政治家の考え方

嘗て民主党で幹部も大が付くほどだった細野豪志氏が自民党入りをすると噂されている。詳しくは知らぬが噂ではなくて本人は本気のようだ。少し冷静に考えれば、政治の世界はかなり特殊なようで素人の老人には窺い知れぬところが多すぎる。これまで考えたことも無かったが政治家になる人の動機は何だろう?と考えてみたい。これも千差万別だろうが「他人のために役立ちたい」との思いがどこかにあることだけは確かだろう。

その思いを叶える為に恥ずかしげもなく顔を世間に曝すのだから大したものだ、と予てから夫婦で笑いながら話し合っていたことを思い出す。とてもじゃないが我が係累にはそんな立派な根性の持ち主は見当たらない。これは表現が悪いので訂正しよう。「社会の問題点を修正することを目指す高邁な思想の持ち主」である。

但し、民主主義国家に於ける政治活動は一人では何もできない仕掛けになっているから、同じ志の人間が一定の塊にならないと何も始まらないの自明のこと。所謂同志と言っても人間の集まりだから考えていること、問題意識は違いがあるのも当然。逆に言えばその塊の考え、即ち最大公約数は文章にすると大きな違いがあるように言われるが、実態的には大した差が無いのかもしれぬ。

だから、細野氏のように今日は野党に所属していても明日から与党に鞍替えします、なんてことが起きるのはさほど不思議ではないかもしれぬ。個人では珍しいかもしれぬが、塊(政党)ぐるみの離合集散はこれまで何度も見てきた。これに成功したのは今のところ自由党と民主党が合体した自由民主党だけかもしれぬ。その自由民主党もそろそろ人材が払底しつつあるようだ。

多くの政治評論家は与党の体たらくを嘆くが、それ以上に野党の力量不足を指摘する。この指摘は全く同感ではあるが、ここまで国家を弱体化させてしまった与党の責任は余りに大きい。昨夜もBS/TBS「報道1930」に与野党の3年生議員が出演しているのを観て思ったのはその考え方の幼さだ。いつの世でも老人が若い人を幼く思うのは当たり前かもしれぬが、それにしてもの感が拭いきれない。

アメリカのトランプ大統領は政治経験が皆無であったことが国民に受けて大統領になってしまった。残念ながら我が日本では制度上そんなハプニングは期待できない。

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