2016年7月31日日曜日

行け行けどんどん

普段滅多に観ないのだが、昨夜NHK「百合子さんの絵本~陸軍武官・小野寺夫婦の戦争~」なるテレビドラマを見て思った。

何事も一本調子で進むなんてことはあり得ないだろう。3歩進んで2歩下がる程度であればいい方で、相手があっての交渉などでは1歩進んで2歩下がるなんてことが起きても不思議はない。頭のいい人が相当努力を重ねても、その人の研究なり学業が右肩上がりで進むなんてこともあり得ない。スポーツ選手の成績にしても同様だろう。挫折して悩み、そこから新しい展望が開けてきて当たり前だから、曲がり角も無ければ挫折も無い人間が大成した話は聞いたことが無い。

ところがいつの世にも「行け行けどんどん」のお調子者がいるのも事実。この手の人間は自分で進歩したり進化している、或いは好転していると思いこんでいるだけのことで、冷静な他人から見れば水澄ましが同じ水面をくるくる回っているに過ぎない。お調子者がくたびれてダウンするのは勝手だが、集団の指導者がこれをやると周りに大きなな迷惑が及ぶ。典型的な例が戦前の日本の軍部かもしれない。

76歳の若輩なので残念ながら戦前を知っている訳ではない。今はもう戦前派とか戦後派は死語化してしまったが学生時代までは時々聞いた覚えがあって、当時「アプレ又はアプレゲール」と称されたいわゆる戦後派は大正末期から昭和初期生まれの人を称したらしい。戦前と戦争中の雰囲気を知らない我々は「新人類」である。従って話が少し脇にそれたが、戦前と一口に言ってもどの年代からを指すかも知らないわけである。

しかし近代史を少し読みかじったりして思うのは、昭和11年の226事件あたりから日本の陸海軍は相当に政治的発言力を増してきたことが分かる。軍部は既に、それ以前から満州国をでっちあげたりして相当無茶なことをやってきているが、遡り始めると朝鮮併合、台湾併合とか沖縄の琉球処分と、明治はおろか江戸時代にまでいってしまうので昭和11年から終戦までの10年間に限って考えたい。

この10年間、日本は中国に野心を抱いて侵略を始めたものの、一見バラバラで弱そうだった中国に思いの外手こずって振り回される。もちろん英米ソからの干渉もある。考え直す機会は嫌なほどあっただろうし、軍部にも警鐘を乱打した人もいただろう。しかしいつの世でも同じだが、常に威勢のいい意見が通って「行け行けどんどん」となってしまう。そして「とどのつまり」が敗戦で、アメリカに国ごと絡め取られてしまったのはご承知の通り。安倍政権の経済政策なるものの行き着く先を予言できる学者は一人もいないようだが、凡俗には今や政府や日銀から何を聞いても、大戦末期の大本営発表に聞こえてしまう。

土台になる実話があっても不思議はない。政権べったりのNHKにしては示唆の多いドラマをよく作ったものだ。

2016年7月29日金曜日

保育士さん

やっと梅雨明けが出されたようだ。7月も末だから例年より2週間近く遅いらしい。ま、遅くなっても季節は巡る、良くも悪くもそれが日本だ。この感覚があるので「朝が来ない夜は無い」とかなんとか諦めが早い。何をやっても中途半端で大成しなかった悪い癖も気候のせいにしておけば気が楽だ。

これから暫くは暑い日が続くだろうが、それもまた結構なことだ。近くにマンションに設けられている小さな保育所が2か所ある。今日は両方のマンションの玄関先に小さなビニール製プールが置かれて、保育児が嬉しそうに水と戯れていた。彼等より少し大きくなった頃だったろうか、泥んこになって帰宅すると、家に入る前に庭先に盥が持ち出されて行水を使わされたこと髣髴するシーンだった。

小生の時にそばにいたのは母だったり祖母だったりだが、現代子はそばにお友達が数人いてその傍らには保育士さん2人か3人がみていてくれる訳だ。保育園の実情は分からないし、幼い時に縁が無かったので的外れになるかもしれぬが、1歳そこそこで親から離れて一種の社会生活を送る経験を持つことは、子供の成長を促進する効果があるに違いない。

個人的に想像すれば、親から離される時にはギャー泣きしてしまいそうだが、さっき見た水浴びしている子供たちは嬉々としていた。保育士さんからすれば最初の現象は既定の路線で、それを乗り越える一種のテクニックを持っているから保育士の資格が与えられているのだろう。一見子供のお守りをしているだけだから気楽そうに見えなくもない。しかし職業ともなれば苦労もそれなりにあるだろう。感心すると同時に尊敬に値する職業だと思った。

2016年7月28日木曜日

時の流れと東京の風景

昨夜NHK・BSプレミアムで放送された「アナザー ストーリー」サブタイトルは正確に記憶していないが、内容は「国立代々木競技場の建設秘話」を観たが、面白くて見応えがあった。実はここが1964年に完成以来一度も行ったことが無い。しかし、昭和34年4月に上京して3年近く新宿に住み、山手線を使って通学していた関係で、印象的に思い出深い場所でもある。当時はあの場所はワシントン・ハイツと言われて米軍に接収されたままで、我が住まいと比べくもない小奇麗な住宅が立ち並んでいた。

また当時の国立競技場のプールは千駄ヶ谷の競技場内の室内と室外の2か所があり、大会が無い時は一般に安く解放されていたので、新宿に住んでいた関係から夏なんぞは特に涼を求めて泳ぎに通ったものだった。昭和30年代後半になっても、学生が自分の部屋に扇風機を持つなんて贅沢が出来る者は少なかった筈で、夏になると室外プールは長野の市営プールと同じように混雑していた記憶がある。

4月に上京して間もなく5月の末には東京オリンピック開催が決まった。当時としては大変なニュースであったろうが、こちらは学生だったせいだろうか、へ~てなことで大したインパクトが無かったように思う。理由は簡単だ。当時の東京は既に非常にダイナミックに動いていたからだろう。4月に来た時既に東京は、動き回った道は全面舗装されていて、とても下駄ばきでなんか歩く気はしなかった。にも拘らず、新宿の木造モルタルで6畳一間のアパートから数十メートル先の大通り青梅街道にでると、その舗装(田舎者からすれば貴重なものだ)が剥がされて地下鉄工事が昼夜兼行で進んでいた。

昼間道路は枕木で蓋がされているので分からないが、むしろ夜の工事の方が活気があった。オリンピック招致の決定でこの活気が東京全域に広がったのだろう。兎に角東京は日を追うように風景が変わるのが当たり前だったように思う。上京した時には東京大躍進のシンボルは東京タワーだったが、5年後を思えば代々木の国立競技場は躍進のギアが一段と加速されたシンボルだったに違いない。電車の窓からワシントン・ハイツが、あの一風変わった競技場に変化していくのを目の当たりにしながら、なにも思わなかったのだから鈍感すぎる。時代の流れの真っ只中に生きているとはそんなものかもしれぬ。

競技場を米国相手の土地の返還交渉から始めて僅か5年で完成させたのだから大変なことだったに違いない。今の政治家や実業家にはとても真似が出来そうにない。オリンピックがきっかけとなって東京が、いや日本全体がどれほど変わったことか。当時のオリンピック招致には国民の大多数を巻き込んでエネルギーを結集させるだけの魅力があったのだ。なのに今のオリンピックは何だ、終盤を迎えている都知事選の中にも「東京オリンピック2020」は時々顔を出す。出てくる話の大部分が都民には理解し難い利権めいた話の修正論議で、ワクワクするようなことは何一つ無い。

オリンピックがあろうとなかろうと、東京は日々変わってゆく。その変わり行く末に待つところが何であるかは知らないし、見ることも無いだろう。子や孫たちが見るのだろうが、その姿を彼らはどんな感慨をもって見ることになるのだろうか?

2016年7月27日水曜日

断捨離実行の時来たる

たまたま昨日の朝、デザートにみずみずしくて甘い桃のヨーグルトが出てきた。何でも婆さんが安曇平に住む友人から頂いたものらしい。今日昼飯を一緒にした友人との話題に「昔は桃と言えば甲府が相場だったが、最近は信州でも随分採れるらしいぜ。」を出すと、彼が相槌打って曰く「俺も昨日、美味そうな桃があったので買おうと思ったが、1個350円の値札を見て手が引っ込んでしまった。」美味しそうな果物は店頭に沢山あるが、お値段も結構であるのが昨今の倣いとのこと。

彼は奥さんに先立たれて一人住まい、買い物なんかも自分でするので、世の中の動向については遥かに敏感だ。その意味では大分遅れているし、極楽とんぼは否めそうにない。それでも財布の中身が日を追って薄くなってきている実感はあるので、昼飯代・書籍の購入・電車経路の選び方などに関して大分気を使うようにはなってきた。今更死に欲をかくつもりはないが、無一文になったのでは洒落にならない。

もう7月の最終週、1日延ばしに延ばして来た事務所の整理を始めなければならない時期になってしまった。溜めこんできたつもりもないが、気が付けば捨てるべきものが多すぎる。先ずは本からだろうが、さてどうしたものかだ。

2016年7月26日火曜日

都知事選も終盤

滅多に来ない都知事選の街宣車が回ってきたかと思ったが、がなり立てている文句を聞くと「都知事選候補者の○○です。都知事選に立候補している人間に碌な奴はいません。みんなで都知事選をボイコットしましょう。」と言っているみたいだ。言い回しはもっとソフトで女性の声だったと思う。都知事選は確かに21人も立候補しているので、候補者全員の名前は覚えきれていない。

早速調べてみたが流石に○○(確か山本なにがしと聞こえたような気がする)はいなかった。こんなことを聞く前から投票する気を半分失いかけているので、面白いことを言う奴がいるものだと思う。むやみに高い音量で街中を流すには当局の許可もいるのだろうが、この街宣は許可を取っていたのだろうか。

21人の候補者をネットで確認して思うのだが、世の中には閑とお金のある人が多いものだ。現在話題になっている小池、増田、鳥越の3氏以外の18人は冗談にしろ当選なんか考えてもいないだろう。婆さんに昨日聞いたばかりだが、宇都宮弁護士が立候補を断念した日に「200万円を用意して来た。」と言ったらしい。だから供託金は200万円だろうとのこと。

この大金も場合によっては没収されかねない。更に加えて選挙期間中の2週間以上は、街頭に立たないまでもホームページの制作やらなんやらと金もかかるし、肉体的精神的に相当なプレッシャーが掛かることだろう。何が悲しくてそんなことまでしなくてはならぬのか、どうしても理解できない。敷衍して考えれば、先頭を走る3人にしても何を考えているのか理解できないのは同じことだ。

増田氏が当選すれば少しは都政が落ち着いて、都政云々カンヌンはやがて記憶の埒外に去っていくかもしれぬ。小池氏が当選したら、都議会の連中は本気で抵抗するのだろうか?多分また違った局面になってなれ合うのかもしれぬが、今の延長線で行けば議会解散を断行してもらわねばならない。そしたら都政の混乱は相当尾を引くことになる。鳥越氏は当選しっこないので予想しても仕方がない。

森本総理に言わせると「オリンピックを政争の具にするのは良くない。予算が狂ってきているのは当初の見積もりが少し甘かったためだ。」そうだ。「何を惚けたこと言っているのかね、招致が決まったとたん国立競技場を壊す決定をしたのは貴方でないの?」諸悪は全てここに原点があるように思う。

2016年7月25日月曜日

何を今更「田中角栄」

何でも梅雨明けは週の後半になるらしい。今日も雨は降らないが、いかにも梅雨らしい蒸し暑い嫌な天気だ。いい気分で夏休みを満喫しているのは閣僚クラスの政治家くらいで、小学生の孫はプールもお休み(水不足の影響らしい)、だからと言ってもなかなか宿題に集中とはいかぬことだろう。家の中でDVD「トムとジェリー」でも見て楽しんでいるに違いない。

こっちも格別の楽しみが無いので録画してあったNHK「未解決事件・大型シリーズ」第5弾「ロッキード事件」でも観ようかと観始めた。この番組が言いたいことは、田中角栄氏は、全日空が次期主力旅客機に米ロッキード社製のトライスターを導入することを決めたことに絡んで、同機の輸入代理店である丸紅から5億円の賄賂を受け取った容疑で逮捕されてしまった。しかしロッキードの狙いは別にあったと言いたいらしい。

即ち次期対潜哨戒機P3Cの売り込みの方がはるかに大きなビジネスで、当時騒がれた以上の金が動いていたとのことである。NHKが大見得を切って打ち出したのだから、まんざら嘘でもあるまいし、そんなことは昔から言われていた話だ。何を今更の感じが湧いてきて途中でやめてしまった。日米間には昔から庶民が窺い知れぬ深い闇があるだろうし、現代の方がその闇はより深くなっているのではなかろうか。

ロッキード事件に登場した当時の役者は、三木内閣の官房長官中曽根康弘氏や若手検事だった堀田力氏を除いて殆ど故人になってしまっている。彼らが番組で何を喋ったか知らぬが、己の自慢話以外に肝心なことを話す訳もあるまい。現政権にとっても、どんな番組になろうと痛くも痒くもあるまい。先日も書いたように自衛隊は今でもアメリカから高価なミサイルなんかを買っている。思わせぶりな昔話をでっちあげるより、目前にある問題点を抉るような番組を作ってもらいたいものだ。

2016年7月24日日曜日

無法者の決まり文句「法と秩序」

アメリカの大統領選挙で共和党の候補者に推されたドナルド・トランプ氏。日本のメディアは、ご丁寧に「政治経験皆無の元泡沫候補者」と注釈付きで報道している。余程嫌われ者らしいが、彼は共和党大会の大統領選立候補者の受諾演説で「法と秩序」を繰り返し訴えたらしい。「法と秩序」は政治経験豊かな我が安倍総理もお好きな言葉だ。彼の場合は最近中国に向けて好んで使い、南シナ海における中国の行動を牽制している。(つもりらしい)

中國はこれを不愉快に思って「南シナ海とお前に何の関係がるのだ、余計なことを言うな。」と怒っているようだ。日本では最近中国に肩入れする人は少ない。こっちも肩入れするつもりもないが、70年一寸前までは我が日本があっちの海を全面的に支配してたことを思うと複雑な気分でもある。昭和18年には我が父もあっちに行き、昭和22年まで帰ってこなかった。法と秩序を無視した国家のお先棒を担いだことに他ならない。

父は生きて帰ってきたので幸いだったし、もうすっかり戦争のことなどは忘れてしまっている。さもなければアメリカ大統領選挙のことなんか呑気に書く気にならないだろう。民主的な世界を構築するためには「法と秩序」を守ることが大切であることは分かる。しかし、沖縄の人達は未だ戦中、戦後の苦労から抜け出すことが出来ていない。彼らは法と秩序に守られているのだろうか?

政府は選挙が終わったとたん、沖縄に対して何か非常に強権的な態度に出ている。用いている手段は警察力だったり、司法への訴えだったりするから「法と秩序」に基づいているつもりだろう。法と秩序に基づけば民意は無視できるとの考えらしいが、どこかに大きな間違いがあるとおもう。昨日の朝日新聞朝刊にアメリカ人のマイケル・オハンセン氏(ブルッキングス研究所・上級研究員)が辺野古問題について書いていた。

曰く、大方の日米政治家は辺野古以外の選択肢はないと言うが、間違っている。沖縄駐在の海兵隊を分散させて有事対応をする方法は他にいくらでも考えられる。アメリカには、こういうことを平気で言う人間のいるシンクタンクが沢山あるようで羨ましい。多様性を維持できなければ秩序も何も無いのと一緒だ。