2020年12月28日月曜日

大詰め

 平年であれば今頃富士山は5合目付近まで雪に覆われても不思議は無い。ところが今年はなぜか積雪が少ないらしい。これまでは大晦日にお伊勢参りをすることが多かったので、往復で必ず大きな富士山を車窓に見ながら「これが日本のシンボル、もっともなことだ。」と思ったりしたものだったが、今年は中止を決めているので自分では確認できない。雪が少ないのは地熱の変化があって地震の前兆ではないか、と心配する向きもあるようだが杞憂であってほしい。

今日は家内の命日。小さな仏壇に手を合わせて写真に何を問いかけようと、当然ながら何も聴こえない。写真が「好きにしなさい。」と笑っている。内心「そうさせてもらうよ。」と手前勝手な解釈で朝茶を飲んでいたら、8時チョイ過ぎに電話が鳴った。休みに入ったばかりの朝っぱらにまたインチキ臭い営業電話かと放って置くと今度は携帯だ。携帯は架けてきた人間が分かるので見たら長女。

用件は、「母の命日に行けなくてゴメン。」が第一。続いて「元日の訪問について、8時半ころ行きたいが大丈夫ですか?」勿論なんの問題も無いが理由が奮っていた。「雑煮を持っていくので、ご飯を食べずに待っててね!」こりゃ〆ただ。今日は最後の買い物に出かけ、鶏肉、椎茸、切り餅でも買おうと思っていたので買わずに済ませる。正月用に買ったのは結局干し柿だけでおしまい。31日は予定通りすき焼きをするつもりだが、予行演習に買った肉が余ってしまったので、高級和牛を買うのもやめた。

結局安いOGビーフのすき焼きになりそうだ。これを書き始めたら古い友人からの電話。彼は肺がん手術の後、膵臓への転移が見つかり、早めの手術が成功して、自宅で療養中だが、胸水に苦しみ水抜きのため保険の効かない治療で連日の医者通いの身。「忘年会が出来なくてゴメン。」とのこと。彼曰く「膵臓がんも最新の治療法には開腹せずに内視鏡のようなものでがん化した部分を吸い取る方法があったらしい。彼はそれが大変不満らしい風情。

「大学病院だって今日からは冬休み、テレビで発表される医療現場のイメージと実態はかなり差があるとのことで、手術をした病院への不満を大分聞かされた。「病人がつまらない心配をするな、命を救ってもらったのだからありがたいと思え。節分の頃までには良くなるだろうから、そしたら人形町で葱鮪鍋でも食おうじゃないか。」となだめたものだ。

政府はのんびりしてるが、コロナの収束が一向に見通せないので、落ち着かない年末年始になりそうだ。

2020年12月27日日曜日

友人の見識

 既に何回も書いているが、毎週土曜日に高校の同期生数人とのリモートミーティングに参加させてもらっている。昨夜もわずか5人だったが、実にためになる話をたくさん聞いた。改めて他の4人に比べ我が知識の少なさに驚くばかりだ。今朝のTBS「サンデーモーニング」に出演していた寺島実郎氏(元三井物産社長)が「今から20年前アメリカ・イギリス・日本のGDPを合計すると全世界の50%を占めていたが、近い将来30%を切ることになる。」と話していたが、昨夜も友人の一人が同じようなことを教えてくれた。

彼曰く「嘗て日本はGDPで世界第2位25%に達したが、現在は既に数%、一人あたりでは凋落の一途をたどっている。」とのこと、これを受けて元日立製作所に勤務した友人が「その典型的例が半導体製造だ。嘗て日本は圧倒的シェアーをもって世界を席巻していたが、現在はほぼゼロに等しい。」と相槌を打った。そこから、この凋落の原因を探る話が続いた。これには様々な見方が出たが収斂するには至らなかったように思う。

結論ではないが、日本の民主主義に対する疑問。無謀な戦争で莫大な犠牲を払って手に入れた筈の「自由と民主主義」、これを標榜する政党が長年政権を維持してきたものの、どうも日本のそれは諸外国の事情をよく知る友人諸兄には欧米先進国と大分異なっているように見えるようだ。これが日本に根付かない理由も様々で、結論には至らなかったと思うが、日本古来の保守主義、村意識的なことの障害が大きいようでもある。

この意見は同感である。本来保守と自由民主なんてことが同意義であるはずはない。曲がりなりにも慶應義塾を一応出ているので、福沢諭吉先生が説いた「門閥制度は親の仇でござる」はよく知っている。現憲法下で日本には身分制度は無いことになっているが、田舎の古い商売のお店ばかりか江戸に住んでいる政治家に至るまで日本は門閥が蔓延っている。友人が更に力説した「英国には保守党と労働党があり、米国には民主党と共和党が相対しているように見えるが、自由と民主と言う意味では共通項がある。

日本の野党は、そこが理解できていない。特に共産党のように既に世界的に論理が成り立たないことを証明されている主義を掲げている党が存在して改憲議論を妨害していることが大きな問題、とのこと。これについては時に共産党を応援したりするので、異論があったが黙って聞いていた。兎も角友人の意見は貴重なものだ。

2020年12月26日土曜日

出来ぬそうだ

 やっぱり独り者は辛い、昨夜台所で仕事をしている時スリッパが何かを引っ掛けたようで気になっていたが、今朝見ると長い糸が玉になって転がっていた。未だパジャマだったが、もしや、と気になってタンスを開けて確認すると案の定、ズボンの裾上げの糸がきれいに無くなっている。独身になってすぐの頃、同じことに遭遇して、裾カガリの代用品テープを買い込んだ記憶があったので、方々探したが見つからない。

仕方なく諦めて、裾が落ち着かないズボンのまま朝飯の準備に取り掛かった。探していたテープは安いものだったと記憶しているので、昼頃にでもスーパーで買い直せばいいと思っていた次第。ところが朝飯が終わり、開け放していた仏壇を閉じようと思って座敷に戻って、ふと気がついた。毎朝この部屋のタンスを開け閉めするたびに目にしている裁縫箱がズボンの下に置かれている。裁縫箱はもちろん家内の遺品だが、何かの折に役立つだろうと思って捨てずにおいた物。

ひょっとしたらと思って蓋を開けると、やはり一番上にテープが置かれていた。勿論自分が置いたのだろうが、まさかここに置くとはと、改めて不思議な気がした。二度あることは三度あるとのことなので、使った後また同じ場所に戻した。たまにしか起きない事故への対応は、その時点では相当意識的であっても数年経てば意識の外に流れ出てしまうことを改めて思った。

今日は土曜日、学校や役所は今日から冬休みが多いようだ。テレビに出ているコロナ対策専門家たちは、コロナウィルスに休みがないことを強調して警戒を呼びかけるが、首相からしてそんな問題はどこ吹く風の風情。国民に対して「来月11日までおとなしく家にいてください。」と呼びかけるのみだ。これでウィルスが克服できるなら楽なものだが、そうは問屋が卸さない事だけははっきりしている。

新年が明けて国会が始まるのが18日とか言われているが、その頃には1日の感染者が5千人を超え医療崩壊が全国各地で起き始めているだろう。ウィルスへの対抗手段として世界中から期待を寄せられているワクチン、来年春には日本でも接種が始まるとのことが力説されているが、この効果が果たしてナンボのものかは全く未知数。日本では年末になってから遺伝子構造が変異した新種ウィルスが話題になっているが、そんなことは第2波のさなかの7月16日に参議院に参考人として出席した児玉龍彦東大教授がはっきり述べて、検疫を含む対策強化を訴えている。

半年間も何一つ対策を打つこと無く来ている現在の政府に新たな対策を期待するのは無理に決まっている。方法論が思い浮かばないが、政治指導者、医系官僚全てを更迭して入れ替えるしか方法が無さそうだ。その手の方法は中国のような独裁国家のみで可能で、日本のような民主主義国家では出来ない。との声が聞こえる。結論は座して死を待つのみだ。

2020年12月25日金曜日

表裏の乖離

 政治の世界に表と裏があることは容易に想像できる気がする。市町村レベルでは選挙の際に議員候補者の数が定員に満たないなんてことも聞くようにはなったが、国会議員ともなれば表に出ているだけでも家族は勿論、国費が支給される以上の秘書を抱えて事務所を複数構えるのが当たり前。事務所が地元に一ヵ所と東京に一ヵ所しか無いなんて議員が居たらお目にかかりたいものだ。

言っちゃ悪いが、国会議員が生きていくための企業経営者化しているのが実態だろう。国民はこの800人弱だったと思うが、零細か中小か知らぬが企業経営者を表向きは税金で支えている。しかし経営者たる議員連中も年数が経つ程に欲が出て企業の拡大を図りだす。そりゃ当たり前のことで、秘書と称する雇用者も何年も同じ給料で働き続けるほどのお人好しは少なかろう。

そのため当然のことながら議員は資金集めに精を出す。しかし企業発展を期待する向きからすると、公然たる資金集めの道は限られているので思うように資金は集まるまい。公然たる資金集めの収支は、政治資金規正法なる法律で公開が義務付けられているのはご承知の通り。従って、殆どの議員は裏金を有り難く頂戴することになる。裏金を一切受け取らず、巧妙な隠れ蓑を作って、そこへ振り込ませる方法を発見している者もいるかも知れぬが、少ないだろう。

よって、議員秘書の大きな仕事は裏で動かしている会計の管理が最大の業務であるはず。これまでに政治家の汚職事件は星の数ほどあったが、裏帳簿の存在が明らかになったことは一度も無い。記憶の限りではロッキード事件の時、蜂の一刺しとか騒がれて秘書が自殺した事件があったような気がするが、彼が会計責任者だったと思う。記憶が正しければ、検察に裏帳簿を押収されたのかもしれない。何れにせよ小説の世界だ。

話が逸れたが、大方の企業経営者は金には細かくて企業会計ではケチでなくてはならない。パナソニック創業者松下幸之助氏であろうと有限会社安倍晋三事務所のオーナー安倍晋三氏であろうと同じことだ。今回安倍晋三事務所では、図らずもだろうが、裏帳簿が確認できたかどうかは別として、表で公開されている帳簿の間違いが指摘されてしまった。表がすぐ修正されたからには裏帳簿があったことは歴然としている。

同時に事務所側のCFO(会計最高責任者)に当たる公設第一秘書氏が略式起訴で罰金100万円が決まると、この秘書氏は即刻解雇されたらしい。地元では安倍晋三氏の代理人として自他ともに認められていた人物とのこと。自殺に追い込まれないだけ良かったとも言えるが、なにか哀れを感じてならぬ。解雇したオーナーの顔色が冴えないのは当然だが、安倍氏は政治家を辞めるとトランプ氏ではないが、もっと大きな不幸ぬ見舞われるのかもしれぬ。憐れな男だ。

2020年12月24日木曜日

年末雑感

 パットしないクリスマスイブを暗示してるような重苦しい曇りの1日。太陽が出なかったので終日薄ら寒かった。師走も余すところ1週間ともなれば、昔は皆忙しげにしたものだ。特に霞が関の官庁街は夜遅くまで残業する人、それを待つタクシーの車列が風物詩のようであった。深夜の霞が関なんか何年も行ったことがないので分からないが、多分様変わりしてるだろう。お役人様が大晦日近くまで働くふりをするなんて下らない伝統だったから、予算がさっさと上がること自体は悪いことではない。

幸い今年は忘年会や新年回も少ないようだ。霞が関高級官僚だって人の子、民間企業のサラリーマン並みに、クリスマスや年末年始くらい家族と一緒に過ごすのが自然だろう。他人のことを偉そうに書いたが、実のところ80年の人生でクリスマスや年末年始を家族と一緒に過ごした経験が非常に少ない。18歳から22歳まではクリスマス前から1月15日くらいまではスキー場に居たはず。22歳で就職してからも正月に家に帰る暇があればスキー場に行っていたような気がする。

29歳で結婚したので、数回は夫婦水入らずの正月はあったかもしれぬが、子供が生まれるとすぐに家内が年末年始の宿下がりを言い始めた。そして何故か大晦日は一人で過ごすものと思い始めたようにも思う。子供が生まれてもこの習慣は変わらなかったと思う。クリスマスに関しては現在小6の孫が幼稚園の頃、夫婦で孫の幼稚園の学芸会を観に行ったことが一度だけあった。幼稚園の園長先生がクリスチャンで、板橋の大きな公会堂を貸し切って園児たちに聖劇を演じさせてくれた。

この時も孫の成長に感慨深いものがあったが、彼も来年は中学生。時々我が家に来るので短い会話もあるが、ますます大人っぽくなってきた。他の孫二人は既に大学生、彼等にはもう教えることは何も無くて、こちらが教わる一方。しかも一人は来年から大学院に進学とのこと。昔、雷さんとお天道さんとお月さんが一緒に旅に出て、ある日雷さんが起きると二人が居ない。そして雷さんが言ったそうだ。「月日が発つ(経つ)のは早いものだ。」

2020年12月23日水曜日

多すぎる問題

 今日は書きたいことが多すぎて考えがまとまらない。昨日の段階で明日はこれにしようと思っていたのが朝日新聞の見出しを引用すれば「三井住友FG、広告事業に参入へ データビジネス強化」。元広告屋としてはこのセコさに一言触れたかった。しかし今朝になってみると余りにテーマが小さすぎる。今朝になると「オリンピック開会式、閉会式の演出を依頼されていた野村萬斎氏のチームが解散」が報じられている。

やっとオリンピック開催不能が現実味を増してきたと実感するが、今更ブログで取り上げても、「だから何だ」と言われそうでもある。次は安倍元首相の桜問題。東京地検特捜部が安倍氏本人から事情聴取した事実が明らかになったこと。同時に会計を担当していた秘書の政治資金規正法違反で略式起訴が確定的になったこと。安倍氏本人は不起訴となることなどが一斉に報道されている。勿論検察側の意識的リークに依るものだろう。

報道各社は判で付いたように安倍氏の虚偽答弁の回数の多さを特筆大書してるが、それこそ「だからどうなんだ?」だ。共産党の田村智子氏がきっかけを作った筈だが、その日すら思い出せない。国会でウソを付くことについての罰則は無いらしい。安倍氏にとっては結構なことだろう。現政権を担う菅首相の人気低下に伴って、安倍氏と比較して次のように言う人が多い。「菅氏に無くて安倍氏に有ったもの、それは政治家としての国家観。安倍氏には憲法改正とか思想的哲学的国家観があった。」

携帯通話料金の引き下げや、コロナ禍におけるGo Toキャンペーンの強引な実施にも菅氏に言わせればそれなりの国家観があるだろう。比較して安倍氏の憲法改正にあった国家観とは何だったのだろう?国家の安全保障的見地から軍備を強化する、或いは首相に宣戦布告権限を与えるとか言うなら未だ分かる。勉強不足か生来の頭の悪さか分からぬが、安倍氏の国家観は残念ながら分からない。国家改造を意識するくらいの根性がある人間が、政治の合間にあまり褒められない仲間と頻繁にゴルフなんかしないだろう。

菅氏と安倍氏、表沙汰にはなっていないが麻生太郎氏は、どう見ても同じ穴の狢としか思えない。こんなつまらないことを書いてると自分自身が虚しくなってくる。画一的報道が溢れている中で、最後に一言。好みの問題で好き嫌いはあるだろうが、テレビ朝日の玉川徹氏が今朝の番組で語った一言が印象に残る。「世界に数は少ないがコロナ対策に成功している国がある。それは最初からコロナを根絶させるという覚悟で望んだ国。ニュージーランド、台湾、中国がそうで、それぞれ方法は異なるが現在のところ成功し、結果的に経済も回復基調にある。」とのこと。

ドイツの科学者がコロナは向こう10年程度は存在するとの覚悟が必要との報道もあった。結局問題が多すぎて絞りきれなかった。

2020年12月22日火曜日

小掃除

 昨日は冬至だったようだが全く気が付かなかった。独り者はゆず湯もかぼちゃの料理も関係ない。寂しい限りだが、これからは毎日1分ずつ陽が長くなることをせめての楽しみにしたい。今朝も寒さは厳しかったが、日中は打って変わった麗らかさだ。延び延びにしていた大掃除ならぬ小掃除のマネごとに着手した。実は昨日、家の管理で世話になっている近所の建設兼よろず屋さんに大掃除について相談した。

今頃言ったって手の開いてる人を見つけることは出来ない、と当然の答え。友人のお金持ちが週に1度か2度掃除おばさんを頼んでいるそうだが、いくら払っているのだろうと少し気になっていたので、標準的にいくらぐらいか、よろず屋さんに尋ねると「私が付き合っているのはハウスクリーニング専門業者なので、希望されるようお掃除代行は近くのダスキンの店があるじゃないですか、でも結構良い料金を取るようですよ。」

言われてみれば確かにダスキンの制服を着たお姉さんやおばさんが二人一組で車で出かけるのをよく目にしている。幾らであろうと年に一度の大掃除を他人に任せるなんて事自体間違っている事に気がついた。そこで昼の買い物のついでにスーパーで窓拭きのスプレーやら紙雑巾を仕入れて、日向ぼっこ代わりにポロシャツ1枚になって窓拭きをやらかした次第。窓というよりガラス戸と言ったほうが適切だろう。横一間半に縦一間、嘗てはガラス戸と障子が三枚ずつはまっていた。

これをガラス戸二枚に変更して、後は網戸とブラインドカーテンだけにしてしまった。簡単で便利といえば便利だが、嘗ての日本式居間にあった障子と畳、炬燵と石油ストーブのような温もりは皆無になり、毎日寒い思いをしている。寒さはやせ我慢すれば凌げても、ガラス戸の汚れはなんとも我慢が出来なくなってきた次第。兎も角、買い込んできたスプレーで二枚のガラス戸を一応拭き掃除をして、後始末に居間をざっと雑巾がけして終わりにした。

昔から掃除や洗濯はお手の物というほどではないが、上京したての頃、新宿の6畳一間の安アパートですぐ上の兄と同居したことがある。兄貴はサラリーマン、こちらは学生だった。自然と分担が決まり、兄貴は料理を作るが後片付けと洗濯・掃除はこちらが担当していた。だから掃除をすることにそんなには抵抗感がない。

自慢できるほどのことではないが、後は何もしなくても一応2020年のけじめはつけたことにしたい。