2024年2月12日月曜日

若い時の秀才

 今日は亡き妻の誕生日、2月は母と家内の誕生月だった。母も5人の息子を育てるのに苦労したと思うが、家内も性格が全く異なる2人の娘に苦労したに違いない。面白いことに製造責任者2人は同じであっても、我が家を見る限りそれぞれ性格が全く異なっている。もちろん、それぞれの学歴、職歴なんかも千差万別。幼い頃から兄弟姉妹間の喧嘩が絶えなかったのも懐かしい。母も家内もその喧嘩には余り口出しはしなかった。

子供の頃に学校で優秀だったかどうかなんてことは、社会に出てしまえば全く関係がないことだけは確かだ。学校での勉強を馬鹿にするわけではないが、家内とよく話していたことがある。「台形の面積計算、あれは難しいね。」と言うと家内は「台形の面積なんて卒業以来一度もしたことがない。なんであんなこと学ぶ必要があったのでしょうね。」とか娘たちの話で、彼らの小学生時代のある時、次女に通信簿を見せられた時のこと「お姉ちゃん学年は10点制、私の学年5点制の採点方式よ。」としれっと言った。小生の場合は高校1年生2学期以降両親に通信簿は見せず、親の確認印は自分のハンコで済ませた。親に見せていれば、ちゃんと末永く保管してくれたのに残念でもある。

本論に入る前の能書きが長くなりすぎた。今日はいま評判の盛山文科大臣について書きたかったのだ。最近の国会で野党から厳しい追求を受けて一躍有名になった盛山氏、もちろん小生も全然知らなかった御仁である。しかし氏のホームページを確認して改めてびっくりした。何となく噂でかなり記憶力の優れた人と聞いたが、然もありなんだ。関西で最も有名な受験校である灘高から東大法学部に進学は学歴コンプレックスの小生からすると羨ましい限りだ。しかも卒業後運輸省に入省(昭和25年)してからが凄い。

入省28年後に国交省の部長職で退官、政治家になっても尚神戸大学大学院で博士号を2つも取得、著書も多い。当に学究派だから頭も良いだろうし、記憶力だって常人より勝っているだろう。だいたい同世代の元文科省事務次官の前川氏が言っていた。岸田首相がよりもよって文科大臣に据えたのが間違いで、キャリア通りの国交大臣にすればなんの問題も起きなかっただろう。首相が盛山氏を買いかぶりすぎたかどうかは分からない。高学歴が必ずしも社会での成功条件かどうかは別問題。幼い子供を塾に入れて成績向上を励ます親の気持ちも分かるが、子供の未来は、別の道にも有るだろう。

2024年2月11日日曜日

伝説の見直し

 今日はめでたい建国記念日、毎朝通う接骨院まで約1キロは優にあるが、国旗を出している家は1軒もなかった。接骨院の先生とそのことについて話をしながら治療を受けた。先生曰く「なんの不思議もないと思いますよ。最近元日から始まり旗日に国旗を出す家なんてごく少数じゃないですか。ただ私はあの眠くなるような君が代は好きなんですけどね。」さすが、高校時代相撲部員で今でも国技館に憧れを持つ人らしいご意見で感心したと伝えた。

結婚した当初は我が家にも国旗も旗竿もあったが、今やどこにあるか、否、無いだろう。国歌も最近歌ったこともないし、先生と違って余り好きになれない。先生曰く「国歌はどこの国でも行進曲的なものが多い。」とのこと。行進曲も余り好きになれそうもないが、高校野球の甲子園で奏でられる程度だったら良いかもしれぬ。<君が代>はどう考えても<海行かば>と裏腹の関係「大君の辺にこそ死な~め、かえりみはせじ」なんて本気で思う国民は少ないだろう。

といっても建国記念日に異を唱えるわけではない。もう少し自分を含め祝う気持ちを表すべきでないかと思う者である。日本の建国は今を去る2684年前、時の神武天皇によって制定されたと伝えられている。これがスラスラ書けるのは小生の誕生が昭和15年(西暦1940年)で、官僚であった父の勤務地奈良市内で出生だからだ。戦後父からその時の日本や奈良市の雰囲気を何度も聞かされた。極端に言えば1年中お祭り気分だったとのこと。軍国主義が進行中であったことは残念だが、聞いていると平和感が漂って嬉しい気分にもなった。

建国は明らかに伝説だが、昔世話になった小生より10歳上の先輩は尋常小学校(或いは高等小学校)だけしか出ていなかったが、初代神武から124代昭和までの天皇名を諳んじていた。彼は長野県の山奥上水内郡平穏村の出身者だ。皇室は現在でもこの伝説を守り、皇祖を丁寧に祀っている。このことは悪いこととは思わない。エチオピアやイランの皇族も無き現在、比較的古い皇室は英國かと思い、生成AIに尋ねた。回答は10代目の国王で、歴史は約967年とのこと。やはり日本人は伝統を寿ぐべきだろう。

2024年2月10日土曜日

老人の生き方

 春宵一刻ということが言われるが、それほどの陽気にはなっていないのに今朝も30分ほど寝坊してしまった。接骨院の先生には「少々お疲れではありませんか?」と言われたが疲れるほどのことは何もしていない。やはりボケの一種かななんて思ったりしてる。ボケと言えばアメリカの大統領選挙が酷いものだ。欲ボケした二人の老人が醜い争いをしている。片や民主党のバイデン現大統領は裁判所がボケにお墨付きを出して国家秘密持ち出しの罪を問わないことにするというのだから念がいっている。

我が国の文科大臣も総理が一生懸命かばって言い訳を繰り返すのがみっともない。「もう年寄りだから勘弁してよ。」とも言えないのだろうが、なんでこんな人物を大臣に取り立てているのか意味が分からない。与党は余程人材不足のようだ。真逆の老人もいる。テレビでニュース速報まで流れた指揮者の小澤征爾氏。享年88歳で世界中の音楽愛好者が氏の他界を惜しんでいる。音楽的素養ゼロなので氏の偉大さは評価できぬが、目前に何十人もいるオーケストラ要員の楽器から一つずつの音を引き出して、一つに纏める技は小生から観ると神業としか言いようがない。政界の醜い不協和音と比較すれば当に雲泥の差。

氏は満州生まれであるが、何かと信州と縁がある。志賀高原の奥に別荘を持ち、若い時にはスキーも楽しんだようだ。毎年松本で開催されていたサイトウ・キネン・フェスティバルに行くことを楽しみにしてた同期の友人もいる。彼にしてみれば本当に残念だろう。氏の名前は昭和の軍人板垣征四郎と石原莞爾に因んでいることが有名だ。音楽的にも個人的にも全く無縁だが、心から哀悼を贈りたい。

2024年2月9日金曜日

お知らせ昨今

 今朝は今や恒例になった接骨院から帰宅したのが10時。一休みしようかとも思ったが、序だから溜まっていた用事を片付けることにした。郵便局まで行って、1週間前の義母葬儀に着た白いシャツとだいぶ汚れたズボンをクリーニング屋に持っていくこと、葬儀の花代の請求が来ていたので郵便局から送金することを済ませてスーパーで食料の買い出しだ。接骨院が一番遠く、約1キロあるが、他は半径0.5キロ以内。それでも一巡して帰宅して歩数を確認したら既に6千歩を超えていた。主婦が居れば全て彼女の仕事だろうが居ないのだから仕方ない。お陰でだいぶボケ防止にはなっているだろう。

自分でボケ防止とは笑わせてしまうが、実際には相当ボケてるに違いない。少なくとも世相の流れについていけないことは増える一方だ。一例を上げればマイナンバーカード、持ってはいるがあれは一体なんだろう?今朝接骨院で聞くと、近い将来健康保険証が失効して、大病院だけでなくかかりつけ医も接骨院も薬局も全てマイナンバーカードでないといけないらしい。医者に保存されているカルテも薬局の処方歴も全て参照可能となるそうだ。にわかには信じられない。通っている医療機関の受付でマイナンバーカードを提示した患者に受付嬢が「健康保険証はお持ちになりませんか?」と問い合わせるシーンをよく目にするが、これからはどうなるのだろう?

常に両方持ち歩いているので、さほど不自由はしないだろうが、困る人が大勢出るに違いない。同年輩人に比べればインターネットに関する知識は比較的ある方だと思うが、最近のテレビを観てる限り、放送側は国民の大半がインターネットの環境と利用する技術を有することを前提に番組を制作してるが、これもとんでもない老人無視だ。「詳しくはこちらのQRコードでご確認が可能です。」と聞いて喜ぶ高齢者がいるかどうか知らぬが、少なくとも小生にはチンプンカンプン。再確認したい番組もないが、QRコードから情報を取りにいったことは一度もない。

QRコードはスマホなどの携帯端末がなければ読み取りは不可能だろう。嘗て電話のある家は町内で数軒だったと思うが、今や国民の大部分がスマホを持つ前提で様々な告知がなされる。置いてけぼりを喰らうのは経済弱者と高齢者、何れも社会のお荷物なんだろう。スマホも持つだけは持っているが、日本国民、東京都民、豊島区民の勘定に入っているかどうか心配だ。

2024年2月8日木曜日

母の思い出

 今日は暦に仏滅とあったので、先日孫に教わった生成AIを思い出し、面白半分で意味を聞いてみた。答え「仏滅は六曜の中でも最も凶日とされ、「ぶつめつ」と読みます。」とのこと。解釈は多様だが結局結論は「仏滅は、六曜の中で最も凶日とされていますが、絶対に行動を避けるべき日ではありません。最終的には自分の判断で行動するかどうかを決めるのが大切です。」尤もなことだ。毎日似たようなことしかしないのだから、特になにかしたい訳でもない。

しかし今日は何かあったはずだと考えて思い至ったことがある。そうだ今日は母の誕生日だった。ここ数年母の誕生日を意識したことがなかったが、今日思いついたのも何かの因縁だろう。もちろん母は優しかったが、一度だけ有無を言わさず思い切り横面を張られたことがある。確か小学一年か二年生頃だと思う。台所の調理台の小引き出しから1円札を抜き取るのを見つけられてしまった結果だ。見つからなければ近く駄菓子屋で飴でも買ったに違いない。

「欲しい物があれば言えば良い、なんで盗人になるのだ。」泣いて謝り許してもらったような気がする。父も厳格で怖かったが、さすがに幼い頃殴られた記憶はない。どちらかと言えば母の方が生涯厳しかったような気がする。特に嫁を迎えてからは嫁の教育について喧しく言われたが、母の希望には応えられなかった。そもそも若い時から現在に至るまで、家族を含め他人を教化、教育することが苦手なのだ。出来るのはせいぜい一緒に遊ぶことだけだった。

母はその点全く異なり、5人の息子を育てた自信があったので、3男の小生に期待したのは無理ない話だと思う。母に言われてしたことは小学生時代に弟が学校で虐められているらしいとて、ある朝親に代わって弟の教室まで付いて行ったことがあったような気がする程度のこと。父からは大正生まれとからかわれていたが、母は2月8日はまだ明治の女と頑強に言い張っていた。兄が3人いたが、うち二人が東京の大学に進学していたので、母も東京の日本女子大学校に進んだ才女でもあり、文学的才能もあったと思う。料理などの家事は言うに及ばず、素晴らしい母だったと改めて思った。

2024年2月7日水曜日

健康的生活

 昨日復帰宣言を書いたら、直ぐに少し若い友人から激励のショートメールが来た。曰く「ブログ発信をしていた方が、健康に良いと思います。少々、体の具合が悪いよりも優先した方が。」有り難い激励に少し元気が出た。それに今日は昨日からうって変わった快晴、道路の片隅に厚く張っていた氷も接骨院からの帰りにはだいぶ溶け出していた。寒明け10日が寒さの底と言われるから春はもう間近まで来ていることだろう。何をすることも無い年寄りの生き甲斐にもなりそうだから頑張って書き続けたい。

何もすることが無いと言っても、それは社会的役割。個人的には一人で所帯を背負っているのだからすることは山ほどある。半分以上は家事、昔は主婦の仕事と互いに割り切ってくちばしを挟むことさえ無かった。それが今では主婦並みに早起きして朝飯の準備から始めなくてはならない。子供の頃から父が厳格で、食事前に兄弟5人が手分けして家中の掃除をするのが習慣だったので、早起きは殆ど苦にならない。世間ではよく「低血圧の人は朝が苦手」なんて言うが、あれは嘘だと思っている。

小生は低血圧とまでは言えないが、上が120で下が70弱。逝ってしまった家内は数値は知らぬが完全に低血圧だと言っていた。誰だって早起きは好きになれぬだろう、小生だって出来れば二度寝なるものをしてみたい。目ざまし時計を使った経験がないが、朝5時前に一度目が覚めたらその時に自分を励まして寝床から起きる習慣を無理につけているだけのことだ。朝の仕事が一段落する8時過ぎになると眠気が襲ってくる。しかし洗顔を済ませ洋服を着ている以上は我慢してパソコンを開いて、メールをチェックするのが、これまた一つの習慣。習慣とは恐ろしいものだ。

その後は昼飯に出かけるまで、少し本を読んだりネット囲碁で遊んだりする。今日は接骨院から帰宅後にブログを書いた。昼飯はどこで取るか決まっているのは木曜日だけ。木曜日だけは余程のことが無い限り池袋まで歩いて地下鉄に乗って麹町まで行き、紀尾井町の行きつけレストランで取ることにしている。食後週刊文春の最新号を読めるからだ。食後はここから地下鉄飯田橋まで外堀堤を散歩、歩行距離もいい塩梅に1万歩を少し超える。他の曜日は特に決めていないが、どこに行こうと往復の歩行数が1万歩を超えること、夕飯代わりの食い物を買うことを心がけている。

概ね帰宅は2時半から3時、帰宅してからテレビを観ることが多いが、夕食も5時位には済ませて、入浴や洗濯して出来るだけ9時前に寝てしまう。

2024年2月6日火曜日

復帰宣言

 1月28日にお休み宣言をしたブログをまた書きたくなった。と言うのは今日火曜日は掛かり付け接骨院の休診日、少し時間の余裕があるからだ。先週は知らずに徒歩15分ほど掛かるその玄関先まで行ってしまった。今日は朝積雪が7センチとのことでもあり、早朝に出歩く必要が無くなってホッとしている。まず夜半の雪はしんしんと静かに降り積もりそうなものだが、我が家周辺の雪降りは結構やかましい。昨夜も9時前には寝床に入ったが、この時間から門前の雪かきをするご近所さんがいるし、道具の出し入れの音、通行人の話し声も大きく聞こえていた。

今朝起きると一面の雪景色、昨夜雪片付けをしていたご近所さんの家の前は少し積雪量が少ないが、結局朝もまた同じ作業をしたことだろう。我が家の前は下手に雪掛けをせず、午後までほっておいたらあらかた消えていた。10日ほど毎朝通ったおかげだろう、腰もだいぶ楽になった。さて何をどう書いたら良いかが分からない。朝晩観るテレビの報道は殆ど変わりなく能登半島地震災害関連と自民党の裏金疑惑で繰り返されている。災害復興も遅々として進まない。自民党は自民党で、裏金疑惑が表面化したことを受け、言いだいたのが、政治資金規正法の法律を変えるとのこと。

世間を騙してやり取りした裏がねを表に出せば、それで罪過が消えるとでも思ってる発想自体普通の人には理解できないだろうが、法律を変えるとのこと。罪を犯したら先ずは償い方を議論すべきだろう。確かに何も分からず裏がねを受け取っていた新人議員も少なからずいるのだろう。しかし、悪事の一端を担ったことは何を議論しようと、罪は罪、永久に消えないことだ。ベテランの責任はより重い。

まだ国会始まったばかり、意味のないと言いうか、しょうもない議論が続くことだろう。世相も余り変わったことは気が付かない。要するに書くべきネタが見当たらないので、当分は思いついた時に書くつもり、最低でも毎週火曜は必ず書きたいものだ。