた可能性もある。

父は普段社会奉仕に熱心だったとは言えないが、相当大きくなった頃だから昭和30年代初めころだったか、何かの褒章を受章した際に故郷の北塩尻小学校に10万円を寄付して「小林(我家の姓)文庫」を作った。このことはこちらがリタイアしてから田舎の従兄弟と近くの知り合いの家に立ち寄った際、話題になったので驚いたことがあった。従って、こちらはとんでもない不肖の息子であり孫でもある。

こんな不名誉な話を書いたのは今朝観たテレビの影響。異なる番組が2件、同じように海外のボランティア活動を取り上げたからだ。一つはロシアの放送で、プーチン大統領がクレムリンにコロナ対策に協力している青年男女20数人を招き懇談したニュース。プーチン大統領が見たこともない笑顔を浮かべて「皆さんお陰でコロナもやっと沈静化に向かい始めた。」と感謝を述べていた。

もう一つはニューヨークからのレポート。こちらは低所得者層が密集しているブロンクス地区のボランティアのレポート。ネット環境はおろか英語もままならないお年寄りの家を1軒ずつ回ってワクチン接種をサポートし、その日は1日で130人かを接種まで持ち込んでいる。公的な支援にはどうして目が届かないことが発生しがちだ。その隙間を埋めるのがボランティアだろうが、アメリカにせよロシアにしても政府なりが経済的バックアップもしているようだ。

2021年3月4日木曜日

ワクチン問題

 新型コロナのワクチン接種が日本でも始まっているが、400万人以上居るとされる医療関係者にさえ接種は終わっていない。理由は簡単なことで、日本には国産ワクチンの開発ができず、全て外国産に頼らざるを得ない事情にある。海外にはワクチンを製造している会社が何社も存在しているが、その何処とどのように交渉して、結果どのような購入契約が結ばれたのか、さえはっきりしていない。ワクチン担当大臣なるポストが出来ているが、担当河野大臣が交渉を指揮している形跡はない。

一般には厚労省の然るべき部署がその任に当たっていると言われるが、田村厚労大臣からも詳しい説明は無い。どうしてこんな簡単なことが具体的に説明されないのか、野党も何故具体的に問い質さないのか不思議でならない。河野大臣は今後の輸入日程を得意げに発表してるが、基本的な契約内容の説明が無いので余り意味が無い。それでも我々老人には4月の連休が始まる頃には接種が開始されるとも言われる。

外国の摂取状況を確認すると、最も進んでいるのがイスラエル、既に国民の9割が接種済みとのこと。イギリスが3位で約32%、アメリカが4位で約24%らしい(何れも日本経済新聞社と英フィナンシャル・タイムズが集計した今月3日の数字)。ところが昨日の発表によると、アメリカのバイデン大統領が「国内全成人に対するワクチン接種を5月末には終わらせる。」と宣言したとのこと。随分なホラを吹いたようにも思うが、本気らしい。

何故か、戦時に軍需物資増産のために制定された国防生産法を持ち出し、医薬品大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)による新型コロナウイルスのワクチン生産に同業の大手メルクを協力させるとのこと。つい最近承認されたJ&Jのワクチンは、1回の接種で済むことに加え、温度管理も比較的高めでも管理が可能とされている。このスピード感は何に例えるべきか、言うまでもなく戦争そのものだ。バイデン大統領は共和党大統領に比べれば戦争好きではないだろうが、戦争に深くコミットしてきたことは否めない。

就任して間もないのに、イランに対する威嚇のためにミサイル発射したのも事実だ。ミサイル発射は頂けないが、ワクチン開発をスピードアップすることに関しては、国内外ともに異を唱える人は少ないだろう。因みに先に記した国別ワクチン接種状況調査に依れば、日本は1%に満たない状況にある。

2021年3月3日水曜日

女三四郎

 今日はひな祭り、桃の切り花を買い物袋に挿してトボトボ歩く老婆が居たし、若くて元気そうな親娘連れも沢山いた。弥生の空明るいが、しかし昨夜東横線が止まる架線事故起こした夜来の強風は残っていて、しかも相当に冷たい。今度の日曜日には緊急事態宣言の解除があるかと、少し期待もしたが東京・千葉・埼玉の3知事が反対するとの噂。仮に政府から解除宣言が出ても、今暫くは自粛せざるを得ないだろう。パソコン頼みで孤独感を味合わずに済んでいるようなものだが、今朝のテレビに依ると孤独・孤立が社会問題化して内閣官房に「孤独・孤立対策担当室」を設置、担当大臣まで出現する始末だ。

母子家庭の一人っ子なんかを思えば分からなくもないが、どんな支援策が生み出されるのか?気になるところだ。何をするにしても先ず費用が要るだろうが、既に予算案は国会に提出済みだ。内閣府にはやたらと「〇〇室」が作られるが、役人が何人居るかも知らぬが、本当に孤独で孤立している人間の現状把握だけでも難しかろう。それこそ市町村レベル(東京で言えば区も含まれる)で家庭内で一人置き去りになっている主に子供の実態をどこまで把握できているかが問題の筈。これ無くして内閣の頂点でいくら騒いでも始まらぬと思う。

気になっているオリンピック問題も、近日中には結論を出さねばならぬだろう。昨夜観たテレビでは、テニスの全豪オープンを取り仕切った人物が「東京オリンピック開催は無理だ。もし開催するなら期間を延長して分散開催にしなければならない。」至極まともな見解を述べていた。ゲストとして出演していた組織委員の柔道のオリンピック・メダリスト山口香氏も、オリンピックのために日本国民を犠牲にすることはできない。IOCは単なる民間団体だからバッハ会長の立場と日本の組織委員会は意見が異なって当たり前。橋本新会長もそのへんはよく分かって判断してくださるだろう。」とこれまた常識的なコメントをしていた。

一人、衆議院議員の鴨下一郎氏(自民党ワクチン対策PT座長)が何を考えているか知らぬが、オリンピックを開催することは一種の国際公約だから最大の注意を払って開催に漕ぎ着ける必要がある、との発言。話が戻るが、山口氏は今週リモートでの開催が予定されているバッハ会長・橋本組織委員長・主催者の小池都知事・日本政府(首相かな)四者会談では、会長の橋本氏は中止を含めた日本の立場を明確にすべきとも発言。彼女は仮に開催しても海外からの観客を受け入れることは先ず不可能だろう、と明確に言いきっていた。

彼女は森前会長の後任に一時名前も出ていたが、なる程ものの考え方、話す内容がしっかりした女性だと改めて感心した。さすが女三四郎だ

2021年3月2日火曜日

政官関係

 国政選挙の度に国民の約半数は投票しているのだから、政治には一定の関心があるはずだ。関心の度合いの差があるから人によって異なるだろうが、昨今の政治の有り様に疑問を抱く人がいて不思議は無い。「俺が投票した政治家は、国会で一体何をしているのだろうか?」そもそも国会は立法府だから法律を作るのが主たる仕事のはず。故田中角栄氏が33本もの議員立法を成立させていることは有名だが、国会中継なりテレビの報道で法案審議なるものを観た記憶が無い人が多いと思う。

最近観るのは行政に関係することばかりで、政府側からは「コロナ関係でこのような対策をします。」とか具体的には言わないまでも「携帯料金の値下げをします。」「尖閣諸島防衛のためにこんな方策を取ります。」のように、大臣が態々こんなことまで言うのかね?と疑問に思うようなことばかり。一方の野党は行政の不始末を追求するのが専門で、それをもって政治家の監督責任追求の火種にさえすれば満足の体にしか見えない。言いたいことは、与野党ともに、この国を進める、或いは育てるために今何が必要か、についての議論が国会で行われてほしいが、そういった意味での討論は殆ど皆無に近い。

形式的には与野党にある「国会対策委員会」(国対)という法的根拠のないシステムに依存していることにはなっているが、これがもし本当に国家を論じる主たる機関であれば、これこそ議論を公開すべきだ。しかし実態はご案内のように国会審議の運び方を議論するだけで、与党お決まりのセリフが「党に持ち帰って検討します。」だから話にならない。とは言っても、毎回の国会には議員提出法案も政府提出法案も多数(合計すると100本以上)出されているのも事実だ。

ネットで一覧できるが、どれを見ても全て霞が関官僚がお膳立てしたものと推測できる。(今国会は第204回だが第195回から継続しているものもある。概ね野党議員の提出法案だろう。)言いたいことは、官僚が立法を担って政治家は行政府のパフォーマンスに終止しているのではないかという事だ。これは小沢一郎氏が民主党政権時代に言い始めたことだから、現在の野党にも責任はある。国造りは政治家がするもので、役人には口を出させない、との精神で官僚の国会での発言を封じてしまった。

小沢氏のように憲法から始まり、政治の勉強を深めた者ばかりなら分かるが、所詮は小物ばかりの政治家の世界。さらに悪いことには、小沢氏が提唱して始まった内閣人事局による人事権行使が自公政権ですっかり悪用され、官僚が政治工作のトカゲの尻尾に利用されている。小沢氏も罪なことをしたものだ。やはり政治と官僚の間には明確な緊張関係が必要だ。

2021年3月1日月曜日

読後感「明治一四年の政変」久保田哲著

 いきなり余談ではあるが、両親が明治時代生まれなので、明治時代のことは歴史上の問題ではすまされない。生まれた1940年からすれば明治維新は僅か72年前の出来事。だから両親を始めとする先輩の話をちゃんと聞いて理解を深めておかないと一人前の大人として世間に通用しない筈だ。祖父母から聞いた江戸時代のことは多少いいかげんになっても仕方ない。と言った思いがある。この伝でいけば、子や孫たちにとっての明治時代は既に歴史の時代。小生が安政の大獄と聞いても意味がはっきり分からないように。子どもたちが明治14年の政変と聞いても、深く知る必要は無いかもしれぬ。

徳川幕府が倒れて明治政府が樹立したのは慶応4年(1868年)と知る人は多い。小生は慶應義塾の出身で、入学した昭和34年が(1959年)が創立100周年にあたっていたことを思い出す。改めてネットで確認すると「慶應義塾は1858年、福澤諭吉が江戸に開いた蘭学塾から始まりました。」とあるから、なんだ創立は嘉永か安政時代じゃないか、なんで慶応なんだろう?と不思議に思った次第。

兎も角、本書で明治時代のはじめ頃については全く認識が間違っていたことに気付かされた。先ず、慶應義塾の創始者福沢諭吉や早稲田の創始者大隈重信は、単なる教育者と思い込んでいたのが最大の間違い。二人共ある意味では政治家で、国家国体をどのように形成していくかについて、相当コミットしていた。その一手段として、未来の担い手育成のために、学校を設立した目的があり、これも二人の共通点である。事実二人は国会開設やあるべき政治体制でも意見が一致していて、福澤は大隈が設立した政治団体立憲改進党にも協力していたようだ。

橋が前後してしまったが、明治14年の政変とはこれまで日本の近世史の中で余り話題になっていなかったように思う。しかしここは非常に重要な節目で、西郷隆盛下野に繋がった明治6年の政変とともに、日本が近代国家に生まれ変わる道程でどうしても抑えなくてはならない。維新以来廃藩置県とか政治的事件は数多いが、やはり最大のポイントは憲法の制定と国会の開設にあるだろう。この道筋がはっきりしたのが明治14年とのこと。

この道筋については様々な人が時の政府或いは天皇側近へと、意見を上げていた。本書では、明治13年頃から15年頃までに掛けて、重要人物たちがいかなる動きをしていたかを詳しく解説している。結局は伊藤博文の思惑通りとなり、大隈や福沢の思惑は外れてしまう。その結果と言う程単純ではないが、大隈も学校を設立して国会が開設された将来に向け人材の育成を図ることに繋がっていく。この二人は既に新聞を発行して民衆に訴えることは行っていた。

しかし国家は形だけ作っても国民がついてこないのでは何にもならない。更に、伊藤博文の政権側は自由民権寄り思想の二人を警戒して、金融的な締め付けや、投獄まで考えていた証拠が残されているので穏やかでない。結局は教育者として名を残した二人だが、実際に大変な苦労があったことを初めて知った。