故郷のお盆

一昨日と昨日にかけて故郷の長野市にお盆の墓参りをしに行ってきた。費用を考えて往復ともバスにした。往復で7,200円、JR新幹線の半分以下である。時間が多少掛かるのは仕方がない。火曜日の往路は土砂降りに雨で、その上渋滞に引っ掛かり70分遅れになった。それでも5時間弱、急ぐ旅でもないので別にどうと言うほどのことではない。むしろ長野駅前に到着する頃に雨が上がり、迎えに来てもらった弟と簡単な昼飯をしてから寺に行くと、雨上がりのしっとりした佇まいが、何とも落ち着いた墓地の雰囲気を醸し出していた。

我が家の墓はそんなに大きくは無いし、寺の方でもそこそこメンテナンスをしていると見えて、掃除もそんなに手間要らずだった。二人でざっと草をむしって掃き清め、雨上がりなので墓石もそんなに埃がついてもいなかったが、一応形通りに持参の水で洗い流して花を活け、線香を上げてお参りした。その後亡き兄の家に兄弟夫婦甥やら姪やらが参集。賑やかな飲み会になったが、我が家の参加者は小生のみで婆さんと長兄が病気療養中で欠席である。

兄弟の寄合も年々寂しくなるのは仕方があるまい。会話も段々生存者自身の健康上の心配やら、いざという場合の戒名やら葬式の段取りやらが真に迫ってくる。小生も癌宣告を受けたばかりで、いつ死ぬと決まったものではないが、話題がその辺になると如何に準備が不足しているかを改めて認識せざるを得ない。
墓に同行してもらった弟の甥や姪は、大人の線香臭い話には辟易した様子で、「早くお花市にいこうよ。」としきりに母の袖を引っ張る。姪は浴衣を着せてもらって団扇を背中に刺しているのだから、早く金魚すくいをしたり綿飴でも舐めたいのだろう。

考えてみると昔我々が子供の頃の親せきの寄合は、確かにこんなに年寄り連中がいなかったと思う。70歳代の年寄りが10人近くも集まって、あの世の話なんぞばかり聞かされたのでは、確かに子供たちには気の毒だったかもしれぬ。
しかし兄弟が生きているうちはいいが、こんな集まりもあと何年続くかである。そんなに遠くはない将来、兄弟が徐々に世を去りゆけば、既に40歳代になっている従兄妹同士が集まる機会は殆ど無くなってしまうだろう。

昨日の復路のバスは往路とは打って変わり、3時間半も掛からずに池袋についてしまったが、相変わらずそんな辛気臭いことを考えていた。これもお盆に相応しい旅行だったとも言える。そう言えば退屈した甥の子供(小学校5年生)から「伯母さんのお父さんは何と呼べばいいの?」と質問されて誰も答えられなかった。仕方がないので小生が「オジサンと呼んでおけばいいのさ。」と答えたが、年寄りはいい加減だな、と思っているに違いない。

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