2010年4月9日金曜日

外国事情

生まれて初めて知ったような国「キルギス」、日本ではここを東洋のスイスと言うらしい。報道の映像を見る限り、硝煙漂う市街地の彼方に雪を頂く中央アジアの山脈が連なり美しい。アフガンに進出している米国や、コーカサスのゲリラ対策に悩むロシアにとっては軍事拠点として重要な位置にもあるらしい。しかし今やご存知の通り動乱の真最中、野党が軍と警察を完全掌握、死亡者は100人未満の報道も大分いい加減らしい。

如何なる理由か分からないが、日本との関係でもODA予算の重点配分国だったそうだ。今回の騒動が単なる政治腐敗が原因か、大国が手を突っ込んでいるのかは分かりかねるが、内戦が勃発するような事にならなければいいがと案じている。アフガや中央アジア諸国の実情も中東情勢も勿論だが、米ロや米中の関係等兎に角外国の事情は分かりにくい。突発的にこんなニュースが飛び込んでくると、改めて世界(地球)の広さを実感する。

島国の中でも際立って狭い国、四方八方を山に囲まれた長野出身のせいかどうかは別にし、て小生にとっての世界は狭い。広い世界を殆ど見聞すること無く、知る事も無く人生を過ごしてしまった。晩年の今となっては外国事情には殆ど関心が無いのだが、今回のようなニュースに接して、日記のネタとする為に一寸インターネット検索をして見るぐらいだ。現在の関心事の殆どは東京から首都圏範囲が精々で、遠いと言っても歩いてみたい故郷信州の山ぐらいのものか。

地理的な事より、褒められた話ではないが、親戚友人以外の事に余り関心を抱かない人間になっているのだろう。

外国事情に関連する事で今日のニュースからもう一つ。「築地市場のマグロの競り場で、当分の間外国人観光客を締め出す事になった。」に関連して東京について考えてみた。外国人がなんで早朝から築地市場くんだりに行くのだろう?

観光庁と言う役所ができたらしいが、東京観光を観光客の立場で考えてみた。すると東京が実に観光資源に乏しい貧弱な都市である事に思いが至った。小生自身半世紀以上も前に信州から上京した訳だが、観光したのは江戸城史跡だけかもしれない。今朝の茶飲み話でだが、城郭だけと言う事なら姫路城は無理としても未だ大阪城や松本城の方が良いじゃないか。神社仏閣に至っては、京都、奈良、鎌倉にはとても及ばない。

小生は増上寺は葬式で行ったが、寛永寺も明治神宮にも行った事が無い。旨い食い物屋は沢山あるかもしれないが、とても観光客が行ける値段のところは無いだろう。外国に行くと大概のところ先ず博物館に行くが、上野に行ってもめぼしい展示物は借り物ばかりで、展示が世界に誇れるような博物館は1館も無い。エンターテイメントに歌舞伎はあるかもしれないが、こんなもの日本人が観ても理解しがたいのに外人さんが観て面白いだろうか。

するてーと築地の競り場なんかが恰好のエンターテイメントプレースとなるのかもしれない。と言うのが結論であった。観光庁も結構、ジャニーズのタレントを宣伝マンに起用したり、連休を地方毎にずらしたりするのも結構(?)だが、お役人はもっと相手の立場でものを考える習慣を身につけてほしいものだ。

2010年4月8日木曜日

キーボード操作

ここ数年毎日仕事でパソコンを使う必要があったので、キーボードタッチ訓練の意味もあって3,4年前から日記を書きだした。しかし仕事からリタイアし始めているので、パソコンに触れる必要性は徐々に少なくなっていくだろう。立ち止まって考えるに、キーボードの操作は一向に上達していないようだ。未だにキーボードの配列が頭の中に入っていない。1字毎にキーボードを睨みつけて目的のキーを探しだしている。

当然キーボード側からすれば、訪れる指先はその度に異なっている。モニターだけを見ながらキーを叩くなんて事から程遠い状態である。これは頭が悪いせいなのか、指先がぶきっちょなのか、或いはその両方かもしれない。運動生理学か脳科学者に分析してもらいたいものだ。幼い頃からピアノの練習など経験していれば少しは役に立つのかな?とすれば家の孫は少しは期待できるかもしれない。

パソコンのパの字も知らない婆さんが面白い事を言っていた。「PCのキーボード配列は基本的にはタイプライターと同じでしょう。キーが何故アルファベット順になってないか知っている?」当然そんな事をこの爺が知る筈が無い。「何でも昔タイプライターを考えた人が、誰でも簡単に使えないようにだったか、わざと指先操作が難しいように配列を決めたようよ。」ずっと家に居てひがなテレビを見ていると、余計と言ってはいけないがいろんな知恵がつくものだ。

「何でもその人はタイプライターのスペルは3列だか4列の一番上の列に並べたそうよ。明日事務所で確認してみてよ。」翌日事務所に来て確認してみた「typewriter」。成程その通りになっている。たまたま誰かが思いついた冗談話かもしれない。それにしてもたった26文字の配列に四苦八苦するのは悔しい限り。振り返ればキーボードに初めて触れてからもう12年ほどになる勘定だ。

常人であれば10年努力を続ければ大概の事はそこそこ旨くなるとしたものだが、小生よほど不器用と見えてそうならないものが幾つもある。まあ何であれ努力と言う程努力をしていないと言う事かもしれないが。

面白いから幾つかを挙げると、1にゴルフ:これは10年どころではない40年近くやったが一向に上手くならず、2年程前にやっと断念した。2に英会話:50歳になる前くらいから10年は続かなかったかもしれないが、少なくとも5年以上は毎朝6時からNHKラジオ英会話を聞いていた。時々アメリカなどに行く機会があったせいもあるのだろう。勿論それで英会話が役に立った経験は全くない。又旅行をしても英会話が不必要と言う事に気がついて、ある日努力を止めた。

3にカラオケかな~:これは年数より相当な資本を投下して飲み屋のお姉さんや芸者さんにご指導頂いたが、生来の才能の無さが災いして1曲も人前で歌えるようにはならなかった。幸い紅灯の巷を徘徊する必要も無くなったので、断念ではなく自然消滅だ。4がキーボードタッチになりそうだ。人生いろいろな事に挑戦してみたが、何一つものにならなかった。と言えば子孫は安心して何事にも<むきにならない>ようになるだろう。もとより我が家には宇宙飛行士山崎直子さんの敬服すべきキャリアを聞いて発奮するような人間が一人もいないので、わざわざ書くまでも無い事を書いてしまった。

2010年4月7日水曜日

読後感 『警察庁長官を撃った男』鹿島圭介著

鹿島圭介なるノンフィクションライターの名前は初めて聞く。どうも一橋文也のように大手新聞に在籍記者の偽名のようだ。先月30日国松長官狙撃事件の時効を迎えるにあたって警視庁公安部長が異例の記者会見を開いた。派手に報道されたように、「犯人を挙げる事は出来なかったがオームの犯行に間違いない」である。全くど素人の小生が聞いても不思議な会見と思うくらいだから、非難が轟々と巻き起こった。

その週末本屋でこのタイトルが目にとまり早速読んでみた。過ぎ去った事件の一つで、犯人がオームであろうとなかろうと小生は全く関知する程の事ではないと思っていたのだが、これを読むと驚きの連続で、先の記者会見の持つ意味までがなんとなく見えてくる。

内容を要約すると、事件の真犯人は「中村泰」なる別人で、現在別の強盗殺人事件で岐阜刑務所に服役中である。筆者は中村と平成15年以来面会20回、書簡は80通に上る取材を重ねているとしている。当然警視庁当局も中村を重要被疑者と認定、何度も尋問を重ねて犯人と特定するに足る自供は引き出しているのだが、現状では検察から逮捕の許可が下りていない。許可が下りない理由は、狙撃に使用した拳銃が見つからない事、これが無理でも最低共犯者を確保しなければと言っているようだ。

中村は拳銃は大島行きの東海汽船から太平洋に投げ込んだとし、共犯の存在は認めているものの同志の仁義で絶対に言わないとしている。本書の発行日は3月20日で公安部長記者会見より前だが、時効日に記者会見がセットされる事さえ予告している。ここまで警視庁でも把握しながら逮捕に踏み切れないのは何故か。実は警察内部の縦割り組織の弊害のせいのようである。

即ち、当初この事件は刑事部がオーム事件で多忙を極めていたため、本来刑事部が担当すべき事件であったのを公安部に任せたのがボタンの掛け違い。刑事部と公安部では捜査手法に大きな違いがある。刑事部は予断を持たずに広範囲な操作で集めた証拠をベースに犯人に迫るのに対し、公安部は一定の推理に基づく捜査手法をとる事が多いようだ。それが不幸の始まりで、当時オームの問題が大きな社会問題になっていたので、オームに違いあるまいという先入観が捜査本部に醸し出されてしまった。

正に主人公中村の狙いにはまってしまった意味もある。ところが事件から数年経って刑事部の方から中村が真犯人ではという見方が出て、公安と刑事合同捜査本部が立ち上がった時期もあり、中村の方も相当観念して事実関係をかなり詳細に供述し出す。同時にマスコミにも一部この情報が流れたので、マスコミ関係者はここに書かれているような事について殆ど知っているらしい。

ところがである、歴代公安部長のメンツやらなにやら役人特有のいやらしい事情が絡んで警視庁としては長年に亘る捜査の失敗を認めたくないらしい。いかなる事情があるかは知らぬが検察までもそれに同調して、結局刑事部は外され元の公安部主導に戻されてしまう。ここまで来ると常人には理解しがたいのだが、セクショナリズムの権化の役人は勿論、それにぶら下がっているマスコミもおかしい。先月30日15年の時効宣言の際、この中村の存在について触れたメディアは1社も無い。

中村の供述に基づく内容は、発想の原点が分かりにくいが実に面白い。彼は1930年生まれで東大を中退、頭はすごく良くて機械いじりは幼い時からお手のもの。終戦直後は一時右翼の大物に弟子入りしていたようでもある。ある意味で変な社会正義感を持っているところもあるが、警官を無慈悲に射殺したりする異常な神経でもある。銃火器の知識と射撃の腕前プロ。日本だけでなく偽造旅券とIDでアメリカには何度も行って銃火器を日本に密輸、各地に隠し持っている。まるで外国のサスペンス小説を読むようだが、これが全て警察の裏付け調査で事実と判明している。更に長官狙撃当日の供述に関して犯人しか知り得ない事を明確に言っているのだ。

読んでいくと、中村の真犯人は間違いないと確信するに至る。しかしこんな事実が表面化しない日本の警察官僚と記者クラブの馴れ合いとは一体如何なるものなのか、検察も含め容疑者の逮捕とか起訴とは如何なる事実に基づくものなのか、大きな不信感を抱かざるを得ない。


2010年4月6日火曜日

「日本の将来について危機感」が聞いてあきれる

平沼・与謝野両氏が新党を立ち上げるのは勝手だし、郵政民営化法案について全く反対の立場とった二人がけろっと手を握り合うのも政界ではよくある事なのかも知れない。しかし側近園田氏が解説する「お二人とも民主党が政権を握る日本の将来に強い危機感を共有している」には強い反感を持たざるを得ない。

余命幾許も無い年寄り連中が何を以て危機感を覚えるのか知らないが、もし危機感を感じなければならないとすれば、半世紀以上に亘る自民党支配の政治がもたらしたものを払拭するのに必要な時間でなくてはならない。彼らが振りまき放置してきた悪習、つけ、おりのようなものを排除していくのは並大抵の事ではない。小生もその中にどっぷり浸かった人生を享受きた一人である。このつけを若い人に精算してもらうのは些か心苦しくもあるが、勘弁してもらうしかない。

現政権にも当然同じような年寄りはいる。彼らにも昔悪弊を助長した責任の一端はあるだろう。しかし現在のスタンスは政権与党の向かう方向に包括され、過去を清算しようとしている事は明確である。彼等の大部分は党務又は無役で、政権の表舞台にあまり登場してこないのも老人の知恵かもしれない。或いは党内で若い人のエネルギーが老人のそれを凌駕しているか、若手を優先させようとする力学が存在しているかだろう。

小沢幹事長に愛想を尽かして辞めたとされる藤井財務相について、見方を変えて、老人をあっさりと使い捨てたと見れば、これも結構な事だ。何れにせよ小沢一郎が総理大臣になる事は永遠に無いだろう。彼もどんなに長くても次の総選挙では、後事を後輩に託して引退した方が良い。次の参院選敗戦の責任でという意見もあるが、どの時点にせよ幹事長を辞める時は議員バッジを外すべきだ。渡辺恒三になっちゃいけない。

年寄りには年寄りの知恵があるのは誰も否定しない。しかし人間だけでなく全ての動物は先代から知恵を授かった若ものが、その裁量で新しい時代を切り盛りしていく他ないのも自明の事だろう。この自然循環でこれまで生き延びてきたわけだから、我々役目の終わった世代はもっと温かい目で次世代を見守るべきだ。

大事にすべきか否かは別にして伝統の良さを十分理解したうえで書くのだが、憲法がどうなろうと天皇制が否定されて神話が崩れようと、それはその時代に生きる人間の選択であれば仕方ないではないか。「己の反省も無く将来への危機感だと?いい加減にしろ!」だ。

2010年4月5日月曜日

賞味期限を過ぎても

土曜日に娘夫婦2組と孫3人が集合して爺の満70歳の誕生日を祝ってくれた。皆から「元気で長生きしてください。」と嬉しい言葉を貰う。賑やかな事で婆さんは食い物を次から次へと大忙しだった。プレゼントもいろいろ頂いたが、中に立派なスキー用のグローブがあったのにはびっくりだ。小6になる孫の「ゴールデンウィーク迄は滑れるから今シーズンもう一度行きたい。」との意思表示だったが、「今シーズンはもう勘弁してくれ」と謝った。

中1になる孫は中学校に行ってもバスケを続けたいようだ。背丈は既に爺と同じ高さになっている。これでもバスケには不十分なので、もっとしっかり飯を食わなきゃとの事。親も楽ではないだろう。二人とも「お祖父ちゃん、遊戯王カードは卒業したよ。」と言うので少しは成長したと喜んだのだが何の事は無い、巷では今ヨーヨーが流行しているらしい。成程二人ともヨーヨーを手にして遊んでいる。カードが欲しかった先頃までは、来るたびに近くのスーパーに一緒に行って150円のカードを2袋ずつ買ってあげていたものだ。

今度はスーパーのヨーヨーの売り場に連れて行ってほしいのだそうだ。ヨーヨーはカードに比べると高価で1000円以上するものらしく買ってくれとは言わない。代わりに紐を熱心に見学していたので、これを欲しがるのかと思ったが買ってくれとは言わなかった。婆さんに言わせると「爺の財政について察しが良いので、高いものは要求しない」のだそうだ。良く出来た孫共だ。集まった兄弟従弟は仲の良過ぎるくらい1歳児も入れて一緒にはしゃいでいる。一人は中学生になろうと言うのに、いつまでもこう子供じみていていいのかな。

我が家に来れば子供じみていても、学校ではそれなりに勉強もしているのだろう。持ってきた二人の通信簿を見ると「論語」の暗誦が良く出来ました、てな事が書いてある。へえ、と思って「何を覚えたか言ってみろ」と言うと「論語ってな何だ?」との事。『「し、のたまはく」てやつさ、習ったんだろ』と言うと、あれかなと言っていきなり「祇園精舎の鐘の声諸行無常の・・・・偏に風の前の塵に同じ。」とやったのにはびっくりした。

孔子様の方は何をどう習ったのか分からなかったが、小学校で平家物語の頭だけでも教わったのは悪い事ではないかもしれない。

幸い当日は昼すぎても晴れていたので、腹ごなしで孫を引き連れて九段下北の丸公園から千鳥ヶ淵方面に花見としゃれこんだ。「何もそんなところまで行く事は無いでしょう。」と婆さんが引き留めるのを振り切って出かけたは良いが、案の定大変な混雑。九段下の駅は危険防止のためエスカレータが運転休止、ベビーカーに若殿を入れたまま地上に持ちあげた婿は大変だったろう。純粋に花だけ鑑賞するなら近くの小学校の桜の方が見応えがあったかもしれない。孫にカメラを持たせたら喜んで写真をたくさん撮ってくれた。

一族中で一番人気の若殿。1歳5カ月

千鳥ヶ淵の桜

ご町内小学校庭の桜

2010年4月2日金曜日

嗚呼無情

昨日は多くの会社で新年度の入社式が行われた。その昔、新人歓迎会を九段の靖国神社境内で花見を兼ねて盛大にやった事を思い出した。今日は花が満開となったのに無常の雨風が吹きすさんでいる。折角の週末なのにお花見新人歓迎会と言う訳にも参らぬ事だろう。最近は職場単位で飲み会をする事が少なくなっているようだし、新人も飲ませてもらって有難がるようなご時世ではないようだ。職場から早く解放してもらい彼女とデートでもした方が益しに違いない。

昔は皆どうして職場の飲み会であんなに盛り上がる事が出来たのだろう?今考えると不思議だが、年功序列の効能だったかも。考えてみると我々が居た年功序列社会は、年長者にとっても新人たちにとってもある意味で居心地が良く、新人は仕事ができなくて当たり前だが、せめて飲み会ぐらいは盛り上げろよ、てな事で存在感を与えてもらえた。職場の仲間は同志だよ、だから仕事も助け合うが、遊ぶ時は上下心を一にしてに楽しむ事が出来た訳だ。

今は実力本位の時代だそうで、新人ばかりでなくシニアーの人も含め現役の諸君は可哀そうだ。能力を期待できない新卒はそれなりの扱いで、部長さんの行くところとペーの行く店は別かもしれない。しかし能力ある新人が入ってきたら、能力の低い上司は弾き飛ばされる危険がある。いつの時代も高い能力と志を持ったヤングライオンはいる訳で、古手の社員もおちおちしていられないだろう。勿論就職氷河期を乗り越えて入ったヤングライオンも当然早く出世しようと虎視眈々に違いない。

競争原理はいつも能率の向上に資するとされているようだが、長幼の秩序が組織力の強化と能率向上に繋がると唱える学者はいないのかな。多分いないのだろう。それにしても良い悪いは別にして嫌な時代だ。そりゃ仲良く飲み会なんかやっていられない筈だ。企業などの組織は能率や効率だけを追求するための存在だからと言って、日本中の組織が皆同じような思考回路に陥っているように見える。

年寄りの爺が反論しても始まらないが、「和気藹々」と言う額を前にしてぶら下がり記者会見をしていた自民党でさえ、古手のお父さんたちがヤングライオンに追い立てられている。もうちょっと「和気藹々」に話しようは無いものなのかな~。

2010年4月1日木曜日

引退予定の新年度がスタート

滅茶苦茶忙しい1日だった。先週末から準備していたのだが、新年度第1日目なので、まず管理しているホームページの内容を相当模様替え。終わったら昨日入金の領収書を発行。これが請求案件ごとに細かく分けて発行するので一苦労。次はアクセスに関する月次報告。これについては全てネット上で参照できるのだが、得意先に於いては全て独自フォーマットで文書化されていないとオーソライズされない。電子化は即ち紙の大量消費の始まり、パソコンの発達で森林資源は益々枯渇していく事だろう。段取りがついたのが13時、8時から始めたので5時間ぶっ続けで働いた勘定だ。

珍しくも昼飯抜きで背広に着替え、揃えた書類を鞄に入れて、えっちらおっちら小伝馬町迄行かねばならない。有楽町線千川から都営新宿線馬喰横山と言えば結構な距離である。階段が沢山あってトレーニングにはなるが、今日は急に暑くなったので久し振りに汗までかいた。本当は今日から仕事の大半を次期代表に交代してもらう予定ではあったが、事務を依頼している会計事務所の都合で登記が遅れているのと、次期社長さんの引っ越しが重なって爺の孤軍奮闘の感があった。とは言っても次期社長にはリモートで相当サポートもしてもらったのも事実。そう掌を返した様に上手い具合に引き継ぎが出来る筈もない。

いきなり「今日から何もしてもらわなくて結構です。」と言われるのも困るが、そう簡単に暇にはなりそうもない。クライアントも「急ぐ話ではないから落ち着いてやった方が良いよ。」と言ってくれたので一安心。取敢えず新年度がスタートしたが、見通しは全く立たない。小生の報酬は新社長と未だ相談できていないが、先月までの報酬の半分以下になる事は法律で決められている。年金が月に20万円程あるので、その半分くらいのお小遣いでも頂ければ有りがたい。どっちにしても代を譲った途端に経営がおかしくなったのでは寝覚めが悪い。新社長にもゆっくり考えてもらって、せっかく作った会社なのでなんとか長生きさせてもらいたい。

引き継ぎが軌道に乗ったら、今度は自分の将来を考える番になる。さてどうなる事やら?