2023年12月31日日曜日

皆で良い年を

 いよいよ大晦日。今年もいろいろあったが、あまり褒められるようなことは無かったようだ。最も辛い思い出は横断歩道でで慌てて転倒して眼鏡を壊したり腕に外傷、肋骨にヒビまで入れてしまったことだ。自分としては今年の正月だったと思っていたが、ブログで確認すると6月10日夕方と書いてある。記憶まで随分曖昧になっているとしか言いようがない。囲碁も大分弱くなった。ネット碁のランキングを見ると世界9805位、日本6877位となっている。会員数7万とか8万と言われている中だから、まあ良いとしてこう。来年も続けていればもっと落ちるに違いない。

何事も進歩は期待できない年齢であることは自覚している。そんな状況下でまあ頑張ったなと言えるのは歩行数。365万歩はいったろう。いろんな道を歩いみた。そしてこのブログ。来年も続けたいが、できるかどうかは別問題。子供の頃父がよく言っていた「学問に王道無し」と同じで、ただ歩いているだけだが、自宅から池袋までの道にも近道と言えるものは無いことが分かったような気がする。要するに何事も王道や近道は無いのだろう。どうせだったら命も近道でなく、長い道のりでお願いしたい。

今日は真冬にしては少し暖かい。正月を自宅で過ごすのは久しぶり。妻の葬式以来かも知れぬ。とすれば7年ぶり。自宅が一番と妻はよく言っていたが、案外そうかも知れぬ。自宅であれば何事も日常通りで行けば良い。但し今日から3日位は常と少し異なり、歩行数も少なくなるだろう。手始めの今日は世田谷祖師谷の次女宅でお年取りの誘い、13時には全員揃うのでとのこと。帰宅は5時過ぎだろう。明日は元日だから終日在宅の予定。食事にはおせち代わりのの品を買ってきた。後はテレビ(今のところ観たい番組は無いが何か有るだろう)と読書、今月買った「モンテ・クリスト伯全5巻」も半分まで来たことだし、とネット碁で過ごす。2日は長女が朝食にと、雑煮を持ってきてくれる予定。昼以降は店も開くことだろう。

以上家族の顔を見ながら、酒も控えめで来年も結構な正月を迎えることになる。

2023年12月30日土曜日

会者定離

 今年も今日と明日だけ。例年になく有り難く思ったのが、今日まで燃えるゴミの収集があること。年末年始1週間以上休業する会社、お店やお医者さんが多い中で、来年4日から清掃局は活動開始とのことには感心、感謝だ。お医者さんだって人の子だから休診は責められないが、新型コロナが世界的に蔓延し始めているとの事も少し気になる。今年の5月以降新型コロナは指定感染症の5類に変更になっている。空気や人の動きに大きな変化が無いなら病原菌の活動も大差が無いだろう。

人の動きが活発になって経済が活性化することに異を唱える訳では無いが、不思議な気もする。日本でも冬になってコロナ患者が増えているようだがカウントの仕方が4月までと全く異なるので比較の仕方が分からない。特に死者数は5月以降発表が全く無い。例年暮には死亡する人が多い。家内も父もそうだったし、親類でも経験がある。急患を搬送する消防署や、焼き場などは相当混雑してるとのことが、コロナ禍の影響がどこまでかは全然分からない。

知ったところでどうにもならぬが、せめて自分は花が咲く4月頃旅立ちたいものだ。欧米で12月はクリスマスシーズンだからハッピーな気分が世間を覆うようだが、日本は反対に死者思い出す季節なのかも知れぬ。個人的にも12月はどうしても忠臣蔵を思い出してしまう。子供の時代から講談本や映画なんかで馴染んできたが、忠臣蔵は当に別れの美学の集大成。47人浪士の切腹は年が変わって翌年の3月14日だったとのこと。別に裁判があったわけでもないと思うが、幕府にも様々な思いがあったのだろう。

そんな事実はこれまで詳しく調べたことがなかったが、幼い頃から印象に残っているのは、日にちとは関係なく浪士全員が死ぬことを前提に事に及んだことだ。リーダーの大石内蔵助は江戸に下る直前、主君浅野内匠頭の元妻瑤泉院に別れの挨拶に出向く。この時の名台詞「此の度西国のある大名に召し抱えられる事になりましたゆえお暇乞いに・・・」がなんとも日本人らしい。

もう一つ有名なのが大高源吾と俳句の師匠宝井其角との両国橋上での出会いと別れ、師匠の其角が詠んだ「年の瀬や水の流れと人の身は」上の句に大高源吾が「明日待たるるその宝船」と付けたとされている。こんな話が世紀を超えて語り継がれているのも日本人の美意識だろう。

2023年12月29日金曜日

政治家の発言

現在の官房長官をすぐに思い出せないほどその存在は影が薄いのかも知れぬ。代わりに岸田首相自身の記者会見が頻繁にテレビで報道される。首相ご本人が好んでしているのかも知れぬが、逆効果であることは世論調査の首相支持率にもはっきり示されている。ここで改めて指摘するまでもないとも思うが、首相の多弁は説得力の欠如、即ち発言の軽さが目に余る。昨日の柿沢議員逮捕に関しても態々テレビのぶら下がりで発言していた。「実に遺憾であり、同時に彼を法務副大臣に任命した任命責任を重く受け止める。」とのこと。

「責任を重く受け止めるなら形でしめせ!」と言いたくなるほど全く反省の色が伺えない。これが言論の府で最高の権力者かと情けなく思う人は少なくないだろう。今テレビカメラを前にして発言できる自民党議員が殆いなくなってるので仕方ないかも知れぬ。柿沢議員に関しては、党として大問題になっているパーティー券の裏金問題とは少し関係が薄いようにも見える。本命の裏金問題でも表に出てきている議員はキックバック金額が多かったとされる議員ばかりで、期待に答えるものではない。

検察の意図が奈辺にあるか分からぬが、少なくても小生は、大物議員たち個人の逮捕を望んでいる訳ではない。問題は自民党政治がどれほど酷く金銭で汚染され、歪められてきたかを検察が明らかにしてくれること期待してるのだ。もうご用納も終わった今日、これ以上の操作情報は出なくても仕方ない。検察には年が明けても引き続き捜査を継続して期待に応えてもらいたい。 

2023年12月28日木曜日

かみさん(女房讃)

 今日は亡き妻の7回目の命日。7回忌は親しい親族に集まってもらい、17日に長野の菩提寺で執り行えたので、今日は一人で寂しく在りし日を思い出している。現代人としては70歳での他界は長生きとは言えないだろうが、亭主の小生には勿論のことだが、2人の娘、3人の孫にもほんとに面倒見が良かった。身内だけでなく関わりのあった他人からも本当に頼りにされていたと思う。今でもよく顔を出してくれる区会議員が居るが、彼は若い時石川県から上京して我が家の近くに住まいし、ある代議士の秘書をしていた。

当時家内は娘たちが通っていた中学の養護教官の女性が民社党区会議員の後任に押されて立候補したことから、その選挙を熱心に応援して、選挙期間中は毎日事務所に通っていたように記憶している。前述の秘書さんの先生は自民党だったが、民社党は右派社会民主主義政党だったので、秘書さんは代議士の使いとしてよく家内が詰めていた事務所によく顔を出していたらしい。そこで家内に気に入られて議員になるよう薦められたと今でもよく話をしている。当時個人的には政治には関心な無かったが、家内から随分知恵をつけられて政治への関心も芽生えたことも思い出の一つだ。

子育てにはまるで無頓着で全面的に家内に任せきりの人生だったが、この手腕も認めない訳にはいかない。二人の娘は勿論、3人の孫に至るまで目配りには感心するばかりだ。兎に角思い出すと、恥ずかしいが満点女房ということばかり。世間では「亭主亡き後の女房は長生き、女房を亡くした亭主はすぐ後を追う」と言われるが、分かるような気もする。しかし、その割には小生独居して7年はよく持ったものだ。これも家内が色々配慮して後に備えてくれたからに他ならない。本当に良く出来た女房の鏡と言える。

若い時から占いが好きで、2度結婚の相ありと何度も言われたが、どうもその気は無さそうだ。

2023年12月27日水曜日

食いしん坊

 美食家と自慢できるほどではないが、残る余生は短いから、できるだけ不味い食事は避けたいと思っている。朝飯は毎日自分で炊いた飯に自己流手作りのおかず数品(これも決まり切ってはいる)で食するので不味いとは言えない。問題は残る2食、1食は軽いパンと牛乳200ml程度で済むが、残る1食はどこかの店で食う。なので行きつけの店が数軒ある。東京の良いところは飯屋が美味いことだと思っている。

昨日正月をアメリカで過ごす友人を羨ましいと書いた。確かに羨ましい面もあるが、飯の不味さを思い出すと、果たして本当かなと自問したくもなる。甘いものも好きなので、3日位は我慢できるだろうが、いつも4日目にはあっさりした和食が恋しくなるから不思議なものだ。ヨコ飯も相の手にパンをかじれば似たようなものと思うが、現実は白米飯には敵わない。日本人の殆どがそうとは言い切れないだろうが、小生は美味くて少量のおかずの品数が多いのが和食の特徴と思っている。

小生もそう毎日そんな食事ができるわけだはない、殆どはカレーや丼で済ませているが、今日の昼は奮発して和食店<メトロポリタン池袋:日本料理 花むさし>で3700円(JRの会員カードを持っているので支払いは3330円)の一番安い昼食を注文した。品数は食後のデザート別にして15品種くらいだったがどれを取っても美味くて実に納得した。大統領の自宅を訪問してもハンバーガーで饗される国と比較すると、日本の食文化が如何に優れているかが理解できるというものだ。食い物の違いは国民性なんかにも大きな影響があるだろう。

2023年12月26日火曜日

粗忽者の暮・正月

 今年もまもなく終わる。年末にすべきことは一応済ませたようにも思うが、粗忽者の小生だから大きな忘れ物もあろう。昨日現役時代の友人に電話して「正月に飯でも食おう。」と誘ったら、彼氏は今日からアメリカに行く予定とのこと。「帰国してから連絡するよ。」てなことで羨ましくもある。アメリカのどこに行くかまでは聞かなかったが、彼も立派なサラリーマンの退職者。どう考えても仕事ではあるまい。こちらはこの正月から都内のホテルに行くのさえ止めてしまった。経済的理由もあるが、予約すら面倒に思えてきた。

現役時代になるが丁度この頃、12月の26日か27日に思い立ってボストンに居た甥っ子を訪問する気になったことがある。近畿ツーリストに勤務していた高校同期生に電話して相談すると、彼の会社も明日から正月休みなので手配不可能。但し、同期生の誼で、アメリカの航空会社に話をつけたから明日搭乗券を受け取ってくれとのこと。翌日帝国ホテル1階の航空会社に出向いて搭乗券受け取りまでは何とかなったが、ボストン空港に出迎える約束の甥っ子の姿が見えず、慌てた思い出が蘇ってきた。当時はボストンで年越し、元日からニューヨークで3泊くらいしたような気がする。しかし今になると、家内がよく言っていたように、我が家にいるのが一番かもしれぬ。

そこで早速今年を振り返ってみる。反省すべき点が多々あった。根が粗忽だから仕方ないが、来年はも少し大人になって慌てないようにしなければいけない。中でも特に注意したいのは天然自然に逆らわないようにすることだ。このことは毎日の散歩コースにある金光教教会の入口に掛けられている警句から引用させてもらった。全文は57577の和歌になっているが正確には思い出せない。金光教は日本独自の宗教で神道の一派らしいが、東京では教会らしきものを結構見かけるが、故郷長野市では見た記憶が無い。

そんなことはどうでもいいが、暖冬だと油断しているとまた風邪を引きかねない。初冬に引いた風邪がやっと治ったばかりだ。兎に角、汗をかいたらすぐ着替えること、就寝前は風呂で身体を温めること。そして布団に入ったら頭寒足熱と言われるように足先が冷えないようにすること。昔は炬燵に足を突っ込んで寝たものだが、最近は電気アンカを使用している。何をしても年寄りじみて自分でも嫌になることが多いが、歳をとった事自体が自然なのだから変な抵抗をしないよう心がけたい。無駄な抵抗をしなければ未だそこそこなんとかなるだろう。

2023年12月25日月曜日

読後感「ザイム真理教」森永卓郎著

 財務省や日銀などの財政金融政策を厳しく避難することが目的で書かれたものであることは分かるが、正直なところ経済音痴の小生には難しく、1度通読しただけでは理解するのが難しい。小生の年収は厚生年金と国民年金を合わせて年間233万円強。国の予算は今年度も来年度も110兆円を超え、税収も60兆円を超えている。予算は使うお金、それに比べ収入がやけに少ないが、このギャップは国債で穴埋めされる仕組み。

国債とは国が国民に借金することに等しく、どこかで精算する必要があるようにも思うが、読後感的に言うと、即ち著者はその考えが間違っていると言いたいようでもある。要するに国家の政策を己の家計に準えて見てはいけないようだ。ただ、国債の発行が野放図に放置されるのも問題で、先の大戦当時に大量に発行された国債で、物凄いインフレが起きて日本経済が破綻した事実もある。兎も角、さじ加減の難しさは素人には想像つきかねる。

何となく分かるのは、何れにしても政府は先ず国民から与る税金、税収に深い想いをする必要があること。著者に言われなくても、政府には経済学者が揃っているのだから毎年慎重に税金については検討を重ねているはずだ。しかし著者は現在の税制が富裕層優先で低所得層に厳しすぎると言う。消費税の問題もある。相続税の問題もある。細かに見ていくと問題だらけらしい。税とは違うが社会保険料も似たようなところがあるので同時に考える必要がある。

この2つを合わせた国民の負担率を考えると日本は約5割となって、江戸時代の4公6民を大きく超えているらしい。本書には所々に普段こちらが感じてるような具体的記述があるので、難しさを我慢して通読したが、冒頭書いた通り論理的に整理されて記憶には残っていない。何となく感じるのは市民の一人として、来年以降の生活が少しでも楽になりそうなことは無さそうだ。今年に増して生活費を削らなくてはと思うが、削れる要素が殆ど見当たらないので愕然とするばかりだ。