週末2日が晴れになるのは7週間ぶりと気象予報は言っている。少なくとも今日は予報が当たって大分春めいた陽射しになった。明日からシーズン1回だけのスキーに行くので北信濃も晴れてくれるとありがたいが、予報ではスキーをする予定の月・火曜が残念ながら雪マークになっている。ま、別にしゃかりきに滑るつもりもなく、高校同期の仲間との飲み会の方がメインだからどうでもいいが。
今は山にいても昼には新聞が届くし、テレビがあるので朝晩ニュースはチェックできる。スマホでも使えばブログを上げることも可能だろうが、スマホは持っていないし、スキー場にいてまで書かなきゃならぬ義理がある訳でもない。何れにしても来週は水曜までブログは休まざるを得ない。3,4日間が空けば世の中も多少変化があるだろうし、頭も少しリフレッシュできると期待したい。
今日は朝から既に、気持ちが志賀高原に飛んでいる。
持ち物なんかは一応準備が出来たが、今年は雪が少ないと報道されていることが少し気になっている。それに今年は仲間が少し減った。毎年10人が集まっていたのだが、いろんな事情が重なり今年は6人とのこと。後期高齢者になっても6人集まれば立派かもしれぬが、昨年までを思うとやはり少し寂しい。何故なら、いつ自分も同じように欠席者になるか分かったものではないからだろう。山歩きもそうだが、スキーなんかも1年ブランクを作ったら、多分それでスキーからは永遠に離れてしまいそうだ。
年寄りにつきものの恐怖感は仕方ないが、先のことは考えずに取り敢えずは現在である。明日からは雪国の風情を精一杯楽しむことにしたい。
2016年2月27日土曜日
2016年2月26日金曜日
違う角度から考えてみたら
日本経済にとっては大した事件でないかもしれぬが、午後ヤフーのトップページを見ると「芳林堂が破産 池袋などに書店」と出ていた。池袋西口にあった5,6階建てビル1棟の堂々たる書店は昔よく利用していたが、とっくの昔に店仕舞いになっていた。終に倒産と聞くと、何となく寂しくもの悲しい感じだ。池袋に限らず、都内では書店の数は相当に減りつつある。ましてや地方都市になればもっとかもしれぬ。今日の午前中は図書館に行っていたのだが、買って迄本を読もうと言う人間が少なくなっているのは仕方ないのかもしれぬ。
書店の経営が厳しくなれば、出版社もおかしくなるだろう。新聞なんかも同じことだろうが、活字文化が変わりつつあることだけは間違いない。昔、広告稼業なので出版社の編集者から、映像文化と活字文化の違いについて講釈をよく聞かされた。曰く、映像は確かに分かり易いが、受け手の思考に結びつきにくい。活字は脳内で思考回路を経るので受け手に対するインパクトが強いのだ。広告効果を強調したくて言っている訳だから、どこまで本気に受け止めていいやらではあるが、影響に違いがあることだけは確かだ。
活字媒体が衰退していく原因がどこにあるか分からぬが、テレビやパソコンの影響は相当にあるのも確かだろう。しかしそのテレビやパソコンのインターネットにしても、どこで衰退しはじめるか分かったものではあるまい。序でに思い出したが、我々が大学を卒業する頃は、文学部学生の優秀な連中は映画会社を希望していたように思う。次いで新聞社、出版社、放送局(テレビ局ではない)てな順番だったような気もする。当時の映画産業は第3次産業の筆頭にいたような気もするが、今やその影も形も無いに等しい。
正に祇園精舎の鐘の声だ。言っちゃ悪いが栄枯盛衰は世の倣いで、どうしようもないのではと思ってしまう。東芝も松下電器(パナソニック)グループもソニーも日立も三洋やシャープ程ではないにしろ、辛うじて生き残っているが、正直なところ気息奄々で昔日の面影は偲ぶべくも無さそうだ。と言っても、日本が急に潰れる訳でもないよ。どうせ野党共に、今後の成長産業が何であるかも分からないのだから、ここは一番腰を据えて、景気なんかどうでもいいから協力して教育にでも力を入れてみてはどうだろうか。
書店の経営が厳しくなれば、出版社もおかしくなるだろう。新聞なんかも同じことだろうが、活字文化が変わりつつあることだけは間違いない。昔、広告稼業なので出版社の編集者から、映像文化と活字文化の違いについて講釈をよく聞かされた。曰く、映像は確かに分かり易いが、受け手の思考に結びつきにくい。活字は脳内で思考回路を経るので受け手に対するインパクトが強いのだ。広告効果を強調したくて言っている訳だから、どこまで本気に受け止めていいやらではあるが、影響に違いがあることだけは確かだ。
活字媒体が衰退していく原因がどこにあるか分からぬが、テレビやパソコンの影響は相当にあるのも確かだろう。しかしそのテレビやパソコンのインターネットにしても、どこで衰退しはじめるか分かったものではあるまい。序でに思い出したが、我々が大学を卒業する頃は、文学部学生の優秀な連中は映画会社を希望していたように思う。次いで新聞社、出版社、放送局(テレビ局ではない)てな順番だったような気もする。当時の映画産業は第3次産業の筆頭にいたような気もするが、今やその影も形も無いに等しい。
正に祇園精舎の鐘の声だ。言っちゃ悪いが栄枯盛衰は世の倣いで、どうしようもないのではと思ってしまう。東芝も松下電器(パナソニック)グループもソニーも日立も三洋やシャープ程ではないにしろ、辛うじて生き残っているが、正直なところ気息奄々で昔日の面影は偲ぶべくも無さそうだ。と言っても、日本が急に潰れる訳でもないよ。どうせ野党共に、今後の成長産業が何であるかも分からないのだから、ここは一番腰を据えて、景気なんかどうでもいいから協力して教育にでも力を入れてみてはどうだろうか。
2016年2月25日木曜日
TPP問題
大分昔民主党政権時代だったが、高校後輩の篠原孝氏(民主党衆議院議員)の書いた「TPPはいらない!-グローバリゼーションからジャパナイゼーションへ」を読んで以来、TPPは不調に終わった方が誰にとってもハッピーかなと思っていた。その後政権が自公に移行すると、野党時代に猛反対していた態度を豹変させて、現在はTPP推進のリーダー的国家になっているので、どうなっちゃているのかと不思議に思っていたところだ。
TPPの利害得失については、国会でもはたまに質疑が行われるが、内容が多岐にわたるので明確な回答が得られない。マスコミも内容の議論より立役者甘利元担当大臣のスキャンダルの方に関心が移り、国益を考えた論調にはなかなか至らぬようである。最近誰かのメルマガで、関税自主権喪失は江戸時代末期の日米通商条約締結以来の国辱的大問題(この条約撤廃に要した年月は40年に及んだらしい)との主張を読んで、改めてISD条項を含むTPP問題を思い起こした。
国会質疑を聴いている限り、法務大臣でさえ、ISD条項と日本国憲法のどちらに優位性があるかについては明確な返事が出来ない。ISD条項なんて非現実論だから無視してもいいのかと簡単に考えていたが、この条項の利用は現実問題で国際的に拡大しているらしい。過去半世紀は数件で推移していたものが最新データ(といっても2012年のことだが)年間58件に上っているとのこと。
へーと思っていたら、今度はアメリカでこの問題に火が付いているようだ。今週民主党上院議員エリザベス・ウォーレン氏(2015年「最も影響力のある百人の人物」に選ばれている大物とのこと)がワシントン・ポスト紙の「全ての者が反対すべき条項」という掲載記事で詳しく主張したとのこと。併せてオバマ氏に近いとされてきた民主党ヒラリー・クリントン氏までもがTPP反対を表明したらしい。自由貿易推進の共和党候補でさえ反対を表明とのこと。オバマ現大統領にとって最後の大仕事とか、花道と言われている向きもあるが、大統領が議会承認手続きをいつどのように取ろうとしているかは知らない。
しかし、日本では安倍政権が今国会中の承認を目論んでいるとのこと。国会に於ける質疑が如何に中途半端であろうと、政権が議決を優先すれば数がもの言う世界だから承認は簡単かもしれぬ。大方の農業関係者は反対、輸出(貿易?)産業の関係者と物が安くなることを期待する一般消費者は賛成とされているが、推測するに果たしてどうだろうか?反対を唱える人は少数で、一般国民は「よく分からんよ」てなことではないだろうか。小生は勿論「よく分からんよ」だ。政権が誰の気持ちを忖度して承認を急ぐのか知りたいところだが、はっきり分かるのはオバマ大統領に恩を売りたい気持ちである。気持ちは分かるが、2階に上ったところで梯子を外されないよう気を付けることもまた必要ではないか。老婆心ならぬ老爺心から忠告したい。
TPPの利害得失については、国会でもはたまに質疑が行われるが、内容が多岐にわたるので明確な回答が得られない。マスコミも内容の議論より立役者甘利元担当大臣のスキャンダルの方に関心が移り、国益を考えた論調にはなかなか至らぬようである。最近誰かのメルマガで、関税自主権喪失は江戸時代末期の日米通商条約締結以来の国辱的大問題(この条約撤廃に要した年月は40年に及んだらしい)との主張を読んで、改めてISD条項を含むTPP問題を思い起こした。
国会質疑を聴いている限り、法務大臣でさえ、ISD条項と日本国憲法のどちらに優位性があるかについては明確な返事が出来ない。ISD条項なんて非現実論だから無視してもいいのかと簡単に考えていたが、この条項の利用は現実問題で国際的に拡大しているらしい。過去半世紀は数件で推移していたものが最新データ(といっても2012年のことだが)年間58件に上っているとのこと。
へーと思っていたら、今度はアメリカでこの問題に火が付いているようだ。今週民主党上院議員エリザベス・ウォーレン氏(2015年「最も影響力のある百人の人物」に選ばれている大物とのこと)がワシントン・ポスト紙の「全ての者が反対すべき条項」という掲載記事で詳しく主張したとのこと。併せてオバマ氏に近いとされてきた民主党ヒラリー・クリントン氏までもがTPP反対を表明したらしい。自由貿易推進の共和党候補でさえ反対を表明とのこと。オバマ現大統領にとって最後の大仕事とか、花道と言われている向きもあるが、大統領が議会承認手続きをいつどのように取ろうとしているかは知らない。
しかし、日本では安倍政権が今国会中の承認を目論んでいるとのこと。国会に於ける質疑が如何に中途半端であろうと、政権が議決を優先すれば数がもの言う世界だから承認は簡単かもしれぬ。大方の農業関係者は反対、輸出(貿易?)産業の関係者と物が安くなることを期待する一般消費者は賛成とされているが、推測するに果たしてどうだろうか?反対を唱える人は少数で、一般国民は「よく分からんよ」てなことではないだろうか。小生は勿論「よく分からんよ」だ。政権が誰の気持ちを忖度して承認を急ぐのか知りたいところだが、はっきり分かるのはオバマ大統領に恩を売りたい気持ちである。気持ちは分かるが、2階に上ったところで梯子を外されないよう気を付けることもまた必要ではないか。老婆心ならぬ老爺心から忠告したい。
2016年2月24日水曜日
国会中継を見て
今年に入ってから時々ニュースが流れているアメリカの大統領選挙。日本もアメリカも基本的には民主国家と言うことになっている。彼の国の政治システムはよく知らないし、どちらシステムが優れていると言った問題ではないが、大統領の選び方が偉く丁寧だとは思うし、面白くも思う。日本の総理大臣はアメリカ大統領に匹敵する政治的リーダーである筈だが、選ばれ方がお手軽なのか、どうも存在感が薄い。
国家の政治的リーダーのリーダーシップが強すぎて、北朝鮮の金正恩とかナチのヒトラーのようになるのも困るが、安倍総理のように軽すぎるのも些か問題ではある。選挙権を得てから半世紀上も経つが、日本国憲法も理解せず、基本政策がここまで無茶苦茶な総理は初めてではなかろうか。調べてみると選挙権を得た1960年の総理は岸信介氏である。彼のことは60年安保で嫌なほど騒がれたので当然記憶にあるが、彼が当選した当時は未だ選挙権が無かったろう。
実際に選挙権が行使できたのは池田内閣あたりからだと思うが、今にして思えば貴重な選挙権を行使していたかどうか記憶が無い。当時は住民票を長野に置いたまま東京に来ていたようで、長野の議員名は記憶にあるが、東京の議員名は誰一人思い出せない。在学中は多分投票はしていなかったと思う。個人的なことはさて置き、池田勇人氏以降20年間の総理(佐藤栄作・田中角栄・三木武夫・福田赳夫・大平正芳)6氏とそれ以降35年間の総理(鈴木善幸氏から20人以上になりそう)の間には随分重みに差があると感じざるを得ない。
先に書いたように政治への関心がこの55年間で全く変わっているので、政治内容を云々することは出来ないのだが、総理の資質とか貫禄と言ったものが年々軽くなって、遂にここに極まった感じがしている。リーダーが軽いからだろう、閣僚の資質に至っては言うまでもない。そりゃ池田総理や佐藤総理の時代であっても、官僚のサポートで国会を乗り切ってきたのだろうとは思う。ある意味では、官僚が政治家の代わりに直接政府答弁をすることが出来たから、より強力なサポートであったかもしれぬ。
最近は官僚の政府答弁が認められないので、全て大臣が答弁せねばならないから仕方ないかもしれぬ。それにしても、基本の(き)迄一々後ろに控える官僚に教わらなければならない醜態を毎度見せつけられている。よくもこれで大臣が勤まるものと感心している場合ではない。官僚は優秀かもしれぬが、政治家の思想(哲学あるとも思えないが)に沿って、それらしい答弁を書いているのだ。池田総理が「貧乏人は麦を喰え」と言ったのは、経済政策が間違っていた訳ではない。まして現政府のように「強きを扶けて弱きを挫く」意図でなかったことは明らかである。
国家の政治的リーダーのリーダーシップが強すぎて、北朝鮮の金正恩とかナチのヒトラーのようになるのも困るが、安倍総理のように軽すぎるのも些か問題ではある。選挙権を得てから半世紀上も経つが、日本国憲法も理解せず、基本政策がここまで無茶苦茶な総理は初めてではなかろうか。調べてみると選挙権を得た1960年の総理は岸信介氏である。彼のことは60年安保で嫌なほど騒がれたので当然記憶にあるが、彼が当選した当時は未だ選挙権が無かったろう。
実際に選挙権が行使できたのは池田内閣あたりからだと思うが、今にして思えば貴重な選挙権を行使していたかどうか記憶が無い。当時は住民票を長野に置いたまま東京に来ていたようで、長野の議員名は記憶にあるが、東京の議員名は誰一人思い出せない。在学中は多分投票はしていなかったと思う。個人的なことはさて置き、池田勇人氏以降20年間の総理(佐藤栄作・田中角栄・三木武夫・福田赳夫・大平正芳)6氏とそれ以降35年間の総理(鈴木善幸氏から20人以上になりそう)の間には随分重みに差があると感じざるを得ない。
先に書いたように政治への関心がこの55年間で全く変わっているので、政治内容を云々することは出来ないのだが、総理の資質とか貫禄と言ったものが年々軽くなって、遂にここに極まった感じがしている。リーダーが軽いからだろう、閣僚の資質に至っては言うまでもない。そりゃ池田総理や佐藤総理の時代であっても、官僚のサポートで国会を乗り切ってきたのだろうとは思う。ある意味では、官僚が政治家の代わりに直接政府答弁をすることが出来たから、より強力なサポートであったかもしれぬ。
最近は官僚の政府答弁が認められないので、全て大臣が答弁せねばならないから仕方ないかもしれぬ。それにしても、基本の(き)迄一々後ろに控える官僚に教わらなければならない醜態を毎度見せつけられている。よくもこれで大臣が勤まるものと感心している場合ではない。官僚は優秀かもしれぬが、政治家の思想(哲学あるとも思えないが)に沿って、それらしい答弁を書いているのだ。池田総理が「貧乏人は麦を喰え」と言ったのは、経済政策が間違っていた訳ではない。まして現政府のように「強きを扶けて弱きを挫く」意図でなかったことは明らかである。
2016年2月22日月曜日
久し振りに山の話
普段池袋界隈から離れることは滅多に無くなったが、今日は仕事をしていた時から付き合いがあり、仕事を離れてからも何回か近郊の山歩きを共にしたこともある古い友人に誘われて、人形町の高級和食店で昼飯をご馳走になった。友人はさほど齢の違いはないものの、未だ現役でもある。こちらはリタイアしてから大分経つので、彼が現役であることは些か羨ましくも思ったりするが、話を聞くうちに、現役でいればいるなりの苦労や悩みがあることが改めて認識できた。
隣の芝生の喩えではないが、やはりリタイアメントにはそれなりの気楽さがあるのだから、もって善しとすべきだろう。それはさて置き、彼がお土産迄用意してくれて、そのうちの一つが昨年登った北アルプス常念岳から蝶ヶ岳への縦走記録DVD。帰宅して早速ファイルを開いて1時間半以上かけて動画と写真全てをじっくり見た。昨年7月29日から8月1日は梅雨が明けたばかりで、絶好の天気に恵まれた山歩きだったようだ。
我が身を思い出すと、丁度その時は毎日炎天下を病院通いの辛い日だった。しかし現在の体調はあの時が嘘みたいに回復しているとも言える。そんな近況を交わしながら、主に彼の今年の山行き計画についてあれこれ話し合った。本格的決定に至っていないようだが、出来れば今年は南アルプス北岳方面に挑戦したいようでもある。気持ちは分かり過ぎるくらい良く分かるので、つられてこちらもたいして無い知識を偉そうに喋ったりして、久し振りに楽しいひと時だった。
帰宅してから見た映像や画像はどれを取っても素晴らしく、山に対する懐かしさが湧いてきた。しかし幾ら懐かしくあろうとも、応分の体力が伴わないと敵わないのが山登りだ。昨年秋の雲取山で嫌と言うほど思い知った。今年は暖かくなったら近郊の里山からボチボチ山歩きをと考えてはいる。取り敢えずは来週の月火と志賀高原で高校時代の仲間とスキーをすることにしている。ここである程度の体力や脚力について、自分なりの見当を付けて見たい。
ともあれ、冒頭に掲げた写真は、2013年2月11日に丹沢の塔ノ岳に行った時の写真。友人に触発されて自分が元気だった頃を忍びたくなった。今にして思えば嘘みたいだが、3年前にはまだ雪の残る丹沢に行く元気があったわけだ。来週は高校の同期生からもパワーを貰うことになるだろう。兎に角もう少し元気を出そう。
2016年2月20日土曜日
我がファンダメンタルズ
後期高齢者になると希望とか夢なんてことは殆ど無くなってきて当たり前だが、願わくば介護が必要な身となることだけは勘弁してもらいたい。しかし、人生あって欲しいことは実現せず、あって欲しくないことは往々にして起こりがちであるから、願わくばなんて考えない方が良いのかもしれぬ。しかしベランダから投げ落とされた老人のニュースを延々と聞かされていると、気が滅入ってくる。
年間8万7千円支払っている介護保険料が無駄になっても構わないから、給付される側になりたくないものだ。こんなセコイことを考えていて大昔のことを思い出した。大学を出てから丁度40年間サラリーマンだったが、この間支払った失業保険(雇用保険?)も考えてみれば完全な掛け捨てで、1円の給付も受けていない。社会保障制度の中で年金や健保の話はよく耳にするが、雇用保険の収支はどうなっているのだろう?
雇用保険については高齢化現象と関係ない気がするので、騎馬戦型から肩車型なんて騒ぐ必要もない筈だ。有効求人倍率が1以上で就労者も50万人も増えているとなれば、誰が運用しているか知らないが、出金は増えずに保険料は溜まる一方の可能性もある。所管は元労働省だから現在は悪名高き厚労省だ。昔から3流官庁の極みとされているが、そういうところに限って悪銭が溜まり官僚が悪さをする種を作りかねない。
年金のGPIFのように、総理や日銀さんに協力して資金市場で博奕もどきの運用に供するなら可愛げもあるが、数十兆までには届かない金額故政治家の目に止まらないで、官僚の好き勝手、やりたい放題にされているとすれば問題だ。話しが逸れたが、たまたま現役時代にこの3流官庁に出入りしていたことを思い出してしまった。
書き始めた時は、庶民感覚のファンダメンタルズとして、今後益々せこくなって、けちけち生活を徹底しようと書く心算でいた。小難しいことは分からなくても、財布のひもを締めるのは年金生活者としては当然のことだ。しかし、高級官僚や政治家の世界は、感覚がまるで違うように感じる今日この頃である。
年間8万7千円支払っている介護保険料が無駄になっても構わないから、給付される側になりたくないものだ。こんなセコイことを考えていて大昔のことを思い出した。大学を出てから丁度40年間サラリーマンだったが、この間支払った失業保険(雇用保険?)も考えてみれば完全な掛け捨てで、1円の給付も受けていない。社会保障制度の中で年金や健保の話はよく耳にするが、雇用保険の収支はどうなっているのだろう?
雇用保険については高齢化現象と関係ない気がするので、騎馬戦型から肩車型なんて騒ぐ必要もない筈だ。有効求人倍率が1以上で就労者も50万人も増えているとなれば、誰が運用しているか知らないが、出金は増えずに保険料は溜まる一方の可能性もある。所管は元労働省だから現在は悪名高き厚労省だ。昔から3流官庁の極みとされているが、そういうところに限って悪銭が溜まり官僚が悪さをする種を作りかねない。
年金のGPIFのように、総理や日銀さんに協力して資金市場で博奕もどきの運用に供するなら可愛げもあるが、数十兆までには届かない金額故政治家の目に止まらないで、官僚の好き勝手、やりたい放題にされているとすれば問題だ。話しが逸れたが、たまたま現役時代にこの3流官庁に出入りしていたことを思い出してしまった。
書き始めた時は、庶民感覚のファンダメンタルズとして、今後益々せこくなって、けちけち生活を徹底しようと書く心算でいた。小難しいことは分からなくても、財布のひもを締めるのは年金生活者としては当然のことだ。しかし、高級官僚や政治家の世界は、感覚がまるで違うように感じる今日この頃である。
2016年2月19日金曜日
確定申告
今日の昼間はとても2月と思えぬ暖かさになった。こんな日がせめて3日は続いてほしいが、今回はそうもいかぬらしい。しかし今年は暖冬傾向だから春は早く来てくれるだろう。春が本格的になったら特別したいことがある訳ではないが、空気が寒いのと暖かいのでは気分が違う。
今週は昨年の確定申告に必要な書類、健保類の控除証明や医療費の領収書の整理などしたが、4月から後期高齢者になった関係で意外に複雑だった。手元に送られてきている源泉徴収票や引き落とし口座の履歴を突き合わせても正確な数字が出てこないものらしい。結局は税理士さんのアドバイスに従って区役所に問い合わせることにならざるを得なかった。
問い合わせ窓口も国民健康保険窓口と後期高齢者保険窓口は異なるので、2か所にお伺いを立てねばならない。何故なら、国民健康保険は家族単位で加入しているので、戸主である自分の保険料は誕生月から後期高齢者保険に移ってゼロになるが、家内の分は残るのである。従って口座履歴を見ても、複雑すぎて何がどうなっているのか理解に苦しむ。
この他に介護保険料もあるが、こいつは年金給付から引かれているので、聞かれてもすぐには答えられない。たまたま仕事をしていた当時世話になっていた税理士さんとの繋がりを切らずに、未だに個人の確定申告を格安で面倒見てもらっているから今日までは何とかなっている。しかし全ての年金生活者が税理士に申告を手伝ってもらう訳にはいかぬだろう。
そんなことを考えながら、税理士さんに書いてもらった昨年の申告書の控えを見ていて考えた。これからは時間だけはたっぷりあるのだから、給付と負担はしっかり自分で確認する必要がありそうだ。先ず、いつ迄税理士さんのサポートを受けられる身分でいるか分かったものでない。そんなことを考えると、年金暮らしも楽ではないと思わざるを得ない。
今週は昨年の確定申告に必要な書類、健保類の控除証明や医療費の領収書の整理などしたが、4月から後期高齢者になった関係で意外に複雑だった。手元に送られてきている源泉徴収票や引き落とし口座の履歴を突き合わせても正確な数字が出てこないものらしい。結局は税理士さんのアドバイスに従って区役所に問い合わせることにならざるを得なかった。
問い合わせ窓口も国民健康保険窓口と後期高齢者保険窓口は異なるので、2か所にお伺いを立てねばならない。何故なら、国民健康保険は家族単位で加入しているので、戸主である自分の保険料は誕生月から後期高齢者保険に移ってゼロになるが、家内の分は残るのである。従って口座履歴を見ても、複雑すぎて何がどうなっているのか理解に苦しむ。
この他に介護保険料もあるが、こいつは年金給付から引かれているので、聞かれてもすぐには答えられない。たまたま仕事をしていた当時世話になっていた税理士さんとの繋がりを切らずに、未だに個人の確定申告を格安で面倒見てもらっているから今日までは何とかなっている。しかし全ての年金生活者が税理士に申告を手伝ってもらう訳にはいかぬだろう。
そんなことを考えながら、税理士さんに書いてもらった昨年の申告書の控えを見ていて考えた。これからは時間だけはたっぷりあるのだから、給付と負担はしっかり自分で確認する必要がありそうだ。先ず、いつ迄税理士さんのサポートを受けられる身分でいるか分かったものでない。そんなことを考えると、年金暮らしも楽ではないと思わざるを得ない。
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