2021年5月31日月曜日

孤独

 家内が亡くなって既に4年以上が過ぎて、孤独な毎日が流れて行く。孤独は精神的に辛いものがあるのは確かだ。今日の新聞テレビは申し合わせたように、単身上京している大学生の孤独問題を取り上げた。神経が参って休学して帰郷する学生が多いとのこと。半分遊びたい一心で上京した我が身を思えば、20歳前後の時代、1年も狭い部屋で独居が続いたら精神に異常が生じても不思議は無い。勉強好きな人間の心理は分かりかねるが、いくら好きでも学校にも行けずに、自室に閉じこもり放しでは似たようななことになるかもしれぬ。

近年同年輩の友人には我が身と同じ環境になった人、或いは友人が先に亡くなって奥さんが孤独になっている人が増えてきた。それでも女性の場合は子供たちが別居していても、ご機嫌伺いにやってくる頻度が高そうだ。奥方に先立たれた友人も何人かいるが、多分子供さんの訪問回数は少ないのではと勝手に想像している。手っ取り早い解決はイギリスの首相のように新たなガールフレンドを作ることだろうが、80歳を超えるとどこでそのチャンスに巡り会えるかが問題だ。幸い個人的には、がん治療の際に女性ホルモンを大量に注入されたせいかどうか、足掛け5年孤独に耐え抜いたので、あと数年は頑張れそうだ。

身内には孫が一人、筑波で単身生活をしている。1年に数回合う機会があるが、学校に毎日通える環境にあるみたいで、孤立感の心配はなさそう。むしろ母と同居している下の孫の方が、部屋に閉じ籠もる時間が多そうで心配してたが、最近は彼女が出来たらしく、休日にハイキングに誘っても断ってくるようになったから善しとしよう。甥や姪もほぼ全員所帯を持っているからそれなりの毎日を送っているだろうが、一人だけ独居を続けている甥がいる。しかし彼は留学経験が長かったので、それなりに耐え抜く精神が鍛えられたのだろうと信じている。

人間は社会的動物で「たかが一人 されど一人」なんて粋がっても、集団から孤立しては生きられないことが科学的に立証されているとのこと。確かにその通りだ。独り身になってから毎朝仏壇に手を合わせるようになった。特に願い事は無いが、亡くなった人を含め家族、親族、友人、恩人一人ひとりの顔を思い浮かべるのが常になった。

閑話休題:昨日ブログのアクセス件数についた書いたが、どうも誰かの悪戯だったかもしれない。昨日のアクセスは又100件チョットに戻っていた。別件だが、今朝読みたい本をアマゾンで検索した際に、アマゾンカードを購入すれば5千円引きなるとの言葉に欲ボケして申し込んでしまった。全ての個人情報と銀行口座の紐付けを入力してからの最終メッセージが、なんと「誠に恐縮ながら今回はご入会をお見送りさせていただくことになりました。」

やられた、と思い昼に銀行に出向いて確認すると、未だ引き落とし被害は発生していない。それにしてもアマゾンはコールセンターも無ければ、チャットでの連絡もできない。余りにも巨大すぎて対応不能ということかも知れぬ。

2021年5月30日日曜日

サンデーモーニング

 このブログに不思議な現象が発生している。先週水曜日26日迄1日のアクセス件数は、100件前後で長いこと推移していたが、26日急に500件を超すことになった。びっくりしたが、システムトラブルの可能性もあるだろうから暫く様子を見ることにした。それから既に4日過ぎたが、昨日までアクセス件数が高止まりしたままだ。何かの原因で本当に読者が増えたとすれば、有り難いし喜ぶべきことだ。

今日は日曜でもあるのでメディアについて書きたい。広告屋だったのにCMが煩わしくて余り民放テレビを観ないほうかも知れない。しかし長いこと観続けている番組の一つに地上波TBSの「サンデーモーニング」がある。1987年の放送開始だから、既に老朽番組で若い人の受けが悪く、近い将来番組廃止の噂が高まるのは仕方ないだろう。この番組が世に出た頃は、小生も若くてTBSには毎日のように入り浸っていたので、当時の状況は今でも鮮明なところがある。

当時の我が肩書は記憶にないが、カウンターパートに居た営業課長はその後社長にまで上り詰め。そしてその1期か2期上で編成課長だった人物が奇しくも高校同窓の先輩だったので、営業課長に紹介されて親しくさせてもらった。当時はテレビ放送に時報なんかが残っていたかも知れない。作家の井上ひさしか青島幸男か忘れたが「セイコー社の時計が8時をお知らせします」なんて聞くと欲情が湧いてくる、なんて言った作家も居たと思う。

この編成課長がこの番組でヒットを飛ばしたのは事実。彼がよく口にしたのは「テレビには生物(なまもの)が必要」で、情報の新鮮さを強調するために、スタジオにゲストを招き、生で解説する重要性を発見したのだ。今では社会情報番組なるジャンルでごく当たり前になっているが、当時は新鮮な番組だった。MC(総合司会)の関口宏氏も相当な爺さんになってしまった。テレビ出演は殆どこの1本だが、タレント事務所を設立して多くのタレントを排出している。中で代表格は今でも関口氏に次ぐキャスターを務める橋谷能理子氏。彼女が最初から居たかどうか忘れたが、相当お年は召されただろう。

若い人には評判悪いかも知れぬが、出演者と同年輩の小生には共感を覚えるところがある。多くの出演者の中にはどうかと思う人物も時にあるが、今朝の出演者の組み合わせは特に好きだ。筆頭は元三井物産社長の寺島実郎氏、次いで長野県出身ジャーナリスト青木理氏、元毎日新聞科学部出身で論説委員元村有希子氏、朝日新聞メディアラボの竹下隆一郎氏。この組み合わせであれば決して爺や婆さんの寝言とは言えないと思う。

それぞれの主張には聴き応えがあった。特に強調したいのは2点。1.日本のコロナ対策が本格化して500日経つ。この間投じられた予算が77兆円、その使われ方適切だったかどうか、政府には説明する責任がある。因みに医療関係には4兆円くらいしか投入されていない。2.政府は口先で責任を取ると言いながら、これまでに責任をとったためしは皆無。オリンピックは強行の気配だが、その責任の所在も不明確で非常に不安。

2021年5月29日土曜日

絵本と童話

 現代と異なり小学低学年時代までは、書店も少なく、どこの家庭にも児童向けの本なんか殆ど無い時代だった。あるのは友人の家にあった古い絵本ばかり。友人に借りたりして読んだ絵本は殆どが昔話。桃太郎や花咲か爺や一寸法師に金太郎に牛若丸なんてところだったろう。小学4年生頃になって集英社の「おもしろブック」なんて雑誌を読み始め、高学年になって講談社の「少年倶楽部」を毎月買うために母からお小遣いをねだったものだ。

従って幼少の頃に外国の童話というものに接した経験がない。アンデルセンの童話にしろイソップ物語やピノキオなんかも全て文字で読み覚えた筈だ。児童向け小説で特に印象深いのは我が家に唯一有った児童向け文学「小公子」の分厚い本。これもかなり大きくなってから読んだ記憶がある。何が言いたいかと言えば、印象画面が画像でなく文字ばかりで脳みそに刻み込まれたので、変にませているが、どこか情緒に欠ける歪な性格が培われた可能性もある。

当然のことだが、一昨日死亡が大きく報道されたアメリカの絵本作家エリック・カール氏のことは全く知らない。報道によれば、世界各国で世代を超えて親しまれている絵本「はらぺこあおむし」とあるが、勿論初耳である。世界各国とあるから日本でも相当読まれているのだろう。しかしコロナ禍で子供に絵本を買って読み聞かせる経済的余裕が無くなって苦しんでいるお母さんも少なくない筈。

今日ふと思ったのがコロナ禍の中、我々大人が暗い気持ちになるのは仕方ないとしても、未来を担う子どもたちの教育や情操の発達に大きな影響が出ることだけは避けたいものだ。我々世代の子供時代は確かに貧しくはあったが、戦争の軛から開放されて、子供には分からなかったが、大人たちには遥かな将来に輝く希望ような存在があったのだろう。現状を打破する努力は子どもたちが大人になって初めて分かることだ。

子どもたちが大人になった時、親の苦労を知る時は必ず来る。子供はもう大人になっているから良いとしても、一番下の孫は未だ中学に入学したばかり。つい最近までトムとジェリーのアニメを繰り返し見て喜んでいた。この孫は未だブログを読むことはあるまい。他の子や孫もブログは知っていても読むには至っていない。ある日、それは我が存在がこの世から消えてからになるかもしれぬが、我が胸中にあったのが日本社会や政府への不満だったと知ることになる。これは互いの不幸だ。

2021年5月28日金曜日

 何の因果か、大都市の多くの飲食店が行政の命令に近い要請を受けて、酒類の提供が出来なくなっている。50歳台までは晩酌するほど酒が好きで、もちろん外でも多いに飲んでいた。ところが自然の成り行きで年齢とともに酒量が落ち、最近では殆ど飲まなくなっている。毎日の外食、特に夕食の場合も酒抜きで特別の不自由は感じなくなっているが、今週あるイタリアンレストランでの食事の際のこと、どうしてもワインが飲みたくなった。この店は、以前夕食のサービスメニューにワイン飲み放題が付いていたことがあった。

それに似た料理を注文してしまったので、当然ワインが出てくると勘違いしてしまったのだ。料理が来てから気付いたが後の祭り。この店では例え時間が早くても酒類は一切提供してないらしい。そうなると余計欲しくなるのが人情。料理がうまく喉を通らないので、已む無くジュースを注文したが、とんでもなく味気ない夕食になってしまった。店長が言うには缶ビールなんかの持ち込みも出来ないとのこと。もちろん隠れてある程度の種類提供している店はあるらしいが、営業している大部分は要請を遵守してるらしい。

百薬の長である酒を、身体が欲する時に飲めないのは確かに困ったことだ。行政の担当者にすれば「恨むならコロナウィルスを恨め」だろうが、我が家の2軒先にあった酒屋が廃業してしまったし、その家の脇に置かれていたビールの自販機も見当たらない。未だ本格的暑さにはなってないので今直ぐには必要無いが、家にも缶ビールくらいは置いておく必要がありそうだ。荷物になるがコンビニから半ダースくらいは買っておくことにする。

2021年5月27日木曜日

システムトラブル

 昨夜からの報道(日経)に「政府の情報システム「1者応札」7割 霞が関DX阻む」がある。他にも最近日本の重要インフラシステムが次々にハッカーのアタックにあっているとの報道が後をたたない。昨日だったか、加藤官房長官が富士通のシステムがハッキング被害を受けたことに関連してだったと思うが、「被害は生じていない」と言った趣旨の発言をしたのを聞いて驚いた。ハッキングにあったこと自体が被害ではないか。

自衛隊に運用を任せたとするワクチンの集団接種会場でのシステムダウンなんか、小さな事故かもしれぬが、兎に角日本のデジタル技術の遅れは目を覆うばかりだ。冒頭に上げた日経の記事には「20年度の経済財政白書によると、国内のIT人材のうち官公庁など公的部門に属するのは0.8%にとどまる。一方で米国は10.7%に上り、多様な部署への配置が可能だ。」とあるが、IT人材と言ってもどんな人材を言うのか分からない人が大部分だと思う。

勿論小生もその一人だが、大分昔、ウェブサイト(ホームページ)の制作・管理と受注先だった小さな公益法人のLANシステム(パソコンの社内ネットワーク)の管理を請け負っていたことがあるので普通の高齢者よりは少しマシかも知れぬ。生半可なりに知ってることだけ上げてみよう。IT人材と言っても多種多様の筈。孫が筑波の大学院生でAI(人工知能)の研究をしてるそうだ。内容は全く理解できぬが、彼なんかは先ずその一人だろう。

昔仕事をしていた頃は技術面を担当してくれたスタッフを纏めて一口にシステムエンジニアと呼んでいたが、当時でも担当する仕事はかなり細分化されていた。毎日使うパソコン上に表示される文字や画像や動画は全て数値化されたプログラム(これがまた多種多様)の指示に依っている。だから俗に言われるプログラマーが一番重要かと言うとそうでもない。個人的理解で言えば、重要な人物はやはりデザイナー、即ちある種の芸術的センスの持ち主だった。

ただ言えるのは、どの職種にせよ一朝一夕には養成することが出来ない人材であることだ。だから霞が関には実際に人材不足が発生して一社任せ状態が発生してるのが実態だろう。そしてこの機に乗じて荒稼ぎをしているのが竹中平蔵氏が率いてる人材派遣会社のパソナだろうと憶測している。これを打破しようとしているのか、悪乗りするつもりかが理解できないのが9月に発足するデジタル庁。霞が関のデジタルトランスフォーメーション(DX)を一手に担うとのこと。

そんなことより我が身のこと、暫く鳴りを潜めていた脅迫メール「貴方のパソコンを完全に乗っ取りました」が昨日また6通も入ってきた。これを搭載しているセキュリティーソフト(ノートン)の削除メールに一々登録しなければならなかった。

2021年5月26日水曜日

ビギナーズラック

 今日は父の誕生日で明日が海軍記念日。このセットがいつも記憶に蘇る。父のことは数日前に夢に見たことを書いたばかりなので重複を避ける。父が生まれた翌日(1905年5月27日)が東郷平八郎連合艦隊司令長官に率いられる日本海軍が日本海沖で、ロシアからアフリカ沖を回って遥々やって来たバルチック艦隊を迎撃、歴史的勝利を収めた日となった。父とは関係ないが、この時の日本人の興奮が如何ばかりだったかは容易に想像できる。

僅か38年前に日本が統一国家となったばかりで、外国との不平等条約はほぼ解消されていたかもしれぬが、国民の大半は欧米先進国に対して劣等感を持っていたに違いない。地理的には欧州でないかも知れぬが、ロシアもその先進大国の一つで、国境を接した隣国であり、江戸時代から何かと後進国の悲哀を目の当たりにしてきた国だ。この海戦の勝利がきっかけなったと思うが、結局日本はロシアとの戦争に勝ってしまった。

こんな事を言うと国粋右翼から非難を浴びるだろうが、これがそもそも間違いの始まりだったかも知れぬ。当時は日英同盟があり、ロシアも戦争に負けたと認めたくなかったろうが(事実その後、日本は国名がソ連と代わったロシアに何度も手酷い敗北を喫している)、アメリカの仲裁や国内の共産主義の燻りもあったのではと想像する。しかし結果は全てで、日本は賠償金の他に樺太、千島列島や満州鉄道の権益など些か分不相応な戦利を獲得してしまった。何事にもビギナーズラックとの俚諺があるように、博打の世界では特に注意されているようだ。

以来日本人はごくまともな人でも神佑天助とか精神力とか根拠不明なものに頼ることを肯定し、変な自信を持つようになってしまった。先の大戦前夜、東條首相が若手士官に諮問した日米戦争結果が、どう見ても日本の負け、との報告を受けた時のことが明確に示している。即ち、科学的根拠に基づく結果は精神力で克服できるとして答申を無視したのだ。残念ながらこの悪しき習慣が日本の指導層から脱しきれない。身体能力や知能は努力に依ってある程度の向上出来ることは理の当然だ。結果は運動会やテストに明確に現れる。

しかし、これはその時点でのこと、ある意味でその時既に過去のことだ。将来のことは環境の変化等変数が多すぎて誰にも予測は困難。環境の変化を見極め、事実を確認しながら謙虚に一から見直すことが、誰にとっても重要だろう。

2021年5月25日火曜日

常識を疑え

 代り映えなく退屈な毎日の中で最近努めて思うようにしてることがある。環境に変わりがなくても自ら変わること出来る何かを見つける努力だ。そうは言っても容易ではないが、小さなことで良いから、何かを見つけたい。そんな矢先、今日の朝日新聞デジタルに非常に感動的な記事があった。見出しは「カブトムシの常識、埼玉の小6が覆す 世界的雑誌に論文」埼玉県杉戸町の小学6年、柴田亮君(12)が素朴な疑問から始めたカブトムシの観察が、夜行性とされてきたカブトムシの活動リズムの常識を覆す発見につながったそうだ。

きっかけは小学4年の夏、自宅の庭に来ているカブトムシを見ると、夜行性の筈のカブトムシが昼間も活動している。不思議に思って図書館で題名に「カブトムシ」と書いてある本を片っ端から借りて読みあさったそうだ。その中に、柴田君の家でカブトムシが集まる木(シマトネリコ)について「シマトネリコにはカブトムシが昼間も残っているようだ」と書いてある本を見つけ、母に頼んで著者(動物生態学を研究する小島さん)に質問をぶつけてもらった。

小島さんも理由が分からないので、折角だから観察を続けたら、とのアドバイスがきっかけで、折からのコロナ騒動の昨年が夏休み返上には良いチャンスだったのだろう。庭に来るカブトムシの背中にアクリル塗料で印をつけ、区別が付くようにした。数の調査に加え、162匹の入れ替わりが記録できた。7、8月は毎日欠かさず観察。外出前と帰宅後、時には夜中に家族にビデオで撮影してもらって、時間をずらしてカブトムシを数えた。調べた回数は、231回になった。

データを見た小島さんは「想像した以上に精緻。大学の卒論でもここまで丁寧にやる学生はいない。論文にできるのではないか」と思ったそうだ。柴田君は「新型コロナで旅行にも行けなかったけど、カブトムシがいたおかげで楽しい夏休みになった」と振り返る。かくして、 2人の名前で投稿された論文は今年4月、この分野のトップ学術誌の一つ、米生態学協会の「エコロジー」(電子版)に掲載された。

論文に不備がないかの査読をした外部の研究者は、データの分厚さに、「記録を集めた人間は称賛に値する」と驚いていたという。論文の謝辞の欄には、柴田さんの両親のほか、家族で外出する際に観察を手伝った祖父の名前も記された。朝日新聞本紙にも掲載されている可能性が高いので、周知のことかも知れぬが、暗いニュースが多い昨今なんとも心温まるニュースだった。柴田少年のように常識を疑って自分の目で確かめる努力をしたいものだ。