2017年6月9日金曜日

確認できない情報

昨夜のテレビ報道の官房長官記者会見で、何故か記者からの質問音声が明瞭に取り込まれていた。今までに観たことがない会見映像だったので驚いたが、考えればこれが当たり前のはずだ。マスコミも大分頑張り始めたと言うことだろう。これまでは5と6チャンネルの専売的な感じでもあったが、ここまで来ると他チャンネルも加計学園事件を無視できないだろう。午前中には朝日新聞ウェブジャーナルに「総理のご意向」文書、文科省追加調査へ 加計学園問題」の見出しが上がった。

既に複数の現役官僚が文書の存在を認めていたのだから、まさか追加調査はしたが「やはり存在を確認できませんでした。」とはいくまい。さてこれまでの嘘をどう弁解するのか?ある意味で「見もの」である。テレビに登場する識者の多くは「民進党が文書の存在を質したときに、怪文書と切り捨てず丁寧に応じて、ダメージコントロールとして内閣府官僚の忖度に留めれば良かった。」とのたまう。

官邸は、この手が今からでも通用すると思っているかもしれぬが、野党も馬鹿ばかりではないだろうから、そんなに甘くは無いだろう。情報公開法と言う結構な法律もあるらしい。2の矢3の矢を期待したい。総理辞任に追い込むのは無理にしても、前言の撤回くらいまで追い込んでほしいものだ。

兎に角、現政権の無能さと権力の私物化はは目を覆うばかりに見えるが、支持率が下がらないことについて、昨夜のテレビで江田憲司氏が次のように語っていたのが印象的だ。「結局は経済の現況に国民は不満が無いのです。失業率2、3%いわば完全雇用の状態、大学生にせよ高校生、中学生の就職率もほぼ100%、その上株価も高止まりしているではありませんか。給料が上がらない、所得格差は拡大の一方と言っても、国民大半にはピンとこないのですよ。」

橋本総理秘書官だった江田氏は海部総理時代も内閣に在籍していたようだが、海部内閣の支持率も50%以上を維持していたとのこと。「海部氏はそれを頼みに解散に打って出ようとしたが、旧田中派経世会で封じ込められ潰されてしまった。その時の社会背景は何であったか、バブルとバブルの崩壊ですよ。」江田氏は今の状態も一種のバブルで、安倍氏はそれに支えられている、と言いたかったようでもある。

今がバブルとは知らなかったが、確かに中高年のおばさん連中は優雅にお暮らしとの話を聞くことがある。

2017年6月8日木曜日

マスコミの役割

「嘘つきは泥棒の始まり」は多くの人の間で常識化している警句かと思う。ところが、こう毎日大勢の政治家や官僚が平気で嘘をつく姿を見せつけられてはたまらない。このままでは嘘をつくことに対する罪悪感が薄れてしまう社会になりかねない。元文科事務次官の前川氏によれば、文科省大臣以下の職員の発言は、嘘にならないようギリギリの線で頑張っているとのこと。だから責めないでくれ、と言うがこれはおかしい。

有ったものを無いと言えば明らかな嘘だが「確認できない」だけでは嘘にならない、との理屈だ。そんな理屈でどうすれば子供たちを得心させられるかだ?「宿題はしましたが、家に忘れてきました。」と言えば、先生は「今から家に帰って取ってきなさい。」と言うに違いない。本当に家にあるなら取ってくればいいし、もし嘘だったらその場で謝らざるを得ないだろう。

それをどこまでも嘘を通そうとすると「今帰宅しても家が留守で、僕は鍵が無いので入れません。」なんて嘘に嘘を重ねていくことになる。子供はこんな悪知恵が働かないからいいが、いい年をした大人たちが、衆人環視の中をこんな情けない手段で乗り切ろうとしている。テレビ画面で嘘の上に嘘を重ねていく姿を家族や友人知人はどう見るのだろうか?

官僚のトップにいるのは総理大臣だから、その組織で飯を食っている以上、組織の倫理に反することは出来ない。これがその正当化の理由だろう、それは分からないでもない。昔から講談や浪花節に出てくるヤクザの世界は「親分が烏は白いと言えば、黒い烏でも白い。と言うのが子分だ。」これはよく知られているが、官僚が総理から扶持を貰っているわけではない。本当の雇い主は国民であるのは前川氏の言う通りで、殆どの官僚も分かっているだろう。

だがしかしこれも前川氏の言う通り、その場(組織)に身を置いてしまっては言い出せないのも事実だろう。総理は自らを誰からも批判されることない立場だと勘違いしているから、嘘のつき放題である。下にぶら下がる官僚はいい迷惑だ。からと言って、これほど大々的に嘘つきを容認するのは社会を根幹から腐らせていくことに繋がりかねない。このことを声を大にして警鐘乱打するのはマスコミ以外あり得ない。

2017年6月7日水曜日

民主主義と事実誤認

「印象操作」と言って事実の隠ぺいを図るのは勿論とんでもないが、最近は安倍さまのNHKまでが加計学園問題を取り上げるようになってきている。これを多として、加計学園問題はさて措き、別の角度から日本の政治風土に根を張る病根に触れる。

「今のご質問には事実誤認があります。」国会で野党の質問にまっとうに答えずに、質問をはぐらかす総理の答弁によく出る台詞である。答弁者は学校の教師ではない。質問自体が間違っていると指摘する権利はない筈で、時々委員長から「総理、質問に答えてください」なんて注意を受けたりするのを見ていると実に情けなくなるが、テレビ放送ではカットされるので、多くの皆さんは悲しい思いをせずに済んでいる筈だ。

1強独裁体制の現政権下では、政権による強弁がまかり通っていることは既にご承知の通り。情けなくは思うが、国内の政治体制がそれを許していることも事実だ。あとはマスコミの活躍を期待するしかない。ところが、目を海外に転じ、外国から日本を見た時どう見えるかを知るのも無駄ではあるまい。たまたま先月来マスコミで報道された、似たような2件の事実がある。国会やら都議会関連の報道が多いので、最早忘れかけているようでもあるが、マスコミ関係者には忘れずにいてもらいたい。

次の二人は何れも国連で任命された特別報告者の肩書を持つ人の、我が国に関する報告に対する我が政府の反応である。

1.ジョセフ・ケナタッチ氏:先月18日、現在国会で審議中の「共謀罪」法案をめぐって、人権侵害の懸念を表明した公開書簡を日本政府宛に送付した。

2.デービッド・ケイ氏:今月2日に都内で記者会見をして「メディアの独立性が大きな脅威にさらされている」と懸念を示した。

何れも民主主義国家の根本を問われた形である。両氏の発言に関して政府は、「国連報告者とは個人的な者で国連とは関係ない」としながらも、すぐに反応して閣議決定までした反論書簡を送ったり、総務大臣が記者会見して反論したりしている。何れも理屈は報告者に「事実誤認があり」に尽きる。果たしてこんなことが国連で通用するのであろうか?

2017年6月6日火曜日

暇人

大衆とか群衆が時として大きな間違いを犯してきたことは歴史が証明している。確かに政治において誰かが大衆心理をうまく掴むことが出来れば、大きな政治的勝利を呼び込むことに繋がるのだろう。現政権が正にその好例だった。ところがこのところ、その雲行きが怪しくなり始めているようだ。大衆心理に乗って突っ走り、とんでもない事態に立ち入る前に、大衆側に飽きが来たとすれば結構な話だと思う。

本当に大衆心理をうまく掴むには、口先だけで格好をつけても中々上手くいかない。日本には判官贔屓と言う言葉があるにも関わらず、やはり大衆は強いものに憧れるのだろう。そこで政権はアメリカを利用して、外交面で近隣諸国への強硬姿勢を演出しているつもりだろう。さすがに最近、中国に対しては態度を変える必要ありと感じ始めたようだが、北朝鮮への態度に変化が見られない。残念ではあるが、今後はこれが逆目に出てかねない。

これまで、政権の時代錯誤的な強硬姿勢を支持してきた層に「日本会議」とか「ネトウヨ」と呼ばれるものがあったと聞く。しかしこれらの層が社会の中で占める割合、実態は詳らかではないようだ。日本会議に所属する国会議員が多いことは承知しているが、マスコミはこの層を少し怖がり過ぎていたと聞く。ネット空間でこの種の情報が多いことも知っているが、マスコミに対する抗議電話等はこの層によるものが圧倒的らしく、対応に怖いより面倒くさいが先に立つのが本音ではなかろうか。

つい先日、ネットテレビで社会学者の宮台真司氏による「インターネット世界におけるネトウヨ現象」を聞いたが、ネット空間に存在するネトウヨの存在は約1%だが、彼らの書き込みは20~30%に上るらしい。こちらも暇に任せて、その反対の(何と呼ぶのか知らないので命名してほしいくらいだ)書き込みを毎日しているが、ネトウヨの諸君は結構若い人も多いらしいのに暇な人たちだ。マスコミも暇人を恐れる気持ちは分からぬでもない。

暇人たちの気分で世の中が変化するのも情けないが、大衆の気持ちが変わりつつあることも事実のようだ。併せて、少し政権から距離を取り始めるメディアが増えることを期待しよう。

2017年6月5日月曜日

保守の原点とは?

総理は「自民党で一番の保守強硬派の私」と自ら言ったそうだが、へえ~てなもので、どこに保守の矜持があるのだろう。さしたる根拠もなく憲法改正を唱えることが保守と思っている節が透けて見える。保守強硬派を改憲強硬派とでも言えば未だ少しは分かるが、本当に総理の語彙の貧弱さには辟易する。日本には党名に保守と銘打つ政党は今は無いが、保守主義とは一体どんな思想を言うのか理解できない。先ず己が保守なのか、革新なのかも定かでない。

父は「私は超保守主義者だ。」といつも冗談交じりに言っていたが、生涯崩さない原則を幾つか持ち続けたので、こちらもそうだろうなと納得していた。省みて自民党を思うとき、彼らが抱く原則とは何だろうか?「改憲」が唯一の原則としたらおかしなことになる。日本は戦後70年以上、憲法を大原則として社会の安定が図られてきている。現政権ですら憲法に法り国民から選ばれている筈だ。まさか一番の改憲強硬派であったとしても、憲法をひっくり返して革命をしようと言うわけでもあるまい。

103条に及ぶ憲法の中に「自衛隊」について表記されていないのが悔しいから、これを表記するよう改憲したい持ちは分からぬでもない。しかしそれ故に保守主義者と言えるかである。そんな気持ちを持つ政治家は野党にも腐るほどいるだろう。そんなことは適当な時期さえ来れば、大騒ぎしなくても実現可能になるかもしれぬだけのことだ。しかし今がその時でないことだけは確かである。何故か、現政権の振る舞いが余りに保守とは程遠い利己的になってしまっているからである。

利己的も政党の信念、原則に基づくことならまだしも、「己」が正真正銘の個人や特定の集団であっては何をか況やだ。自民党も多数の議員を擁する大政党になったのだから、中には高い理想を持つ優秀な人材もいるだろう。蕎麦屋でもあるまいに<もり><かけ>論争に嫌気をさしているとしたら、改めて国民の負託に応え、いま何をすべきかを同志を募って、党内で原則的な議論をしてもらいたい。その際経済成長による格差の解消なんてことが、保守の原点なんてことにならぬようくれぐれも願いたい。

2017年6月2日金曜日

自由の身

今は好き勝手なことを書くことができるので有難い身分だ。同じ好き勝手でも米大統領トランプ氏の一言<地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から米国は本日正式に離脱する>で昨日はアメリカの株価が急騰したそうだが、今朝になると日本もそれに追随して東京の日経平均株価が1年半ぶりかで2万円台を回復したそうだ。日本の投資家がトランプ氏の世界秩序鵜を乱す我儘を喜んでいるみたいで恥ずかしくなるが、所詮は関係ない世界の話だ。

国会も最終版と言うことで、政権はなりふり構わずやりたい放題だ。政権は何でもできるから大したものだと感心もするが、今週は政府の軛から放たれたと自称する文科省の前事務次官前川氏の発言が随分マスコミを賑わし、楽しませてくれた。今のところは政権側も、1私人の発言なんか無視すれば乗り切れる、と見ている風情がありありだ。マスコミに火がついても、院内で数を頼んで、証人喚問等野党の要求に屈しなければ大丈夫とのことだろう。

理屈の上では確かにそうだろうし、裏には次のような事情もあると思う。テレビに出ているしたり顔の識者連中は前川氏の発言を聞いた後の感想として、「大変な事実が明らかになった」とは決して言わない。口を揃えて議会における野党の不甲斐なさを言い募るが、結果的には政権を応援している。「君はどちらの側に立つのか?事実を確認するのがジャーナリストではないのか?」と問い質したい。

しかしこれだけの事実が白日の下にさらされた以上、ボディーブローが徐々に効き始めて、1強で天下に敵なしと自負する内閣も何れそう遠くない日に終焉を迎えること期待するしかない。それにしても前川氏の晴々した表情を見るにつけ30年前の自分のことを思い出す。47歳で最初の会社を辞めた時、再就職の当てが全く無かったが、爽快感だけはあった。前川氏は退職金も6千万円だし、経済的には比較にならぬが精神の解放感は同じ筈で、これは何物にも代えがたいだろう。

自分の場合も、次の就職先を探し当てたら前の会社から全く身に覚えのない中傷が就職先の社長宛に届いていた。これも似たようなことであるので可笑しくなってくる。

2017年6月1日木曜日

データ消去

パソコンを修理に出して5日目になるが未だメーカーからは何も連絡がない。データ消去の可能性があれば必ず連絡をくれるよう念を押していたので、気になって仕方ない。2月に7年間使用した前のパソコンがいかれた際に大分痛い思いをしたので用心のため重要なファイルはバックアップを取ってはいるが、それでも3か月分のデータが初期化されると不都合は生じることだろう。

ところで昨日から財務省のパソコンの入れ替えが始まるとのこと、省内がどんなシステムになっているか分からないが、財務省ともなれば端末の数も半端ではあるまい。端末を供給しているメーカーにしてみれば大変なビジネスチャンスだ。昔小さな会社経営していた時、50人足らずの公益法人のシステム管理を請け負っていたので、作業の大変さと同時にビジネス的美味しさがよく分かる。

システムを管理しているサーバーも同時に更新されるので、森本学園絡みの不都合な書類は永遠に闇に葬られてしまうとのことだ。どこかのNPOだったと思うが、裁判所に文書の保存を命令するよう訴えたらしいが、当然のように却下されてしまった。これで安倍政権にとっては万々歳になれば結構だが、ネットワークの仕掛けに詳しい人から見れば、そんなに単純な話ではない可能性もある。

生半可な知識しかないが、財務省の履歴全てを真っ白にして構わなければ簡単であるが、地方財務局を含めれば相当な端末がぶら下がっているネットワークのサーバから、都合よく特定のファイルを削除するのは大変な手間だろう。でも莫大なコストをかけて、優秀なエンジニアの手をもってすれば可能かもしれぬ。籠池氏側のファイルは消せぬし、これまで公開されている情報からして事件の構図は既に明らかである。

それでも財務省側の証拠さえ消せれば政権は無事と言うことだろう。何ともいじましい話ではないか。多くの人がこのようなことをどう見ているかが問題だ。内閣支持率が落ちないのだから、それで良しとする人がまだ多いのだろう。話が変わるが、昨夜友人に誘われて赤坂に飲みに行った。嘗て保守系議員やら報道関係者が出入りしたと聞く小料理屋だ。安倍首相の著書が棚に置いてあったが、そこの女将さんまでが、安倍さんを見損なったようなことを言っていた。パソコンからデータ消去は可能でも、人の思いを消すのは難しい。