英語でこじゃれたタイトルを書いたことには訳がある。昨夜恒例の高校同期生4人とのリモート懇談で、友人の一人がパソコンのメモリが壊れたかで修理に10万円以上の費用を費やさざるを得なかったったとのこと。昔のパソコンには記憶媒体用のドライバが着いていたが、少なくても小生が使用しているパソコンには何も無い。テレビの下にはDVD録画装置が置かれていて、昔は日曜日放送のNHK「テレビ囲碁トーナメント」を何週間分も溜めて思いついたら観ることもあった。
しかし現在は記憶や思い出は面倒くさくて観る気が起きない。今日現在今のことで精いっぱいで、明日になったら皆忘れてしまえばそれまでのこと。思い出して楽しんだり悔んだりしても仕方がないだろう。明日になれば又新しい楽しみがあるかもしれぬし、今日の失敗は忘れるのが一番と思い始めている。昔から<年寄りは昨日のことは忘れているのに、何年も前のことは覚えている>と言われるが正にその通り。
ゆっくり起きていつもと同じ朝飯を用意してこれまたゆっくり時間をかけて摂ったあと、いつも通りに後片付けをする。明日に備えて必要な買い物を記憶。単純な繰り返しだがそれが出来れば十分だ。複雑なことは考えず記憶も記録も必要無い。小難しいことは皆子供に任せ。今後は選挙にも行かずのんびり生きるつもり。何時かはあの世からお呼びが掛かるだろうが、言い残すことは特に無いから葬式は好きなようにしてくれ。ただ遺骨だけは家族全員が眠る長野の寺に運んでもらいたい。唯一の頼みだ。
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