読後感「私本太平記 全8巻」吉川英治 著

幼い頃「青葉茂れる桜井の里の辺りの夕間暮れ・・・」という歌を覚え楠木正成や新田義貞の絵本を見て育ったせいか、楠木や新田は正義の人で対する足利尊氏は天朝に弓を引いた極悪人と漠たる印象をぬぐい切れなかった。先日海音寺潮五郎の「武将列伝」を読んで少し違った印象を持ったので、改めて室町時代の歴史についてもう少し知りたいと思い、暇もあるので区立図書館から借りて読んでみた。

主人公は4人、足利尊氏、後醍醐天皇、楠木正成、新田義貞。時代は14世紀初め100年以上続いた鎌倉幕府の末期から尊氏が没するまで約半世紀に亘る歴史小説である。元来講談本の面白さから読書に惹かれているので今でも歴史小説は大好きである。脇に配されている人物は若干著者の手で誕生した人物が居るのかもしれないが、歴史に実在した人物が何人も登場し実に華やかなものである。

しかも舞台は鎌倉京都はもとより東北から四国九州、更には流刑地である絶海の孤島に及ぶ。比較的近代の歴史小説、例えば司馬遼太郎の作品なんかに比べるとスケールの大きさがまるで違う。どちらかと言えば中国の歴小説十八史略とか水滸伝に近いかもしれない。

理由は簡単で、主人公が単数で無い事とそれぞれが単純に善悪或いは敵味方にステレオタイプ化されていない事だろう。むしろ主人公には共通項がある。即ち武士であり、領主である事。更にヒエラルキーとしてその上の天皇朝廷が存在する事になる。彼等が生涯かけて敵になったり味方になったりして激しいバトルを繰り返すのが小説の骨子であるが、このバトルを主人公たちは何のためと考えていたか。

著者の解釈は皆似たような思いであったに違いないとしている。即ち己の家の子郎党、領民の安寧が第一、日本国全体の安寧が第二とする。そこに我が国特有の天皇制と幕府と言う制度が絡み問題が複雑になる。親方の幕府を倒して圧政を排除しようとする時、外国みたいに単純なクーデターを起こさず何故か幕府の上に名目上存在する朝廷からお墨付きを貰うのだ。

ところが当時の朝廷は現在の皇族と異なり皇族が山ほど居て、一応皇太子は決まっているケースが多いようだが、場合によっては天皇の上に上皇が存在するケースもままあったようだ。当然皇族も人の子だから人によってはこっちが好きあっちが好きと言う事になったのだろう。そんな事から戦を始める時にいつも朝廷が絡んでくる。基本的に天皇は戦争犯罪とは無関係なる不文律があって、天皇側が戦に負けても天皇は殺される事は無かった。

この辺は先の大戦後に昭和天皇が罪に問われなかったこととも大いに関係がありそうだ。しかし足利尊氏の弟の部下が皇太子を殺してしまう。この事は尊氏の意思と全く関係ないのだが、戦前に於いて彼を極悪人に仕立て上げたのだろう。話が逸れたが、兎に角僅か6,700年前の日本史を殆ど理解できていない大馬鹿の小生でも室町時代南北朝が存在した経緯も大凡理解する事が出来た。

余計な事だが著者は学歴だけ見れば小学校中退である。著者は当時の古文書を丁寧に読み込んだ上で、小説とは言え歴史的事実を枉げる事の無いよう配慮をしたとしている。実に読みやすく面白い読み物だが、ところどころに出てくる武士の教養精神性、学問の事と権力は掌中にする事が出来ても永劫性が無い事。しかし文化はこの荒んだ世の中で生まれても優れていれば後世に残る事等味わい深い記述が時々顔を出すのも嬉しい。

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