今日は衆議院選と都知事選の投票日、婆さんはこちらがまだ寝ている時刻、早々と7時少し前に投票所に行って投票してきたらしい。既に10人以上の人が待っていたとのこと。日曜日でも仕事に行かねばならない人もあるので、イライラしていた人もいたとのこと。それでも投票をする意思は立派なものだ。そういった国民の声が十分生かされるといいのだが、今の選挙制度については、死票が多いとか政策論議が深まらないとかいろんな議論があるようっだ。
この制度も回数を追って改善されていくだろうと期待するしかない。従って制度の問題に帰す訳にはいかないが、自公だけで320議席なんて予想まである。少なくとも解散少し前までに言われていた、過半数を占める勢力が無いので選挙後の政界再編は全く必要が無いみたいだ。来年夏の参院選まで参院で過半数割れしているので完全に思うがままでもないらしいが、もし320議席を取ってしまえば自公のやりたい放題だろう。
彼らのやりたい放題で国民がハッピーになればいいが、その保証はどこにもない。既に社会補償はもっと抑制的にあるべきだとか、インフレターゲットだとか年金生活者には恐ろしい言葉が踊り始めている。選挙が終わったら政治関連で面白いニュースが始まるかと期待したが外れのようだ。他人頼みはやめて、もっと自分でできることを真剣に考える必要がある。
今朝テレビを見ていると、職業を失うと家に閉じこもる人が70%を超すらしい。閉じ籠るには狭すぎる意味もあるが、幸いまだ家に閉じ籠ってはいない。もう一つ大事なことは男性高齢者の場合無駄なお喋りが少なすぎるとのことだ。それは確かに言える。いつもどうすればあのように下らぬことをピーチクパーチク喋るのかと苦々しく思っていた中高年女性の会話、これが精神衛生上も非常に良いらしい。
この放送で今日もこの日記を書く気になった。小生にとってこれが下らないお喋りの代わりになっているのは間違いない。
2012年12月16日日曜日
2012年12月15日土曜日
男はつらいよ
今朝早くまだ食事の最中に上の娘から電話が来て、来週のクリスマス会の案内状を届けがてら、お祖父さんに孫の子を久さしく見せていないので、これからそっちに行きますとのこと。土曜日のパターンは9時に家を出てプールに行くのだが、孫の顔を見ることができるならばそんなことはどうでもよくなる。孫が通う幼稚園はキリスト系の教会が経営するものらしい。
昔田舎にいた頃日曜学校に通った経験があるので憶えがあるが、来週の火曜日に娘宅と我が家の中間に位置する東武東上線大山駅近くに会場を借りてするらしい。日本語もやっと少し喋るだけの年少組にも演目はあるのだろう。両親の他に祖父母もご招待しますとの趣旨らしい。今年は孫の演技がどの程度か不安なので、お祖母さんだけに来てほしいのだそうだ。
しかし年内にお祖父さんにも顔を見てもらいたいとの嬉しいご配慮で、短時間ではあったが久しぶりに娘の家族と顔を合わせることができた。水疱瘡になったとか風邪を引いたとか聞いて心配していたが、元気そうで一安心。我が家に来るとお祖父さんお部屋に大好きなプラレールと電車の模型が置いてあるので、早速その電車遊びに興じてあまり会話ができない。
最初母と一緒に我が部屋に行っていたが、娘の方が出てきてしまった。どうしたんだ?と聞くと、電車の電池が切れて電車が動かなくなってしまったらしい。交換してやればいいじゃないか。と言うと、自分でお父さんに頼みなさいと言ってきたとのこと。理由を聞くと幼稚園で、親が余り手際よく子供の意思を汲み上げることを控え、子供に意思表示をさせるよう心掛けてくださいと言われているらしい。
結局孫は出てこなかったので、暫く動かない電車で遊んでいたようだ。同じクラスでも女の子は喋りが達者な子が多いそうだが、男子は平均的に遅れ気味だそうだ。我が孫は特に遅いのだろう。余計クリスマス会で孫の演劇を見たい気持ちになるが、兎に角今年は我慢して来年まで待ってくれとのこと。男はつらい。
暫くお茶をした後、娘家族と一緒に池袋まで出かけた。孫は一寸手を放すとすぐに駆け出すのでハラハラする。しかし交差点に来ると必ず立ち止まって、「右、左、右」と唱えながら首を左右に振る。心得ているのだ。しかし、母親がその前に「とまれ!」とか「ストップ!」大声をかける。こっちも習慣みたいものだろう。地下鉄のホームで孫が黄色い線から少し線路側に踏み出すと、母親がまた大声を出して「ダメ!!」と叱りつけた。
孫が小さな声で「大きな声で言わなくても分かっているよ」と言ったように聞こえた。婿さんが手を引いて母親のところに連れた行った時、こっちを見た孫の目に涙が浮かんでいた。転んでも滅多に泣かない子っだけに余計不憫だ。「あゝ、男はつらい」
昔田舎にいた頃日曜学校に通った経験があるので憶えがあるが、来週の火曜日に娘宅と我が家の中間に位置する東武東上線大山駅近くに会場を借りてするらしい。日本語もやっと少し喋るだけの年少組にも演目はあるのだろう。両親の他に祖父母もご招待しますとの趣旨らしい。今年は孫の演技がどの程度か不安なので、お祖母さんだけに来てほしいのだそうだ。
しかし年内にお祖父さんにも顔を見てもらいたいとの嬉しいご配慮で、短時間ではあったが久しぶりに娘の家族と顔を合わせることができた。水疱瘡になったとか風邪を引いたとか聞いて心配していたが、元気そうで一安心。我が家に来るとお祖父さんお部屋に大好きなプラレールと電車の模型が置いてあるので、早速その電車遊びに興じてあまり会話ができない。
最初母と一緒に我が部屋に行っていたが、娘の方が出てきてしまった。どうしたんだ?と聞くと、電車の電池が切れて電車が動かなくなってしまったらしい。交換してやればいいじゃないか。と言うと、自分でお父さんに頼みなさいと言ってきたとのこと。理由を聞くと幼稚園で、親が余り手際よく子供の意思を汲み上げることを控え、子供に意思表示をさせるよう心掛けてくださいと言われているらしい。
結局孫は出てこなかったので、暫く動かない電車で遊んでいたようだ。同じクラスでも女の子は喋りが達者な子が多いそうだが、男子は平均的に遅れ気味だそうだ。我が孫は特に遅いのだろう。余計クリスマス会で孫の演劇を見たい気持ちになるが、兎に角今年は我慢して来年まで待ってくれとのこと。男はつらい。
暫くお茶をした後、娘家族と一緒に池袋まで出かけた。孫は一寸手を放すとすぐに駆け出すのでハラハラする。しかし交差点に来ると必ず立ち止まって、「右、左、右」と唱えながら首を左右に振る。心得ているのだ。しかし、母親がその前に「とまれ!」とか「ストップ!」大声をかける。こっちも習慣みたいものだろう。地下鉄のホームで孫が黄色い線から少し線路側に踏み出すと、母親がまた大声を出して「ダメ!!」と叱りつけた。
孫が小さな声で「大きな声で言わなくても分かっているよ」と言ったように聞こえた。婿さんが手を引いて母親のところに連れた行った時、こっちを見た孫の目に涙が浮かんでいた。転んでも滅多に泣かない子っだけに余計不憫だ。「あゝ、男はつらい」
2012年12月14日金曜日
情報操作
昨日「忠臣蔵」関連で高まったと思われる忠義の徳目について書いたばかりだが、昨夜NHKのBS「歴史ヒストリア」で同じテーマの放送があった。どうして忠臣蔵がこんなに国民的に人気が高いかを専門家が分析してくれた。
元禄と言えば関ヶ原の合戦から既に100年を経過し、社会が安定してきて武士の暮らしも段々苦しくなりつつあったのではと想像しながらである。戦争が無いのだから、武士の売り物はプライドだけな訳で、これを強固に支えていたのが善悪は別として「忠義」であり、被支配者もこのことは十分承知していた。昨日小生は不良就職浪人の集団暴行事件のように悪しざまに書いたが、松の廊下の刃傷事件以降既に当時の世論として家臣による敵討ちの期待が高まっていたようだ。
但し、大石内蔵助の偉かったところは世論に軽々しく乗らなかったことらしい。1年半以上の時間を使って、この騒動が武士の一分を立てる義挙に他ならないことを後世に残すため周到に準備を進めた。殿様の刃傷は何が原因かはっきりしないが、もとより厳しく禁じられている殿中での刃傷沙汰である。
しかも相手の老人は切りつけられても刀を抜いていないので、喧嘩とも言えない全く一方的な狼藉である。
一方的な攻撃にも拘らず相手を取り逃がして、自分は現行犯逮捕されてしまっている。武士とすれば相当にみっともない所業で、自然に考えればお上の処分自体(今風に言えば破産処理)は非難に当たらないだろう。ここからが大石の手腕を評価すべきところとなる。彼の立場は従業員約300人を抱えた地方企業の47歳かの代表取締役専務と同じ。破産処理と言っても、城の他に従業員の家屋敷を含む不動産全てを将軍に返却すると同時に、藩札を回収する義務もあったらしい。
当然、従業員の再就職を含む行く末についてもある程度の責任は免れないだろう。幕府(政府)の温情でお家再興(会社再建)できればとの思いもあって当たり前。しかしそれがなかなか難しいことと判断に至る。言えば殿の所業が筋悪に過ぎたのではないか。そこで殿の所業を喧嘩に仕立てた上で相手を殺す。そうすれば武士の一分も立ち、残された者どもの役にも立とうとの決心を固めた次第とのこと。
そのために彼は非常に巧妙な情報操作を行うのだが、これが悉く狙い通りとなり、後世に美談として伝えられることになる。彼が発信した情報は吉良邸の門前に掲げた文書以外にも多々あるようで、出演している早稲田の先生(女性)が詳しく解説してくれて大変面白かった。
元禄と言えば関ヶ原の合戦から既に100年を経過し、社会が安定してきて武士の暮らしも段々苦しくなりつつあったのではと想像しながらである。戦争が無いのだから、武士の売り物はプライドだけな訳で、これを強固に支えていたのが善悪は別として「忠義」であり、被支配者もこのことは十分承知していた。昨日小生は不良就職浪人の集団暴行事件のように悪しざまに書いたが、松の廊下の刃傷事件以降既に当時の世論として家臣による敵討ちの期待が高まっていたようだ。
但し、大石内蔵助の偉かったところは世論に軽々しく乗らなかったことらしい。1年半以上の時間を使って、この騒動が武士の一分を立てる義挙に他ならないことを後世に残すため周到に準備を進めた。殿様の刃傷は何が原因かはっきりしないが、もとより厳しく禁じられている殿中での刃傷沙汰である。
しかも相手の老人は切りつけられても刀を抜いていないので、喧嘩とも言えない全く一方的な狼藉である。
一方的な攻撃にも拘らず相手を取り逃がして、自分は現行犯逮捕されてしまっている。武士とすれば相当にみっともない所業で、自然に考えればお上の処分自体(今風に言えば破産処理)は非難に当たらないだろう。ここからが大石の手腕を評価すべきところとなる。彼の立場は従業員約300人を抱えた地方企業の47歳かの代表取締役専務と同じ。破産処理と言っても、城の他に従業員の家屋敷を含む不動産全てを将軍に返却すると同時に、藩札を回収する義務もあったらしい。
当然、従業員の再就職を含む行く末についてもある程度の責任は免れないだろう。幕府(政府)の温情でお家再興(会社再建)できればとの思いもあって当たり前。しかしそれがなかなか難しいことと判断に至る。言えば殿の所業が筋悪に過ぎたのではないか。そこで殿の所業を喧嘩に仕立てた上で相手を殺す。そうすれば武士の一分も立ち、残された者どもの役にも立とうとの決心を固めた次第とのこと。
そのために彼は非常に巧妙な情報操作を行うのだが、これが悉く狙い通りとなり、後世に美談として伝えられることになる。彼が発信した情報は吉良邸の門前に掲げた文書以外にも多々あるようで、出演している早稲田の先生(女性)が詳しく解説してくれて大変面白かった。
2012年12月13日木曜日
「徳目」考
明日は、時は元禄15年極月半ばの14日、赤穂義士が吉良邸に討ち入り主君の仇上野介の首を取ったとされる日にあたる。と子供の頃から何回となく聞かされ、講談本や小説を何冊も読み、映画やテレビドラマを観ては感動したものだ。大石内蔵助は武士の鑑で日本人の誇り、対する吉良上野介はとんでもない大悪人と刷り込まれてしまっている。
元禄15年は1703年だから310年も昔の話である。それより更に遡ること1000年くらい、大陸からやっと文字が輸入された頃からの伝説が沢山伝わる国柄だから、不思議と言えないかもしれぬ。現代のようにマスコミが無い時代の出来事が、全く色褪せずに現代に生きていることには先ず驚かざるを得ない。褪色せずと書いたが、最近やっと疑問を感じ始めている。
芝居や小説の類ではなく、まともとされる歴史においても、伝承される事実は極く一部で、周辺の色付けによって相当な脚色があることを意識するようになったからだ。当然日にち場所まで特定されているのだから、当日本所松坂町の吉良邸で事件があったことを前提に少しひねくれて考えてみたい。
一人の老人(父だったか岳父だったか?)が身を寄せる松坂町のある大名屋敷に、当時不景気で江戸市中に沢山いたかと思われる食い詰め浪人(現代であればハローワークに通う立場だろう)数十名が徒党を組んで押し入り、乱暴狼藉の上その老人を殺害する事件が発生した。将軍お膝下を恐れぬ不逞の輩とて、捕えて調べると、全員旧浅野家家臣で死を覚悟して主君の仇討をしたと判明。司法の判定は勿論死罪である。
法務大臣の立場に誰がいたか知らぬが、当時こういった重い判断は政権を担当するお上のトップ将軍様がしたとされる。問題はここからで、当然のことだと思うが、メディアが未発達の時代だから事件がそう簡単に広く知れ渡ることはなかったろう。しかしウィキペディアに依れば、事件4年後には、この事件に題材をとった近松門左衛門作の人形浄瑠璃『碁盤太平記』が竹本座にて上演され、以降、浄瑠璃・歌舞伎の人気題材となり、数作品が作られる。
いつの世も小説家とか戯作者は庶民感覚を汲み取る嗅覚を持っているものだ。本格的流行は事件後約半世紀近くからで、明治なると絶対外れない題材と言われるまでになった。特に明治以降は上から下に至るまで全員が「義士」と呼んで美化してきている。「義」は当時から現代に至るまで日本人にとって最高の徳目とされてきた。このことはお上にとって実に都合がいいし、組織を統制する上でも便利に違いない。
歴史がどこまで真実か分からないが、我が国では「義」と言う味付けで処理される伝承が多い。しかし最近になって「仁・義・礼・智・信」以外に「侠」(縦ではなくて友のように横のつながりらしい)という徳目が中国辺りでは最重要視されることを知った。他に、同世代の人から「子供頃受けた教育の殆どをもう一度見直してみろ」とのアドバイスもある。いろいろ考えてみたい。
元禄15年は1703年だから310年も昔の話である。それより更に遡ること1000年くらい、大陸からやっと文字が輸入された頃からの伝説が沢山伝わる国柄だから、不思議と言えないかもしれぬ。現代のようにマスコミが無い時代の出来事が、全く色褪せずに現代に生きていることには先ず驚かざるを得ない。褪色せずと書いたが、最近やっと疑問を感じ始めている。
芝居や小説の類ではなく、まともとされる歴史においても、伝承される事実は極く一部で、周辺の色付けによって相当な脚色があることを意識するようになったからだ。当然日にち場所まで特定されているのだから、当日本所松坂町の吉良邸で事件があったことを前提に少しひねくれて考えてみたい。
一人の老人(父だったか岳父だったか?)が身を寄せる松坂町のある大名屋敷に、当時不景気で江戸市中に沢山いたかと思われる食い詰め浪人(現代であればハローワークに通う立場だろう)数十名が徒党を組んで押し入り、乱暴狼藉の上その老人を殺害する事件が発生した。将軍お膝下を恐れぬ不逞の輩とて、捕えて調べると、全員旧浅野家家臣で死を覚悟して主君の仇討をしたと判明。司法の判定は勿論死罪である。
法務大臣の立場に誰がいたか知らぬが、当時こういった重い判断は政権を担当するお上のトップ将軍様がしたとされる。問題はここからで、当然のことだと思うが、メディアが未発達の時代だから事件がそう簡単に広く知れ渡ることはなかったろう。しかしウィキペディアに依れば、事件4年後には、この事件に題材をとった近松門左衛門作の人形浄瑠璃『碁盤太平記』が竹本座にて上演され、以降、浄瑠璃・歌舞伎の人気題材となり、数作品が作られる。
いつの世も小説家とか戯作者は庶民感覚を汲み取る嗅覚を持っているものだ。本格的流行は事件後約半世紀近くからで、明治なると絶対外れない題材と言われるまでになった。特に明治以降は上から下に至るまで全員が「義士」と呼んで美化してきている。「義」は当時から現代に至るまで日本人にとって最高の徳目とされてきた。このことはお上にとって実に都合がいいし、組織を統制する上でも便利に違いない。
歴史がどこまで真実か分からないが、我が国では「義」と言う味付けで処理される伝承が多い。しかし最近になって「仁・義・礼・智・信」以外に「侠」(縦ではなくて友のように横のつながりらしい)という徳目が中国辺りでは最重要視されることを知った。他に、同世代の人から「子供頃受けた教育の殆どをもう一度見直してみろ」とのアドバイスもある。いろいろ考えてみたい。
2012年12月12日水曜日
「驚」
昨日だったか、山中伸弥教授がノーベル賞を授与された後、感想を漢字一文字で表現するとどうなりますかと聞かれ「驚」と答えていた。ここ数日の大雪も、フィギュアスケートグランプリファイナルも、大谷君の日本ハム入団も、勘九郎さんの死も、今日の北朝鮮のロケット発射もにびっくりの連続なので、山中先生の応答はいつも軽妙洒脱であるばかりか、社会的にも絶妙のタイミングであることに感心するばかりだ。
望むらくは選挙結果で予想を覆す驚きの結果が出れば言うことないが、残念だがこちらは大方の予想通りになるのだろう。この齢になると何事にもびっくりしないようにしたいが「驚」は大事な概念かも知れない。考えてみれば人生は予定調和であっては面白くない。明日は何が起きるか分からないところに不安もあろうが、案に相違して楽しいことも面白いことも沢山ある。
それにしても北朝鮮のロケット発射についてはびっくりなんてものではない。これで、発射10分も経たずに我が国に着弾が可能で、戦争ごっこの真似が何の役にも立たないことがよくわかった。北も死にもの狂いなんだろうが、昭和20年初頭の日本と比較すれば、アメリカに対してある種のプレッシャーをかけている意味で、まだ現在の北朝鮮の方が頑張っていると言えるかもしれない。尤も国民はたまったものでないことでは一緒だろう。
日米韓3か国が協力して見張っていた中での今日の発射だ。親分アメリカの偵察力は衛星からの監視だけではないと思うが、一体どうなっているのだろう?
望むらくは選挙結果で予想を覆す驚きの結果が出れば言うことないが、残念だがこちらは大方の予想通りになるのだろう。この齢になると何事にもびっくりしないようにしたいが「驚」は大事な概念かも知れない。考えてみれば人生は予定調和であっては面白くない。明日は何が起きるか分からないところに不安もあろうが、案に相違して楽しいことも面白いことも沢山ある。
それにしても北朝鮮のロケット発射についてはびっくりなんてものではない。これで、発射10分も経たずに我が国に着弾が可能で、戦争ごっこの真似が何の役にも立たないことがよくわかった。北も死にもの狂いなんだろうが、昭和20年初頭の日本と比較すれば、アメリカに対してある種のプレッシャーをかけている意味で、まだ現在の北朝鮮の方が頑張っていると言えるかもしれない。尤も国民はたまったものでないことでは一緒だろう。
日米韓3か国が協力して見張っていた中での今日の発射だ。親分アメリカの偵察力は衛星からの監視だけではないと思うが、一体どうなっているのだろう?
2012年12月10日月曜日
冬来る
今朝の気温は都心でも3℃、と言えば真冬の寒さだ。冬来たりなば春遠からじで、冬は冬らしいのが善いかもしれぬ。個人的な事を考えると、今年はいろいろな面で緩い坂道をゆっくり降っている実感が湧いてきた年だったような気がする。山歩きに例えれば、幾つかの山頂はとっくの昔に踏み終えて降りにかかって10年以上、やっとこの道が山麓への一本道だったことに気が付くようなものだ。ひょっとしたら昨年ぐらいまでは、もう幾つかピークが現れるかもしれないと思っていたのかもしれぬ。
昔は地図を持たずに山を歩く悪い癖もあったが、我が人生は正に同じことかもしれぬ。恐らく大概の人は似たようなものだろう。これからは降り道の心地よさを満喫しながら更にゆっくり歩を進めることにしたいものだ。小生にとって平成25年の太陽が何時くらいに位置しているか分からないが、少なくとも今のところ陽は未だ明るい、3時か4時くらいにしておきたい。しかし外を見ると既に真っ暗だ。冬至まで後12日、日が暮れるのがめっきり早くなった。
昔は地図を持たずに山を歩く悪い癖もあったが、我が人生は正に同じことかもしれぬ。恐らく大概の人は似たようなものだろう。これからは降り道の心地よさを満喫しながら更にゆっくり歩を進めることにしたいものだ。小生にとって平成25年の太陽が何時くらいに位置しているか分からないが、少なくとも今のところ陽は未だ明るい、3時か4時くらいにしておきたい。しかし外を見ると既に真っ暗だ。冬至まで後12日、日が暮れるのがめっきり早くなった。
2012年12月9日日曜日
元気を出そう
朝起きて顔を合わせるなりいきなり言われた。「政治家が馬鹿ばかりなので政治にはうんざりだが、明るい話題を提供してくれるのは若いスポーツ選手ばかりね。」だそうだ。アイススケートのグランプリファイナルで日本勢が活躍し、スピードスケートやスキージャンプでも日本の少女が活躍したかららしい。それはそれで結構だが、選挙も中盤戦でいよいよ佳境かと思うが、トンネルの事故とか大荒れの天気とかで、政治関連のテレビについぞお目に掛かれない。
婆さんが「見てもくだらない。」と意識的に他の番組ばかり選んでいるせいもあるのかな。もう意思決定しているのでこちらは不都合はないのだが、ちと寂しい。投票用紙が来なかったので気になっていたが、昨日やっと届いた。16日はすることが決まっているので、今週の前半には期日前投票を済ますつもりだ。昨日は長野高校の東京同窓会に出席。首都圏在住の同窓生が150人ほど集まった。我々は昭和34年卒業であるが、かなり名簿の上、即ち年寄りの部に入っている。
10年先輩の方が出席者中の最長老だったのだろう。校歌斉唱の音頭を取られ、その声の大きさと若さは感動的だった。立食のテーブルが6年先輩の方同席、我が世代と同様ほぼ400人卒業で亡くなられた方は約100人程だろうとのこと。5人いらしたが、やはり全員お元気で楽しそうに話をしながらお酒を沢山召し上がっていた。それを見ているとこちらも元気を貰うような気がする。
地元から来られた校長先生のお話では、難関大学への進学率が松本深志を抜いて県下1位に復活したとのこと。何でも東大への入学人数かで、全国でも50番前後らしい。今や上位校の殆どが私学で公立では結構いい線いっているとのこと。己とあまり関係が無いと思うが、婆さんが浅田真央の優勝に感激するようなもので、何となく嬉しくなってくる。但し、在校生の45%ぐらいが女性と聞くと複雑な気分になるのは否めない。
婆さんが「見てもくだらない。」と意識的に他の番組ばかり選んでいるせいもあるのかな。もう意思決定しているのでこちらは不都合はないのだが、ちと寂しい。投票用紙が来なかったので気になっていたが、昨日やっと届いた。16日はすることが決まっているので、今週の前半には期日前投票を済ますつもりだ。昨日は長野高校の東京同窓会に出席。首都圏在住の同窓生が150人ほど集まった。我々は昭和34年卒業であるが、かなり名簿の上、即ち年寄りの部に入っている。
10年先輩の方が出席者中の最長老だったのだろう。校歌斉唱の音頭を取られ、その声の大きさと若さは感動的だった。立食のテーブルが6年先輩の方同席、我が世代と同様ほぼ400人卒業で亡くなられた方は約100人程だろうとのこと。5人いらしたが、やはり全員お元気で楽しそうに話をしながらお酒を沢山召し上がっていた。それを見ているとこちらも元気を貰うような気がする。
地元から来られた校長先生のお話では、難関大学への進学率が松本深志を抜いて県下1位に復活したとのこと。何でも東大への入学人数かで、全国でも50番前後らしい。今や上位校の殆どが私学で公立では結構いい線いっているとのこと。己とあまり関係が無いと思うが、婆さんが浅田真央の優勝に感激するようなもので、何となく嬉しくなってくる。但し、在校生の45%ぐらいが女性と聞くと複雑な気分になるのは否めない。
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