2019年2月7日木曜日

知る権利

日本国民は政権によって多くの知る権利を封殺されていると感じる昨今である。誰が言ったか忘れたが昔から「知らしむべからず依らしむべし」と言われる通り、昔から権力者側は民に物事を知らしめてもロクなことがないと考えていた。だから現代に於いてもそれで良いとする訳にはいかぬだろう。そのために明治維新以降瓦版に代わって新聞が出現し、150年の歳月を経てマスコミ全盛に見える世の中になった。

とは言うものの冒頭に書いたような未だに不満を感じる人が多い筈だ。ここにマスコミの機能不全がある。国会或いは政治家同士のせめぎ合いで、嘗ての消えた年金問題のように政府の不祥事が暴かれることも無しとはしないが、非常に稀であろう。あとはマスコミの調査報道に期待するのみだが、日本の場合これがまた実に頼りない。マスメディアの報道記者が内部で政権担当と野党担当に分かれ、それぞれが担当セクションの応援団になってしまっているから読者・視聴者に独自視点の中立的報道がなされるはずも無い。

アメリカのことはあまり褒めたくないが、昨日の大統領予算教書演説の中継中にCNNだったかニューヨークタイムズ電子版だったか忘れたが兎も角大手メディアが、大統領がほらを吹くたびにその場で「今の発言は事実と違う、事実は・・・・」テロップを流していたそうだ。アメリカでジャーナリストを目指す人間はそう簡単に政権からの供応を受けるなんてことは想像もできないとされている。

ところが日本の政府は各省庁の中に記者クラブなる部屋を用意し、それをマスコミが喜んで利用し、政府関係者と毎日仲良く酒を飲んだりしている訳だ。これで厚労省担当記者に厚労省に厳しい記事を書けと言う方が無理だろう。東京新聞の首相官邸担当記者望月衣塑子氏は政治部には珍しい(元は経済部だった筈)存在で、官房長官から嫌われているのは知っているが、菅官房長官が遂に堪忍袋の緒を切らし、彼女を外せと記者クラブに圧力をかけたとされている。

きっかけは昨年12月26日の定例会見らしい。ここで望月記者は、辺野古新基地建設工事で投入されている土砂に、環境に多大な悪影響を与える赤土が混ざっているのではないかと指摘されている問題を取り上げた。この会見は見ていないが彼女のしつこさは知る人ぞ知るだ。いずれにせよ、官邸記者クラブは官房長官に抗議はしなかったらしい。トランプ大統領に食い下がり、ホワイトハウス出入り禁止を食ったCNN記者を会社の同僚でもない記者仲間が擁護し、彼を復帰させたホワイトハウス記者達との違いが残念ながら大きすぎる。

2019年2月6日水曜日

トランプ大統領

完全には読了しなかったので厳密には読後感とは言えないが、昨日と今日国会図書館に行き、朝日新聞記者でニューヨーク駐在だった金成隆一氏著の「記者、ラストベルトに住む 」(副題:トランプ王国、冷めぬ熱狂 )を読んできた。2年前に選挙結果を予測できなかった反省を踏まえて、当選半年後からオハイオ州トランブル郡ウォーレンなるかつては製鉄業で栄え、現在は廃れた地(ラストベルト)に安アパートを借りて住み込み、住民の率直な気持ちを取材している。読み応えのある書物だった。

アメリカ人と一口に言ってもいろんな人がいることでは日本と同じだろう。この一帯は貧困率35パーセント、薬物依存で犠牲者が相次ぎ、高校卒業後たしか15年目程度で同窓生の15%以上が薬物依存等で物故していると言うのだから凄まじい。この本が発売されたのが昨年の10月、取材時期は更に1年昔になる。既にトランプ氏周辺には様々なスキャンダルが噴出して支持率も40%を割る気配も見えていたのではと思うが、副題にあるようにトランプ氏への支持を明言する人も少なくない。

今日はトランプ氏が一般教書演説ををしたので、トランプ氏の今後について日本のマスコミでも今夜以降いろいろな論評が躍ることだろう。そのことは別として本書を読んで思ったのは、アメリカ庶民の選挙への向き合い方である。日本の有権者が不真面目と決めつける訳にはいかぬが、彼の地の庶民はかなり真面目に向き合っているように思う(嘗ては民主党の地盤で今回の選挙で転向した人が多い)。本書の中でも触れているが、アメリカと言う国は日本に比較すると選挙が非常に多いらしい。

検事の選挙は知識として知っていたが、判事まで選挙があるらしい。日本の最高裁判事の選挙なんて、あれで選挙と思っている有権者は何人いるかだ。当選後のトランプ氏に期待を裏切られたとする住民もいることはいたらしいが、多くの住民はトランプ氏が公約したことに関して真剣に取り組む姿に好感を覚えていることも確からしい。簡単に言うとエリート層から忘れられたと感じる庶民にとって味方と感じるらしい。

この街の住人は外交問題なんか無関心だし、女性蔑視発言なんかも笑い飛ばす女性が多く、支持者たちは未だに大統領の振る舞いを観ていると元気が湧いてくるとのこと。この一言は羨ましく思った。

2019年2月5日火曜日

米朝首脳会談

今朝珍しくテレ朝「羽鳥慎一モーニングショー」の一コーナーをじっくり観てしまった。出演者は青木理(韓国問題、警察問題に詳しいジャーナリスト)菅野朋子(弁護士)玉川徹(社内記者)中林恵美子(早稲田大学教授の政治学者だがアメリカ連邦議会で日本人として初めて正式に公務員と採用とされた女性)45分近いコーナーであったが見応えがあった。テーマは今日正式発表がされ、月末に行われるであろう「米朝首脳会談」についてであった。

コーナー冒頭に「北朝鮮の非核化見返りに日本の巨額資金も」うたわれていたのでそれに引きずられたとも言える。コーナーを最後まで観て納得がいった。昨日も書いたばかりだが国会は予算委員会開催中で、論議の中身は多くの方がご承知の通り厚労省が発表している統計の嘘についての押し問答が延々と続いている。成程国内問題としては大きいだろうが、冷めた目で外国から見ている人が居るとすれば、駅伝競技で脱落した集団がコースの外で互いを非難し合っている醜い姿にしか見えぬだろう。

外国の首脳とて国内に苦労の種を抱えていることでは日本とそんなに違いはあるまい。当然ながらそれへの対処はそれぞれの担当に適切に指示を出す一方、国外への目配りも同様に神経を使っていることがよく分かる。要するに今の世の中、国内外の問題は互いに密接に関連し合っているから政府首脳が何日も一か所に集い、関係が無いのに同種の問題に全閣僚が耳目を奪われるなんてことは無いのではないか。

どの国にも日本の閣議に対応する全閣僚出席の会議はあるだろう。しかしその会議が果たしてトップが持つ時間の何パーセントを占めるかだ。全閣僚会議が不要と言うのではない。いっそ中国の全人代のように年に1回か数年に1回ぐらい政治指導者を一堂に集合させ数日に亘る会議があっても良いだろう。しかし今週行われている日本の予算委員会は3月の飾り雛でもあるまいに、日本の指導者全員が顔を揃えて蛇かミミズか分からない変な論議を聴いている。

冒頭にあげたテレビ番組の話に戻す。トランプ氏も金正恩氏も国内的にかなり苦しい立場だ、しかしここを乗り越えるために予想外の妥協を図る可能性がある。そこで問題になるのが非核化に絶対必要となる膨大な金額、負担する国の筆頭が日本にならざるを得ない。これが必然だそうだが、親分に言われて出すのと自らそれを見込んで米朝首脳会談に最初からコミットするのでは雲と泥ほどの違いあるだろう、との結論を聞いて納得せざるを得なかった。

2019年2月4日月曜日

ぬるま湯の中で

アメリカにトランプ大統領が出現したことで、日本の安全保障問題最大の課題であった北朝鮮に対するアメリカの武力行使の可能性が大幅に低下したことは大いに喜ばしいことだ。しかし一方ではトランプ大統領の奇妙な論理のせいで別の国に新たな戦争の脅威が高まっている。これらの問題は紛争当事国だけの問題ではなく、地球規模の新たな冷戦、即ちアメリカ対ロシア、中国の対立激化と言う新しい問題を提起し始めている。

日本はアメリカの子分だからこの冷戦から無縁ではいられるはずはない。マスコミは殆ど取り上げていないがロシア政府の高官が「ロシアにとって今最大の脅威は日本である」と言ったらしい。国防能力に大いに疑問を感じていたので少しくすぐったい感じもするが、真面目に受け止めるべきかもしれぬ。対ロ問題でマスコミが関心を示すのは北方領土返還交渉問題だけだが、この発言は北方領土問題にも大きく関わってくる筈だ。

米朝首脳会談にしても同様、日本ではもう熱が冷めたのか、日韓関係悪化の影響かあまり大きな扱いは受けていない。拉致被害者のことなんて皆忘れたかのようだ。米中経済協議も殆ど他人事で、日米経済協議への影響だけが心配そうな気配だが、米中の経済摩擦による世界経済の失速が日本に与える影響の深刻さについての心配の声はこれまた余り聞こえてこない。

今年に入って世界情勢は何となくきな臭い動きが沢山あるが、極楽日本ではやっと国会が始まり世界観とは全く無縁の井の中の蛙かコップの中の嵐か、国会議員どもは昨年来聞き飽きたようなうんざりする言い合いを続けている。粉飾や嘘をつく人間は、一種の病気でもある。まして権力者が嘘を言い始めたら、幾ら露見しようと非権力者に詰め寄られようとそれを認めるはずも無い。有権者は病人を代表に選ぶべきではない。

権力者寄りのマスコミは相変わらず明るい日本をアッピールすべく、訪日観光客が増えているとか10連休の海外旅行者が過去最高と言って囃したて、何とか来年のオリンピック開催まで好景気を演出するに躍起である。へそ曲がりのせいか、国の根幹が粉飾されているとすればそんな陽気でいられない気分である。小耳にはさむ実感として日本の経済や産業状態は危機的だ。しかし、我が世の春を謳歌する人もいるのが世の中と言うものだろう。

2019年2月3日日曜日

報道の使命

マスコミ報道、所謂ニュースの在り方についていつも不思議に思っていることがある。マスコミは如何なる基準でニュースを取り上げるのか?新聞にしろ電波にしろよくも似たようなことを似たような順番で取り上げるものだ。しかし中で特異な存在がNHK朝夕7時のニュース、我こそ独自路線を守っているとの自負があるのかどうか。最近あまり観なくなっているが、週末になるとBSのチャンネルも面白いものが無くなるのでつい観てしまう。

全国版は僅か10分程度しか無いのに、天気予報をトップに持ってきたり、もう大分前の話なっているどこかのバカ親父が小学生の娘をいびり殺したことを延々と繰り返している。我が家では子殺し、親殺しは家庭内の問題につき社会性は皆無、依って無視するしかないとしてきた。確かに児童相談所職員の関与が適切だったかどうかの問題はあろうが、お役所仕事が杜撰であることは今に始まったことでもないし、謝罪会見なんか見せられても何の足しにもなるまい。

報道に関しては序にもう一言、国会論争や大きな社会問題に関して解説者と言う人物が登場するが、この意図もはっきりしない。甲の立場は云々で乙の立場は然々と尤もらしく宣われても、聴いている方からすれば「だからどうした?」である。どちらの言い分が是であり否であるかを独自の調査などによって明らかにしなれば道を報せるとはとても言えまい。

2019年2月2日土曜日

アップが遅くなった理由

今日はブログ書きをやめようかと思ったが、余りにも面白い経験をしたので6時を過ぎた今から書くことにする。別に面白い映画を観た訳でもなければ面白い本を読みふけった訳でもない。昨年まで曲りなりにも小さな会社の代表であったが、家内を亡くしたのをきっかけに身辺を片付けたいとの思いから会社の代表も友人に代わってもらった。

従って完全無職の素浪人になったので、昨年まで世話になっていた会計事務所との縁も切れてしまった。年金だけの収入で、還付を期待できるほど医療費は使っていなくても確定申告はした方が好いのかな、なんて思って季節になると国が盛んに宣伝するe-Taxとやらをしてみようと思い立った。これが昨日か一昨日のこと、昔税理士を志した娘にその話をしたら「お父さん、偉い!」との煽てでその気になった。

娘に話した日に国税庁のホームページをちょっと覗くと、少なくともマイナンバーカードを読み取る装置が必要で、これはプリンターで簡単にスキャンするわけにはいかないことだけ分かっていたので、昼飯の後池袋の家電量販店で大枚2千数百円を叩いてICリーダーライターなる装置を買ってきたものだ。もうこの辺からして、税金代わりにIT産業に貢献する仕掛けが胡散臭いが、話のタネと思って我慢した。

問題はそれを抱えて帰宅してからである。国税庁の宣伝では余りお利口さんでもなさそうなタレントが「こんなに簡単!」なんて言っているがトンデモハップンだ。2時間近くかかったその工程を一々論うことはしないが、少なくともパソコンは日ごろ接しているし、昔は少し情報処理に関して勉強したこともあるので2時間で準備が整ったとも言える。厚労省の統計がコボロ言語で処理されていたなんてことがニュースになっているが、国税のシステムだって似たようなものだろう。

少なくとも、利用者の便宜なんかまったく考慮されていないと思う。これでは情報先進国とはとても言えないことだけは確かだ。

2019年2月1日金曜日

政治家の考え方

嘗て民主党で幹部も大が付くほどだった細野豪志氏が自民党入りをすると噂されている。詳しくは知らぬが噂ではなくて本人は本気のようだ。少し冷静に考えれば、政治の世界はかなり特殊なようで素人の老人には窺い知れぬところが多すぎる。これまで考えたことも無かったが政治家になる人の動機は何だろう?と考えてみたい。これも千差万別だろうが「他人のために役立ちたい」との思いがどこかにあることだけは確かだろう。

その思いを叶える為に恥ずかしげもなく顔を世間に曝すのだから大したものだ、と予てから夫婦で笑いながら話し合っていたことを思い出す。とてもじゃないが我が係累にはそんな立派な根性の持ち主は見当たらない。これは表現が悪いので訂正しよう。「社会の問題点を修正することを目指す高邁な思想の持ち主」である。

但し、民主主義国家に於ける政治活動は一人では何もできない仕掛けになっているから、同じ志の人間が一定の塊にならないと何も始まらないの自明のこと。所謂同志と言っても人間の集まりだから考えていること、問題意識は違いがあるのも当然。逆に言えばその塊の考え、即ち最大公約数は文章にすると大きな違いがあるように言われるが、実態的には大した差が無いのかもしれぬ。

だから、細野氏のように今日は野党に所属していても明日から与党に鞍替えします、なんてことが起きるのはさほど不思議ではないかもしれぬ。個人では珍しいかもしれぬが、塊(政党)ぐるみの離合集散はこれまで何度も見てきた。これに成功したのは今のところ自由党と民主党が合体した自由民主党だけかもしれぬ。その自由民主党もそろそろ人材が払底しつつあるようだ。

多くの政治評論家は与党の体たらくを嘆くが、それ以上に野党の力量不足を指摘する。この指摘は全く同感ではあるが、ここまで国家を弱体化させてしまった与党の責任は余りに大きい。昨夜もBS/TBS「報道1930」に与野党の3年生議員が出演しているのを観て思ったのはその考え方の幼さだ。いつの世でも老人が若い人を幼く思うのは当たり前かもしれぬが、それにしてもの感が拭いきれない。

アメリカのトランプ大統領は政治経験が皆無であったことが国民に受けて大統領になってしまった。残念ながら我が日本では制度上そんなハプニングは期待できない。