東京では季節の歩みが1ヶ月遅れたのではと思うような秋晴れの1周間となった。欧米の報道を見ていると、緯度の相違だろが殆どが冬支度。こちらは朝夕は少し寒くなったとは言え、日中は半袖のTシャツ姿もよく見かける。小生も普段日中は日当たりの良い2階にいるので今のところは暖房いらず。光熱費の節約にもなっている。
前からご愛読いただいている方はお気づきでしょうが、目下このブログのレイアウトを変更しようとしている最中。11月6日にコメントを頂いた事に対応しようと思っているのですが、なかなかご期待に答えられず苦労しているところです。若い時であれば若干の辛抱も出来たかも知れないが、この歳になるとどうしても辛抱が続かない。同じことの繰り返しでうんざりし、ついにギブアップしてしまった。
ご容赦願いたい。
明日は久しぶりにハイキングに出かける。月曜日は高校同期会のため長野に帰省、この2日間ブログは休みますが来週火曜日から気を取り直して書き続けたいと思っていますのでよろしくお願いします。
2019年11月8日金曜日
2019年11月7日木曜日
アルファベット文化
高校入学当時先輩が教えてくれた教訓「身体頑健なれど学力やや劣る」を目指したものの、結局のところ身体軟弱で学力は相当劣った者が論ずるのは、些か分不相応であるのは百も承知のこと。
日本は150年以上前から識字率が高く、外国からも文化国と見られてきたと思う。異文化についてはどんな国でも古来から命を懸けてまで取り込もうとした人は存在する。それを象徴する異人さんは今年2月日本人として惜しまれて亡くなられた元アメリカ人のドナルド・キーン氏だ。それは兎も角として、敗戦によって異文化がそれこそ怒涛のごとくに我が国押し寄せたのも事実。一口に文化と言っても様々、社会に複雑な変化をもたらすなかで、人によっては芳しくないと思うものも多数あったと思う。
中でも功罪相半ばすると思うのが、アルファベットの氾濫。終戦直後には、日本語を廃止して日本人はすべからく英語を使うようにすべし、なんて極論から一時的には、かなと漢字使用を禁止して全てアルファベット表記を採用すべきといったことが学者を含めやや真面目に論じられたと聞いている。江戸時代末期、郷土の大先輩佐久間象山先生ではないが、多くの知識人・官僚即ちお侍たちが、それまで専ら外国文化吸収のため重宝していたポルトガル語やオランダ語を捨て英語に切り替えたのはご存知の通り。
だから新教育基本法で育った我々が小学教育6年の後、全員が英語学習に取り組んだ?取り組まされたことは容易に理解できる。強いて言うならば小学教育に何故取り込まなかったかが不思議なくらいだ。戦前の高等小学校あたりで英語教育があったかどうか、中学の英語授業が戦後の英語授業と比べどうであったかは分からない。長野県の中学教師は長野師範、後の信州大学教育学部出身者が大部分。教える先生方も苦労されたことだろう。
兎も角その教育方針のお陰で、辛うじて私学ではあったが大学まで卒業することが出来た。それは結構だが英語なる知識、就職試験にまでついて回った記憶がある。しかし実社会に出てから英語知識が役立った経験は皆無に等しい。勿論友人の中には英語学習を更に磨き上げ、世界に羽ばたいて活躍した友人もいる。しかし中学同期生約250人、高校同期生約400人の中でどうだろう、1割の65人もいないかも知れぬ。
学問や教育は福沢諭吉先生ではないが、人の生涯を決する大事な問題であるのは言を俟たない。日本には教育省は無かったが文部省があった。それが何故か無くなり今は文科省と意味不明な省に変わり果てた。それも良しとしても、卑しく馬鹿な政治家共に軽々しく教育を論じてほしくない。
日本は150年以上前から識字率が高く、外国からも文化国と見られてきたと思う。異文化についてはどんな国でも古来から命を懸けてまで取り込もうとした人は存在する。それを象徴する異人さんは今年2月日本人として惜しまれて亡くなられた元アメリカ人のドナルド・キーン氏だ。それは兎も角として、敗戦によって異文化がそれこそ怒涛のごとくに我が国押し寄せたのも事実。一口に文化と言っても様々、社会に複雑な変化をもたらすなかで、人によっては芳しくないと思うものも多数あったと思う。
中でも功罪相半ばすると思うのが、アルファベットの氾濫。終戦直後には、日本語を廃止して日本人はすべからく英語を使うようにすべし、なんて極論から一時的には、かなと漢字使用を禁止して全てアルファベット表記を採用すべきといったことが学者を含めやや真面目に論じられたと聞いている。江戸時代末期、郷土の大先輩佐久間象山先生ではないが、多くの知識人・官僚即ちお侍たちが、それまで専ら外国文化吸収のため重宝していたポルトガル語やオランダ語を捨て英語に切り替えたのはご存知の通り。
だから新教育基本法で育った我々が小学教育6年の後、全員が英語学習に取り組んだ?取り組まされたことは容易に理解できる。強いて言うならば小学教育に何故取り込まなかったかが不思議なくらいだ。戦前の高等小学校あたりで英語教育があったかどうか、中学の英語授業が戦後の英語授業と比べどうであったかは分からない。長野県の中学教師は長野師範、後の信州大学教育学部出身者が大部分。教える先生方も苦労されたことだろう。
兎も角その教育方針のお陰で、辛うじて私学ではあったが大学まで卒業することが出来た。それは結構だが英語なる知識、就職試験にまでついて回った記憶がある。しかし実社会に出てから英語知識が役立った経験は皆無に等しい。勿論友人の中には英語学習を更に磨き上げ、世界に羽ばたいて活躍した友人もいる。しかし中学同期生約250人、高校同期生約400人の中でどうだろう、1割の65人もいないかも知れぬ。
学問や教育は福沢諭吉先生ではないが、人の生涯を決する大事な問題であるのは言を俟たない。日本には教育省は無かったが文部省があった。それが何故か無くなり今は文科省と意味不明な省に変わり果てた。それも良しとしても、卑しく馬鹿な政治家共に軽々しく教育を論じてほしくない。
2019年11月6日水曜日
政治家の発信力
昔から益体もないお喋りが好きで、毎日の喋り相手がいなくなった現在は喋りの代わりにこれを書き綴っているようなものだ。お喋りと違って反応が少ないのが少し残念ではあるが、それでも一種の健康法だ。
話題を変える。今日は久しぶりに衆議院予算委員会が開かれてるらしい。ご案内の通り日本の国会の質疑なるものは、下手な田舎芝居や銭湯で聞くそれこそ益体もないお喋りにも劣る。特に答弁側が酷い。先ず「事前通告がないから答えられない。」「所管が異なるから答えられない。」「大臣という職責にあるので個人的見解は控えたい。」とあからさまに答弁拒否があり、次には「朝ごはんは食べなかったが、パンは食べてきた。」式のはぐらかし答弁。
しみじみ思うのが日本を代表する政治家の発信力の薄弱さである。初等教育でまともな国語教育を受けてこなかったか、成績劣悪のどちらかだろう。発信力が国内に対してさえ弱いのだから、国民が政治に関心を持たず期待もせず背を向けるのは当然だろう。マスコミ、特にNHKなどがいくらカバーしようとそりゃ無理というもの。彼らは最近ちょくちょく外国に出かけるが、日本語がまともに話せない者が異人さんにインパクトある話ができるはずはあるまい。
比較して思うのがイギリスの議会と議員さんのあり様だ。本題と少し外れるが彼の国は民主主義のお手本だと聞いて育ったが、最近テレビの「ワールドニュース」でBBCを垣間見て、これまでの理解と違っていることが多々あった。先ず2大政党制と聞いていたが少数勢力が在籍し、これがそれなりの発言発信力を発揮している。そして今度の下院解散総選挙、解散なんかないと理解していたがこれも間違い、見事に解散になった。
解散にはなったが、にほんそれとは大分趣が異なる。テーマは明確だが、比較第一党の与党が解散を誘ったのは日本の安倍政権を見習ったのかも知れぬ。それはさておき、イギリス国会は通年開催が前提で、政府の都合で休暇を長めに取ることはご法度。与党党首がこの手を使おうとしたら、たちまち違法とされて休みはキャンセルされた。法案審議で委員会のようなものはあるのだろうが、BBCが取り上げてことはない。専ら本会議での与野党議員の生のやり取りがテレビに出るが、これが日本と大違い。実に生々しい見解の応酬であるのが通訳を介しても伝わってくる。
これが情報の発信力で、善悪は別にして聞き取る国民を惹きつけるのだろう。
話題を変える。今日は久しぶりに衆議院予算委員会が開かれてるらしい。ご案内の通り日本の国会の質疑なるものは、下手な田舎芝居や銭湯で聞くそれこそ益体もないお喋りにも劣る。特に答弁側が酷い。先ず「事前通告がないから答えられない。」「所管が異なるから答えられない。」「大臣という職責にあるので個人的見解は控えたい。」とあからさまに答弁拒否があり、次には「朝ごはんは食べなかったが、パンは食べてきた。」式のはぐらかし答弁。
しみじみ思うのが日本を代表する政治家の発信力の薄弱さである。初等教育でまともな国語教育を受けてこなかったか、成績劣悪のどちらかだろう。発信力が国内に対してさえ弱いのだから、国民が政治に関心を持たず期待もせず背を向けるのは当然だろう。マスコミ、特にNHKなどがいくらカバーしようとそりゃ無理というもの。彼らは最近ちょくちょく外国に出かけるが、日本語がまともに話せない者が異人さんにインパクトある話ができるはずはあるまい。
比較して思うのがイギリスの議会と議員さんのあり様だ。本題と少し外れるが彼の国は民主主義のお手本だと聞いて育ったが、最近テレビの「ワールドニュース」でBBCを垣間見て、これまでの理解と違っていることが多々あった。先ず2大政党制と聞いていたが少数勢力が在籍し、これがそれなりの発言発信力を発揮している。そして今度の下院解散総選挙、解散なんかないと理解していたがこれも間違い、見事に解散になった。
解散にはなったが、にほんそれとは大分趣が異なる。テーマは明確だが、比較第一党の与党が解散を誘ったのは日本の安倍政権を見習ったのかも知れぬ。それはさておき、イギリス国会は通年開催が前提で、政府の都合で休暇を長めに取ることはご法度。与党党首がこの手を使おうとしたら、たちまち違法とされて休みはキャンセルされた。法案審議で委員会のようなものはあるのだろうが、BBCが取り上げてことはない。専ら本会議での与野党議員の生のやり取りがテレビに出るが、これが日本と大違い。実に生々しい見解の応酬であるのが通訳を介しても伝わってくる。
これが情報の発信力で、善悪は別にして聞き取る国民を惹きつけるのだろう。
2019年11月5日火曜日
囲碁のお勉強
昨日指導碁を受けた。昨年末友人に誘われて入った新宿の碁会所で、20年くらい前に少し指導を受けた中国のプロ棋士に再会し、以来再び月1回のペースで指導を受けるようになっている。手合は5子の置碁、先生曰く「100目くらいのハンディを貰って打つのだからセオリー(理屈或いは定石)通りに打ち進めれば滅多なことでは負けるはずがない。」ところがこのセオリーを分かっているつもりでも、往々にして矛盾する手が出るらしく、メチャクチャな負け方をすることがある。たまに勝負ではわずかに残っても最後までセオリーに矛盾しないで打ち進んだことは一度もない。
囲碁は361目の地縦横(19本の線の交差点)に対し、互いが交互に好きなところに石を置いて地を囲い合うゲームである。5子のハンディとはこちらが361箇所の中で最も優位な場所5箇所に、予め石を置かせてもらってゲームを開始する。どの交差点が地所として効率が良いかは、ゲームの進行で少し変化はするが、端から数えて4本目の交差点が最高とされている。ある先生に言わせると「銀座の一等地に手付金を払ったようなもの」だそうだ。
この全てと更に9本目の交差点、8本目までの交差点は碁盤上に4箇所ずつあるが、9本目は1箇所しか無いので「天元」と呼ばれ極め付きの急所ともされている。これだけのアドバンテージがあり、指導する先生はハンディを背負いながら悠然と打ち進めて決して奇抜な手は打たない。要するにこちらが勝手に転ける(セオリーに反する着手)ことになる。そこを先生は決して見逃さない。
後刻そこを厳しく指導されることになる。女性なので普段はとても優しいが囲碁の指導になると鬼に早変わり、どうしてこんなに馬鹿なのかと思っているに違いない。先生も子供の頃はお父さんに教えられたそうだが、よく打たれたそうだ。安倍首相のようにアメリカ向け・ロシア向け・中国向け或いはイラン向けと、時に望み辺に応じて相矛盾するセオリーを使い分ける訳にいかない囲碁の難しさだ。
囲碁は361目の地縦横(19本の線の交差点)に対し、互いが交互に好きなところに石を置いて地を囲い合うゲームである。5子のハンディとはこちらが361箇所の中で最も優位な場所5箇所に、予め石を置かせてもらってゲームを開始する。どの交差点が地所として効率が良いかは、ゲームの進行で少し変化はするが、端から数えて4本目の交差点が最高とされている。ある先生に言わせると「銀座の一等地に手付金を払ったようなもの」だそうだ。
この全てと更に9本目の交差点、8本目までの交差点は碁盤上に4箇所ずつあるが、9本目は1箇所しか無いので「天元」と呼ばれ極め付きの急所ともされている。これだけのアドバンテージがあり、指導する先生はハンディを背負いながら悠然と打ち進めて決して奇抜な手は打たない。要するにこちらが勝手に転ける(セオリーに反する着手)ことになる。そこを先生は決して見逃さない。
後刻そこを厳しく指導されることになる。女性なので普段はとても優しいが囲碁の指導になると鬼に早変わり、どうしてこんなに馬鹿なのかと思っているに違いない。先生も子供の頃はお父さんに教えられたそうだが、よく打たれたそうだ。安倍首相のようにアメリカ向け・ロシア向け・中国向け或いはイラン向けと、時に望み辺に応じて相矛盾するセオリーを使い分ける訳にいかない囲碁の難しさだ。
2019年11月4日月曜日
対等と服従
長い年月相当親しく付き合わないと、その人の考えや家庭内のことなんか分からないものだ。まして遠い外国の人においておやである。また誰にも馬が合う人合わない人、好きな人嫌いな人がいるはず。勿論自分もその例外ではない。しかし国の好き嫌いは特に無い。行きたい国を順に上げろと言われても困ってしまう。国内旅行でさえ経験が少ないうえに海外旅行の経験は無きに等しいかも知れぬ。戦前の爺婆の多くは、外国と言えばシナとロシアと西洋の3ヶ国しか知らなかったと言う笑い話を読んだことがあるが、それと大差ないかも知れぬ。
しかし最近はありがたいことに知人友人の話や書物に頼らずとも、マスコミやネット情報で世界中の国について情報を得ることが可能になった。よって一時的にはそこを訪れたいと気持ちが動くこともあるが、それが実現する前にその気持は簡単に忘れてしまう。従ってかどうか、最近の報道によく出てくる特定の国に対する好悪の調査や、その対象となっている感情は理解しにくい。最近はその対象がアジアの隣国、韓国と中国に向けられるのは何故か?調査の必然が何処にあるのか不思議でならない。
特に最近問題が大きくなっているのが韓国。比較対照されるロシアや台湾と並んで最も近い隣国の一つだろう。調査によると両国間の嫌韓、嫌日感情が高まりつつあるらしい。韓半島出身の知人友人も昔は少しいたが今は一人もいないので、彼らにその心情を聞いてみることは出来ない。ただぼんやり思うことは、日本人と彼の国の人の考え方の奥底になにか大きな違いがありそうだ。その一つが先週の報道でかなり明確になってきた。
それは同盟国アメリカに対する思いである。先週日韓議員連盟の交流会があって韓国から40人を超す議員の来日があり、日本側からも与野党を超えて100人前後の政治家が参加したことが報道され、来日議員の中にはテレビ出演をした人もいる。この会議で議員同士の相互理解が何処まで進んだかは分からない。個人的にはっきり分かったのは、韓国の政治家は同盟国アメリカを同等の対場で考えていること。対する日本は同盟国アメリカを服従の立場で考えている。マスコミはこの大きな違いに気が付かないのだろうか?
日本はアメリカの仲裁を神の声のように取り上げるか、韓国はそれをアドバイス一つと受け止めるが、採用するかしないかは主体的判断としている。小さいようだが大きな違いだ。日本の政治家が全員ではなかろうが、テレビを観ていると明らかに韓国政府と要人をバカにしているような態度のが多く見受けられる。どっちの言い分が正しいかは判断しかねるが、心構えの差は大きすぎる。
しかし最近はありがたいことに知人友人の話や書物に頼らずとも、マスコミやネット情報で世界中の国について情報を得ることが可能になった。よって一時的にはそこを訪れたいと気持ちが動くこともあるが、それが実現する前にその気持は簡単に忘れてしまう。従ってかどうか、最近の報道によく出てくる特定の国に対する好悪の調査や、その対象となっている感情は理解しにくい。最近はその対象がアジアの隣国、韓国と中国に向けられるのは何故か?調査の必然が何処にあるのか不思議でならない。
特に最近問題が大きくなっているのが韓国。比較対照されるロシアや台湾と並んで最も近い隣国の一つだろう。調査によると両国間の嫌韓、嫌日感情が高まりつつあるらしい。韓半島出身の知人友人も昔は少しいたが今は一人もいないので、彼らにその心情を聞いてみることは出来ない。ただぼんやり思うことは、日本人と彼の国の人の考え方の奥底になにか大きな違いがありそうだ。その一つが先週の報道でかなり明確になってきた。
それは同盟国アメリカに対する思いである。先週日韓議員連盟の交流会があって韓国から40人を超す議員の来日があり、日本側からも与野党を超えて100人前後の政治家が参加したことが報道され、来日議員の中にはテレビ出演をした人もいる。この会議で議員同士の相互理解が何処まで進んだかは分からない。個人的にはっきり分かったのは、韓国の政治家は同盟国アメリカを同等の対場で考えていること。対する日本は同盟国アメリカを服従の立場で考えている。マスコミはこの大きな違いに気が付かないのだろうか?
日本はアメリカの仲裁を神の声のように取り上げるか、韓国はそれをアドバイス一つと受け止めるが、採用するかしないかは主体的判断としている。小さいようだが大きな違いだ。日本の政治家が全員ではなかろうが、テレビを観ていると明らかに韓国政府と要人をバカにしているような態度のが多く見受けられる。どっちの言い分が正しいかは判断しかねるが、心構えの差は大きすぎる。
2019年11月3日日曜日
好きなネット番組
新聞雑誌は殆ど読まず、比較的よく観ているテレビは、朝NHKのBSプレミアム「ワールドニュース」を2時間半ほど。夕方はNHK「7時のニュース」を約30分7時半からBSTBS「報道1930」を1時間15分くらいかな。代わりに昼間YouTubeをよく観るが、中で一番観ているサイトに<デモクラシータイムズ>がある。このサイトは多分朝日新聞のOB数名が立ち上げたサイトのようで、毎回多彩なゲストを招き、司会者含めて大体3人位で平均的に約1時間、コマーシャルがないので実に見ごたえがある。
昨日その<デモクラシータイムズスポンサー交流会>なる催事が御茶ノ水であったので、スポンサー料金千円払って行ってみた。サイトの運営母体は一般社団法人で、リタイアしてもジャーナリスト精神なお已み難いほんの数人がポケットマネーで立ち上げて3年目になるそうだ。チャンネル登録をしている人が大凡2万数千人、毎月何本制作しているか聞き漏らしたが、観ている感じでは10本以上作っているように思う。
3年目にして爆発的人気とはいかないようなので、細やかながら応援の意味で取り上げたい。ネットのことだからNHKオンディマンド何かと異なり、古い番組を容易に観ることができるので、ご存じなかった方したに紹介したページを開いて是非一度ご覧になってください。有益な情報がたくさんあるはずです。
昨日は番組の司会者の他によく出演されるゲスト2人が特別に講演してくれた。一人は軍事問題に詳しい田岡俊次氏が昨今のシリア情勢について。クルド民族のことが話題になっているが実際はよく分からないのが本当のところ。政治家を含め多くの人もそうではないかと思うが、少し理解が進んだように思った。
もう一人は評論家の佐高信氏、この人マスコミの大手の出身ではないので、ものの見方が反権力で好きだ。
講演内容もジャーナリストとしてマスコミ報道を見ていると、何を今更と思うことが多いし、一種の定型化で書かれる記事が多すぎる。との趣旨だったが改めて大いに同感した。主催者も一人ひとり短いスピーチをしたが、安倍政権が末期症状を呈し始めたとの見方など面白い話が盛りだくさんの約2時間半だった。
サイトは:https://www.youtube.com/channel/UCIIhko3gMRId9cCteX1eu-Q
昨日その<デモクラシータイムズスポンサー交流会>なる催事が御茶ノ水であったので、スポンサー料金千円払って行ってみた。サイトの運営母体は一般社団法人で、リタイアしてもジャーナリスト精神なお已み難いほんの数人がポケットマネーで立ち上げて3年目になるそうだ。チャンネル登録をしている人が大凡2万数千人、毎月何本制作しているか聞き漏らしたが、観ている感じでは10本以上作っているように思う。
3年目にして爆発的人気とはいかないようなので、細やかながら応援の意味で取り上げたい。ネットのことだからNHKオンディマンド何かと異なり、古い番組を容易に観ることができるので、ご存じなかった方したに紹介したページを開いて是非一度ご覧になってください。有益な情報がたくさんあるはずです。
昨日は番組の司会者の他によく出演されるゲスト2人が特別に講演してくれた。一人は軍事問題に詳しい田岡俊次氏が昨今のシリア情勢について。クルド民族のことが話題になっているが実際はよく分からないのが本当のところ。政治家を含め多くの人もそうではないかと思うが、少し理解が進んだように思った。
もう一人は評論家の佐高信氏、この人マスコミの大手の出身ではないので、ものの見方が反権力で好きだ。
講演内容もジャーナリストとしてマスコミ報道を見ていると、何を今更と思うことが多いし、一種の定型化で書かれる記事が多すぎる。との趣旨だったが改めて大いに同感した。主催者も一人ひとり短いスピーチをしたが、安倍政権が末期症状を呈し始めたとの見方など面白い話が盛りだくさんの約2時間半だった。
サイトは:https://www.youtube.com/channel/UCIIhko3gMRId9cCteX1eu-Q
2019年11月1日金曜日
文部大臣vs文科大臣
朝から快晴、半年ぶりの泌尿器科検診日なので朝一番で日大板橋病院に行き、採血採尿の検査結果を待って担当医と面談。特に問題は無いようなので一安心。来年4月24日に再診予定が決まる。最近の物忘れは酷い、大分前から買わなければと思っていた小手帳を購入する必要がある。
忘れないうちに書いてしまいたいことを一つ。昨日図書館で読んだ月刊「文藝春秋」1955年4月号だったか(終戦10周年の特集号だった)について。巻頭随筆を斜めに読んでびっくりした。天野貞祐氏とか金森徳次郎氏とか余り気に入らぬが服部卓四郎氏などが執筆しているが、最後に登場したのが吉田茂元首相だ。この順番にはチョット驚いた。首相経験者が何故文部大臣経験者の後塵を拝したのか?まさか「あいうえお順」でもあるまい。
1955年と言えば既に15歳だから記憶していることも相当ある。しかしその10年前5歳児の記憶はかなりあやふや。執筆者の殆ど全員が、この10年の変化は非常に激しいものがあると書いているが、現在の変わりように比べればそれほどではあるまいと思った。暮らしぶりの変化は大きかったろうが、国権主義或いは軍国主義から民主主義となり法律も随分変わったにせよ、市民の基本的価値観・常識はさほどの変化が無かったのではないか。
常識の一部は変更せざるを得なかったろうが、頭に刷り込まれたものはそう簡単に捨てられなかった筈だ。例えば人を見る時よく言われた言葉の一つに「人格者」がある。現代では殆ど死語化しているし、「知識人」に代わったのが「専門家」。記者魂は失せてコメンテータが蔓延る昨今。大学が文学部だったせいか、この歳になって言葉に拘るのも困ったものかも知れぬ。
序に、名前だけは知っている政治家の松村謙三氏のことを読んだ。彼は鳩山一郎内閣の文部大臣事などを経て結局自民党員になり、昭和34年 岸首相のタカ派的な姿勢を批判して、総裁選挙に出馬するが惨敗している。日中国交回復関連など、松村氏の功績は兎も角として、感心したのは「政治は職業に非ず」として、職業を問われると何時も無職と答えたそうだ。このように捨て去られた言葉に思いをすると、自分が経験した歳月の長さをしみじみと感じる。
たまたま今日取り上げた3人はそう遠くない昔の文部大臣経験者、文部省は経済発展にもっと貢献すべきと科学技術省と合体し文部科学省となった。今の大臣は萩生田光一氏、いずれ文藝春秋の巻頭随筆に寄稿するかも知れぬが、読む気になりそうにない。
忘れないうちに書いてしまいたいことを一つ。昨日図書館で読んだ月刊「文藝春秋」1955年4月号だったか(終戦10周年の特集号だった)について。巻頭随筆を斜めに読んでびっくりした。天野貞祐氏とか金森徳次郎氏とか余り気に入らぬが服部卓四郎氏などが執筆しているが、最後に登場したのが吉田茂元首相だ。この順番にはチョット驚いた。首相経験者が何故文部大臣経験者の後塵を拝したのか?まさか「あいうえお順」でもあるまい。
1955年と言えば既に15歳だから記憶していることも相当ある。しかしその10年前5歳児の記憶はかなりあやふや。執筆者の殆ど全員が、この10年の変化は非常に激しいものがあると書いているが、現在の変わりように比べればそれほどではあるまいと思った。暮らしぶりの変化は大きかったろうが、国権主義或いは軍国主義から民主主義となり法律も随分変わったにせよ、市民の基本的価値観・常識はさほどの変化が無かったのではないか。
常識の一部は変更せざるを得なかったろうが、頭に刷り込まれたものはそう簡単に捨てられなかった筈だ。例えば人を見る時よく言われた言葉の一つに「人格者」がある。現代では殆ど死語化しているし、「知識人」に代わったのが「専門家」。記者魂は失せてコメンテータが蔓延る昨今。大学が文学部だったせいか、この歳になって言葉に拘るのも困ったものかも知れぬ。
序に、名前だけは知っている政治家の松村謙三氏のことを読んだ。彼は鳩山一郎内閣の文部大臣事などを経て結局自民党員になり、昭和34年 岸首相のタカ派的な姿勢を批判して、総裁選挙に出馬するが惨敗している。日中国交回復関連など、松村氏の功績は兎も角として、感心したのは「政治は職業に非ず」として、職業を問われると何時も無職と答えたそうだ。このように捨て去られた言葉に思いをすると、自分が経験した歳月の長さをしみじみと感じる。
たまたま今日取り上げた3人はそう遠くない昔の文部大臣経験者、文部省は経済発展にもっと貢献すべきと科学技術省と合体し文部科学省となった。今の大臣は萩生田光一氏、いずれ文藝春秋の巻頭随筆に寄稿するかも知れぬが、読む気になりそうにない。
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