20歳になったとき、成人式なるものがあったかは知らなかったが、昭和35年に長野市で成人式は行われたのだろうか?
今朝の報道のトップに来ていたが、昨日と今日は各地で成人式が行われているようだ。テレビ取材に応じる新成人達は一様にあっけらかんと明るい顔をしている。テレビがモノクロ時代の新成人の緊張した表情とは比較にならないくらいだ。若者の表情が明るいのは実に結構なことで、今後四半世紀かもうちょっと長い期間はこの若者達に社会を背負ってもらうのかと思うと、その元気を失わずに頑張ってくれと祈りたくなる。彼等が今後社会人としてどんな仕事を担ってくれるか、大いに興味がある。
17歳と15歳の孫がいるので、正月に彼らの希望を聞いてみたかったが、聞きそびれてしまった。あとで婆さんに聞くと、上の子はサラリーマン、下の子はイラストとか絵を描くような仕事をしたいらしい。上の子は兎も角として、下の子の希望は初めて聞いたのでびっくりした。半世紀以上前の新成人には想像もつかぬが、現代では比較的多い希望職種らしい。これが本気だとすると、何も大学に行かなくて専門学校の方が手っ取り早いなんて考えもあるらしい。運動選手や芸能を志すとなれば、大学以上の厳しい修行が必要かもしれぬが、絵を描く仕事は非常に裾野が広いとのこと。
大勢の人に聞けばどうなるかだが、博士は兎も角、科学者を志す若者は多いだろうが、政治家を志す若者は果たしてどのくらいのものだろう?安定性故に公務員を志す若者は多いらしいが、それを政治家へのステップと捉える者は凄く少ないに違いない。今や政治家は、余り人様に自慢しかねる稼業に成り下がっていても不思議ではない。我が孫の希望も大層なものではないが、今はそれなりに夢があるのだろう。成人式を迎える頃にはどう変化しているかしていないか、楽しみでもある。
2015年1月12日月曜日
2015年1月9日金曜日
分かっているのかね?国民のこと
今朝の新聞では大きな扱いになっていないが、昨日発表された日銀の調査報告によると、実に多くの日本人が将来への不安を抱いているようだ。日本経済の先行きも個人の昇給具合も、余り当てにできない人が多いのは分かるような気がする。新幹線工事とか道路建設ばかり予算を大盤振る舞いして、社会保障関係を削ろうと言うのだから仕方あるまい。昼過ぎに永田町を散歩していると、自民党本部前に「日本経済復興本部」と馬鹿でかい看板が立てられているのを見て吹き出しそうになった。
今の政治家に、日本の経済活動の問題点を的確に見出す能力を持った人間が果たしているのだろうか、甚だ疑問である。6000万人からの労働人口があって、企業数だけでも100数十万。他に企業化していない個人商店やら農林水産事業者、企業としてカウントされるのかどうか知らぬが、医師看護士や弁護士、会計士の類(サムライ業と言うらしい)、勿論公務員もいればそうでない人もいる教職員、広告やテレビ番組制作に携わった現役時代を思い出せば、アルバイトやフリーターなる人種が多かったが、現代は更に増えているのだろう。
株に手を染めかけているので初めて知ったのだが、日経平均と言う奴は東京の株式市場に上場されている2千か3千のの企業のうち、更に絞り込んだ2百数十社の株価平均値を言うのだそうだ。ひょっとすると政治家はこの数百社の企業業績の向上だけを考えているのでは、と疑いたくなる。公共工事の拡大で数百社の景気が仮に良くなり、そこの従業員全員のお給料が2%アップしたとしても、「全国津々浦々」の人が景気を実感するのはかなり難しいに違いない。
正直に「経済なんて難しすぎるので分かりません。」と謝って、税の配分即ち予算に関しては、下らない税制調査会なんぞ必要ないから、できるだけ弱者に厚く格差の是正を重点に考えるべきかもしれぬ。間もなく国会が開かれて、26年度の補正から予算審議が始まる。もう26年度なんて幾日も無いのに、今頃何を寝ぼけているのか。自衛隊がアメリから高い兵器を買わされるのもそうだが、これを審議する国会議員こそ無駄の塊と、昼食時にどこかのおばさんが大声で言っているのが聞こえたが、全く同感だ。
今の政治家に、日本の経済活動の問題点を的確に見出す能力を持った人間が果たしているのだろうか、甚だ疑問である。6000万人からの労働人口があって、企業数だけでも100数十万。他に企業化していない個人商店やら農林水産事業者、企業としてカウントされるのかどうか知らぬが、医師看護士や弁護士、会計士の類(サムライ業と言うらしい)、勿論公務員もいればそうでない人もいる教職員、広告やテレビ番組制作に携わった現役時代を思い出せば、アルバイトやフリーターなる人種が多かったが、現代は更に増えているのだろう。
株に手を染めかけているので初めて知ったのだが、日経平均と言う奴は東京の株式市場に上場されている2千か3千のの企業のうち、更に絞り込んだ2百数十社の株価平均値を言うのだそうだ。ひょっとすると政治家はこの数百社の企業業績の向上だけを考えているのでは、と疑いたくなる。公共工事の拡大で数百社の景気が仮に良くなり、そこの従業員全員のお給料が2%アップしたとしても、「全国津々浦々」の人が景気を実感するのはかなり難しいに違いない。
正直に「経済なんて難しすぎるので分かりません。」と謝って、税の配分即ち予算に関しては、下らない税制調査会なんぞ必要ないから、できるだけ弱者に厚く格差の是正を重点に考えるべきかもしれぬ。間もなく国会が開かれて、26年度の補正から予算審議が始まる。もう26年度なんて幾日も無いのに、今頃何を寝ぼけているのか。自衛隊がアメリから高い兵器を買わされるのもそうだが、これを審議する国会議員こそ無駄の塊と、昼食時にどこかのおばさんが大声で言っているのが聞こえたが、全く同感だ。
2015年1月8日木曜日
読後感「嫌いなことから、人は学ぶ」養老孟司著
暮れから正月にかけて養老氏の著作を2冊読んだ。暮れに読んだ「大切なことは言葉にならない」も面白かったが、記憶に新しい方だけ読後感を書く。養老氏の著作は随筆なので共通項が多い。その意味でこの読後感も、引用などで多少の混乱はあるかもしない。
初めて読んだ「バカの壁」以降、著者の作品には惹かれるものがある。何故ならば、この先生少し浮世離れをしているのが好きなのだ。想像するに、俗に言うところの頭が物凄く良い科学者に違いない。なんたって、東大医学部出身でドイツ留学をしたり解剖学で博士号を取得。人気があるかどうか知らないが、若い時から東大の先生。40代半ばには教授となるが、60歳にならないうちに退職してしまう。しかし退職後8年目に出した「バカの壁」が大ヒット、文筆家としての地位が固まってしまった。
才能ある人は何をやっても上手くいくことの典型かもしれぬが、文筆業に溺れたり、それを奢っている訳でもない。「虫屋」と自称して昆虫採集と昆虫観察(生態や解剖)を世界を股にかけて楽しんでいる風情でもある。この趣味がいつ頃から始まったかは、これまでに読んだ著作からは窺い知れぬが、70歳過ぎの小父さんの趣味としては如何にも浮世離れしていて面白い。浮世離れしていようと、しているからこそかもしれぬが、著者の文学的素養は生半の文系大学卒業者には及びつかぬだろう。
名前からして「タケシ」と読ませるが「孟司」である。お医者さんの息子とのことであるが、ご両親にかなり文学的素養があったのだろう。兎に角才能の無い奴が地位や権力を求めたがる世の中を、多少皮肉っぽく随筆を書き綴ることができる知識と才能の豊かさは驚くほどのものがある。であるが故かもしれぬが、政権批判とか俗っぽいことは具体的には一切触れないで、現代社会への警鐘をシニカルに展開している。特に自然を大切にする、或いは自然との共生の重要性である。
今回読んだ2冊には出てこなかったと思うが、著者の科白で好きなのがこれだ。「科学や医学の進歩なんてなんぼのものだ。口惜しかったら蝿か蚊の一匹でも作ってみろ。」
本の内容に触れない読後感になってしまいそうなので、少し触れねばなるまい。本書は著者の専門領域、脳機能の最重要課題かもしれぬ「思想」問題から始まっている。思想の延長線上には宗教があったり戦争があったりするが、そもそも思想とは何ぞやである。生まれ落ちた人間に個別の思想がある筈が無い。そもそも意識とは何かである。同じものを見ても同じ音を聞いても人によって受け取りかたはいろいろ。意識や思想の違いがどこから来るのか、そこを脳味噌なる物体の動きで解明しようとするのだから容易ではあるまい。
この本を読んで理解できたつもりはないが、受け止めた感覚にどう反応するかに問題がありそうだ。少し飛躍するが、意識には[同じ」と「違い」に問題があることを思い知らされた。内容から抜き出して少し説明すると、「リンゴ」と「梨」の例がある。この二つを見れば、誰でも「リンゴ」と「梨」と違いを意識できる。しかし、この二つは「果物」としては同じと意識することも可能。これは意識に階層変化があると言うことらしい。更に階層を上げて行けば、「リンゴ」は「さんま」と同じ食物にもなり兼ねない。下らない話と思いきや著者が考えるに、脳に伝わった感覚と意識上の同異は思想的に重要な意味を持つらしい。
人種によって異なる言語も、この「同異」の理解如何でかなり異なっていることに気が付いている。英語の定冠詞と不定冠詞「a book」と「the book」、日本語の接続詞「は」「が」の違いも意味をよく知らなかったが、思考回路との関係で見ると面白い。特に中国語には一切これが無いが、このような観点から中国人の思考「華夷思想」への考察を試みている。何れにせよ多分に哲学的にも思うが、これを科学的にアプローチするのだから、正月早々知的で面白い読み物だった。
初めて読んだ「バカの壁」以降、著者の作品には惹かれるものがある。何故ならば、この先生少し浮世離れをしているのが好きなのだ。想像するに、俗に言うところの頭が物凄く良い科学者に違いない。なんたって、東大医学部出身でドイツ留学をしたり解剖学で博士号を取得。人気があるかどうか知らないが、若い時から東大の先生。40代半ばには教授となるが、60歳にならないうちに退職してしまう。しかし退職後8年目に出した「バカの壁」が大ヒット、文筆家としての地位が固まってしまった。
才能ある人は何をやっても上手くいくことの典型かもしれぬが、文筆業に溺れたり、それを奢っている訳でもない。「虫屋」と自称して昆虫採集と昆虫観察(生態や解剖)を世界を股にかけて楽しんでいる風情でもある。この趣味がいつ頃から始まったかは、これまでに読んだ著作からは窺い知れぬが、70歳過ぎの小父さんの趣味としては如何にも浮世離れしていて面白い。浮世離れしていようと、しているからこそかもしれぬが、著者の文学的素養は生半の文系大学卒業者には及びつかぬだろう。
名前からして「タケシ」と読ませるが「孟司」である。お医者さんの息子とのことであるが、ご両親にかなり文学的素養があったのだろう。兎に角才能の無い奴が地位や権力を求めたがる世の中を、多少皮肉っぽく随筆を書き綴ることができる知識と才能の豊かさは驚くほどのものがある。であるが故かもしれぬが、政権批判とか俗っぽいことは具体的には一切触れないで、現代社会への警鐘をシニカルに展開している。特に自然を大切にする、或いは自然との共生の重要性である。
今回読んだ2冊には出てこなかったと思うが、著者の科白で好きなのがこれだ。「科学や医学の進歩なんてなんぼのものだ。口惜しかったら蝿か蚊の一匹でも作ってみろ。」
本の内容に触れない読後感になってしまいそうなので、少し触れねばなるまい。本書は著者の専門領域、脳機能の最重要課題かもしれぬ「思想」問題から始まっている。思想の延長線上には宗教があったり戦争があったりするが、そもそも思想とは何ぞやである。生まれ落ちた人間に個別の思想がある筈が無い。そもそも意識とは何かである。同じものを見ても同じ音を聞いても人によって受け取りかたはいろいろ。意識や思想の違いがどこから来るのか、そこを脳味噌なる物体の動きで解明しようとするのだから容易ではあるまい。
この本を読んで理解できたつもりはないが、受け止めた感覚にどう反応するかに問題がありそうだ。少し飛躍するが、意識には[同じ」と「違い」に問題があることを思い知らされた。内容から抜き出して少し説明すると、「リンゴ」と「梨」の例がある。この二つを見れば、誰でも「リンゴ」と「梨」と違いを意識できる。しかし、この二つは「果物」としては同じと意識することも可能。これは意識に階層変化があると言うことらしい。更に階層を上げて行けば、「リンゴ」は「さんま」と同じ食物にもなり兼ねない。下らない話と思いきや著者が考えるに、脳に伝わった感覚と意識上の同異は思想的に重要な意味を持つらしい。
人種によって異なる言語も、この「同異」の理解如何でかなり異なっていることに気が付いている。英語の定冠詞と不定冠詞「a book」と「the book」、日本語の接続詞「は」「が」の違いも意味をよく知らなかったが、思考回路との関係で見ると面白い。特に中国語には一切これが無いが、このような観点から中国人の思考「華夷思想」への考察を試みている。何れにせよ多分に哲学的にも思うが、これを科学的にアプローチするのだから、正月早々知的で面白い読み物だった。
2015年1月7日水曜日
ライフスタイル一新
つい先日初詣に行ったばかりと言うのに早や朝食が七草粥だった。今年もこのように駆け足で日が過ぎていくのだろうが、それが人生と言うものか。ネット囲碁と読書以外にすることが無い老後も如何かと思っていたら、年末に訪ねてきてくれた同期の友人が株をすることを薦めてくれた。意味不明だがデイトレと言う奴である。お金で遊ぶほど余裕はないのだが、友人曰く「損はさせないから俺の言う通りに買ったり売ったりしてくれればいい。但し元本は100万円としてくれ。万が一損が出たら弁償してあげるよ。」
彼がその道の大家であり、資産運用について彼の指導を受けている友人が何人かいることも聞いてはいた。こちらは運用するほどの資産は無いが、時間だけはたっぷりある。100万円は大金に違いないが、山歩きをしていれば一年で20万円を少し超えるくらいのお小遣いは使うだろう。諸般の事情からライフスタイル変更の年にしたいと考えていたこともあり、こんな風に考えてみた。100万円用意して株をやり、もし5年後迄生き延び、その時に今年用意した資金がゼロでも元々ではないか。もし些かなりと残っていれば大儲けだ。
そこで彼の元本保証はお断りして、自己責任を前提に友人のご教示をに従うことにした。後期高齢者入りの新年早々からデイトレに対応可能な新しいライフスタイルを取り入れる決心をした。意思決定は簡単だが、証券会社や自分のパソコンにそれ相応の準備が必要で、現在その準備中である。一方心構えの方も少しは準備が必要だろうとて、正月早々友人の指導のもとトレーニングを開始した。
何と言っても上場企業なんてものとは全く無縁の人生だったし、現役時代を振り返っても日本経済新聞なんぞは人事欄と文化面だけしか読まなかったのだから、金槌がいきなりプールに飛び込む感がある。年が変って市場関係は3日しか経っていないが、ライフスタイルが意外と大変化しそうだ。以前から事務所に来てパソコンの前に座るのは8時頃、それからおもむろに購読しているメルマガや愛読しているブログ等を見ていれば小1時間は経ってしまう。それから今日は図書館にでも行こうかと考えたりするのだが、株の売買をし始めるとなると、そんな悠長なことは言っていられないらしい。
知識不足を少しでも改善するために、友人がチェックすべき資料をメールや電話で教えてくれたり説明したりしてくれるが、とても硬直化した脳味噌には刷り込まれない。先ず教わったことは、どんな初心者でも基本動作として9時前からチェックすべきことが幾つかあること。更に午前8:30からの1時間と午後14時からの1時間、1日合計2時間はパソコン画面に集中するようにとのこと。これだけでもへえ~てなものだ。しかし実際はもっと厳しくて、昼飯さえ11:30~12:30の1時間以内に済まさないと、お師匠さんの指示を実行できないことになり兼ねない。
とても暇潰しにもってこいなんてものではない。今年は逆に時間がかなり制約される可能性もありそうだ。それでも今日は市場が低調なので「午後は何もチェックしなくていいよ。」とのお許しが出た。これ幸いに、銀座の馴染みの店にゆっくり昼飯を食いに出かけ、帰りに友人の事務所に顔を出して新年の挨拶。互いに最優先課題は健康維持である。帰りに駅のホームで見た夕刊紙の広告に「東証9000円台の恐怖」と特筆大書されていたが、小生も天の邪鬼だ。友人も「市場は上がれば必ず下がるもの。市場が無くならない限り売り買いで儲けるのが俺のやり方。」と胸を叩いている。
今週中には整うであろう手続きの完了が待ち遠しい。
彼がその道の大家であり、資産運用について彼の指導を受けている友人が何人かいることも聞いてはいた。こちらは運用するほどの資産は無いが、時間だけはたっぷりある。100万円は大金に違いないが、山歩きをしていれば一年で20万円を少し超えるくらいのお小遣いは使うだろう。諸般の事情からライフスタイル変更の年にしたいと考えていたこともあり、こんな風に考えてみた。100万円用意して株をやり、もし5年後迄生き延び、その時に今年用意した資金がゼロでも元々ではないか。もし些かなりと残っていれば大儲けだ。
そこで彼の元本保証はお断りして、自己責任を前提に友人のご教示をに従うことにした。後期高齢者入りの新年早々からデイトレに対応可能な新しいライフスタイルを取り入れる決心をした。意思決定は簡単だが、証券会社や自分のパソコンにそれ相応の準備が必要で、現在その準備中である。一方心構えの方も少しは準備が必要だろうとて、正月早々友人の指導のもとトレーニングを開始した。
何と言っても上場企業なんてものとは全く無縁の人生だったし、現役時代を振り返っても日本経済新聞なんぞは人事欄と文化面だけしか読まなかったのだから、金槌がいきなりプールに飛び込む感がある。年が変って市場関係は3日しか経っていないが、ライフスタイルが意外と大変化しそうだ。以前から事務所に来てパソコンの前に座るのは8時頃、それからおもむろに購読しているメルマガや愛読しているブログ等を見ていれば小1時間は経ってしまう。それから今日は図書館にでも行こうかと考えたりするのだが、株の売買をし始めるとなると、そんな悠長なことは言っていられないらしい。
知識不足を少しでも改善するために、友人がチェックすべき資料をメールや電話で教えてくれたり説明したりしてくれるが、とても硬直化した脳味噌には刷り込まれない。先ず教わったことは、どんな初心者でも基本動作として9時前からチェックすべきことが幾つかあること。更に午前8:30からの1時間と午後14時からの1時間、1日合計2時間はパソコン画面に集中するようにとのこと。これだけでもへえ~てなものだ。しかし実際はもっと厳しくて、昼飯さえ11:30~12:30の1時間以内に済まさないと、お師匠さんの指示を実行できないことになり兼ねない。
とても暇潰しにもってこいなんてものではない。今年は逆に時間がかなり制約される可能性もありそうだ。それでも今日は市場が低調なので「午後は何もチェックしなくていいよ。」とのお許しが出た。これ幸いに、銀座の馴染みの店にゆっくり昼飯を食いに出かけ、帰りに友人の事務所に顔を出して新年の挨拶。互いに最優先課題は健康維持である。帰りに駅のホームで見た夕刊紙の広告に「東証9000円台の恐怖」と特筆大書されていたが、小生も天の邪鬼だ。友人も「市場は上がれば必ず下がるもの。市場が無くならない限り売り買いで儲けるのが俺のやり方。」と胸を叩いている。
今週中には整うであろう手続きの完了が待ち遠しい。
2015年1月6日火曜日
新たな視点・認識
昨日安倍総理が伊勢神宮で年頭所感を述べたのを聞いて、怒りより先に思わず笑ってしまった。「今年はアベノミクス効果が全国津々浦々行き届く年にしたい。」とか「世界平和に貢献する国として世界の中心で輝きたい。」何処を押せばこんな言葉出て来るのか、小学生の作文でももう少しましななことを書きそうではないか。暮れに読んだある同人誌に上手いことが書いてあった。ある編集者曰く「偽りや誇張した表現は読者の心を打たない。」毎日このように駄文を綴っているので、本当に心しなければならない警告と受け止めさせて頂いた。
無責任なブログ書きでさえこの警告には反応するのに、1国の宰相たる者が大勢の記者を目の前にして、前述のようなことをかくも軽々しく述べるのを聞けばもう笑うしかないではないか。今朝のテレビニュースではこの後だったか直前だったかに流されたのが、今年値上がりが決まった日用品の数々。印象に残ったのはカゴメのトマトケチャップとトイレットペーパーやティッシュの類だ。こちらは間違いなく瞬時に全国津々浦々に影響が及ぶことだろう。アベノミクスの効果が出始めていると言うが、アベノミクスの何たるかは意味不明だし、ひょっとして恩恵があるとしても、その恩恵をいち早く蒙っているのがあんた自身なのかよだ。
婆さんに言わせると「なるほど地図で見れば日本は世界の真ん中には違いない。しかし地球が丸いのは小学生でも知っていることでしょう。第一、光り輝くて何を考えているのかしら、宗教法人の教祖様でもあるまいに。自分の頭の片隅にも無いことを言う方も言う方だけれど、黙って聞いてそれをそのまま流す方もどうかしている。」とメディアまでケチョンだったが分からないでもない。もうこちらは総理の悪口は昨年書き尽くした感があるので、これ以上くさすのも馬鹿馬鹿しく、今年は出来るだけ触れずに行きたいものだ。
現総理が馬鹿であるか悪人であるかより、我が国の問題は政治体制のもっと深いところにあるらしい。換言すれば一種の歴史問題に行きあたる。要するに、我が国は1945年の敗戦以来、対米従属の植民地国家の基本構造が殆ど変っていない。このことは何となくそう思って冗談めかして口にはしていたが、さて具体的にどこに問題があるかと聞かれれば答えることが出来なかった。それが今日たまたま暇に任せて昨年末(と言っても総選挙騒動が持ち上がる以前)に行われた孫崎享氏と矢部宏治氏の対談映像を見て、成程そう言う事かと、新たな思いに至った。
現総理の外交音痴や日本の国連安保理の非常任理事国立候補を笑う前に、戦後の名総理とされている第45代総理の吉田茂氏から現在の第96代総理まで全員の責任を考えてみる必要がありそうだ。昨年10月末に発売された矢部宏治氏の著書『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社刊)の宣伝を兼ねた映像なので詳しく引用できないが、同じ大戦での敗戦国ドイツとの比較に大きなヒントがあるらしい。
現在ドイツをアメリカの属国と言う人はどの国で探してもいない。残念ながら日本とは全く異なる完全な自主独立国家になっている。しかしドイツの方が戦後の制裁条件は遥かに厳しかった。ドイツは政権がどう替わろうと独立をめざし、1994年まで約半世紀の年月を掛けて近隣諸国と平和条約をしっかり結んで完全な独立に至っているとのこと。国連における敵国条項は対象国が日本とドイツであったが、ドイツについては大半の国が国内法でそれを取り消しているそうである。日本だけがそのままらしい。
日本が何故そんなに後れを取ったかについては大きく言うと3点の問題があるそうだ。1.昭和天皇2.日本国憲法3.国連憲章この3つを理解しないと説明が難しいとのこと。3点ともチンプンカンプンなのでここまでにしておく。
無責任なブログ書きでさえこの警告には反応するのに、1国の宰相たる者が大勢の記者を目の前にして、前述のようなことをかくも軽々しく述べるのを聞けばもう笑うしかないではないか。今朝のテレビニュースではこの後だったか直前だったかに流されたのが、今年値上がりが決まった日用品の数々。印象に残ったのはカゴメのトマトケチャップとトイレットペーパーやティッシュの類だ。こちらは間違いなく瞬時に全国津々浦々に影響が及ぶことだろう。アベノミクスの効果が出始めていると言うが、アベノミクスの何たるかは意味不明だし、ひょっとして恩恵があるとしても、その恩恵をいち早く蒙っているのがあんた自身なのかよだ。
婆さんに言わせると「なるほど地図で見れば日本は世界の真ん中には違いない。しかし地球が丸いのは小学生でも知っていることでしょう。第一、光り輝くて何を考えているのかしら、宗教法人の教祖様でもあるまいに。自分の頭の片隅にも無いことを言う方も言う方だけれど、黙って聞いてそれをそのまま流す方もどうかしている。」とメディアまでケチョンだったが分からないでもない。もうこちらは総理の悪口は昨年書き尽くした感があるので、これ以上くさすのも馬鹿馬鹿しく、今年は出来るだけ触れずに行きたいものだ。
現総理が馬鹿であるか悪人であるかより、我が国の問題は政治体制のもっと深いところにあるらしい。換言すれば一種の歴史問題に行きあたる。要するに、我が国は1945年の敗戦以来、対米従属の植民地国家の基本構造が殆ど変っていない。このことは何となくそう思って冗談めかして口にはしていたが、さて具体的にどこに問題があるかと聞かれれば答えることが出来なかった。それが今日たまたま暇に任せて昨年末(と言っても総選挙騒動が持ち上がる以前)に行われた孫崎享氏と矢部宏治氏の対談映像を見て、成程そう言う事かと、新たな思いに至った。
現総理の外交音痴や日本の国連安保理の非常任理事国立候補を笑う前に、戦後の名総理とされている第45代総理の吉田茂氏から現在の第96代総理まで全員の責任を考えてみる必要がありそうだ。昨年10月末に発売された矢部宏治氏の著書『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社刊)の宣伝を兼ねた映像なので詳しく引用できないが、同じ大戦での敗戦国ドイツとの比較に大きなヒントがあるらしい。
現在ドイツをアメリカの属国と言う人はどの国で探してもいない。残念ながら日本とは全く異なる完全な自主独立国家になっている。しかしドイツの方が戦後の制裁条件は遥かに厳しかった。ドイツは政権がどう替わろうと独立をめざし、1994年まで約半世紀の年月を掛けて近隣諸国と平和条約をしっかり結んで完全な独立に至っているとのこと。国連における敵国条項は対象国が日本とドイツであったが、ドイツについては大半の国が国内法でそれを取り消しているそうである。日本だけがそのままらしい。
日本が何故そんなに後れを取ったかについては大きく言うと3点の問題があるそうだ。1.昭和天皇2.日本国憲法3.国連憲章この3つを理解しないと説明が難しいとのこと。3点ともチンプンカンプンなのでここまでにしておく。
2015年1月5日月曜日
新年「天皇陛下のお言葉」
昨日平常ライフスタイルを取り戻したつもりでいたが、一般の御用始が今日と言うこともあり、また正月気分に戻ってしまった。昼飯を、事務所からは少し距離があるので10日に一度程度通っているとんかつ屋に行った。今日から仕事始めとあって、近くのサラリーマンやオフィスガールで大層な賑わい。12時より少し前に入ったので、カウンターに座ることが出来たが、12時にはもう満席で、注文のロースカツが出て来る前に10人近くの客が入店を諦めて帰っていった。
いつも注文品の前に小鉢が運ばれてくるが、今日は大根と人参のなます酢の物で一寸した正月気分。親爺さんは休みボケと飲み疲れだそうで「繁盛は有難いが身体が思うように動かない。」と嘆くことしきり。「似たようなものよ」と相槌を打っていたが、入口脇正月飾りの下に並べてある1升瓶とグラスに話が及んでしまい、結局は又昼から冷酒ご馳走になる羽目に。食後は普段は出ないミカンなども提供されて、店を出るとほろ酔い気分でサラリーマン時代の年始挨拶廻りを思い出してしまった。
正月だから酒もよく飲んだが、今年は大晦日から今日までの6日間で7万歩も歩いているので、健康的なスタートを切れたと内心喜んでいる。今年の日本がどんな年になるかはとんと想像できないが、政権が相変わらずだから大した期待は出来よう筈が無い。政権トップは正月休みとて、SPを引き連れながらも何の緊張感も無くのんびりと取り巻きとゴルフに明け暮れている。これを見て「今年は景気が良くなりそうだから、俺も一つ贅沢をしてみるか」と思う人が居たらお目に掛かりたい。
娘たちの家族は孫が育ち盛りなので、親は一層の節約を求められるだろうし、爺婆は非課税扱いの孫の教育費が増えても無い袖の振りようもない。どちらかと言えば、細やかなお年玉工面のためには、元よりその気が無いから良いようなものではあるが、己の贅沢は厳禁であろう。第2次世界大戦の終戦70年の今年は小生にとっては後期高齢者入りの節目。世界中多数の国家にとっても節目の年でり、敗戦国日本にとっては襟を正すべき年となってほしいものだ。
小生の気持ちと同じと言っては不敬の極みだが、天皇陛下の新年のお言葉を書き写しておきたい。
「昨年は大雪や大雨,さらに御嶽山の噴火による災害で多くの人命が失われ,家族や住む家をなくした人々の気持ちを察しています。
また,東日本大震災からは4度目の冬になり,放射能汚染により,かつて住んだ土地に戻れずにいる人々や仮設住宅で厳しい冬を過ごす人々もいまだ多いことも案じられます。昨今の状況を思う時,それぞれの地域で人々が防災に関心を寄せ,地域を守っていくことが,いかに重要かということを感じています。
本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています。
この1年が,我が国の人々,そして世界の人々にとり,幸せな年となることを心より祈ります。」
芸能には全く疎いので知らなかったが、仄聞するに紅白にサプライズで登場したとされる桑田佳祐を初めとして福山雅治や長渕剛の歌の方が、余程陛下の心に適っていたそうだ。桑田も長渕も福山も、天皇陛下と同じように「歴史に学べ」と訴えたらしい。ちゃらんぽらんの人間ばかりと悪い偏見を持って見ている芸能界だが、平和でなければ成り立たない世界ゆえだろうか、若き芸能人が平和愛好家であることには救いを感じる。一方、歴史に学ばないどころか、戦後70年積み上げられてきた普遍的な歴史理解を、ちゃぶ台を引っ繰り返すように転覆したがっている政権幹部は、一体何を学んで今日に至っているのだろうか?又陛下のお言葉をどのように受け止めているのか?
いつも注文品の前に小鉢が運ばれてくるが、今日は大根と人参のなます酢の物で一寸した正月気分。親爺さんは休みボケと飲み疲れだそうで「繁盛は有難いが身体が思うように動かない。」と嘆くことしきり。「似たようなものよ」と相槌を打っていたが、入口脇正月飾りの下に並べてある1升瓶とグラスに話が及んでしまい、結局は又昼から冷酒ご馳走になる羽目に。食後は普段は出ないミカンなども提供されて、店を出るとほろ酔い気分でサラリーマン時代の年始挨拶廻りを思い出してしまった。
正月だから酒もよく飲んだが、今年は大晦日から今日までの6日間で7万歩も歩いているので、健康的なスタートを切れたと内心喜んでいる。今年の日本がどんな年になるかはとんと想像できないが、政権が相変わらずだから大した期待は出来よう筈が無い。政権トップは正月休みとて、SPを引き連れながらも何の緊張感も無くのんびりと取り巻きとゴルフに明け暮れている。これを見て「今年は景気が良くなりそうだから、俺も一つ贅沢をしてみるか」と思う人が居たらお目に掛かりたい。
娘たちの家族は孫が育ち盛りなので、親は一層の節約を求められるだろうし、爺婆は非課税扱いの孫の教育費が増えても無い袖の振りようもない。どちらかと言えば、細やかなお年玉工面のためには、元よりその気が無いから良いようなものではあるが、己の贅沢は厳禁であろう。第2次世界大戦の終戦70年の今年は小生にとっては後期高齢者入りの節目。世界中多数の国家にとっても節目の年でり、敗戦国日本にとっては襟を正すべき年となってほしいものだ。
小生の気持ちと同じと言っては不敬の極みだが、天皇陛下の新年のお言葉を書き写しておきたい。
「昨年は大雪や大雨,さらに御嶽山の噴火による災害で多くの人命が失われ,家族や住む家をなくした人々の気持ちを察しています。
また,東日本大震災からは4度目の冬になり,放射能汚染により,かつて住んだ土地に戻れずにいる人々や仮設住宅で厳しい冬を過ごす人々もいまだ多いことも案じられます。昨今の状況を思う時,それぞれの地域で人々が防災に関心を寄せ,地域を守っていくことが,いかに重要かということを感じています。
本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています。
この1年が,我が国の人々,そして世界の人々にとり,幸せな年となることを心より祈ります。」
芸能には全く疎いので知らなかったが、仄聞するに紅白にサプライズで登場したとされる桑田佳祐を初めとして福山雅治や長渕剛の歌の方が、余程陛下の心に適っていたそうだ。桑田も長渕も福山も、天皇陛下と同じように「歴史に学べ」と訴えたらしい。ちゃらんぽらんの人間ばかりと悪い偏見を持って見ている芸能界だが、平和でなければ成り立たない世界ゆえだろうか、若き芸能人が平和愛好家であることには救いを感じる。一方、歴史に学ばないどころか、戦後70年積み上げられてきた普遍的な歴史理解を、ちゃぶ台を引っ繰り返すように転覆したがっている政権幹部は、一体何を学んで今日に至っているのだろうか?又陛下のお言葉をどのように受け止めているのか?
2015年1月4日日曜日
年の初め
正月三ヶ日が終わって、都会の街も徐々に普段の賑わいを取り戻しつつある感じ。プールも今日から営業を開始たので、こちらも何となくレギュラーの生活リズムを取り戻しつつある。元日は大晦日の夜から深夜バスでのお伊勢参りに行ったので、あっという間に過ぎてしまった。今年のツアーは、昨年に比べると旅行会社のJTBが大分手抜きをしてくれたので却って好都合が多かった。昨年までは新宿発18:30だったのを今回は23:30。
お陰でネット碁も楽しめたし、今まであまり観たこともない紅白歌合戦の一部を自宅で見ることが出来た。丁度松田聖子の娘の神田沙也加が歌っているところで、ついこの間婆さんから「彼女を知らないなんて余程世間知らずよ。」と馬鹿にされたばかりなので、認識できたことを喜ぶべきかもしれぬ。前回は6:30出発にも拘らず伊勢神宮(内宮)到着が確か翌朝7時過ぎになっていた。
政府からのお達しで、一定時間以上の夜間走行バスは、ドライバーの仮眠時間を設けなければならないとかで、途中意味の無い停車時間が3時間もあったためである。
これが何故か今回は無かったので、朝6時前には目的地に到着。昨年は断念せざるを得なかった外宮の参拝も片道だけタクシーの利用で楽にできたし、外宮入り口に設けられた「せんぐう館」までゆっくり見ることが出来た。一昨年行った時に未だ公開されていなかったか、こちらの時間の都合だったか分からぬが、兎も角初参観である。これからお伊勢参りを初めてされる方には必見をお薦めしたい。
非常によく出来た展示内容である。普段はこんな早朝から職員による解説はしていない筈が、元日故の特別サービスだったのか、実物大模型の部屋で説明をしてもらったので余計そう思ったのかもしれぬ。20年に1度新しいお宮を作り替えるが、様式は千年を超える昔をそのままに再現する。自然との共生に対する日本人の知恵もさることながら、厳選した材料で幾ら念入りに建造しようと、20年の歳月に及ぶと建物の劣化は想像以上らしい。橋の板厚、茅葺屋根の厚さなんぞ半分くらいになるとの説明。聞けば聞くほど先人の知恵に感心せざるを得ない。比べるに現代人の何と傲慢ことよである。
兎も角出発の9:30迄たっぷりの時間が有ったので、久し振りに猿田彦神社を含めゆっくりお参り出来たことが有りがたい。どうせなら内宮往復のみで途中寄り道一切無しが一番ありがたいが、なかなかそうまではいかない。帰りの鳥羽パールセンターだけは寄らない訳にはいかないようだが、下車せずに居眠りをして過ごす。その後スケジュール的には鳥羽港から伊良子港までフェリーの予定だったが、荒天でフェリーが欠航。帰りの高速も順調に走ってきて、あわよくば予定より早く新宿到着と思いきや、御殿場直前で一転俄かに掻き曇って吹雪の様相。たちまち大渋滞になる。
それでも1時間と経たずに御殿場に到着、昨年同様であるが御殿場から富士山の裾野を迂回して山梨県側に回って、中央高速経由で7時ちょい過ぎには無事新宿に到着。今年のお伊勢参りは良いお参りが出来たが、印象的だったことは人出が異常に少なかったこと。到着時間の関係かとも思ったが、旅行社の添乗員も同様の感想を言っていたので参拝者数が減っている可能性がある。不景気のせいでなければいいが。
毎年のことで慣れているので、元日のこの時刻に開いている店で食事をして帰宅。翌日から2日間は伊勢神宮の有難いお守りなどをご年賀代わりとして、嫁の実家で改めてのお正月。お屠蘇と雑煮に始まり年寄りの腹にはとても納まりきれない料理と酒で歓待される。その間、娘夫婦2組に孫が3人、入れ替わり現われて嬉しい顔見世と相成る。末の孫は昨年のクリスマスの時に会ったが、ゆっくり話をするのは久し振り。上の二人は1年振りにもなるのだろうか、3人とも身体が大きくなるのは勿論だが、成長が著しく会話も随分大人びてくるものだ。その分こちらは益々爺臭くなっているのだろうがそれも仕方あるまい。
あと何年このように素晴らしい正月を過ごせるかなんてことは考えずに、兎も角毎日を出来るだけ楽しく過ごしたいものだ
お陰でネット碁も楽しめたし、今まであまり観たこともない紅白歌合戦の一部を自宅で見ることが出来た。丁度松田聖子の娘の神田沙也加が歌っているところで、ついこの間婆さんから「彼女を知らないなんて余程世間知らずよ。」と馬鹿にされたばかりなので、認識できたことを喜ぶべきかもしれぬ。前回は6:30出発にも拘らず伊勢神宮(内宮)到着が確か翌朝7時過ぎになっていた。
政府からのお達しで、一定時間以上の夜間走行バスは、ドライバーの仮眠時間を設けなければならないとかで、途中意味の無い停車時間が3時間もあったためである。
これが何故か今回は無かったので、朝6時前には目的地に到着。昨年は断念せざるを得なかった外宮の参拝も片道だけタクシーの利用で楽にできたし、外宮入り口に設けられた「せんぐう館」までゆっくり見ることが出来た。一昨年行った時に未だ公開されていなかったか、こちらの時間の都合だったか分からぬが、兎も角初参観である。これからお伊勢参りを初めてされる方には必見をお薦めしたい。
非常によく出来た展示内容である。普段はこんな早朝から職員による解説はしていない筈が、元日故の特別サービスだったのか、実物大模型の部屋で説明をしてもらったので余計そう思ったのかもしれぬ。20年に1度新しいお宮を作り替えるが、様式は千年を超える昔をそのままに再現する。自然との共生に対する日本人の知恵もさることながら、厳選した材料で幾ら念入りに建造しようと、20年の歳月に及ぶと建物の劣化は想像以上らしい。橋の板厚、茅葺屋根の厚さなんぞ半分くらいになるとの説明。聞けば聞くほど先人の知恵に感心せざるを得ない。比べるに現代人の何と傲慢ことよである。
兎も角出発の9:30迄たっぷりの時間が有ったので、久し振りに猿田彦神社を含めゆっくりお参り出来たことが有りがたい。どうせなら内宮往復のみで途中寄り道一切無しが一番ありがたいが、なかなかそうまではいかない。帰りの鳥羽パールセンターだけは寄らない訳にはいかないようだが、下車せずに居眠りをして過ごす。その後スケジュール的には鳥羽港から伊良子港までフェリーの予定だったが、荒天でフェリーが欠航。帰りの高速も順調に走ってきて、あわよくば予定より早く新宿到着と思いきや、御殿場直前で一転俄かに掻き曇って吹雪の様相。たちまち大渋滞になる。
それでも1時間と経たずに御殿場に到着、昨年同様であるが御殿場から富士山の裾野を迂回して山梨県側に回って、中央高速経由で7時ちょい過ぎには無事新宿に到着。今年のお伊勢参りは良いお参りが出来たが、印象的だったことは人出が異常に少なかったこと。到着時間の関係かとも思ったが、旅行社の添乗員も同様の感想を言っていたので参拝者数が減っている可能性がある。不景気のせいでなければいいが。
毎年のことで慣れているので、元日のこの時刻に開いている店で食事をして帰宅。翌日から2日間は伊勢神宮の有難いお守りなどをご年賀代わりとして、嫁の実家で改めてのお正月。お屠蘇と雑煮に始まり年寄りの腹にはとても納まりきれない料理と酒で歓待される。その間、娘夫婦2組に孫が3人、入れ替わり現われて嬉しい顔見世と相成る。末の孫は昨年のクリスマスの時に会ったが、ゆっくり話をするのは久し振り。上の二人は1年振りにもなるのだろうか、3人とも身体が大きくなるのは勿論だが、成長が著しく会話も随分大人びてくるものだ。その分こちらは益々爺臭くなっているのだろうがそれも仕方あるまい。
あと何年このように素晴らしい正月を過ごせるかなんてことは考えずに、兎も角毎日を出来るだけ楽しく過ごしたいものだ
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