2012年10月12日金曜日

北八ヶ岳の紅葉と友人との会話

一昨日午前中に日記をアップして、昼から高速バスに乗り八ヶ岳山麓の別荘地に11年前に移住して定住している友人宅に行ってきました。一宿二飯の世話になり、昨日は朝から北八つの天狗岳に案内してもらい、八時過ぎに帰宅しました。一昨日朝までの天気予報は雨でしたが、さすが降雨量が日本で一番少ない長野県中央部だけに一滴の雨に会うこともなく、快適なハイキングを楽しむことができました。

山歩きについてはいつものようにヤマレコに詳しく書いていますので、下記をご覧願います
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-233241.html

彼とは小学生の頃からの古い友人であり、奥方も結婚当初から良く知っていますので、いろんな話に花が咲きました。いつも感心するのですが、お二人とも地域社会に積極的に関わり、地域のリーダーとして活躍しています。長野県諏訪郡の人口1万人足らずの村に出現した別荘地に定住する人も増えていて、ここの自治区の取り纏め役としての苦労が結構あるようです。マスメディアやネット情報からは伺い知る事の出来ない人間模様、実に興味深く、近所付き合いを全て家人に任せきりでは人間として一人前になれぬことを痛感させられました。

元々が別荘地ですから、只でさえ人間十人十色の考え方暮らし方の相違が一層複雑になるようです。東京世田谷区の高級住宅街でさえ、隣人トラブルから元警官が人殺し事件を起こしてしまう世の中ですから。もっとも、これについては家人に言わせると「殺された婆さんが悪い。」そうですが。そこを調整しつつ古色蒼然の村落共同体と調和させる能力はには敬服するばかりです。一流企業の海外部門で長年管理調整機能を養ってきた賜物だろうと思った次第です。

高齢化集落の現在と中期見通しのの他にもう一つ感心したのは彼がiPadとスマホを使い始めたことです。完全リタイアして山とスキーに専念してばかりかと思いきや、優秀な人はいつになってもライフスタイルのどこかが違うのかもしれません。地方新聞の他に日経を購読するだけでも「何故?」と思ってしまうのにです。しかし話を聞くと「なるほど便利なもの」と思わないでもありません。しかし当面はガラケイ(ガラパゴス化した携帯電話を言うそうです)を買い替える勇気はありません。やはり最大の問題はコストと言うことかもしれません。

2012年10月10日水曜日

少しは見倣え「第一回 米国大統領選TV討論」

連休後はノーベル賞受賞が決まった山中先生のニュースが殆どで、日本の馬鹿な政治家の顔を見る機会が減るのは嬉しいが、政治関連で報じられるのは反対政党への非難ばかりである。今少し真面目に考えてもらいたいので参考になりそうなことを少し書く。

先週3日にコロラド州デンバーで行われた米大統領選挙の第1回目の討論会が行われた。日本での報道では、映像で何となく落ち着いた雰囲気だなと分かるのみで、具体的な内容はネットでも参照しない限り全く分からない。例えネットを参照しても、英語がチンプンカンプンでは同じことである。

日本では具体的内容報じないくせに、結果は共和党のロムニー前マサチューセッツ州知事の弁論が冴え優勢で、オバマ大統領の守勢に回ったので、支持率で優勢であったオバマ氏が支持率を落とし選挙がますます接戦になっていると、相も変らぬ政局絡みのことばかりが報道されている。従って、米国といえど日本と同様で政治家の論戦とは、内容的に汲むべき事は皆無にして、クイズ番組出演のタレント一騎打ちと同レベルかと思っていた。

ところが、連休中のメルマガをチェックしていて面白い記事を発見したので紹介したい。ニューヨーク在住の作家冷泉彰彦氏の『from 911/USAレポート』からである。どちらが勝ったとか負けたとかでなく、先ず冒頭に「具体的な政策を巡って細かな点まで理解した、優秀な政治家同士のちゃんとした論戦であった」と明快に述べている。

山中教授がノーベル賞を受賞したり、スポーツ選手が国際的に頑張ったりしてくれて嬉しい限りだが、政治家が己の使命を何と心得ているのか知らぬが、頭の悪さと品位の欠如にはつくづく嫌気がさすばかりだ。本当はアメリカを礼賛したくないのだが、下記を読む限り「爪の垢でも煎じて飲め」と言いたい。

以下【】は上記メルマガからそっくり引用

【今までのようにキャラクターの「噛み合わせ」が不協和で、得意分野ではペラペラ喋っても、苦手な話題は避けたりすることがない。どちらかの主張が尻切れとんぼになったり、話題が曖昧なままで終わったりということもない。言ってみれば、極めて実務的に進行したのです。
また、双方共に露骨な中傷作戦は取らず、TV討論としては、例外的なまでに「品位」のあるものであったと思います。宗教や人種を巡る変化球作戦もゼロでした。

ロムニーはリビアでの米国大使暗殺にからんで、同国での「アルカイダの暗躍を許した」政権の失態を追及するかもしれないという噂がありましたが、それもなし。一方のオバマに至っては、ロムニーの「政府に依存している47%」うんぬんという大失言に関して攻撃を加えることを全くしなかったのです。

極めて特徴的だったのは、この90分に及ぶ討論の底流には、一つの大きなテーマが一貫していたということです。それは「財政規律」という問題です。特に2004年11月に、大統領の超党派の諮問委員会がまとめた、非常に厳しい財政規律案である「シンプソン=ボウルズ案」について、両候補が真剣に意識していたのが印象的でした。

勿論、民主党のオバマと、共和党のロムニーは、正にこの問題について、180度異なる哲学を持っているわけです。ですから、言い方も、そして言っている内容も正反対からのアプローチになるのですが、一貫して二人とも真剣に財政規律の問題を意識し続けていたというのは、特筆していいと思われます。】

今日は昼からまた信州に出かけるので簡単な思い付きを早めに書いた。

2012年10月9日火曜日

奥山に紅葉たずねて

連休とは関係のない身でいながら3連休と聞くと何となくそわそわしてしまう。天気も良さそうだったので志賀高原大沼池や横手山の紅葉でも楽しもうとバス旅行に出かけた。長野行のバス料金が往復で5千円に値下がりしていたのに先ず感激。

確かに紅葉も始まっていたが、残念ながら天気がイマイチで、エメラルドの湖畔に燃えるような赤や黄色の紅葉と言う訳にはいかなかった。でも、しっとりした雰囲気で山の秋を感じながらのハイクはそれなりに精神の善き栄養であったのは間違いない。特に弟から借りた熊鈴、これがまるで仏具のように大きく重いもので、何と言えない善い音色で、途中すれ違う大勢からのハイカーから「なんて素敵な音ですね」と褒められた。

9時半から歩き始めて午前中は辛うじて持ったが、昼頃から雨になってしまった。午後から横手山に行く予定にしていたので、硯川からバスに乗らなければならない。このバスの発車時刻が12:27の次が13:58と妙な間隔になっている。

事前に調べてはあったが、もう一歩のところで前者をに乗り遅れて濡れたままで1時間以上バス待ちをする結果になってしまった。体温が急速に下がっていくのが感じられ、風邪をひくのが心配になったが、その夜世話になった弟の家には温泉が来ている。

正にかけ流しの温泉に浸った心地よさは「極楽、極楽」だった。

写真などはこちらからご覧願います。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-232103.html

2012年10月5日金曜日

勘違い 錯覚

たった今ここで漢字に変換して「感違い」でなくて、正しくは「勘違い」であることを知った。ことほど左様に知らない事、知っていても勘違いする事、錯覚で正しい事とは別のアクションになる事。少し脳みそのキャパが乏しい自分でなくても、世の中に間違いのもとは常に転がっていそうだ。パソコンが正しい変換をしてくれるなら問題ないが、変換一つとっても「返還」もあれば「偏官」なんて言葉も出てくる。

言葉について用語用法の間違いはNHKのアナウサーでさえしょっちゅうのことだから、爺のブログがかなり出鱈目なのはお笑い草でお許し願えるだろうが、笑って済まされない勘違いや錯覚は驚くほど多い。昨夜は浴室で洗面器に水を張るつもりで、蛇口のレバーを上げてしまった。当然ながら冷水が頭上のシャワーから飛び出し、心臓麻痺を起こしそこなったし、シャワー序でに言えば、トイレのシャワーで止めるボタンのつもりでシャワーボタンを押すこともよくある。

痴呆初期の老人特有の事ではあろうし、半ば自覚もあるので70歳になった時自動車運転免許更新を諦めた。人相風体からすると、髪の毛を見れば一目瞭然なのだが、山なんかで「お若いですね」なんて言われて喜んでいることからすると、年齢より若く見られることもありそうだ。外見から他人の老化の程度をを判断するのも難しいし、自覚も難しいのだろう。今年の初夏に脳神経内科で精密な検査をしてもらって本当に良かった。

都の老人健康診断にオプションで癌検診(受診経験はない)があるが、脳検査を追加する事の方が必要だと思う。癌はそのうちに自覚症状が出るだろうが、脳は放っておけば酷くなる一方で永遠に自覚には至らないと思うからだ。
年寄りの交通事故防止に70歳になると免許更新時に特別の検査がある。友人に聞く限り、実態的にはほとんど無意味な検査らしいし、ここで更新出来なかった人の話を聞いたことがない。

警察に意味のある検査を求めること自体に無理があるし、意味があるものだったらアクセルとブレーキの踏み違いによる事故はもっと減っているだろう。敢えて同輩のことばかり書いたが、科学的医学的からはどのように言われているか知らないが、同様なことは若年でも十分起こって不思議ないように思う。まして若い時は酒に酔ったり、仕事やらで強いストレスを受ける機会が多いものだ。昨日は高検の部長検事(58歳)が酔って電車のドアにに悪戯を仕掛けて逮捕されている。

このことも笑い事では済まぬかもしれないが、他人の生命に関わる職業の場合は深刻だろう。医療関係は勿論、交通機関の運転士さんをはじめ原発の運転に従事する人、ミサイル発射ボタンの前に座る人、世界中に大勢存在する危機への対応を職務とする人達の脳神経的な健康が気にならないと言えば嘘になる。

2012年10月4日木曜日

文明とは?

2週連続で台風の直撃かと心配したが、幸い都心は大したことも無く、壊れ雨戸を引き出す心配をしなくて済んだようだ。今朝は台風一過の秋晴れ、天気は人間の気持ちに大きな影響を与えるようだ。昨日はブログを書く気も起きなかったのが、今日は朝からパソコンに向かう気持ちが湧いてくるから不思議なものだ。

昔かれこれ20年以上前になると思うが、パソコンが流行り初めで、当方としては遅ればせにワープロを買おうかどうか迷っていた頃のことだ。通産省との会議で、若手の技術系キャリア官僚がノートパソコン片手に現れた。メモを取る代わりにパソコンのキーボードを叩くのを見て、感心すると同時に不思議な感覚を覚えたのを記憶している。

当時役所の机の上は書類と紙封筒、風呂敷包みの山で、山が大きい人ほど仕事が多いと思っていた。また、霞が関官僚の特技と感心したのが、彼らのメモを取る速さだ。学生時代に勉強をしなかったせいもあるのだろうが、当時も今も人の話を聞きながらどうしてもメモを取ることができない。大事と思った事は会社に帰ってその日のうちに、記憶を頼りに日記みたいメモを書く。

高々数時間以内のことだから、その場のメモは要らぬだろうと勝手に理屈をつけていたが、そんなことはない。おそらく人一倍頭が悪いと言うか記憶力の無い小生のことだ。雑駁な職業であったから間に合って今日に至ったが、どう考えても緻密な折衝が必要な世界では通用する筈も無い。未だに拭いきれない劣等感から話が横道にそれてしまった。

あれから20年ほどか、今や官僚はおろか物書きが商売の新聞記者の果てまでノートパソコンをメモ代わりにしているみたいだ。小生ですら毎日ポツンポツンとキーボードを操作するのだから、想像するに机に向かって事務をする者で筆記メモを取る職業人はいないのではとさえ思えてくる。暮らしの中で世の中の変化にはなかなか気が付きにくいが、改めて考えると実に大きいものがある。

恐らく変化のスピードは過去から未来に向けて幾何級数的にアップしていくに違いない。同時に人間の能力の何かが反比例して劣化していくのもやむを得ない事なのだろう。子供の頃に見た漫画に将来の人間像があり、頭だけが馬鹿でかく身体が極端に小さくなっていたのを記憶している。僅か数十年であるが、様々な世相を思うと果たしてそうであろうか?

残されている遺跡から類推しても、数千年前の人類の叡智は現代人に匹敵すると聞く。遠くエジプトや中国の歴史を検証・比較するまでもなく、てっとり早く日本の江戸時代・明治時代の先祖と比較するだけでも、身体より脳みその劣化の方が心配になってくる。

2012年10月2日火曜日

言論が売り物?聞いてあきれる

命旦夕に迫った病人が、新しいスーツを仕立てて近所を徘徊するが如き内閣が発足した。1内閣1閣僚が謳い文句だった民主党で、野田内閣で3代目、初代鳩山内閣から勘定すると8代目になるらしい。いくらヤケクソにしても、ここまで国民を愚弄して持てる権力を濫用するものか、とあきれるより感心してしまう。

自民党政権時代、行政における政治のコミットについては、政府に送り込まれている政治家より、各分野の部会を取り仕切っている専門家が取り仕切り、所詮送り込まれるのは論功行賞や泊付の操り人形とみていた。それが民主党政権になり、政府3役が本気で仕事をすることになると聞いて期待もしたが、結局経験のない政治家の無力さばかりが露呈する結果になってしまった。

極めて残念ではあるが、せめて蟷螂の斧でもいいから最後まで政治主導の姿勢だけでも貫いてほしかった。国会議員とはもともと皆同じなのかもしれないが、若い民主党が態々自民党の悪いところばかり真似をしてどうするのだろう?次の次の選挙がいつになるか分からないが、野田さんには4年か5年後に捲土重来を期しているとは到底思えない。

維新の会に走っていった人に同じで、次のステージで誰と組むかしか考えていないように見える。彼も頂点を極めたのだから、バッジを外した方が善い。それにしても現代の政治家の言葉ほど空虚なものは無い。報道を通して聞こえてくる彼らの言葉で「あゝ、こいつは本当に真剣に考えているな、悩んでいるな。」と共感を覚えるものに出会った験しがない。矛盾だらけの口から出まかせ、嘘八百、よくも白々しく喋るものよ。

領土問題や安全保障と沖縄が絡む日米関係、中国をはじめとする外国との関係等々、書き出せばきりがないし昨日も少し触れたばかりなので措く。今日書いておきたいと思ったのは原発問題だ。与野党どの政治家の発言を聞いても、選挙の争点にはしたくない思いがありありで、意味不明のことばかり。強いて言えば、河野太郎氏が核燃サイクルに対して明確に異を唱えているが、彼とて原発そのものから脱却すべきとは言っていない。

そん所そこらの無人島とは比べ物にならない広い国土の一部を、日本国は福島県において放棄せざるを得ない事態を目前にしながら、政治家は誰一人明確なメッセージ未だに発していない。事故の収束宣言だけは早々と出しながら、10万人以上が避難を余儀なくされている被災地域に対する手当、全てその場しのぎに終始し、今後の進むべき道筋は何も決まらず計画すら明確にすることができない。

与党政調会長に出世した細野氏や留任が決まった枝野経産相も、口先では被災者の立場に立つようなセリフをいつも言っている。しかし実態は電力産業や経済界に逆らえないのだろう。「何を今更そうまで経済界に阿るのか、選挙が怖いなら恐いとはっきり言えよ。」と言いたくなる昨今だ。

2012年10月1日月曜日

敢えて領土問題について

最近日本は中国や韓国との関係がかなりぎくしゃくしているようだ。現政権の外交が下手ということもあってアメリカとの関係さえうまくいっていない。ミャンマー辺りは親日的とテレビで言っていたが、ロシアとも上手くいかないそうで、隣近所全て付合いが上手くいかないとは困ったものだ。もともと国家は一定の仕切りの中に存在するものだから、隣り合わせた国家との付き合いは、特に何が無くとも平穏であってほしい。

それが、中韓露とも島嶼の領有権を巡ってかなりギスギスしている。ロシアと争っている島はかなりの広さで、ロシア人がそれなりの多数で定住しているらしいから、人間社会を受け入れる余地があるのだろう。ところが中韓との争いの原因になっている尖閣や竹島は本来無人島である。無人の島を領有していても一文の価値も無いと思うが、領海の線引きと関係してくるので地下資源や漁業権との関係で、国の富みと関係が生じるらしい。

先の大戦に敗北した日本は戦勝した連合国に対する降伏条件として、今後領土は日本列島を構成する北海道・本州・四国・九州の四島とそこに付随する島のみを受け入れたと記憶する。きっと当時は、尖閣や竹島なんて世界中の誰もが問題にもしていなかったのだろう。「だからどうでもいいじゃないか」なんて言うと、この非国民野郎メと暴行されかねない。

非国民序でに言えば、沖縄について、昭和天皇はマッカーサー占領軍総司令官に対し、委任統治をずっと続けるよう要請していたようだ。それを佐藤栄作総理が、国内の繊維産業を全て廃業に追い込まざるを得ない程の一大決心をして、日本国に取り戻している。その結果日本にはどんなメリットがあったのだろうと思わざるを得ない。沖縄が現在のグアム島のように米国の委任統治になっていないのは何故だろう?

何事も損得で考えるのは嫌いなのだが、このことはいつも心に引っ掛かってしまう。もっとはっきり言えば、沖縄が返還されたことで軍事費負担を軽減されて得しているのはアメリカの国民で、その分日本が負担を背負い込んでいるように思えたならない。遠い親戚に終戦時サイパン島に移住していた人が居た。お父さんは戦死し、母と息子一人に娘一人で引き揚げてきて、暫く同居した家族がいた。余談になるが、その息子さんが警察予備隊に入ったのには子供心にびっくりした記憶がある。昭和20年代はそれだけ就職先が無かったのだろう。

このように終戦時に海外(敢えて書くが)の日本領土に住んでいて、どうしても日本人あることを捨てきれなかった人は、伝手を頼って本土に引き上げてきたのではなかろうか。沖縄は明治になるまで薩摩と清の双方に朝貢していた独立した島で、住民も本土との縁が濃い人は少なかったかもしれない。従って終戦時に沖縄から引き揚げた人の話は余り聞かない。但し、沖縄の人が日本復帰をどれほど望んでいたかについても知らない。

難しそうな話なので、軽々に論じてはいけないと思うが、このところの議論で、共産党中国は覇権主義の塊であり、韓国も日本に対する怨念で凝り固まっている。少し距離を置いて、広い世界だからもっと他の国との連携、進出を検討すべきとの意見が多くなっている。同時に自民党辺りからは、領土を守るためには、法制の強化は勿論だが海兵隊の創出まで公然と語られるようになった。

愛国心にケチを付けるつもりはないが、少しばかり厭な気分だ。