2024年2月29日木曜日

国会審議

 現政府が国民の信頼を失っていることはほぼ間違いのないところ。一度失った信頼を取り戻すことは容易でない。「ごめんで済めば警察は要らない」と言われる通り、相手に分かる行動で示す以外方法がないことを知らぬ人は少ないだろう。現在岸田首相は国会でぐちゃぐちゃ言い訳を繰り返している。個人的ではあるが、首相の多言を聞けば聞くほど不信感は募る一方。よくもこんな馬鹿げた茶番劇で国民を騙せると思ったものだ。

野党もマスコミもなんでこんな茶番を許すのだろう?自民党の国会議員はもちろん、人それぞれには固有の都合や事情がある。しかしそれは社会が法律的に許容し、道徳的にも多数の人が認める範囲内でなくてはならず、逸脱すれば社会的制裁があって当然のことだ。今問題になっている自民党の一部で行われたとされる脱法行為。これは検察当局が捜査の結果、不起訴になった。従って脱法行為でなかったと言うことになっている。

これ以上の社会的制裁は不必要なんだろう。しかし岸田首相は自らの口で「国民の信頼が失われた。」と述べている。恥ずかしくもなくよくもぬけぬけ言ったものだ。選挙権を持つ国民としてはその一言で十分だ。ブログを書いている間だけでも何回繰り返されたか分からぬほど<お詫び>という言葉が聞こえる。百万遍繰り返しても冒頭に書いた通りだ。

笑ってしまいたいのは<法律改正>を度々繰り返していること。国会内に最大人数を抱える与党自民党、余人を持って交代要員が見つからないのかどうか。質問に立った立憲民主党野田佳彦氏の方が余程指導者らしく見えてしまった。

2024年2月28日水曜日

矛盾だらけ

 少し偉そうに見えるかもしれぬが、どうも論理的に辻褄の合わないことは納得できない。<いろはかるた>にあるように「無理が通って道理が引っ込む」事はあってはいけないと思う。昨今の防衛施策に関する識者の話を聞く限り辻褄の合わないことが多すぎる。端的に言えば防衛整備計画が杜撰で、43兆円もの資金計画に基づき想定されている装備品の購入予定は円高の影響もあり、どうしても達成不能だろう。昨日のBS・TBS「報道1930」にコメンテーターとして出演した元防衛相森本敏氏のよれば、そこで知恵を絞って何とか辻褄を合わせると言っている。

いくら頭の良い人でも予算以上の物を買うことは不可能。購入予定品を縮小するか、予算を膨らますか、極めて単純な話だ。それをさも知恵を絞れば何とかなりそう、なんて言うのは税金を使う立場の人は言ってはいけないに決まっている。イギリス、イタリアと共同で戦闘機を作ることも同じこと。作れば他国に売りたくなるのは当たり前。しかし日本は武器輸出をしない建前になっている。そこで又知恵を絞ることになるらしい。日本には航空自衛隊があって、そこで使っていいる戦闘機は全てアメリカ製、何とか自前で生産したくなって当たり前。

おそらくアメリカがそれを許さないので、イギリスとイタリアに頼ったのだろう。森本氏はこう言った「日本には戦闘機製作に関して様々優れた技術があり、イギリスもイタリアもそれを認めている。」当然だろう。戦前は日本の戦闘機は世界から高い評価を受けていた。連合軍の中心になっていたアメリカは、その生産拠点や主だった人材排除したつもりだろうが、技術の根絶は難しいものらしい。しかも戦後すぐアメリカと共産諸国の戦争が始まり、日本に協力を求める必要に迫られた。即ち、海上保安庁・警察予備隊の誕生だ。

その時既に日本は新憲法が効力を持ち、戦争放棄を決めてしまっていた。占領軍のベスト・アンド・ブライテスト諸氏だ。昨日の森本氏よりもっと頭の良い現実主義者の集団。矛盾は承知の上で戦争に参加するように事を運んだに違いない。そのために一見自由な民主的主権国家に見える日本には薄い網が何重にもかけられ、実態はアメリカの委任統治領。グアムなんかと同じでアメリカの大統領選挙に参加できないが、法律はアメリカに握られている状態と言っても過言でない。要するに国家の存立自体が矛盾に満ちているのだから、識者の言に矛盾があるのは不思議でない。

2024年2月27日火曜日

戦争=他人事?

現在14:30早朝から風が強すぎる。昼池袋駅構内で山手線が強風のため内回りも外回りも運転中止とのこと、珍しい。

まる2年を経過したロシアvsウクライナの戦争、我が日本でも関連情報が頻繁に取り沙汰され多数のテレビ局が専門家と折り紙をつけた評論家を登場させてディテールを解説している。しかしそれはあくまでも他人事であり、我が身の日本で同じことは起きないことが前提になっている。ところが昨夜のBSフジ「プライムニュース」の司会者反町理氏の発言が気になった。テーマは「ウクライナ侵攻2年間の転機」ゲスト防衛省防衛研究所兵頭慎治氏と東大先端科学技術研究所准教授。

内容は、現在やや疲れ気味のウクライナが軍事大国ロシアからの侵攻をよく2年間も食い止めたことを改めて振り返る内容。持ちこたえた要因の一つは最初の1週間にあるように思うとの小泉氏が発言したとき、司会の反町氏が突然「ところで日本がどこかの国から突然侵略されたら1週間持ちこたえられますか?」質問した。これに専門家二人がどう応えたか忘れたが、二人とも「日本とウクライナでは地理的条件が異なる」とお茶を濁したような気がする。しかし、これは考えるべき問題だろう。

確かに四方を海で囲まれているから、陸上部隊がいきなり現れる心配は無いかもしれぬ。しかし我々はそのことに少し甘んじすぎてはいないか。言われる通り、最初の一撃はウクライナにしても同じだったと思うが、空から降ってくる爆弾、ミサイルかもしれぬ。そして陸上部隊の侵攻までにはウクライナのように簡単にいくまいと考えたくなるのが人情かもしれぬ。専門家に訊いてほしいのはそこのところだ。侵攻側にすれば、そんなに悠長には考えないだろう。

防衛省側は戦争をどのように想定してるか分からぬが、巻き込まれ方A、B、C、ぐらいは示してほしいと思う。侵攻の可能性が高い国はなにも北朝鮮や中国ばかりではあるまい。ロシアだって同盟国の韓国だって米国だって可能性ゼロと断言できないだろう。ミサイル防衛システムや敵基地攻撃能力の強化で本当に国民を守れるか?駐日アメリカ軍が心変わりして日本人に銃を向けたらどうすればよいか?考え出せば切りがない。小生も全く極楽とんぼで、日本は「戦争」とは無縁だと思っている。それで収まれば結構だろうが、防衛省もあれば自衛隊なる軍隊もある日本、どこか中途半端に思えてならぬ。 

2024年2月26日月曜日

真冬の名残り

 先週は天気の悪い日が多かったように感じるが、今日は朝から快晴になった。しかし北風が強く気温は思うほど上がらない。未だ2月だから仕方ないかも。早いとこ春らしい天気になってほしいし、変わり目を期待するのは他にも多い。進歩、前進が感じられない日本の政治、戦争が続く世界情勢。日本のことは選挙で風向きが野党に吹かなければどうにもならぬだろう。今のところその兆候は見られないのが残念至極。先日まる2年を迎えたロシアvsウクライナ戦争は風向きが少し変わり始めた。

アメリカ市民がウクライナ支援をもういい加減にしたいと思い始めてるのが最大の要因だろう。それは結構だと思うが、代わりにアメリカは日本に支援を肩代わりさせるよう仕向けているように見え、これが少し残念でもある。日本はアメリカの要求を素直に受け止めることが出来ず<復興支援>となんともトンチンカンな名目を付けて支援を強化している。我が国のことながら変わった国柄だ。

日本も嘗ては現在のロシアなんて比較にならぬほどに、外国を侵略して領土の拡大を試みた時代がある。正確には覚えていないが、1945年大東亜戦争終結時点で日本の領土は25%になったのではなかったかな?記憶が正しければ、一時は現在の中国、韓半島、台湾、フィリピンなどの南洋諸島などに現在の日本領土に対して3倍もの領土を保有するに至った時さえある。この拡張に際し、失われた人命は今ほど正確には調査されていなかっただろうが相当な数であったことは想像に難くない。

兎に角、戦争は日本から仕掛けることは勿論、他国のことにしても口出し、手出しは無用に願いたい。

2024年2月25日日曜日

幸せの感じ方

 毎朝4:30には起きるので早起きが身についている。特に日曜日は5:30から朝の仕事をしながらNHKデジタルの「演芸図鑑」を観るのが楽しみだが、今朝は特に林家正蔵とゲスト中野信子さん(脳科学者らしい)の対談が良かった。普段テレビ視聴の大部分を馬鹿にしているが、今朝の対談のテーマが「自分」。僅か10分と短時間ではあるが、思わず仕事の手を休めてテレビを振り返ったり、メモまで書き取ってしまった。言われてみると人生は長い時間を通じて自分を探す旅のようにも思える。

大科学者と己を同列に論ずるのは些か恥ずかしいが、ゲストの中野さんも大分人並み外れた子供だったらしい。中野さんの書物を1冊も読んだことはないが、そのうち1冊くらいは読んでみたい。

正蔵師匠の質問の仕方も上手だが、ゲストの中野さんには、大谷翔平ではないが、憧れたり願ってみても願いが叶うわけがないと言われたような気がする。幸せや幸福なんてものは広くう雨のように降り注いでいるもので、これの受け止め方一つで、その実感を感じるかどうかが決まると言われた。さすが医学者うまいことを仰るものだ。ぜひ皆さんにも視聴をお薦めしたい。無料のNHK+で簡単なことだ。

2024年2月24日土曜日

東京と長野市

 今日一日、当につかの間のぬか喜びかもしれぬが陽射しが戻ってきてくれた、有り難い。東京は首都だけのことがあって、昨日みたいに同仕様もなく寒い日でも、昼飯を食いに出かけると何処も超満員。こちらは食い物が無いので仕方なく出かけてるが、飯屋に入って見渡せば、或いは家族連れ、或いは友人と一緒に嬉しそうに食事を共にしているので、店内は活気に溢れている。そんな雰囲気と場違いな一人飯の爺だが、食べ放題のしゃぶしゃぶで、野菜もたっぷり摂れたし、味も悪くなかった。

改めて都市生活と田舎暮らしの良さを考えてみたくなる。何と言っても山国信州の育ちだ。田舎が嫌いな筈はない。しかし父は農家の五男であったが、東京の大学まで出て県庁職員の完全なサラリーマン。住まいは長野市内だから東京の生活と大差はなかった。しかし東京の生活と大きな違い、それは朝に夕に見上げる景色の差が大きい。長野市は善光寺平と呼ばれる盆地だが、周囲を山に囲まれているが、東京で山を見るには少し電車で移動しなくてはならない。

高校三年生まで過ごした長野市内に所謂高層建築は皆無だったような気がする。学校も皆木造、入口には下駄箱が設置され、履物を脱いで裸足になるか、上履きに履き替えてものだ。学校帰りには毎日のように近くの丘まで足を伸ばして運動もした。遠くに見た高い山に登り始めたのはだいぶ年が行ってからだが、近くの飯縄山には何度も遊びに行ったし、電車で約一時間、バスを乗り継いでも半日位内で行ける志賀高原は冬のスキーを含め、何度行ったか覚えきれない。

大学入学後も夏と冬の長期休み中は必ず帰郷して、外国に行こうなんて考えてこともなかった。兎に角すっかり惚れ込んでいた割に、最近は全く趣味が変わったように都会に惚れ込んでしまっている。何でも簡単に手に入る便利さ、食事する場所の多さ。山は見えずとも生活は便利至極。そして水道水が美味く夏になれば始終生で飲んでいる。年寄りには都会生活が適している断定して良さそうだ。

最後に一つ、友人は圧倒的に長野時代のほうが多い。都会人は人情味に薄いとも言うが、それは少し違う。東京にも人情の厚い人は多いし、近所の人達も親切だ。

2024年2月23日金曜日

株価と日本経済

 昨日、日経平均株価が大幅に上昇、34年ぶりの高値更新とのこと。貧乏なので株の売り買いはできぬが、先ずは目出度い事なんだろう。いつも書くが、お金のことや経済のことはよく分からないが、株価は企業業績を本当に反映してるのだろうか?今日は貧乏人の僻みで書いてみたい。

1989年12月29日所謂バブル絶頂期と言われて株価は3万8915円に達した。株は上がれば下がることが必至で、そこから長い低迷期を抜けて昨日やっと更新できただけのこと。本当に目出度いことかどうか、大いに疑問に思っている。企業業績が上がり、労働配分で社員の報酬が上がって社員が潤っているなら、政府がお門違いに労働配分を上げろなんて言う必要もあるまい。100万社を超える企業の中には潤っている企業もあるだろうが、そうでない企業の方が多そうだ。

バブルの頂点からの約10年間、日本社会は大きく変わった。産業構造が変化する前に先ず資金手当をしていた金融機関の倒産や企業統合が相次いだ。それまで日本経済を牽引してきた世界的企業が姿を消して国内回帰と言えば、少しは格好がつくのかもしれぬが当時世界の売り上げベスト10のうち7社占めていた日本の企業は完全にいなくなった。現在売上で世界ランク100位以内に残る企業はトヨタ、ホンダと三菱商事、伊藤忠商事、三井物産、NTT、日本郵政だけでだ。(フォーチュン世界企業番付より抜粋)

株価が上がって燥ぐ日本の頭を冷やすために、この34年間のG7の他国の株価推移も示しておこう。

アメリカ:S&P 500指数は34年間で約14倍に上昇。

ドイツ:DAX指数は34年間で約5倍に上昇。

イギリス:FTSE 100指数は34年間で約5倍に上昇。

フランス:CAC 40指数は34年間で約6倍に上昇。

イタリア:FTSE MIB指数は34年間で約4倍に上昇。

カナダ:S&P/TSX指数は34年間で約8倍に上昇。

我が国の経済政策のどこが間違っているかは分からぬが、燥いでいる場合ではないようにも感じる。