2010年6月22日火曜日

選挙とテレビ番組

朝は明るくなると目が覚めてしまう。この頃は日の出が早いので天気が良ければ5時頃は目が覚めてしまう。そんな時はやはり寝床で6時半までテレビを見る事にしている。1年ほど前までは5時と言えば民放テレビの番組が始まっていたが、最近はNHK以外健康食品の通販番組ばかりで、まともな番組が始まるのはは5:30からとしたものらしい。テレビ局が経営が苦しいせいだろう。関連してテレビ番組全体になんとなく手抜き制作番組が多くなっているようだ。

5時半頃から殆どの民放が新聞記事を紹介する形式の似たような番組を流しているが、大分以前に何処かの局が始めた悪習を各局とも真似るようになってしまった。新聞各紙を紹介するだけでなく独自の視点で記事の批判でもするなら兎も角、これでは報道機関と言えないような気もするが、放送局ではどのように考えているのだろう。ニュースを伝えるならアナウサーがきちんと読めばいい。記事を提供したのが新聞社であるなら、付言すれば良かろう。

流石に夕方から夜になると各局ともニュース風な番組に独自のアンカー(キャスター?)を据えて解説を加えているが、彼等も大同小異で、是非この人の意見を聞いてみたいと言う気にならない。理由は簡単である。どのアンカーにしても特徴がないからである。不偏不党放送の公正を期すなんて事が可能とでも思うのか知らないが、そんな事が出来る筈もない。自分の信ずるところの意見を開陳してこそ、真のアンカーと言える。

しかし実際のところはアンカーの殆どが系列の新聞記者上がりか報道局出身者で、事前にプロデューサーやディレクターと言ったところと入念に打ち合わせした内容を、恰も自分の意見ように喋っているのが見え見えである。ましてや元タレントともなれば己の考えなんかある筈もない。報道のアンカーとは言えないかもしれないが、土日の番組には元検事や元政治家なんかが出演する事もあるが、これほど頂けないものは無い。大概は自分の過去を棚に上げて、正義漢面の尤もらしいコメントをする事になる。見苦しい、聞き苦しい限りの沙汰だ。

放送局は同一エリアに折角複数存在するのだから、せめてアンカーを立てる時くらい放送局の旗幟を鮮明にしての論陣を張ればいい。特に選挙の時は公正な政権放送はNHKにお任せして、放送局毎に肩入れしている政党を担いでバトルをすれば面白い筈。もう何度も同じ事を書いてきたようにも思うが、小生が信じる民主主義とはそういうものである。

あらゆるところに存在する記者クラブ制度の故に、日本は官僚主導国家となり、社会主義体制国家なんて不名誉な事も言われる訳だ。

2010年6月21日月曜日

湯の丸山・烏帽子岳


先週金曜日に一旦断念した日曜日のハイキングだったが、土曜日の天気予報を見て又気が変わった。もともと誘われていた信州北部信濃町在住の登山グループリーダーに電話をすると、直ぐに了解してくれて、たちまち4人のメンバーを揃えてくれて6人で行く事が決まった。さすが20年以上のキャリアのある登山グループだ。目的地は湯の丸地蔵峠から湯の丸山と烏帽子岳である。

日曜日東京発6:52の新幹線で8:30上田で下車、リーダーにピックアップしてもらう。他の同行者4人のうち一人は小生が山歩きを始めた翌年2007年7月に苗場山でご一緒したSさん。ご夫妻で参加されたKさん。最高齢75歳直前のOさん。皆さん長野市在住で山が大好きな人ばかり。上田駅で小生を待つ間もずっと次の山行きの計画に終始していた様子。槍を新穂高温泉口から登ろうか、富士山にしようかとの議論だったそうだが、今年は富士山と大体決まったようだ。

上田から地蔵峠のスキー場には半時間ほどで到着。丁度ツツジが見頃を迎えツツジ祭りのイベントを開催との事で駐車場が満杯になる程の賑わい。スキー場のツツジの群生は見事に開花していて、リフトも1機回っているので老いも若きも斜面の上から十分堪能する事が出来る。我々もリフトの利用に衆議一決1850mの地点まで労せずに登ってしまった。ここまで来ると湯の丸山山頂迄は標高差で250m弱である。山頂を目指す人の数も半端ではない、人間が数珠つなぎ状態で富士登山を思い出した。

混雑していたので途中イワカガミの群生などゆっくり鑑賞しながら小一時間は掛かったろうが、兎に角2103mの山頂に到着。山頂も大きな団体さんが幾組も入り混雑しているが、風は高山の風で非常に冷たい。大抵の人はヤッケを羽織っているが中には半袖で頑張っている人もいる。我がグループの最年少(未だ51歳)Sさんもその一人。昼前にもう一座登る事になっているので、おやつ休憩の後向かいの烏帽子岳に向かって降る。登り始めたスキー場のちょうど反対に当たるが、標高差としては丁度登ってきた分を降って、また350m程度の登り返しになる。

湯の丸と烏帽子の鞍部に着いたのが11:30頃だったようだ。時計を忘れてしまったので正確ではない。烏帽子岳は山頂近くで少し岩が露出するが、登山道は整備が行き届いて素晴らしいハイキングコースである。40分程で山頂に到着。湯の丸山と比べると人がはるかに少ない。晴れてはいるがさすが梅雨空、見晴らしは秋に来た時とは大分異なり周囲の山々は水墨画を見るような趣きである。山頂の風は湯の丸山同様冷たいので、少し降った尾根で風を避けて昼飯にする。

パーティー登山なので、それぞれが持ち寄ったおかずが沢山になって昼飯が賑やかで楽しくなる。実はこの時思いもかけない騒ぎが起こった、我がグループと同じ世代のご婦人が二人「グループからはぐれて道に迷ったのでスキー場登山口まで迄連れて行ってほしい。」と頼みこんできた。我がグループのKさんは長野でこの3月迄消防団長を務めた偉い人である。早速事情を聴くと、何でも群馬の渋川からのグループ登山でお揃いのジャンパーと帽子をかぶっている。我々もそのグループは先ほど見ているので不思議に思ったが、聞くとこの二人は足に自信がなかったのでグループに先んじて出発して間違った道に入ったらしい。

Kさんがそのグループの責任者に連絡を付けようとするが、遭難者が持っていた唯一の手掛かりがメンバー表だけで、そこに電話をしても留守電で役に立たない。結局、健脚の我がリーダーが麓に連絡に走る事にして、Kさんがこの二人を保護して下山と言う事になる。こんな平凡な山でしかもグループで来てはぐれるとは?不思議な話だが、山では思いもかけない事が起きるものだ。山頂が広いので、一昨年の秋小生が降った角間温泉方面の道に入りこんだようだ。少し降ったところで変だおかしいと気がついて、山頂に戻ったら本体が既にいなくなっていたとの事。もし彼女達がそのまま降り続けたら大変な事故になったろう。

多分数十メートル降っておかしいと気が付いて戻ったのだろう。これが原則を踏まえた正しい判断で、大事に至らなかったのは幸いだった。昼食も未だであったこのご婦人方も一緒に昼飯を食べてから、このご婦人の歩調に合わせて降ったので又時間がたっぷり掛かった。登山口到着は3時半頃だったろうか、渋川グループの代表が大勢出迎えに来て長野の消防団長さんにお礼を言っていた。ここで先行していたリーダーと合流して地元名物のアイスクリームを食べて一休み。こちらも帰りの列車を決めていなかったので、更に小諸のブドウ畑の中の温泉にゆっくり浸ってから上田発18時の新幹線に乗車して20時に帰宅。

ともあれ歩いた標高差や距離を東京近郊の山に例えれば、高尾山のハイキング程度かもしれない。それで2000mを越す山を2座も登って、高山気分をたっぷり味わえるのだから信州の人が羨ましい。

2010年6月18日金曜日

父の日

今度の日曜日に信州の山に行く計画があったが、天気が見込めないので中止になってしまった。夕べそんな事になるだろうな思いながら婆さんと話している時の事。「20日は父の日か?」と問うと「そうだけど?日本は古来、年がら年中父の日だから1日を特定して父の日なんか必要ないのよ。」要するに我が国では母の日には意味があるが父の日はあまり意味がないらしい。「ご尤も」なのか「恐れ入りやした」は人それぞれだろう。

毎年5月26日の親父の誕生日前後には父を偲んで何か書いてきたような気がするが、今年は何故か書きそびれてしまった。久し振りに親父の思い出を探っている。亡くなった年も覚えていないので改めて調べると平成8年11月となっているから、もう14年も経っている。もうそんなになるのか、の思いが強い。

我々の年代には同じような経験者が非常に多い筈だが、父が5年ぶりに外地から復員してきたのは小生が小学校に上がる年の2月か3月だから、幼い頃の父親の記憶は一切ない。その後18歳で大学進学のために上京したので、一緒に生活したのは10年ちょっとしかない。その間も父は働き盛りで仕事が忙しかったのだろうし、兄弟が私を含めて5人もいたので、親子二人だけで何かしたとか私だけ怒られた事はごく稀である。

しかしそうは言っても親父の印象は強烈で、人格形成に大きな影響があった事は認めざるを得ないだろう。父は農家の5人兄弟の末っ子に生まれ、兄弟の中でただ一人大学まで出た事を誇りに思っていたと同時に、常に両親と兄弟に感謝の言葉を口にしていた。又百姓の出身らしく勤勉で几帳面であって、若い時からかなりの高齢になっても花や野菜を育てるのを趣味にしていた。少なくても私の年齢70歳頃は未だ盛んに野菜を作っていたのを覚えている。

これは実益よりも健康維持のためだったのだろう。出来すぎる野菜をどのように処分するかで兄嫁さんは苦労をされたに違いない。一緒に暮らしている頃は子供たちには非常に怖い存在で、母に抵抗しても「お父さんに言うからね!」と言われると怖くなって抵抗が続かなかったものだ。一番怖かったのは高校3年生の夏休み直前、学校で校内暴力事件を起こした時の事だ。

何食わぬ顔で帰宅していたのだが、夕方学校から連絡があり、担任が自宅にやって来て事件がばれてしまった。たまたまその日は父が出張中だったのかもしれない。母と祖母が担任に向き合って事情を聴いた。二人とも「たかが子供の喧嘩で」と嘆いていたが、こちらにはそんなにきつくなかった。翌日母と連れ立って被害者宅に行き、母が土下座せんばかりに泣いて謝るのを横で突っ立って見ていたのを覚えている。こっちは、親父に何と言ったらいいのか、頭の中はそればかりだった。どう考えても良い知恵が浮かばない。

その時母が家出を勧めてくれたのだ。今にして思えば親父も良い親父だったが、母はそれ以上かもしれない。こちらは二つ返事でその場から直ぐに駅に直行、東京に住む兄貴の所に出奔してしまった。上野に着いて電話をしたので兄貴もびっくりしたと思うが、自分の住まいする学生寮への道を教えて宿泊の段取りをしてくれた。そして翌日親父から寮に電話が掛かってきたのだ。親父は別に怒るでもなく「兎に角一度帰ってきて、一緒の校長の所に行こう。」だけだったような気がする。

そして兄貴からも「やはり一度帰れ。」と言われ、又夜汽車に乗って帰宅したのだが、この夜行列車に揺られて思った事は生涯忘れられないだろう。帰宅して親父に何と謝ったか記憶に無いのだが、何故かその時怒られた記憶がない。その後親父と二人通学路を歩いて行った事、校長室のソファに座って校長と親父の談笑をを聞いていた事が記憶に残っている。確か、「現代では男の子の元気も良いが、程々にしておかないと・・いろいろうるさいのでよろしくお願いします、早速お母さんが謝罪に行って頂いたようで・・・・」てな調子だった筈だ。

当時の現代だからこの程度で済んだのだろうが、これが今だったらとてもこれでは済まなかったろう。ひょっとしたら親父の職業に響いたかもしれない。それまで親父から勉強や進学について特に言われた事は何もなかった。ただ自分自身では毎学期ごとに発表になる席次が、入学以来つるべ落としに落ちている事が気にはなっていた。しかしこの事件がきっかけで、我が人生は大きく舵を切ったと思う。進学についても真面目に考えるようになった。

親父から勉強の事で言われた言葉で記憶残っているものは殆ど無いが、この時のこの言葉は今でも鮮明に記憶している。
「この夏休みからJapan Timesを取ってあげる。だから必ず毎日
"editorials"欄を読みなさい。」それから約半年後、まがりなりに進学が出来たのはそのお陰だった。

2010年6月17日木曜日

おなじみの「社会正義」か

先週11日に書いたばかりなので余り気が進まないが、どう考えても腑に落ちないので再び触れたい。角界の野球賭博の件である。ついに文科省が乗り出して名古屋場所の開催が危ぶまれる状況になって来た。特に相撲ファンでもないし自分にとっては場所がお休みになっても少しも構わない。婆さんはかなり相撲に詳しいので「社団法人を返上させて、相撲株式会社にして税金をきちんと取ればいいではないか。」と言っている。

確かに相撲協会は松竹株式会社や吉本興業のように庶民に娯楽を提供しているのだから、それも一案かもしれない。文科省が不祥事があったからと言って多くの庶民が期待していた娯楽を中止させるのは、世の中を変に暗くしたり景気を悪くするのではと心配をしている。たしかに経産省所管の会社になれば不祥事の扱いも変わるかも。不祥事に関しては、違法賭博摘発の際には、客も勿論逮捕されるが、大概微罪で翌日には釈放されるとしたものである。厳しく罰せられるのは賭博を開帳した胴元であろう。

今回の騒動では客ばかりが賑やかに取り上げられて、大変な不祥事のごとく報道されている。いつもおかしな理屈を振りかざすので恐縮だが、小生も小学校の4,5年生の頃近くの温泉場にあった友人の家が所有していた別荘に遊びに行き、そこでパチンコや射的に興じたのを何故か後日担任にばれて大目玉を食った事がある。世の中に未成年者が足を踏み入れてはいけない場所がある事を知らなかった?或いは知っていたがあえて踏み込んだのかもしれない。

話が逸れたが、角界で博打客を徹底的に追求すれば、しなかった人間を挙げるのが難しくなって全員に居なくなってしまうのではないか。先週も書いたが、角界とアウトローとの付き合いは堅気との付き合い以上に深いのは常識の筈。警察関係者による外部の力を借りてアウトローとの関係を断絶させる、と気安く言うが警察関係者がアウトローに代わって角界をサポートできないのは明かである。つまるところは野球やサッカーのように企業を核にしたサポート体制でも構築すると言う事か。そんな事可能だろうか?

公営であるか非合法であるかは別にしてお相撲さんの娯楽から賭け事が無くなる筈もない。非合法賭博を野放しにして置いて客を摘発するのは少し順序が違うと思うのだ。公営の賭博にしてもノミ行為をしている人間(組織)は多いし、その客数となれば把握の仕様も無いのは公然の事だ。ばれたり逮捕でもされれば確かに不祥事ではあるだろう。しかし過去に迄遡って大騒ぎをするのは如何なものだろう。スポーツ界で「飲む打つ買う」を一切しない一流のプロ選手がいたらお目に掛かりたいものだ。

週刊誌が特殊な世界で生じた特殊な事件をほじくり出して騒ぐのは食うために仕方がないとしよう。しかし個人の密やかな娯楽が丸ごと不祥事のような騒ぎに持って行ったマスメディアと文科省の大人げなさには、些かの無責任さを感じるのである。

2010年6月16日水曜日

「不景気」も見方によっては

兎に角自分の事しか考えないので、世の中の難しい事については分からない事ばかりである。特に経済問題については皆目見当がつかない。日本経済がデフレでシュリンクしつつあると言う話をよく聞くし、現役の友人から仕事量が減っていると事も聞く。しかし池袋の繁華街を毎日のように歩いているが人混みは変わらないし、昼飯に立ち寄る店も皆繁盛している。たまに閉店の看板を見かけるが直ぐ新しい店がオープンしている。確かにこの辺の事情は田舎とはだいぶ異なるのだろう。

昨年度は税収が予定より9兆円も減っている事も盛んに言われている。なんでそんな事になるのだろう?欧米の景気がおかしくなったので輸出が減った事が原因のようにも聞こえるが、日本人は強かだから欧米が駄目ならBRICSがあるさで、ちゃんとカバーしているようにも思うのだが実態は分からない。多分輸出産業の多くが生産拠点を海外に移す事で国内の失業が増えているのは事実かも。しかし失業して本当に困っている人間はどのくらいいるのだろうか?学者も政治家も実態を把握できていないではと思ってしまう。

私の周りにも失業している人間は大勢いるが、誰一人生活に困っている風情は見当たらない。テレビには親一人で子供を抱え、働きたくても働けない一見可哀そうな人が必ず登場する。中には片親が急に亡くなり事実困っている人もいるだろうが、自らシングルになる道を選んでいる人も結構いるのではと勘繰ってしまう。高齢者もそうだ、老老介護や老人独居も問題になるが、彼等も自ら選んだ道だろう。あの時息子と或いは娘と、と今は後悔しているだろうが「後悔先に立たず」だから因果応報と諦めてもらうしかないだろう。

別に社会保障問題を軽く扱えと言うつもりも無いが、社会保障制度の充実が家族や近隣の絆を断つような事になるのは本末転倒だ。相撲界の野球賭博と野球界の相撲賭博が大騒ぎになっているが、こんな事を騒ぎ立てるよりこう言ったアングラマネーからきちんと税金を徴収する事を考えた方が国家国民のためになるのではないだろうか。不景気だと言っても多くの遊び金を以て使い道に困っている特殊な人が随分いるみたいだ。プロスポーツの選手や彼等の谷町を気取る人種が多額の金を弄ぶのは取敢えず我々には関係ない。我々は100円のパンを買っても税金を払っている。彼らにもせめて税金は払ってもらうべきだろう。

ギリシャはアングラ経済がGDPの3分の1と言われる。日本はまさかそんな事は無いと思うが、日本でも結構な額になるのではなかろうか。特殊な人間の社会を垣間見て市民目線なんて大騒ぎするより、アメリカ財務省のシークレットサービスが嘗てシカゴのギャングの親玉アルカポネを脱税で締め上げて伝説を残した様に、日本でも伝説になるように悪党から徴税をしてもらいたいものだ。

2010年6月15日火曜日

親の顔が見たい「漫画ネタバレ情報局」

現在仕事で若干ホームページ制作に関わったりしているので、IT技術者のリクルートについては常に関心を持っている。既に小学生時代からパソコンに触る時代になっているので、若くして優秀な技術者が出現する事は不思議ではない。しかし今日下記のニュースを知って正直びっくりしている。この報道からすると逮捕された中学生は我社のスタッフ程度のホームページ制作技術は完全にマスターしているだろうし、遠隔地の仲間とどのように知り合ったか分からないが、サーバの共有管理する事などについてもかなりの知識を持っているようにも思われる。

以下は「スポーツ報知」が今朝配信した記事の引用である。
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京都府警ハイテク犯罪対策室は14日、人気漫画「ONE PIECE」などを、雑誌の発売前に動画投稿サイト「You Tube(ユーチューブ)」にアップロードしたとして、名古屋市中区に住む中学3年の男子生徒(14)を著作権法違反の疑いで逮捕した。府警によると、ユーチューブへの違法投稿の摘発は全国で初めて。雑誌を発売前に手に入れ、投稿を繰り返していた。

男子生徒はページごとにデジカメなどで写真を撮影し、ユーチューブに投稿。数秒ごとに画面が変わり、物語を読むことができるようにしていた。一方で「漫画ネタバレ情報局」と題した自身のブログやツイッターでアクセスを促し、出版社から削除や警告を受けても新たなIDやパスワードを何度も取得して再投稿。府警は悪質性が高いと判断し、逮捕に踏み切った。

漫画はほかに「週刊少年ジャンプ」(集英社)掲載の「NARUTO」「銀魂」、週刊少年サンデー(小学館)掲載の「Major」。いずれも人気作品だが、男子生徒は、発売済みの漫画ではなく、掲載誌を発売前に事前入手して違法投稿していた。「ジャンプ」の場合、月曜日発売だが、前日や前々日に手にするどころではなく、4~9日も前に入手。発売日の翌日に早くも翌週号の内容を投稿していたこともあったという。

「ネタバレ情報局」のブログは佐賀県の高校1年の男子生徒(15)、沖縄県の中学3年の男子生徒(14)と共同管理しており、府警などは違法投稿の認識があったか2人から任意で事情を聞くとともに、逮捕された男子生徒に共犯者がいなかったか捜査を行っている。==================<

ここに引用しなかったが、この投稿によって出版社が被った被害額は20億円に上るとされている。このサイトを見た人間が全員出版物を買ったとすればと言う事だがそれほどにこのサイトへのアクセスが多かった訳である。ホームページの制作や管理に携わる身としては実に羨ましい。ところで、加害者であるこの生徒はこの事で何を得たのか或いは得ようとしたのだろうか?それがイマイチ良く分からない。

更に警察でも不思議に思っているようであるが、発売前の雑誌のコンテンツを入手している事。これは不祥事を起こした雑誌の大広告主や政治家が躍起になる事である。IT技術とは別の問題であるが、この経路を確立するのは相当な能力が必要になる筈。雑誌業界を裏で操る広告会社の電通の総力をもってしても難しいとさえ言われている。裏にもっと別な共犯者がいて報道されていない意図などがあるのかもしれないが、驚きと不思議さがないまぜの複雑な気持ちがある。

今朝婆さんがいみじくも「親の顔が見たいわねえ」と言ったが、これは「どうしてこんなにご粗末な子が?」でなくて「どうすればこんなに優秀な子が出来るのだろう?」との意である。爺も全く同感で、仮に愉快犯であったとすれば少年に逮捕歴の烙印を押す前に何らかの手段がとれなかったのか?と残念でもある。毎度の話だが、新聞社と警察は一蓮托生グルなので警察は都合のよい事件だけをメディアに発表する。

今回の事件が果たして発表するに相応しい事件だったのだろうか。もし彼が単純な愉快犯でIT技術者として本当に優秀あるとすれば、彼の将来や日本にとっても有為の人材であったかもしれない。宇宙探査船「ハヤブサ」の地球帰還ニュースと並べて見たので、一層複雑な気持ちになった事がお分かりいただけるだろうか。

2010年6月14日月曜日

囲碁の楽しみ

東京も今日から梅雨入り、少し寒いが仕事部屋に来る途中のお宅の玄関先で紫陽花が濃い紫の大輪で咲いている。我が家にも大阪勤務時代の20年以上前に家内が六甲山から移植した額紫陽花があるが、これは水色だが年々色が薄くなってきているそうだ。庭で見ると少し寒々としているが、玄関に切り花で飾っているのを見ると涼しげで夏らしい。

昨日は碁会所で月例になっている囲碁大会、今回は6人のリーグ戦だったが先月に引き続き優勝してしまった。賞品で又3000円のクオカードをゲットしたので娘に喜んでもらえそうだ。普段の土日に決して勝率が良い訳でもないし、2回連続なんて予想だにしなかったので自分でもびっくりした。最近すこし意識している原則「弱い石を作らないように」がたまたま功を奏したのかもしれない。

囲碁の面白い所は実力に相当の差があっても試合が出来るところにある。、柔道などの格闘技に段位がある事は大方がご存じだろう。柔道5段の人と初段では恐らく試合にならない筈だ。囲碁の場合は弱い人に「置き石」というハンディを与える事で試合になってしまうのだ。例えば昨日小生に勝った一番強いとされる席亭(碁会所の主人)が全ての人の勝てるかと言うとそうでもない。彼も2敗した。

ハンディの決め方は席亭が試合前に普段の成績から決める。昨日の小生の持ち点は260点、5人の対戦相手点数はA:360点、B:290点、C:245点、D:220点、E:210点。これで小生はAさんには9個石を置いて試合を始める。Bさんには3個、C、D、Eさんには逆に2個、4個、5個の石を置かせて打つ事になる。更に細かいハンディがあるが省略。結果はAさんに持碁負け(囲碁としては引き分けだが、勝敗は点数の多い方が勝ちと決められている)、BさんからEさん4人に全勝する事が出来た。

知らない方には不思議だろうが、囲碁は19×19の交差点361点に黒石と白石を変わりばんこに置いて、交差点を多く囲った方が勝ちの一見単純なゲームである。従って最初に石を9個も置いて何処かを囲っておけば間違いなく勝てそうなものである。ところが後から石を置き始めても、石の働きでいつの間にか後攻めの人が多くの地(交差点)を囲う事がまま起こる。

しかも互いに手品を使う訳でもなく、盤は互いの目前に置かれているし、一度置かれた石が動く事も無い。ところがある局面であるところに石が一置かれると、それ迄に何の役にも立たないと思っていた石が急に命を吹き込まれたように生き生きと働きだす事が良く起きる。しかし常に相手が居てこちらの構想を邪魔したりするので、不思議なくらい自分で思うように地(交差点)を囲う事にならない。しかし相手の打つ手がこちらにとって予想外の手を生じさせてくれる事もある。


ある人に言わせると囲碁の変化の様相は正に人間関係の変化を象徴しているとも言う。要は自分の都合だけ考えていると幸せにならない、相手の言い分を聞きながら(想像するのである)自分に都合の良い立ち位置を考えると言う事らしい。プロは交互に打つ石の姿を何手も先まで頭の中でイメージする事が出来るのだそうだ。小生なんぞは自分が置いた石の次の手を相手がどこに打つかイメージする事すら難しい。とは言っても勝敗よりもこの千変万化の面白さに病みつきになりつつある。