無条件降伏の日

あの日から69年の歳月が流れたそうだが、昨日は沖縄辺野古岬で国が一般人を強制的に締め出し、シュワブ湾の測量準備に入った。これから9年の歳月をかけてこの海を埋め立て、アメリカ海兵隊機のための滑走路を整備するそうだ。全てはアメリカの要求に基づくものであり、国民を代表している政府はその要求を素直に受け入れているが、本心からこの要求を素直に受け入れる国民は果たしてどのくらい居るのだろうか?テレビを見ていると、賛成をする地元民のインタビューが必ず何人か放送される。

如何にも世論の賛否は相半ばするが如きの扱いである。もう間もなく行われる知事選の結果を見ればその答えは明らかになるだろうが果たしてどうなることやらだ。政府の魂胆は菅官房長官の「普天間基地の移設は、名護市辺野古沖の埋め立て許可をもって、政府としては決着がついたと思っています。『辺野古埋め立てをやる、やらない』というのは終わったと考えています」に示される通り、昨年末の仲井間県知事の許可によって決着がついている問題だから、一刻も早く既成事実を積み上げることにあるのは明白だ。

もし、この秋の選挙で反対派の知事が当選した場合にはどうなるのだろう?
幾ら県の許可が既成事実だとしても、それを白紙に戻すことが適わないまでも、サスペンドで宙吊りにしてしまうことになりはしないか?そんな事態に立ち至れば、アメリカは得意の諜報戦略を駆使して知事の抹殺を企てたりするに違いない。兎に角アメリカCIAときたら何をしでかしても不思議は無い。

たまたまお盆の帰省往復の暇潰しに読んだ「極秘偵察」(ドルトン・ヒュアリー著・熊谷千尋訳)と言う戦争小説がある。これはアフガニスタンとパキスタンの国境付近に於いてCIAと戦争請負企業が行っている非公然作戦を描く小説で、アメリカがパキスタンの主権を無視して強襲部隊を送りこみ、ビン・ラーディンを殺害したことがモデルらしい。如何に小説とはいえ、政府やいわゆるテロ集団(複数)とのやり取りなど、真に迫った迫力があり、全く火の無いところ、空想だけではでは描けないような気がした。

この小説もさることながら、実際問題として、昭和27年4月28日サンフランシスコ条約発効によって確立されたと言われる日本の独立とか国家主権なんてものは本当に存在しているのだろうか?昭和20年8月15日の連合国に対する無条件降伏が形を変えて、アメリカに対しての無条件降伏が未だに続いているとしか思えない。国民には見えないところで占領国の命令指示のアンダーコントロール下にあるような気がしてならない。特に今の政権はその奴隷根性が酷すぎる。実に暗澹たる思いの降伏の日である。

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