2026年8月24日月曜日

孫への期待

 昨日次女夫婦と孫一人を交えて昼食をとった。孫は朝6時頃帰宅したとかで、聞くと雨の中出掛けて下北沢で友人と飲んでいたとのこと。詳しくは訊かなかったが、残念なことにこれから車で名古屋まで帰らねばならぬとのことで、酒類は一切口にしなかった。孫が名古屋から態々出てきたのは28日が誕生日のため。今日になって気がついたがお祝いをするのを忘れた。明日にでも現金を送ろうかと思っている。

その時の話題。娘が強調していたのは、最近の若い人は遊びが少な過ぎると思う、もっともっと遊ぶべきだ。でも孫が言うには遊ぶのはいいとして、皆将来に不安を抱えている。それで本気で遊べるか?せめて年収の10倍くらいで住まいの目処をつけられれば良いと思うが、なかなかそうはいかない。今は2世代でやっとローンを組む時代らしい。いつも書いている通り経済なるものは全然分からぬが、高度成長期時代を過ごしてきた小生と孫の話が噛み合わないのは致し方がないのかもしれぬ。

孫たちはこれから多くの物が必要だ。車や遊び道具だけじゃ済まない。嫁も必要だろうし、家だって必要だ。しかしもう具体的アドバイスは何もできない。兎に角身体だけは壊さないようにしてもらいたい。

今日は午後1時からついさっきまでBSNHKで「プライベート・ライアン」を観てしまったのでちょっと中途半端だが、ここでやめる。

2026年8月23日日曜日

天の恵み

 昨夜真夜中に枕元に置いてあるスマホが不気味な音を出して「地震です、ご注意願います。」と大声で言っていた。成程少し揺れたが、大騒ぎするほどのことでなく、そのまますぐ寝入ってしまった。しかし起きて報道を観ると茨城県では震度5だったそうだからそれなりのことはあったに違いない。昨日夕方の土砂降りも凄かったが、これも千葉や東京の下町には想像以上の被害をもたらしている。今年の残暑の厳しさにはこれまでに感じられなかった不気味さがある。地震とは無関係だが、地球温暖化の影響は念頭に置く必要がありそうだ。

これも昨日の夕方だと思うが、ヒマラヤの山国ブータンで行われたトレールランのテレビ番組を観て思った。ブータンの5千メートルを超える高地には氷河湖が幾つか存在するが、何れも水面に氷の欠片が浮かんでいる。解説によると温暖化の影響を受け決壊の危機が迫っているらしい。高地と言っても暮らす住民やヤクなどの家畜も居る訳で、洪水が発生すれば両者とも生存が危うい。ブータン政府もこの現実を世界に発信するためにこのレースを実行したようだ。

アメリカのトランプ大統領が「掘って、掘って掘りまくれ」と煽るのは地球温暖化を無視した身勝手な言い分で、本当は石炭も石油も少しは知恵を出しながら使うべきだろう。温暖化進めば山林火災だけでなく他にも厄介な自然現象が起きるかもしれぬ。日本は資源小国ながら上下水道、ガス、電気と申し分ないインフラが整備されているラッキーな環境下に居る自分、これ以上何を望むことは何か?強いて言えば、戦争をしている国が早く戦争をやめてくれること。お互いに天の恵みに感謝して生きてほしい。

2026年8月22日土曜日

情報多様化時代

 IT技術の発達によって、新聞を取っていない小生にも連日実に多くの情報が跳びこんでくる。ある意味結構なことかもしれぬ。しかし、健康関連情報になると正反対な情報が同時に齎されるので、選択が難しい。薦められる食品が、片方では食べない事の選択を薦められるが屡々ある。ネットの広告であればさして気にしないが、書店などで執筆者が両方とも似たような大学教授だったら困るかもしれぬ。

子供の頃家にあった薬品は2種類。赤ちんとヨーチン。チョットした擦り傷や切り傷は赤ちん、少し大きい怪我はヨーチンと決めていた。もちろん成分の違いは何も分からないし、出血の量によっては脱脂綿を充てたり包帯を巻いたりした記憶がある。二人の兄が縁側で兄弟喧嘩をして長兄が次兄を突き飛ばした際、次兄がガラス戸に手を突っ込んで、親指を深く傷つき血まみれで庭に転げ落ちたことがある。

流石にその時は母が大きなタオルをもって駆け寄り、次兄の手を縛り、小生に次兄を外科の医者迄運ぶよう指示をした。小生は指示通り次兄を自転車の荷台に乗せて外科医迄運び、先生に緊急の診察を依頼した記憶がある。先に書いたように近年有用な情報はネットに溢れているが、緊急の場合の対応策はネットで検索している余裕は無い。もちろんAEDの使い方を知っておくことや人工呼吸の方法をマスターすることも必要だろう。

しかし家の中で水泳の訓練は出来ないし、テレビだけでは山歩きの難しさはどうしても分からない。何ごとであれ、情報より経験が自分を成長させることは変わらない。

2026年8月21日金曜日

読後感『「あの戦争」は何だったのか』辻田真佐憲著

 終戦の日前後だったが、確かTBSの「報道1930」で小生とほぼ同年齢で戦後史に関して詳しい保坂正保氏と同席出演をして、保坂氏に負けぬ論陣を張った若き論客。初めて見た人だったが、翌日ネットで調べてこの著書を知って、その日のうちに購入した。

先に若いと書いたが、44歳も若い。しかも慶應義塾大学文学部の後輩であった。これだけでも身贔屓するには十分だ。しかし贔屓目は差し引いてもこの本は賞賛に値する。現代は現職の首相でさえ「あの戦争なんて知らない。今更責任をなんて撮りようがない。」と無責任なことを言う時代。彼女をこれ以上引き合いに出すのは著者の労苦を汚すのでやめる。

1945年(昭和20年)8月15日、正確には14日らしいが日本はポツダム宣言受諾(無条件降伏)を当事国に伝えた。ポツダム宣言を正確には読んでいないので断定できないが、ロシアのプーチン大統領は北方4島はロシアに帰属と書いてあるようなことを言っている。日本外務省がこれに反論したとは聞いていない。もう一つ大事なことは小生も最近は先の大戦なんて呑気に書くが、あの戦争が大東亜戦争であったことは十分分かっている。

現代社会で大東亜なんてことを持ち出した著者には再度敬意を表する次第だ。小生はこの本を読み進めるため、大きな地図帳と虫眼鏡、それと歴史年表が必要だった。終戦後戦争犯罪人として法廷に立たされた人間は多いが、判決を受けて死刑執行された人間は恐らく千人強くらいではなかろうか。A級戦犯として巣鴨で拘置所に拘留されながら後に釈放になった賀屋興宣氏や岸信介氏。日の丸を振りながら出所してきた笹川了平氏。人間の運不運なんて本当に紙一重だ。

本書で一番感心したことは、著者自身が東条英機が大東亜と称した圏内を隈なく自らの足で回り過去を尋ねると同時に現在の住人が過去と現在の日本をどう捉えているか実際に探訪したことだ。

2026年8月20日木曜日

自己管理

 余り他人や他国の悪口を論いたくないが、アメリカのご都合主義は少し度を越している。大分前から目の敵にしてきたICC(国際刑事裁判所)を一昨日、この組織を徹底的に破壊するから加盟国も協力して脱退することを促し、トップの赤根智子所長をはじめとする職員に対して強力な嫌がらせ、制裁を科すと発表したのだ。アメリカは「悪意をもって権限を乱用し、与えられた任務の域を超えている」と主張している。日本政府とすれば当然「ふざけたことを言ってくれるな」と反論すべきだと思うが、どう反応するのだろう?

閑話休題:現代人には関心が高いと思われる健康と栄養問題、今日は小生の食事ついて書いておきたい。小生もご多分に漏れず食事には昔からいろいろ考えてきた。先日も少し触れたが、今月の初め世田谷に来て初めて長寿健康診断を受け、いろいろ改善点を指摘された。なかでショックだったのは高血圧の指摘だった。豊島区時代毎年定期的に検診を受けてきたが高血圧を指摘されたことは一度も無かったからだ。自分でも不思議だったが、検診時に3回計り直してくれても結果が変わらなかったので納得するしかなかった。

医師から「暫く自宅でも計ってください。」と言われて血圧手帳なるものを渡された。が我が家に血圧計は無い。ところが幸いこのところ通っている接骨院で計ってもらうことが出来るようになって毎日計っている。医師と接骨院は方向は真逆だが距離はほぼ同じ。既に4回計ってもらっているが何れも高血圧とは言えない正常値。序に始めたのが摂食制限、これは難しいが、出来ればこれも次の医師検診迄継続したいと思っている。

2026年8月19日水曜日

高市政権

 小生は毎週水曜日に配信される「きっこのメルマガ」を楽しく読んでいる。今日の記事は特に「千葉の豪雨は他人事」と題されていて読み応えがあったのでコピーさせてもらう。

書かれていた内容は高市首相の盆休み。即ち15日だけは午前中に陛下さえご出席の慰霊祭などに出席されたが、その日の午後を含め前日の14日も16日も公邸に籠り切りで何もしていない。その間に千葉県では死者を多数出す豪雨災害に見舞われていたわけだ。

ちなみに、発生から5日も経った昨日、政府はようやく千葉県の豪雨災害に関する関係閣僚会議を開きましたが、高市首相は被災自治体への普通交付税の繰り上げ交付の実施などを指示しました。つまり「カネだけは出してやるから今後も実務は自治体で何とかしろ」という丸投げ宣言をした。

「ダメだこりゃ!」と締め括られているが、全く同感だ。就任当時「働いて、働いて・・・・」と言っていたのは根も葉もない嘘。これが首相の本質だとすれば有権者諸氏には少し考えてもらいたいが、実際本音だと思う。

小生経済はとんと分からないが、政府がバタバタしても円の力はどんどん下がり、今日の株価も大分値下がりしている。米の価格が下がるのは消費者としては嬉しいが、米は一生食い続けるもの。消費者のコメ離れの前に農家がコメ離れをしたらどうなるのだろう?


2026年8月18日火曜日

夢の乗り物

 昭和20年8月の終戦から暫くして小学生になりたての頃、冬のある日長野市郊外の山道の入口付近で遊んでいた時、山が崩れたかと思う轟音を聞いた。恐怖に駆られて見上げた空をプロペラの無い飛行機が飛んでいた。小生が見た初めてのジェット機だった。ヘリコプターを始めてみた日は覚えていないが、かなり大きくなってからだろうと思う。平成29年の年末に他界した家内は生涯飛行機には乗らなかった。

小さい頃3輪車は無かったが、乗り物は幼い頃からの憧れ。自転車や自家用自動車に迄至至り、随分進化して生活に利便をもたらしてきた。しかし最近あちこちで聞くドローンなる代物。これの乗用利用は大阪万博でデモ飛行が披露される予定だったが、未だに実現していない。確かに空間を自由に飛び回る乗り物をどのように整理するかは管理する側にとっては頭の痛い問題だろう。しかしドローンは武器として大変なスピードで進化し続けている。

昨夜テレビで観たのだが日本を代表するドローン製作企業の代表者が教えてくれた。武器として発展を続けるウクライナで商機を見出し始めているようだ。すると同時に日本の防衛省が急遽ドローンを導入するとして製作会社の入札を告知。もちろんこの企業も応募して入札資格は得たものの、これからが心配だと言っていた。この企業はウクライナに支社を置いているから実証データは何とかなるが、受注した後の部品の入手先など、問題が出てくることを心配していた。

応札企業は4社で、この企業以外は何れも海外企業の日本代理店(商社)。現在のドローンは夢のある乗りものでなく武器としてビジネスの資源になっているのだ。