2019年2月3日日曜日

報道の使命

マスコミ報道、所謂ニュースの在り方についていつも不思議に思っていることがある。マスコミは如何なる基準でニュースを取り上げるのか?新聞にしろ電波にしろよくも似たようなことを似たような順番で取り上げるものだ。しかし中で特異な存在がNHK朝夕7時のニュース、我こそ独自路線を守っているとの自負があるのかどうか。最近あまり観なくなっているが、週末になるとBSのチャンネルも面白いものが無くなるのでつい観てしまう。

全国版は僅か10分程度しか無いのに、天気予報をトップに持ってきたり、もう大分前の話なっているどこかのバカ親父が小学生の娘をいびり殺したことを延々と繰り返している。我が家では子殺し、親殺しは家庭内の問題につき社会性は皆無、依って無視するしかないとしてきた。確かに児童相談所職員の関与が適切だったかどうかの問題はあろうが、お役所仕事が杜撰であることは今に始まったことでもないし、謝罪会見なんか見せられても何の足しにもなるまい。

報道に関しては序にもう一言、国会論争や大きな社会問題に関して解説者と言う人物が登場するが、この意図もはっきりしない。甲の立場は云々で乙の立場は然々と尤もらしく宣われても、聴いている方からすれば「だからどうした?」である。どちらの言い分が是であり否であるかを独自の調査などによって明らかにしなれば道を報せるとはとても言えまい。

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