昨日の夕方から少し変な感じがあったのだが、夜、就寝する頃になると右腰が完全におかしくなってしまった。寝返りを打つだけでも一苦労である。今朝になると起き上がろうにもすぐに起き上がれない。痛みを堪えて布団の上でストレッチまがいを20分ほどして、手をついてやっと立ち上がろうとしても腰がしゃんと伸びないし、当然ながら歩くのもぎこちない。町で見かける手押し車を押しながら歩くお婆さんみたいものである。
今月13日に長野で山歩きをして帰った翌日に少し腰が痛んだが、数日で治った筈だった。26日も奥多摩を少し歩いたが、長野の時に比べればリュックは遥かに軽かったので、幸い腰を痛めずに済んだと内心喜んでいた。昨日の午後には、連休の後半でどこに行こうかと計画仕掛けていたところである。本当は安曇野の三股から蝶が岳に行こうかと思ったのだが、遭難報道が相次いだので、山はやめて上高地から横尾まで歩くだけにしようかなんて考えていた。
しかしこうなると、上高地はおろか池袋まででさえまとも歩けない。誠に情けない限りだ。列車と宿の予約を入れなくてよかったが、連休のお終いまでは先が長い。今朝婆さんは「どこか温泉にでも行ったら?」言っていた。3日は出掛ける都合があるので、出かけてほしいのだ。気持ちは分かるけど連休中に取れる温泉なんかある筈も無かろうし、何か考える必要がありそうだ。
2013年4月30日火曜日
2013年4月29日月曜日
今日は何の日?
今日が昭和天皇の誕生日で祝日であるのは分かっているが、現在の正式名称を知らず、カレンダーで確認した。「昭和の日」となっている。以前にも書いたが、将来12月23日は「平成の日」としないと理屈が合わない。しかし万事そうであるが、時の政府のご都合でどうにでも理屈はつくのだろう。それでなくとも昭和から遥か四半世紀を隔て、日本はすっかり豊かになった。勝手な思い込みだが、国家の繁栄が頂点を極めた状態にあり、我々庶民は我が世の春を謳歌させて頂いている。
今日も我が家の近間を1万歩程徘徊するに、立ち並ぶ家屋や道筋はどこを見ても清潔で、行き交う人々も皆小奇麗である。勿論、昭和20年30年代の痕跡は何処にもあるまい。確かに家屋が小さいとか、密集しすぎているのは日本固有かもしれない。田舎ほどではないが、街にはシャッターの降りた寂しげな商店も見受けることがある。難を言えばきりがないが、余り外国事情に詳しくない自分が知る限りでは、今の日本のようにさっぱりした国は知らない。
しかし頂点を極めるとは、換言すれば目標の喪失でもあり、後は転落と言わないまでも下降局面を迎えざるを得ないことに繋がってしまう。しかし、150年ほど前までは欧米の列強から見ると、まともな独立国家とも言えず、見方によっては300くらいの小国が分立していた地域だそうだから、これから日本国家が潰れようと、バラバラになろうと知ったことはない、どうせ俺は先が長くないのだから。と言っては身も蓋もない。
賢明なる国のリーダー達が我々凡庸な国民を上手にリードして、国内においては益々の繁栄を、諸外国からは尊敬の念を持って受け入れられるような国家になることを願ってやまない。このことを前提として本日思ったことを少し書き記したい。
本日徘徊した範囲で目にした日の丸の国旗は2本だけ。うち1本は池袋の交番だから民家としては1軒だけである。目にしたのは民家会社商店を含めれば万を越しているかもしれない。我が家も出していない。日章旗はあると聞いているが、少なくとも竿はない。確かに日本人は清潔好きであるが、古いものを余り大切にしない傾向があるのではなかろうか。その上忘れっぽいかもしれない。自分なんか典型的だ。他人への恨みつらみや恋の痛みを忘れ去る分には結構だろう。子供が「昭和」の意味を知らなくても善しとしよう、しかし自国の歴史を国民こぞって忘れ去るのは如何なものだろうか。
中国や韓国だけでなく、歴史教育に熱心な国は外国に相当多いのではないか。
何度も書いたが、少なくとも我々の世代はこれが全くなかった。現政権が昨日1962年4月28日を「主権回復の日」として祝う式典を行った。まるで思い付きのようなこのことに対し沖縄、小笠原、奄美では相当な反発があったようだが当然だと思う。南の島々と関係のない小生ですら、我が国が主権を完全に回復しているとは思わない。「政治家に近代史の試験を!」が婆さんの口癖だが、尤もである。
今日も我が家の近間を1万歩程徘徊するに、立ち並ぶ家屋や道筋はどこを見ても清潔で、行き交う人々も皆小奇麗である。勿論、昭和20年30年代の痕跡は何処にもあるまい。確かに家屋が小さいとか、密集しすぎているのは日本固有かもしれない。田舎ほどではないが、街にはシャッターの降りた寂しげな商店も見受けることがある。難を言えばきりがないが、余り外国事情に詳しくない自分が知る限りでは、今の日本のようにさっぱりした国は知らない。
しかし頂点を極めるとは、換言すれば目標の喪失でもあり、後は転落と言わないまでも下降局面を迎えざるを得ないことに繋がってしまう。しかし、150年ほど前までは欧米の列強から見ると、まともな独立国家とも言えず、見方によっては300くらいの小国が分立していた地域だそうだから、これから日本国家が潰れようと、バラバラになろうと知ったことはない、どうせ俺は先が長くないのだから。と言っては身も蓋もない。
賢明なる国のリーダー達が我々凡庸な国民を上手にリードして、国内においては益々の繁栄を、諸外国からは尊敬の念を持って受け入れられるような国家になることを願ってやまない。このことを前提として本日思ったことを少し書き記したい。
本日徘徊した範囲で目にした日の丸の国旗は2本だけ。うち1本は池袋の交番だから民家としては1軒だけである。目にしたのは民家会社商店を含めれば万を越しているかもしれない。我が家も出していない。日章旗はあると聞いているが、少なくとも竿はない。確かに日本人は清潔好きであるが、古いものを余り大切にしない傾向があるのではなかろうか。その上忘れっぽいかもしれない。自分なんか典型的だ。他人への恨みつらみや恋の痛みを忘れ去る分には結構だろう。子供が「昭和」の意味を知らなくても善しとしよう、しかし自国の歴史を国民こぞって忘れ去るのは如何なものだろうか。
中国や韓国だけでなく、歴史教育に熱心な国は外国に相当多いのではないか。
何度も書いたが、少なくとも我々の世代はこれが全くなかった。現政権が昨日1962年4月28日を「主権回復の日」として祝う式典を行った。まるで思い付きのようなこのことに対し沖縄、小笠原、奄美では相当な反発があったようだが当然だと思う。南の島々と関係のない小生ですら、我が国が主権を完全に回復しているとは思わない。「政治家に近代史の試験を!」が婆さんの口癖だが、尤もである。
2013年4月28日日曜日
大道芸
快晴に恵まれた連休とあって、上の娘一家も婿さんの故郷山形の実家に出かけたらしい。婿さんも一人息子だから、実家のご両親は、大きくなった孫を見てさぞ喜ばれていることだろう。普段は豊島区千川~板橋区上板橋と至近距離に住まいする関係で、我が家にはしょっちゅう来てもらっているので申し訳ない。孫の和君にはしっかりお祖父さんお祖母さんに愛嬌を振りまいてきてほしいが、幼稚園のことをきちんと報告できるまでには、未だボキャブラリーが不足していそうだ。
娘一家の行動がごく普通みたいで、長い短いは有っても旅行に出かける人が多いのだろう。地下鉄も空いているし、プールもガラガラだった。池袋も駅付近は別にして、都内は何となく人影が少なくてのんびりしている。することが無いので芸術劇場前の西口公園広場で、大勢の家族連れに交じって大道芸を見入ってしまった。土日の昼にはいつもやっている大道芸だが、メンバーは日によって異なる。今日みたい絶好のコンディションで順番が回ってきた芸人さんにとってはハッピーだったろう。
確か先週の日曜日だったか、芸人さんの回りに全く人影も見えず、一人で鼻水を啜らんばかりに声を張り上げていた芸人さんを思うと嘘みたいだ。流石の小生も横目でにらんで通り過ぎてしまった。昔から香具師の叩き売りや大道芸が好きで、高校生になっても下校時に善光寺境内で、そんなものがあると長時間立ち止まって見入ったものだ。印象深いのは膏薬売りだったと思うが、足元の袋から蛇を取り出して自分の腕を噛ませたり、刀で腕を切ったりするやつ。「もう買わない学生さんは後ろに下がって!」と言われても見続けた程なのに。
思えば大道芸も随分スマートになったものだ。前述のように昔よく見たのは香具師のおじさんが人寄せのためにする芸であって、芸に直接お金を投げ込んでもらうというのはなかった。現代の大道芸は芸そのものが売りだから、昔、半分ヤクザの兄ちゃんが勢いで演じていた芸に比べると遥かに玄人っぽい。今日の演者はジャグラーだったが、投げるものはボールに棍棒みたいもの、縄を使ったりスティックを使ったり、テレビに出ても十分通用しそうな感じで、小一時間楽しんでしまった。
100円しか置いてこなかったので申し訳なかったかも。でも今までにこの公園で見た中ではお鳥目が一番多かったと思う。昔と比較して思うもう一つは芸人が若い。それはとてもいいと思うのだが、今の芸人さんたちはどんなキャリアでここに至っているのだろう?上野公園なんかでも見るが、東京都からの許可なのか、公園は管理者が区のような気もするが、どっちなのか?それはどうでもいいが、学校みたいところがあるのだろうか、それとも誰かの弟子になって鍛えられるのだろうか?
「芸は身を助く」と言うが、ここまでなるのは容易ではなかろう。
娘一家の行動がごく普通みたいで、長い短いは有っても旅行に出かける人が多いのだろう。地下鉄も空いているし、プールもガラガラだった。池袋も駅付近は別にして、都内は何となく人影が少なくてのんびりしている。することが無いので芸術劇場前の西口公園広場で、大勢の家族連れに交じって大道芸を見入ってしまった。土日の昼にはいつもやっている大道芸だが、メンバーは日によって異なる。今日みたい絶好のコンディションで順番が回ってきた芸人さんにとってはハッピーだったろう。
確か先週の日曜日だったか、芸人さんの回りに全く人影も見えず、一人で鼻水を啜らんばかりに声を張り上げていた芸人さんを思うと嘘みたいだ。流石の小生も横目でにらんで通り過ぎてしまった。昔から香具師の叩き売りや大道芸が好きで、高校生になっても下校時に善光寺境内で、そんなものがあると長時間立ち止まって見入ったものだ。印象深いのは膏薬売りだったと思うが、足元の袋から蛇を取り出して自分の腕を噛ませたり、刀で腕を切ったりするやつ。「もう買わない学生さんは後ろに下がって!」と言われても見続けた程なのに。
思えば大道芸も随分スマートになったものだ。前述のように昔よく見たのは香具師のおじさんが人寄せのためにする芸であって、芸に直接お金を投げ込んでもらうというのはなかった。現代の大道芸は芸そのものが売りだから、昔、半分ヤクザの兄ちゃんが勢いで演じていた芸に比べると遥かに玄人っぽい。今日の演者はジャグラーだったが、投げるものはボールに棍棒みたいもの、縄を使ったりスティックを使ったり、テレビに出ても十分通用しそうな感じで、小一時間楽しんでしまった。
100円しか置いてこなかったので申し訳なかったかも。でも今までにこの公園で見た中ではお鳥目が一番多かったと思う。昔と比較して思うもう一つは芸人が若い。それはとてもいいと思うのだが、今の芸人さんたちはどんなキャリアでここに至っているのだろう?上野公園なんかでも見るが、東京都からの許可なのか、公園は管理者が区のような気もするが、どっちなのか?それはどうでもいいが、学校みたいところがあるのだろうか、それとも誰かの弟子になって鍛えられるのだろうか?
「芸は身を助く」と言うが、ここまでなるのは容易ではなかろう。
2013年4月27日土曜日
カタクリの花を見た
今月4日の誕生日に現役時代に世話になっていた方からのお祝いのメッセージを頂いた。この中に「御前山にカタクリの花でも見に行きましょうかね」とあったので快諾。彼は私より少し若いので未だ現役である。土日でなければいけないかと思ったが、彼の方から平日でも構わないとのことだったので、昨日二人で御前山にハイキングをしに行った。
平日は客が少ないので当然と言えば当然だが、惜しむらくは交通の便が余り良くない。登山口の奥多摩湖方面へのバスが8:05,8:42,9:40と3本なのだが、8:42に間に合わせるためには新宿を6:03に乗らなければならない。それ程しゃかりきになる必要もないので、新宿発7:10にすると奥多摩駅着が9:05、実に中途半端で10頃からの遅い時間からのハイキングにならざるを得ない。
彼も了解してくれたので奥多摩駅で待ち合わせをすることにした。結局は青梅駅で合流し、お互い久しぶりでもあったので、のんびりと四方山懐旧談にふけりながらのハイキングとなった。幸い天気は快晴、夕方雷の予想も出ていたが、雷も一粒の雨にも会わなかった。昨日は平日、ハイキングをしていた人は数えるほど。多分連休が始まった今日は大違いの賑わいだろう。首都圏で御前山と言えばカタクリの花の名所として知られる。
だが実際に行ってみると、その群生と言ってもアルプスなんかの高山植物と同じことでごくわずかな面積である。それだけに目の当たりにするのは有難味がわく。じつは2007年山歩きを始めた頃にも、カタクリの花を訪ねて御前山に行ったのだが見ることが出来ないでいた。今回分かったのだが、カタクリを見るには惣岳山から御前山の尾根筋でないと難しい。前回は反対側斜面をピストンしてしまったので、山頂まで行っても観ることが出来なかったわけだ。
標高差的には登り900m降り1000mと、時間さえかければそんなに難しい山ではない。問題は電車とバスの運行時間である。行きの電車は前述の通りで、帰りのバスがまた問題。行きのバス車中で運行会社西東京バスのパンフを入手していたのだが、ここに記されているバスが1本来なかったので、下山して奥多摩駅行きバスのバス停で40分以上待つはめになった。幸い連れがいたので、のんびり話をして飽きなかったが、一人だったら相当カリカリしたことだろう。
若葉が薫る奥多摩の山々、連れといい天気といい、目的の花をゆっくり鑑賞出来たことを含めると、バスの運行程度のことは全て帳消しにできる1日だった。
山行きの詳細はこちらをご覧ください。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-288598.html
平日は客が少ないので当然と言えば当然だが、惜しむらくは交通の便が余り良くない。登山口の奥多摩湖方面へのバスが8:05,8:42,9:40と3本なのだが、8:42に間に合わせるためには新宿を6:03に乗らなければならない。それ程しゃかりきになる必要もないので、新宿発7:10にすると奥多摩駅着が9:05、実に中途半端で10頃からの遅い時間からのハイキングにならざるを得ない。
彼も了解してくれたので奥多摩駅で待ち合わせをすることにした。結局は青梅駅で合流し、お互い久しぶりでもあったので、のんびりと四方山懐旧談にふけりながらのハイキングとなった。幸い天気は快晴、夕方雷の予想も出ていたが、雷も一粒の雨にも会わなかった。昨日は平日、ハイキングをしていた人は数えるほど。多分連休が始まった今日は大違いの賑わいだろう。首都圏で御前山と言えばカタクリの花の名所として知られる。
だが実際に行ってみると、その群生と言ってもアルプスなんかの高山植物と同じことでごくわずかな面積である。それだけに目の当たりにするのは有難味がわく。じつは2007年山歩きを始めた頃にも、カタクリの花を訪ねて御前山に行ったのだが見ることが出来ないでいた。今回分かったのだが、カタクリを見るには惣岳山から御前山の尾根筋でないと難しい。前回は反対側斜面をピストンしてしまったので、山頂まで行っても観ることが出来なかったわけだ。
標高差的には登り900m降り1000mと、時間さえかければそんなに難しい山ではない。問題は電車とバスの運行時間である。行きの電車は前述の通りで、帰りのバスがまた問題。行きのバス車中で運行会社西東京バスのパンフを入手していたのだが、ここに記されているバスが1本来なかったので、下山して奥多摩駅行きバスのバス停で40分以上待つはめになった。幸い連れがいたので、のんびり話をして飽きなかったが、一人だったら相当カリカリしたことだろう。
若葉が薫る奥多摩の山々、連れといい天気といい、目的の花をゆっくり鑑賞出来たことを含めると、バスの運行程度のことは全て帳消しにできる1日だった。
山行きの詳細はこちらをご覧ください。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-288598.html
2013年4月25日木曜日
「主権回復の日」記念式典
何年か前の8月15日の日記で、終戦記念日という言い方はおかしくないか?真の意味での終戦はサンフランシスコ平和条約が発効した1952年4月28日ではないかと書いたことがある。しかし今にして思うと、これが誠に中途半端な知識によるもので、恥ずかしい限りだ。言い訳めくが、我々は日本の近代史について学校で教えられたことはない。1952年と言えば中学1年生か、家で親子7人がやっと三度の銀シャリを口にすることが可能になった頃であろう。
父も復員して5年か6年は経っていたろうが、親も子も毎日の暮らしで精一杯だったのだろう、学校でも教えない戦前のことなんか誰も口にしないし、東京で行われていたであろう政治のことなんか話題になった記憶は全くない。戦争はとっくの昔に終わっていたし、長野に進駐していた占領軍について記憶にあるのは志賀高原のスキー場で、あちこちに進駐軍専用の看板があり日本人が排他的に扱われていたことぐらいだ。講和条約の発効でこれがなくなり、スキー場のリフトに日本人も乗れるようになったのだろうが、当時理由を理解できていなかった。
多分当時は、大人でも日常生活に影響が無ければ、政治における外交問題なんか全く関心を持つ余裕も必要もなかったのではないだろうか?少なくとも遊ぶことにしか関心のない、お馬鹿な中学1年生にとっては全く関係のない話である。それがそのまま大人になって講和条約本体さえ知らないのだから、同日交わされた日米安保条約 (旧)なんぞ知る由もない。70歳近くなってこの講和条約で一応戦争状態が終結したと知ったつもりになっていたわけである。
市井の一老人が勘違いしていても日本国にとって何の影響もないが、国の外交について責任を負わねばならない政治家が、歴史を正確に知っていないととんでもないことになる。例えば、靖国神社春の例大祭に総理が真榊を奉納したり、首脳や議員が大挙して参拝したりすることに中国や韓国が批判的になっている。これに対して政府は明らかに上から目線で開き直っている。アメリカもあまり愉快に思っていないようだが、本気で文句を言ってきたらどういう態度に出るのだろう?
また政府は4月28日に「主権回復の日」記念式典を行うと閣議決定したことで、沖縄の地元を含め強い反発が出ると、5月15日の沖縄本土復帰を記念した式典を検討してみたりしている。(結局は取りやめざるを得なくなり二重に醜態をさらしている)己の反省を踏まえて言えば、先の大戦はまだ完全に終結はしておらず、対戦相手の一部の国とは終戦になっているが、最大の敵国アメリカとはまだ終戦に至っていないのだ。旧と新の安保条約締結にサインした吉田茂、岸信介の孫が揃って総理副総理になっているのも奇縁であろう。
自主独立を目指しながら、涙を呑んで署名せざるを得なかった祖父たちの無念さを本当に知るならば、今日のように愚かな判断は出てこない筈である。
父も復員して5年か6年は経っていたろうが、親も子も毎日の暮らしで精一杯だったのだろう、学校でも教えない戦前のことなんか誰も口にしないし、東京で行われていたであろう政治のことなんか話題になった記憶は全くない。戦争はとっくの昔に終わっていたし、長野に進駐していた占領軍について記憶にあるのは志賀高原のスキー場で、あちこちに進駐軍専用の看板があり日本人が排他的に扱われていたことぐらいだ。講和条約の発効でこれがなくなり、スキー場のリフトに日本人も乗れるようになったのだろうが、当時理由を理解できていなかった。
多分当時は、大人でも日常生活に影響が無ければ、政治における外交問題なんか全く関心を持つ余裕も必要もなかったのではないだろうか?少なくとも遊ぶことにしか関心のない、お馬鹿な中学1年生にとっては全く関係のない話である。それがそのまま大人になって講和条約本体さえ知らないのだから、同日交わされた日米安保条約 (旧)なんぞ知る由もない。70歳近くなってこの講和条約で一応戦争状態が終結したと知ったつもりになっていたわけである。
市井の一老人が勘違いしていても日本国にとって何の影響もないが、国の外交について責任を負わねばならない政治家が、歴史を正確に知っていないととんでもないことになる。例えば、靖国神社春の例大祭に総理が真榊を奉納したり、首脳や議員が大挙して参拝したりすることに中国や韓国が批判的になっている。これに対して政府は明らかに上から目線で開き直っている。アメリカもあまり愉快に思っていないようだが、本気で文句を言ってきたらどういう態度に出るのだろう?
また政府は4月28日に「主権回復の日」記念式典を行うと閣議決定したことで、沖縄の地元を含め強い反発が出ると、5月15日の沖縄本土復帰を記念した式典を検討してみたりしている。(結局は取りやめざるを得なくなり二重に醜態をさらしている)己の反省を踏まえて言えば、先の大戦はまだ完全に終結はしておらず、対戦相手の一部の国とは終戦になっているが、最大の敵国アメリカとはまだ終戦に至っていないのだ。旧と新の安保条約締結にサインした吉田茂、岸信介の孫が揃って総理副総理になっているのも奇縁であろう。
自主独立を目指しながら、涙を呑んで署名せざるを得なかった祖父たちの無念さを本当に知るならば、今日のように愚かな判断は出てこない筈である。
2013年4月24日水曜日
コンピュータ対プロ棋士
最近コンピュータが将棋のプロ棋士5人と対決して3勝1敗1引き分けだったか、兎に角圧勝したそうだ。囲碁は未だプロ棋士と戦えるほど優秀なものが開発されていないらしいが、それにしてもコンピュータの発達は想像を超えるものがある。どのような仕掛けか分からないが、基本的には人間の考えと同じように、相手の応手を先の先まで考えられるものを全て計算(予測)して自分の指し手を決めるシステムを急速に成長させているようだ。
碁を打つ人は、囲碁の方は局面が広いので、当面コンピュータには負けないだろうと言っている。しかし素人考えで言うと将棋は、相手に取られた味方の駒が相手の駒に変わったりすることもあり、それなりにかなり複雑である。囲碁にしてもいつの日にかはコンピュータに敗れる日が来るに違いない。そのこと自体は半ば運命的であろうし、人類の科学技術の進歩とはそのようなものだろう。問題は科学技術を利用する人間の精神性の向上ではないか。
科学技術の進歩で、人間は身体を随分使わなくて済むようになってきている。自分の人生においても、その省力化のスピードが年追うごとに上がりつつあることを実感せざるを得ない。身体は筋肉であると脳みそであろうと、使い過ぎても疲労して退化するかもしれないが、使わなくても劣化はしていくだろう。骨や筋肉が退化して死期を早める分には仕方ないかもしれない。しかし思考能力が劣化してアホな人間が増えるのは困ったものだ。
それとコンピュータでは絶対置き換えられないだろうと個人的に思っているのは情緒の問題である。これも小生が思い込んでいるだけで、ある日将棋に負けたコンピュータが泣き声をあげたりするかもしれないが。情と言うものが身体のどこから発生してくるのか知らないので何とも言えない。プロのことはいざ知らず、我々素人は囲碁を打つにしても、その日その時の情緒で打つ手は勿論、勝ち負けに大きな影響が出るものである。ゲームソフトに限らずコンピュータに情なんぞ無い方が善いに決まっている。
しかし情の無い人間は人として全く通用しない。高度化していくコンピュータに人間が振り回されるようになると、情の薄い人類が増えていくような気がしてならぬ。電車の中でスマホに見入って座り込んでいる青年が、前に立っている老人に気が付かずにいる光景を指摘する人が多いが、それも一つかもしれない。
碁を打つ人は、囲碁の方は局面が広いので、当面コンピュータには負けないだろうと言っている。しかし素人考えで言うと将棋は、相手に取られた味方の駒が相手の駒に変わったりすることもあり、それなりにかなり複雑である。囲碁にしてもいつの日にかはコンピュータに敗れる日が来るに違いない。そのこと自体は半ば運命的であろうし、人類の科学技術の進歩とはそのようなものだろう。問題は科学技術を利用する人間の精神性の向上ではないか。
科学技術の進歩で、人間は身体を随分使わなくて済むようになってきている。自分の人生においても、その省力化のスピードが年追うごとに上がりつつあることを実感せざるを得ない。身体は筋肉であると脳みそであろうと、使い過ぎても疲労して退化するかもしれないが、使わなくても劣化はしていくだろう。骨や筋肉が退化して死期を早める分には仕方ないかもしれない。しかし思考能力が劣化してアホな人間が増えるのは困ったものだ。
それとコンピュータでは絶対置き換えられないだろうと個人的に思っているのは情緒の問題である。これも小生が思い込んでいるだけで、ある日将棋に負けたコンピュータが泣き声をあげたりするかもしれないが。情と言うものが身体のどこから発生してくるのか知らないので何とも言えない。プロのことはいざ知らず、我々素人は囲碁を打つにしても、その日その時の情緒で打つ手は勿論、勝ち負けに大きな影響が出るものである。ゲームソフトに限らずコンピュータに情なんぞ無い方が善いに決まっている。
しかし情の無い人間は人として全く通用しない。高度化していくコンピュータに人間が振り回されるようになると、情の薄い人類が増えていくような気がしてならぬ。電車の中でスマホに見入って座り込んでいる青年が、前に立っている老人に気が付かずにいる光景を指摘する人が多いが、それも一つかもしれない。
2013年4月23日火曜日
外国との付き合い
世界的な傾向として先進国では景気の停滞が問題視される中、最近の日本は国内景気が上向きそうな話が多い。ちょっと不思議に思うが、政府や日銀の首脳が次元の違う舵取りをしていると自ら言っているのだから、素人に分からないのは当たり前だろう。しかし「次元の異なる」とのもの言いは、常識とかこれまでの積み重ねて来た経験値を全部否定するかのように聞こえるので、保守的且つ常識人と自負する者からすると厭な言葉だ。
それでも世間が明るくなっているのは事実のようだし、そのうちに少しでもおこぼれに与れるとすれば結構なことだから、「はあ、そうですか」と黙って見ている他あるまい。国内経済はそれでいいが、安倍政権の外交について、こちらも次元が異なる方針なのか、しっくりこない感じである。従来我が国は「非武装中立」を目指した時期もあるが、米ソ冷戦時代に日米安全保障条約の締結でアメリカの傘に守ってもらうことになったのは已むを得ざる事だったろう。
ところが最近何かの本を読んで気になりだしたのは、日米安保がいつの間にか日米同盟に変化していることである。中曽根さんの時代あたりかもしれないが、アメリカと一緒に戦いましょうてな雰囲気が生まれてきて、小泉さんの時代イラク戦争にコミットして日米同盟の既成事実化が進んでいる。マスメディアの正面に出てこないが、自民党の中でもこの流れに危機感を抱いている人間は居るはずだ。しかし現政権では、この流れが加速していることは万人の認めるところ。
まあ、外交は政府の専権事項だから老いぼれ一人がぼやいても仕方がないのは百も承知だ。それにしても広い世界なのだから、バランス感覚のある外交戦略を考えてもらいたい。まして安倍さんが口先では大事な隣国と言いながら、実際の行動ではまるで反対になっている中国や韓国との関係は心細い限りだし。ロシア外交に関しても来月訪問はするようだが、先日の森元首相とプーチン会談で少し光明が見えたからと言って、いきなり財界人を大勢引き連れて訪問するのも如何なものなんだろうか?
先方が日本の経済協力を期待しているのも事実だろうが、いきなり物欲しげな連中を引き連れての訪問はアメリカ大統領のスタイルを真似てみてるだけで顰蹙を買わなければいいが。どう考えても先方の期待値とこちらの期待値がすれ違っているとしか思えない。幾らアメリカと同盟関係があるにせよ、外交だけは自主的な判断が必要である筈。日本政府が杖とも柱とも頼るアメリカ政府は、一方で中国を仮想敵国としながらも経済では最重要国として強かな外交を展開している。
北朝鮮の暴発阻止なんかの連携を見ていても、多分大人の付き合いが出来ているのだろうと推察して間違いなさそうだ。勿論2国とも日本には何の気兼ねもないだろう。日本がアメリカに気兼ねをするのは仕方ないにしても、もう少し頭を使ってほしいものだ。個人だって友人は多い方が心が豊かになる。
それでも世間が明るくなっているのは事実のようだし、そのうちに少しでもおこぼれに与れるとすれば結構なことだから、「はあ、そうですか」と黙って見ている他あるまい。国内経済はそれでいいが、安倍政権の外交について、こちらも次元が異なる方針なのか、しっくりこない感じである。従来我が国は「非武装中立」を目指した時期もあるが、米ソ冷戦時代に日米安全保障条約の締結でアメリカの傘に守ってもらうことになったのは已むを得ざる事だったろう。
ところが最近何かの本を読んで気になりだしたのは、日米安保がいつの間にか日米同盟に変化していることである。中曽根さんの時代あたりかもしれないが、アメリカと一緒に戦いましょうてな雰囲気が生まれてきて、小泉さんの時代イラク戦争にコミットして日米同盟の既成事実化が進んでいる。マスメディアの正面に出てこないが、自民党の中でもこの流れに危機感を抱いている人間は居るはずだ。しかし現政権では、この流れが加速していることは万人の認めるところ。
まあ、外交は政府の専権事項だから老いぼれ一人がぼやいても仕方がないのは百も承知だ。それにしても広い世界なのだから、バランス感覚のある外交戦略を考えてもらいたい。まして安倍さんが口先では大事な隣国と言いながら、実際の行動ではまるで反対になっている中国や韓国との関係は心細い限りだし。ロシア外交に関しても来月訪問はするようだが、先日の森元首相とプーチン会談で少し光明が見えたからと言って、いきなり財界人を大勢引き連れて訪問するのも如何なものなんだろうか?
先方が日本の経済協力を期待しているのも事実だろうが、いきなり物欲しげな連中を引き連れての訪問はアメリカ大統領のスタイルを真似てみてるだけで顰蹙を買わなければいいが。どう考えても先方の期待値とこちらの期待値がすれ違っているとしか思えない。幾らアメリカと同盟関係があるにせよ、外交だけは自主的な判断が必要である筈。日本政府が杖とも柱とも頼るアメリカ政府は、一方で中国を仮想敵国としながらも経済では最重要国として強かな外交を展開している。
北朝鮮の暴発阻止なんかの連携を見ていても、多分大人の付き合いが出来ているのだろうと推察して間違いなさそうだ。勿論2国とも日本には何の気兼ねもないだろう。日本がアメリカに気兼ねをするのは仕方ないにしても、もう少し頭を使ってほしいものだ。個人だって友人は多い方が心が豊かになる。
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