2010年6月11日金曜日

今日のトップニュースがこれか、うんざりだ

今日大騒ぎになっている相撲界の野球賭博の件はおかしな話だ。全否定する訳に行かないから「手を染めていた者が居たようだ」としている。先月どこかの週刊誌が大関の野球賭博関与を取り上げたので、黙殺する訳にもいかず警視庁とも相談の上ででお茶を濁したのでは。あまりに見え透いた形式には些かうんざりする。そもそもサッカー賭博は国がやっているので合法だが、野球賭博は民間がしている事だから違法と言う事に無理があるのでこのような事になるのだろう。

民間と書いたが、胴元は当然プロの博徒でいつの頃からか報道される時は必ず「暴力団」と表現される。彼等がしている事は当然非合法だからすっ堅気の市民や企業が胴元になっている筈も無いし、この仕事に絡んで税金が納付されている筈も無いだろう。急に思いついたみたいにお相撲さんの手慰みを暴きたてて大騒ぎをしているが、昔から衆知の事であった筈だ。勝負の世界に生きるプロのスポーツ選手が賭け事が好きであろう事は容易に想像がつく。ましてお相撲さんが巷の競輪競馬場やパチンコ屋に入り浸る訳にもいかないだろうし、マージャンも体には悪いだろう。

今日の報道を聞いていると、警視庁もそのくらいの事は分かっているのでなんとか穏便に蓋をしたいのだろう。当たり前だ。雑誌の記者にしても新聞や放送の記者達も自分たちがしている普段の博打を棚に上げてよく他人の事を言うものだ。
もう少しまともなネタは無いのだろうか。

今度騒ぎの発端となった「客の大関琴光喜が1億円を恐喝される」といった余りに行儀の悪い事件(週刊誌の広告を記憶して居るだけで詳細は分からない)については、直ぐに親方が真相究明に乗り出して、大関が掛け金を払わなかったのか、はたまた悪質な恐喝かを見極めて親としての対処をすべきだったのではなかろうか。それこそ相撲協会の周りにはその世界の名だたる親分が沢山居るのだろうから、警察なんかに頼らなくてもしかるべき措置をする事ができただろう。

朝青竜の事についても同じ思いがあるのだが、相撲界の親方と部屋の若い衆の関係が世間の風潮と同じで「親も親だけど子も子」で薄っぺらと言うか心が通っていないような気がしてならない。世の中矛盾だらけで嫌になるが、せめて親子の関係ぐらいは真ともであってほしいものだ。

2010年6月10日木曜日

読後感「私本太平記 全8巻」吉川英治 著

幼い頃「青葉茂れる桜井の里の辺りの夕間暮れ・・・」という歌を覚え楠木正成や新田義貞の絵本を見て育ったせいか、楠木や新田は正義の人で対する足利尊氏は天朝に弓を引いた極悪人と漠たる印象をぬぐい切れなかった。先日海音寺潮五郎の「武将列伝」を読んで少し違った印象を持ったので、改めて室町時代の歴史についてもう少し知りたいと思い、暇もあるので区立図書館から借りて読んでみた。

主人公は4人、足利尊氏、後醍醐天皇、楠木正成、新田義貞。時代は14世紀初め100年以上続いた鎌倉幕府の末期から尊氏が没するまで約半世紀に亘る歴史小説である。元来講談本の面白さから読書に惹かれているので今でも歴史小説は大好きである。脇に配されている人物は若干著者の手で誕生した人物が居るのかもしれないが、歴史に実在した人物が何人も登場し実に華やかなものである。

しかも舞台は鎌倉京都はもとより東北から四国九州、更には流刑地である絶海の孤島に及ぶ。比較的近代の歴史小説、例えば司馬遼太郎の作品なんかに比べるとスケールの大きさがまるで違う。どちらかと言えば中国の歴小説十八史略とか水滸伝に近いかもしれない。

理由は簡単で、主人公が単数で無い事とそれぞれが単純に善悪或いは敵味方にステレオタイプ化されていない事だろう。むしろ主人公には共通項がある。即ち武士であり、領主である事。更にヒエラルキーとしてその上の天皇朝廷が存在する事になる。彼等が生涯かけて敵になったり味方になったりして激しいバトルを繰り返すのが小説の骨子であるが、このバトルを主人公たちは何のためと考えていたか。

著者の解釈は皆似たような思いであったに違いないとしている。即ち己の家の子郎党、領民の安寧が第一、日本国全体の安寧が第二とする。そこに我が国特有の天皇制と幕府と言う制度が絡み問題が複雑になる。親方の幕府を倒して圧政を排除しようとする時、外国みたいに単純なクーデターを起こさず何故か幕府の上に名目上存在する朝廷からお墨付きを貰うのだ。

ところが当時の朝廷は現在の皇族と異なり皇族が山ほど居て、一応皇太子は決まっているケースが多いようだが、場合によっては天皇の上に上皇が存在するケースもままあったようだ。当然皇族も人の子だから人によってはこっちが好きあっちが好きと言う事になったのだろう。そんな事から戦を始める時にいつも朝廷が絡んでくる。基本的に天皇は戦争犯罪とは無関係なる不文律があって、天皇側が戦に負けても天皇は殺される事は無かった。

この辺は先の大戦後に昭和天皇が罪に問われなかったこととも大いに関係がありそうだ。しかし足利尊氏の弟の部下が皇太子を殺してしまう。この事は尊氏の意思と全く関係ないのだが、戦前に於いて彼を極悪人に仕立て上げたのだろう。話が逸れたが、兎に角僅か6,700年前の日本史を殆ど理解できていない大馬鹿の小生でも室町時代南北朝が存在した経緯も大凡理解する事が出来た。

余計な事だが著者は学歴だけ見れば小学校中退である。著者は当時の古文書を丁寧に読み込んだ上で、小説とは言え歴史的事実を枉げる事の無いよう配慮をしたとしている。実に読みやすく面白い読み物だが、ところどころに出てくる武士の教養精神性、学問の事と権力は掌中にする事が出来ても永劫性が無い事。しかし文化はこの荒んだ世の中で生まれても優れていれば後世に残る事等味わい深い記述が時々顔を出すのも嬉しい。

2010年6月8日火曜日

年寄りが多いから仕方が無いか

広告業界に長かったので広告の事が気になる時がある。最近の報道に依っても後輩から直接聞いても、ここ数年広告の出稿量が減っているのが著しい事は分かる。それにしても新聞にせよテレビにせよ雑誌にせよそこそこ上位に位置するメディアについては、嘗ては広告もその編集なり編成に相応しいもので飾られていたように記憶する。最近気になるのは量的変化よりも広告の質的変化である。言いたいことは山ほどあるが一つ取り上げたい。

メディアの視聴者なり読者である業界用語でいうところの生活者が圧倒的に年寄りが増えているので仕方が無いのかもしれないが、健康食品と言うか栄養補助食品と言うのか何れにしても同じ事だろうがこれが異様に多い。健康に留意する事に異を唱えるものでもないし、健康のためには食品に気を使う必要も確かにあろう。しかし大豆の一粒にも満たないカプセルを数個口にして健康と長寿を得ようと言うのは少し虫が良すぎはしないか。

毒にはならないだろうと言う事で、お金持ちのお年寄りは安くはない広告料の一端を腹の中に入れているだけの事かもしれない。イワシの頭の例えもあるので信じて飲めば少しは効果があるのだろうか?

余計なお世話かもしれないが、小生ずっと前から健康診断でクレアチニンという腎機能に関する数値が問題ありと指摘されている。この事は以前日記にも書いたが、専門医の診断も受け経年変化を見る限り心配するほどの事はないとの結論を得ているので置くとして。専門医の診断を受ける以前に管理栄養士に相談した時の事を思い出す。

栄養士の先生が指摘した中で、我が家の食事で常用している調味料についての質問があった。「醤油なんかで特に高価な物の中には特殊なアミノ酸が多く調合されているものがあるので、自宅で奥さんに尋ねて、もし使用しているようでしたらその使用を止めてください。」勿論我が家は何事によらず高価なものとは縁遠いのでその必要はなかったのだが。何でも体のためになると喧伝されているものを多く摂ればいいというものではないらしい。

先ほどテレビの宣伝を見ていて気がついたのだが、あるコマーシャルで「アミノ酸が120倍」と言うコメントがあった。栄養補助食品には厚労省薬務局審査もあり、放送局のCM考査もある事を知っているので勿論問題は無い筈だが、前述の件をふと思い出した。これは多ければ良いというものなのだろうか?何れにせよ最近の広告を見ていると、長生きしようと努力されているお年寄りの多い事をしみじみ思う。自分もその一人だが、認知症ドライバーが数十万人と言うニュースと併せて聞くと、長命の意味を改めて考えてしまう。

2010年6月7日月曜日

変わらなくてもいいのか、自民党

夏至りなばではないだろうが、民主党が先週半ばから衣替えに大忙しで動き回っている。どのような目が出るかは暫く静観するしかないが、衣替えの努力は誰の目にも明らかだ。一方自民党だが、動きが鈍すぎる。麻生総裁辞任を受けての総裁交代劇で谷垣氏が総裁になった事自体、余りにも代わり映えが無いので内部でも若干の批判もあった。にも拘らず全てが旧態依然、党幹部は見慣れた顔ばかりで口先では過去の反省を言いながらも清新さは全く感ずる事が出来ない。

勿論派閥の解消も無いようだ。そもそも派閥とは派閥ごとに利権が構築されていて、その分配をするために存在する聞いている。政権を離脱した政党が政権当時と同様な利権の蜜を集めるとは思えない。派閥なんか何の役に立つのだろう?
党そのものが禁治産者状態なんだから、それこそ事業仕分けでもして派閥事務所何ぞさっさと整理をした方が良いのではないだろうか。政策グループだと言うなら必要に応じてホテルでもなんでも会議室を借りて集れば良かろう。

実態は分からないが派閥故に党幹部の人事刷新もダイナミックに出来ないのだろう。民主党のそれを見ていると派閥による弊害が無い事が良く分かる。更に自民党にはどのくらいの資金があるのか知らないが、内情はかなり苦しくて当たり前だ。例えば、最大と言われた清和会に流れる金がどのくらいになるかこれも全く分からないが、政権に居た時に比べれば激減しているのだろう。まして町村会長にしてもオーナーのような顔している森元総理にしても、野党経験が初めてだから集金には大変苦労をしている事だろう。

自民党はダブル選挙と息巻くが、どうも新規候補者リクルート機能も元は派閥にあったらしい。現在は大島幹事長が選対本部長を兼務しているように記憶するが、民主が本気で衆参同時選挙に踏み切ったらどうするつもりだろう?民主党もお金持ちのツートップが下げられたから資金面では互角とでも思っているのだろうか?とてもそんな訳にはいくまい。政治に金が必要である事は自明なことである。民主党が野党時代から現在に至るまで、自民党の金について厳しく追及してこなかったのはその事が良く分かっているからだろう。

馬鹿の一つ覚えのように未だに「政治と金」と騒いでいるのを聞くと「いい加減にしろ!」と怒鳴りつけたくなる。谷垣さんは東大を出て司法試験も通り、且つ漢籍にも造詣が深いと聞いていた。それこそ名門宏池会の代表でもあるし加藤紘一氏の子分でもあるからもう少し賢いかと期待もしたのだが。大臣経験者が何人も党を離脱していく状況をを見て何を考えているのだろう?自軍を纏め来たるべき戦いに勝利するには軍資金を蓄え有能の士を求めて、以って自前の方針を広く世に訴えるしかないではないか。

親方の谷垣氏は「民主の弱点を徹底的に追及するために力を合わせて頑張ろう」と声を張り上げるだけ。要の大島幹事長は「総裁の仰せのごとく」の枕詞で自分の考えがどこにあるのか、戦略の気配すら感じられない。良くテレビに出るもう一人の根暗オタク石波政調会長に至っては明らかに与党ボケのままで「民主党なんてのは小僧のようなもので何も分かっていない、こんなものに政権なんか預けられない」の一点張り。後は山本一太とか小泉進次郎とか視聴者国民を馬鹿にしたようなジャリタレがワーワー言うだけ。

これで政権が奪回できれば苦労はない。8か月前、政権奪回には10年必要と書かれていたが、この調子で行くと自民党が消滅しかねない。2大政党制がベストか否かは分からないが、何事も正反合が大事で大政翼賛は良くない事は明らか。取敢えずは自民党が派閥体制を打破して挙党一致体制を確立する事を願う。

2010年6月4日金曜日

新政権への餞

どんな季節でも天候が定まりにくい我が国にあって、今週は珍しく天候が安定して爽やかな1週間だった。お陰で京都への小旅行も気分よく行ってくる事が出来たし、仕事も新しい人への引き継ぎがほぼ完了したので気分が極めてすっきりしている。そのうえ気になっていた鳩山政権についても結論が出たので余計気分が良い。

鳩山さんの辞意表明が観光旅行初日だったので昨日迄ドタバタした報道を見ずに済んだのも幸いだった。夕べは家で夕食だったが、夕食後は婆さんから「由紀夫チャンのスピーチはずいぶん立派だったよ。上から目線とくさす向きもあるが始めから終りまで聞けば決してそんな事はない筈。全文が掲載されている新聞ページを取っておいたから明日にでも読んでみたら。」だけを聞いて、後は旅行中の写真を見せながら土産話をしただけでニュースも見ずに寝てしまった。

今朝改めて読んでみたが、成程良く出来たスピーチだと思う。尚新聞を読むと彼は今期一杯で衆議院議員も辞すらしい。総理をやった人間が1議員としてうろちょろするのはみっともないから直ぐにでも辞めた方がいいとも思うが、彼には対ロシア外交をさせて見たかったので残念と言えば残念でもある。誰が志を継ぐのかなあ?勝谷誠彦のメールを読むと北朝鮮の金正日体制の内部が相当に揺らいできて、金正日の当事者能力が無くなり高官同士の殺し合いが始まっているらしい。ひょっとすると内乱の可能性もあるのではなかろうか。

となると、気になるのは中国とロシアの動向で、アメリカは考える事する事が荒っぽいから余り頼りにしたくない。なんて事を考えるのは小生だけかもしれないけど。何れにせよ鳩山さんが日米関係に一石を投じたのは間違いではなかったと思う。自民党は今度の参議院選挙の公約にインド洋でのガソリンスタンドの再開を掲げるようだ。国益と軍隊の使い方なんて事は難しすぎてよく分からないのだが、なんて馬鹿な事を言うものか思っている。

何れにしても自民党が政権の座に着く事はないので心配はしないが、選挙の足しならないとされた外務や防衛問題でも、足しにならずともマイナスに働くと素人が偉そうに論評して総理の首をと取ってしまう時代である。新政権ではつまらない事で上げ足を取られない慎重な布陣をしてほしいものだ。

2010年6月3日木曜日

京都観光:山寺と里寺


昨日と今日爽やかな京都観光を楽しんできた。昼ちょっと前京都駅に降り立ってバス停に並ぶと、後ろに並んだ女性が新聞の号外らしきものを持っている。何事かと覗き込むと親切にも手渡してくれた。当然鳩山首相辞任の号外である。先月24日の日記に書いた通り予想はしていたので、いよいよその時が来たなと思い総理がちょっと可哀そうになった。これから暫く巷は大騒ぎなるのだろうが小生にとっては直接関係のある話ではない。爽やかな初夏の1日を楽しむ事だ。

先ず、駅から1時間ほどバスに揺られ高雄の山にある「神護寺」を訪れた。京都市内を30分弱北上すると立命館大学キャンパスがあり、ここを過ぎるともう奥多摩か秩父辺りのハイキングコースの趣が出てくる。京都の人が羨ましい。山城高雄のバス停が神護寺参道の入口になっている。脇の茶屋で昼飯に親子丼を注文した。客が一人もいなくて薄暗く何か侘しげな店だったが、これが思いがけず旨かった。腹ごしらえをしてから参道に赴く。先ず国道から北山杉の林を清滝川なる渓流に降り、高雄橋を渡って楼門に向かうのだが石段が整備されて入るが一寸した山歩き気分である。

拝観料を払って楼門をくぐり境内に入ると眼前は白い砂が敷き詰められた広場の趣だが、右手が直ぐ山林になっている。山裾と平地に幾つもの堂塔が点在するのが見える。同党が点在する山裾は楓をを主とする広葉樹の若葉が陽に輝いて美しい。紅葉で有名であるのもさもありなんだ。境内には人影が殆ど無く、広い境内を1時間半ほど散策したが行きあった人は5人しかいなかった。金堂に登っていくと賽銭箱の脇にお坊さんが一人習字の練習をしていたようである。


他に誰もいないのでこのお坊さんに聞くと、本堂の中は誰でも自由に上がれるとの事。早速内陣に上がって国宝の阿弥陀如来像を間近に拝んだり、これ又国宝絵画の源頼朝像の模写を観たりした。最後に家内安全を祈願して護摩を金千円で納めて坊さんにいろいろ聞いてみた。未だ若そうだがここの守をしているだけに、ご本尊の遷移や文覚上人と後白河上皇のいざこざから更に流配地での源頼朝との出会い等々の故事来歴については立て板に水で、パンフレットを読むのとは一味違う面白さがある。言わば平家物語の琵琶語りを聞いているような感じだ。

他にも、頼朝から広大な寺領を寄進されたのは良いがこの山寺に檀家は1軒も無い事、現在住職1名と高野山から派遣されたこの若い坊さんの2名だけで全山を守っている事、観光収入だけが頼りで如何に宗教法人とはいえ固定資産税も馬鹿にならない事?、国宝は扱いに厳しいルールがあるので頼朝像は京都博物館で預かってもらっているが秋の虫干しの5日間しか一般公開が出来ない事など俗な話をしたり、写真を撮ってもらったりして長居をした。

金堂を後に下の方に降ってくると清滝川を見おろす「瓦け投げ」なるビューポイントがある。京都市街地から幾らも離れていないと思えないほど山あいを深く感じさせるのは不思議でもある。ここを辞したのち再び清滝川の渓谷沿いに遡りハイキング気分で「西明寺」と「高山寺」の二寺を巡る。新緑に深く包まれた山寺に何とも言えない清々しさを感ずる事が出来た半日だった。

ホテルに戻ると大坂時代の同僚二名が待っていてくれて、久闊を叙しながら遅くまで酒を酌み交わした。嘗ての同僚も殆どがリタイアしているが皆それなりに元気で居る様子などを聞いて安心もした。ついでに明日のお薦めと言う事で、帰京前にJR奈良線で一駅のところにある「東福寺」拝観を薦められた。ここも紅葉の名所だそうだが、イサム野口が絶賛した庭園が見ものらしい。早く帰る必要も無いので、午前中に早速行ってみた。なるほどここも素晴らしい。


信州の田舎育ちでお寺と言えば善光寺、もう少し頑張っても鎌倉の諸寺くらいしか知らないので、京都の寺は先ずそのスケールに圧倒される。ここは修学旅行の生徒が自由行動で来ている風情があり、タクシーの運転手さんらしき人が四,五人相手に解説をしている。その横で聞いていると案内板に書かれていない事など聞けて面白い。例えば国宝の三門があるのだが、これは巨大な建造物であるにも拘らず金釘は一本も使用していない事、三門の柱はケヤキで静岡県から運ばれている事、一本のケヤキから四本の柱が取られている程の大木は室町時代富士山の麓にしかなかったのだそうだ。等など・・・

ここもいろいろ見所はあったが、小生は山寺の静寂の方がよりインパクトがあったのかもしれない。

2010年6月1日火曜日

「のぞみ」と「ひかり」

天気がやっと良くなった。梅雨が来るまでの一瞬であろうとの予測で、婆さんにも薦めれて明日・明後日と京都にぶらり旅に出かける事にした。関西に出かけるのは本当に久しぶりの事だ。大阪に6年も居たが仕事一筋(?)だったので、関西の名所旧跡の殆どを見ていないと言っても過言ではない。これからの短い人生で巡る事が出来る場所はたかが知れている。特にどこを見たいと言う事も無いが、今回は「私本太平記」を読書中でもあるので頼朝ゆかりの神護寺にでも行ってみようかと思っている。

夕方には大坂時代の仲間、往時は毎晩のように飲み明かした同僚が京都市内に安酒場を探しておいてくれる筈だ。泊まるところも一応確保したし、楽しい旅になる事だろう。てな事でお次は交通機関の段取りだ。先日高校の同窓会で交通工学がご専門の日大教授講演を聞いた際、これから日本人はもっと公共交通機関を多用すべきであるとのご意見だった。その意味では、小生は自家用車も持たず普段から専ら徒歩と公共輸送機関だよりなので、優等生でもある。

そこで京都行の列車の手配し始めたところ、新幹線の「のぞみ」はインターネットの「えきネット」予約が出来ない事を知った。何れにせよ明日の話だから駅の窓口に直接行った方が早いと考え、ジパング倶楽部(JR東日本の高齢者向けサービスで通常は3割引きでチケット購入が可能)の手帳を持って池袋の緑の窓口まで行ってきた。ジパング倶楽部の3割引きは有難いのだが、盆暮とゴールデンウィークに使用できないのが少し遺憾ではある。サービスしてもらっているくせに不満を言うのはみっともないかな。
そこでさておき・・・

京都と言えば「のぞみ」と決まったものと思ったので、行きは明日9時の「のぞみ」指定席、帰りは「のぞみ」自由席で往復の乗車券を注文した。これを受けた駅員が「(のぞみ)は割引が聞きませんが宜しゅうございますね。」と念を押してくれた。思えば窓口が空いていた事もあるが、親切な人だった。勿論宜しくないので詳しく聞くと、「ジパング倶楽部はJR東日本のサービスで、東海がドル箱の(のぞみ)については協力してくれていない。」との事。えきネットで予約不能だった事も分かった気がする。

急ぐ旅でもないので3分後に発車する「ひかり」に変更してもらい、約3,000円がとこ儲かったと喜んでいる次第。民間企業であればサービスに差があるのは当たり前だが、又少しがっかりした。いっそ「こだま」とか鈍行とかの方が面白かったかも。重ね重ねさもしい話で恐縮でした。