2018年2月12日月曜日

一山越え

今日は亡き妻の満72歳の誕生日、そして浄土に旅立ってから49日目の法要を行った。今は目出度くあらゆる苦悩煩悩から解き放たれ、お釈迦様と同じ仏の位について永遠の穏やかさの中で微笑んでいることだろう。なんでも浄土には、娑婆では何人も避けられない別離の苦しみさえ無いそうだ。

妻の俗名は「美智子」畏れ多いが皇后陛下と同じ、戒名は「喜室智満信女」。法事の後のお斎の席で、妻の従妹の一人が「本当に素晴らしい戒名ですね。」と言ってくれた。この言葉が今日一番嬉しかった。参列者が近親のみの16人と少なかったのだから、お斎の席で、今日が故人の誕生日であることや戒名について坊さんから教えられたことを一席ぶとうかとも思ったが辞めてよかった。

感じてくれる人は感じてくれるものだ。彼女が中学校の先生だったことは知っていたが、国語の先生ではなかったような気がする。

アルプスの縦走みたいだが個人的には葬送の儀式はまだまだ続く。次は4月7日故郷の墓に納骨しなくてはならない。今日は1日目の山小屋にやっと辿り着いたような感じだ。

2018年2月4日日曜日

最近の報道から

少し前まで自民党内ではぐれ者扱いをされていた河野太郎と言う人物について、面白い奴だと思っていた時代もあった。しかしどこでどうしたのか知らぬが、安倍総理に大臣に取り立てられると、人が変わったのか地金が出たのか別人のように感じてしまう。特に今回のトランプ大統領の核兵器開発見直し発言に関し彼がすかさず発表した次の発言「「わが国を含む同盟国に対する拡大抑止へのコミットメントを明確にした。このような方針を示した今回の核態勢見直し(NPR)を高く評価する。」

私は勿論とんでもない発言だと思うが、国民の多くはどのように受け止めるのだろうか?我が国が戦後長い間守ってきた平和外交路線を、戦後生まれの若い青年がいとも簡単にかなぐり捨て戦争に突き進んでいるようだ。個人的にはこの世に未練を感じなくなっているのでどうでもいいが、この世をもっと楽しみたいと思っている方々には現在日本のありようは少しおかしく映っていることだろう。

2018年1月25日木曜日

やっぱり自己中か?

今年2度公開したブログに沢山の励ましのコメント頂きました。一々返信しませんが感謝しています。婆さんからは早くやめるように言われていましたが、悪い癖は中々直りそうにありません。これからも暇になったらボチボチ書きますのでよろしくお願いいたします。

心に空いた空洞は相変わらずだが、弔問客の無い日が多くなり時間に大分ゆとりができつつある。しかし新しいルーティンワークが増えているので、妻の生存中とは大違いだ。亭主が先に逝った女性はやがて生き生きと新生活に向かい、女房に先立たれた亭主は程なく後を追う、の意味がやっと分かった。亭主が先に逝けば、女房は物理的に仕事が減って、やがて精神的ストレス無くなりハッピーになって当たり前だ。

逆の場合は物理的時間的制約もストレスも真逆になる。なんでこんな当たり前なことが分からなかったのだろう。最後の最後まであらゆる負担を押し付けたまま逝かせてしまった。女性にとって人生最後の楽しい時間さえ与えなかったのだから、つくづく婆さんには申し訳ないことをしたと思う。そう考えると、ちっとばかり手間暇が増えることに文句をつけてる場合ではないかもしれぬ。罰が当たってそう遠くない時期に婆さんの後を追うことになっても仕方があるまい。

そう思いながらも、一方で必死に体調管理に気を使っているのだから笑えてくる。このところ新しいステージでの時間配分が大分できるようになってきた。第一が早寝早起き、10時前に寝て朝は6時前に起きる。ゴミ出しは大体6時半ころで隣の奥さんとほぼ同じ時刻。これまでは週末は普段と違うタイムスケジュールにしていたが、主婦と一緒だから土日は関係無い。特に土曜日は生ごみの出せる日だ。兎も角、土日に通っていたジムは解約してしまった。早起きしてるので、弔問客が来なくなり、相続関係の事務が終われば時間は幾らでもできるだろう。歩けばいいわけだ。

問題はやはり食事の管理だ。こればかりは如何ともなし難い。今週やっと炊飯に挑戦して飯の炊き方は分かったが、生卵のぶっかけ飯とインスタントラーメンだけではどうしようもない。運動と睡眠が何とかなっても栄養補給だけは相当に考える必要がありそうだ。新聞は断ったが、テレビも食事をしながら観るようになった。大分娑婆の風を感じるようにはなったが、まだ白木の位牌と骨壺との同居に変わりがない。今週末には婆さん宛に届いた年賀状に挨拶状を発送しようと思っている。49日法要の準備もせねばならない。

2018年1月19日金曜日

新しい気持ちで

あれから3週間、生活のステージが大きく変わり、まだ落ち着いたとは言い難いがブログを書く気持ちになった。

「人間諦めが肝心」はよく妻が口にしていた言葉だ。私もいつも全く同感だった。しかし妻が先月28日に突然世を去ったことは簡単に諦めきれない思いがあった。だが考えれば、こればかりは永遠に取り返しのつかないことである。いつまでもグジグジするのは我が家の家憲に反すると思い、頑張って身の回りの整理を進めている。娘たちから見るとこの態度が気に入らぬようだ。大分文句を言われたが、幸か不幸か娘たちにも大事な家族がいて、それぞれ忙しい事情を抱えている。そう頻繁に親父のところに顔を出すわけにはいかない。

かくして我が家は豊島区の未来を象徴するような完全な独居家庭となった。昨年までは何をするにも麻生太郎氏ではないが副総理兼財務大臣の妻に相談してきたが、今はすべて自分が判断して且実行しなければならない。これは結構きつい。家事万端と言うが、意思決定にしても実行にしてもこんなに多いとは夢にも思わなかった。専業主婦とは女性にとっての憧れの永久就職先なんてとんでもない。サラリーマンの方がよほど気楽だろう。パラサイトドーターが増える理由がよく分かった。

同年輩の友人は少なからずいるにはいるが、家庭問題で相談に乗ってもらえそうな人間は簡単には見つからない。故に一人で相当頭の体操を繰り返さなければならない。若い時から様々な人・家庭・葬式などを見たりしてきたが、自分の知っている世間なんぞ狭いものだ。出した結論が世の中に通用していくかどうかは分からないが、自分で決めた道だからそのまま進む以外あるまい。

今日は妻が応援していた区会議員が夫人同伴で2度目の弔問に来てくれた。2度目の弔問に来てくれたのは彼が初めてである。なんでも、彼がある政治家の秘書になりたての頃に我が妻がこう言ったらしい。「あなた政治家になりたいのでしょう。頑張りなさい、私が後援会員第1号になってあげる。」

間もなく彼も区会議員に立候補することになり、妻も言っていた通りになったそうだ。このことは奥さんも十分承知で、妻の料理が美味かったことを思い出として話してくれた。去る者日々に疎しで、葬式で涙してくれた近所の人たちも普通のご近所付き合いに戻っているし、旦那方は知らぬ顔の半兵衛が殆ど。そんな中で少し離れた場所に住んでいる議員が夫人を同伴して2度目の弔問をしてくれたことは少し驚きだ。確かに彼の選挙区内だから有権者には違いないが、彼の行動は年寄りの1票を当て込んだものでないことだけははっきり分かる。

2018年1月6日土曜日

突然ですが

暮の28日以来初めてパソコンを立ち上げました。手がかじかみしもやけで膨れ上がったせいか、キーボード操作も思うに任せません。

実は、暮の29日に48年連れ添った妻に先立たれてしまいました。死因は大動脈りゅう破裂で瞬間的に意識を失って倒れたようです。死に顔は実に安らかでした。このことを思い出すと今でも涙が湧いてきてしまいます。詳しいことはとても書けません。とにかく今はただ茫然自失ならぬよう気を張って忙しくしています。

パソコンを1週間ぶりに開いたのも葬儀社など葬儀関係の支払いを澄ますための心算でしたが、ブログの休止宣言もさせていただきます。正気に戻るのがいつになるか分かりませんが、当分は駄目だろうと思いますが、いつまでもこんな状態でよいとも思いません。

一言だけ申せば「婆さん」とは性格も大きく違いましたが、良き戦友でした。安心して子育てから家事全般、特に私の私の栄養管理と財務管理は任せきりでした。暮の最後の買い物に出かけて、ついでに立ち寄ったのがクリーニング店。私のシャツを渡すカウンター前で倒れて旅立ったようです。今年に入ってから医者通いは増えていましたが循環器系の既往症や予知は全くありませんでした。
ごくごく近親者だけの野辺送りとなってしまい、失礼をした方は多いと存じますが、故人にに免じてお許し願います。

たまに娘が来てくれますが、昨年暮れから今日に至るまでテレビや新聞は一切見ていませんし、人様とまともなコミニケションができる状態でありません。骨壺と独居老人の自宅にどう慣れるか訓練中の毎日です。

2017年12月28日木曜日

休日モード

年末28日、普通の勤め人ならご用納めだ。昔は電話機くらいしか機械が無いから、全員で不要な書類を破棄したりして机の上を整理し、一端事務所を奇麗にしてから、昼頃には出前の寿司でも取ってビールと冷酒を少し飲んで早々に職場を後にする、がお決まりのパターンだった。でも最近は、机の上に書類が山積みの職場は少ないだろうし、灰皿も無い方が多い筈。

掃除は委託先の小父さんか小母さんがしてくれるから、下手に手出しは出来まい。社員が休んでいても机上のパソコンは休みなしに動いている。企業や役所の生産性がどれほど向上しているか分からぬが、唸る程のボーナスを手にする勤め人はさほど多くはなさそうだ。管理職になればボーナス袋が縦に立つと言われた時代もあったが、残念ながら経験できなかった。

世の中が変わっているのは間違いないが、変わらぬこともある。今週は月曜日から商店街の外れにしめ縄や松飾りを売る仮設小屋が出て、門前に飾り付けを済ませた家も大分増えてきた。一昨日にはご近所の路地で家族総出で餅つきをするお宅があったので驚いた。田舎なら珍しくないだろうが、あの立派な木臼がどこにしまってあったのだろう?そんなに大きなお宅ではないが、蒸篭は何処は何処で蒸しているのかな?こちらの余計な心配はよそに、旦那さんが杵を一搗きする度に、奥さんが器用に返し手を入れていた。

東京では賃餅を依頼する先さえ無い筈、実に懐かしい感じだった。雑煮の餅は何処からどんな具合に調達するのか、一度婆さんに聞いてみようと思ったが未だ聞けていない。明日から約1週間は全国的に休日モードの筈だ。これは世界的に見ると相当めずらしい現象らしいが、世界中、特に北の若旦那には見習ってほしいような気がする。正月が明ければすぐ韓国で冬のオリンピック、これに北朝鮮が選手団を送ることを決めれば一安心だろうが、未だ態度がはっきりしていないようだ。

アメリカも同様のようだし、我が日本にも米朝開戦があることを歓迎しないまでも、必然として軍国主義を推進する一団が存在する。暮・正月ぐらい来し方を顧みて物事を冷静に考えてほしいものだ。

2017年12月27日水曜日

一旦緩急の際に

昨日の日経電子版に次の記事が掲載された。米中関係の緊張について、北京大学国際関係学院の賈慶国院長が語ったそうだ。詳細は省くが曰く「現実味増す米朝衝突」である。こちらも似たような報道として、中国の携帯電話会社の内部文書の流出から、習近平氏が「中朝国境に難民キャンプ中朝国境に難民キャンプ50万人収容の設置を命じた。」との話もある。何れも世界のお騒がせ案件となっている北朝鮮問題に関し、最も温和な方針、即ち対話による解決の主張を世界に発信し続けている中国の話である。

引き換え我が日本は総理自ら力による圧力を主張し、現段階では対話は無意味と言い切っている。力によると言っても力が無いのは誰が見ても明らかなので、アメリカの選択肢を100%支持するらしい。アメリカの選択肢が幾つあるか分からぬが、10やそこらでは収まるまい。中には金正男の暗殺や敵基地先制攻撃まであって当然だ。彼の国は戦争慣れしているので、多くの専門家が毎日それぞれのリスク評価をして、その日報を然るべきポジションに報告していることは想像に難くない。

誰もが分かっているそんなことより問題は我が国の対応である。アメリカと一緒に戦う決意を示すためだろうが、ミサイルを大量に買ったり、航空母艦の建造までちらつかせてくれるのも結構だ。そして実際にドンパチが始まった暁には、在日米軍の指示で我が自衛隊が遅滞なく行動が起こせるものとして、これも大いに結構としよう。さてその時我々凡俗の国民はどうすればいいのだろうか。日の丸の小旗を打ち振って出征する自衛隊員を見送るだけで良いのかね。万人が「お易いご用」ならそれまでだが、「俺は納得できない」とする人も少なくあるまい。

先日テレビのお笑い番組に出演した石破元防衛相がお笑い芸人の太田光に「北のミサイルの着弾地点が打ち上げと同時に計算出来て、迎撃ミサイルで対応可能なら、何故Jアラートをあんなに広範囲で鳴らすのですか?」と突っ込まれた。その時の答えがまた笑える。「迎撃ミサイルを運用するのは我が陸海空の自衛隊、Jアラートは消防庁所管のシステムですからなんです。」これが果たして笑いごとで済まされるのだろうか?

因みにソウル市の核シェルター整備率300%。人口3倍分の地下空間と補給品備蓄が用意されているそうだが、日本は0.02%とのこと。義勇公に奉ずる大和魂があるから大丈夫なのか?