2017年12月14日木曜日

寿命

午後に野暮用が入ったので、今日は少し早めにアップする。

昨日のテレビで都道府県別平均寿命のランキングの発表があったそうで、夕食時に話題になった。何でもこれまでは男性も女性も1位だった長野県から男性だけ陥落したとのこと。詳しくは聞かなかったが、男の平均年齢は多分82歳前後だろう。できればその歳まで生きてみたい気もするし、友人と話していると親父の年齢まではと言う人も多い。そうすると92歳だ。一方で最近は政府迄「人生100年時代」なんて言い始めている。

事実100歳の高齢者は増えているようで、年末に来た喪中案内を見ても95歳以上の高齢者を亡くされた通知が何通かあったし、親族にも90歳を超えたお年寄りが何人かいる。長命は実に目出度く結構なことではあるが、我が身のこととして思うと、長命が無条件結構とばかり言いきれない。健康で本人も楽しく周りに迷惑を掛けずに済めば大いに結構だ。しかし、ボケが酷くなれば自分はどう感じるか分からないし、周りの人が迷惑することだけは間違いない。

先日野球界の野村監督夫人が急逝されたとの報道があった。死因等詳しく分からないが、御年85歳で前日までピンピンされていたらしい。同じ部屋で寝ていた野村監督は朝起きる時から異変を感じていたようだが、目の前で亡くなられたことには流石ショックが大きかったように見受けた。がしかし、野村夫人の生き方死に方を報道で見聞きする分には羨ましさを禁じ得ない。婆さんは「あんたはストレスが無いから長生きできる。」とまるで医者の様な事を言うが、「俺にだってストレスなんざ一杯あるわさ。」と言い返したい。

何れにせよ己の寿命を云々するのは神を恐れぬ所業にもなりかねないので声高に言ってはいけないかもしれぬが、そんなことを考える年齢になっていることだけは事実だ。今日は既に年の瀬も半ばに差し掛かって、普段暇人を自称していても何かと雑用が多い。昔流に言えば間もなく1つ歳をとる勘定だ。一休禅師の狂歌「門松は冥土の旅の一里塚 目出度くもあり目出度くもなし」も上手いこと言うなぁ。

2017年12月13日水曜日

日本語の難しさ

小学生の頃は夏休みの日記も書けなくて、近所のお姉さんに代筆してもらったりしていたほどの勉強と宿題嫌いである。通信簿の評価は良かろうわけが無い。算数よりは少しましな国語でも綴り方なんぞ全然苦手だった。それがこの齢になってブログを書いているのだからお笑い種だが、本人にしても悩ましさは半端ではない。相当いい加減なことを書き綴っているが、日本語の基礎が出来ていないので、読者の方には意味不明と思われることが度々のことだと思う。

思うに日本語は語彙が豊富すぎて却って表現が難しくなるのではないか。小生も意味が曖昧なままに好んで古めかしい言葉を使いたがる口だが、この手合いは語彙が少ない者に限るようだ。気を付けなくてはいけないと思いつつ、ふと最近はやりの言葉を思い出した。「国益」である。1億2千万人からの国民総てに利益があれば国益と言えるかもしれない。

では、アメリカから言われたかどうか知らぬが、1千キロも飛んで北朝鮮のミサイル基地を攻撃できる高価な兵器を買うことは国益か?そうだと言う人もいれば、俺は関係ない、或いはそうは思わないと言う人もいるに違いない。憲法改正にしても似たようなことだろう、自衛隊を違憲とする憲法学者が多いのは自衛隊に対して失礼だ。だから早いとこ憲法を改正すべき、が一方の意見。自衛隊は合憲と認められているのだから、今のままで良いではないか、とする人も多い。

後者の改憲絡みの話は単に日本語の問題ではないかもしれぬが、日本の最高法規の表現方法についての問題であるのも確かだ。これからは「愛国心」なんかも世に氾濫することになるのだろうが、兎に角日本語は難しい。ブログを書く際に難しい日本語にはなるべく近づかないことだ。昔は似たような言葉で「大義」とか「正義」をよく聞いたが、最近あまり使われなくなったような気がする。

「大義」には「国益」に似た意味合いがありそうで使いたくないが、「正義」の方は昔大分流行ったように思う。鞍馬天狗ではないが弱い者の味方が「正義の味方」で誰にとっても分かりやすかった。最近は「正義」の意味もあいまいなところがあり、使いにくくなってきた気がする。

2017年12月12日火曜日

AIと人体

1週間前に書いたばかりだが、今盛んにもてはやされているAI(日本語に訳すと人工知能らしい)がどうもよく分からない。少しは理解の足しになるかと思って新書を1冊買って読んでみた。「人工知能と経済の未来ー2030年雇用大崩壊」(井上智洋著)、選択が間違っていたかもしれぬが著者は経済学者であった。こちらの理解度はと言うと益々混乱を来したとでも言うべきだろう。人工知能の発達で、いつの日にかは生身の人間に近いロボットが完成するだろうとの見立てになっている。

それならそれでも良いが、どっちにしてもこちらには無関係なことだ。最近のの宣伝を観ていたりすると、自動運転の自動車が登場しそうな雰囲気もあるが、既に運転をやめて久しい。家事ロボットも様々な宣伝が既に行われているが、家人の決まり文句は「埃がたまっても命には別条ないでしょう。」だったり「洗濯機は2槽式に限る。」で前者は手抜きで気にしない、後者は何で全自動でなきゃならぬのだ、手間を惜しむべきではない。と相矛盾しても平気である。

何れにしても我が家の機械化は相当以前に止まっている。電子レンジが無くて毎朝夕2食を温かく賄えることを誇りにしている婆さんの言うことだから抵抗すべくもない。恐ろしいもので、娘の一人は旦那が単身赴任した際に自分が使っていた電子レンジを持たせて、帰りに処分させ、以来母親に倣って電子レンジを使用していないらしい。お燗には便利だと思うが、娘がワイン派で旦那も自宅では日本酒嗜まない様だ。

もう一人の娘宅は旦那が電子技師の関係から、テレビを未だに箱型のものを使い続けているらしい。我が家には薄っぺらなテレビが3台あるので1台持っていったらどうかと薦めても、娘にも何か思うところがあるようで断られているとのこと。代わりにもう何年もBSで放送している「吉田類の酒場放浪記」と言う番組を毎週録画してDVDにブルーレイでない方式にカスタマイズして焼き、送っている。

婆さんが孫たちに言う決まり文句「脳みそは生きているうちに使いなさい。」があるが、脳みそだけでなく身体もできるだけ使った方が年寄りには良いだろうと思うこの頃である。

2017年12月11日月曜日

たかが一人、されど一人: ペテン師内閣と提灯マスコミ

たかが一人、されど一人: ペテン師内閣と提灯マスコミ: 昨日で特別国会が実質終了。この国会はいったい何だったのだろう?元はと言えば、今年の通常国会終了後、憲法に則った形で全野党から要求があった臨時国会を開かず(政権は例え議長の一言でも開いたと強弁するだろう)、総選挙に持ち込んで勝利を収めた与党が、総理指名だけを目的に開催を目論んだもの...

たかが一人、されど一人: 今年最後の紅葉

たかが一人、されど一人: 今年最後の紅葉: 今朝のテレビニュースによると、アメリカは来年2月の平昌(韓国)オリンピックへの正式参加を決めていないそうだ。アメリカはトランプ大統領だけでなく国を挙げて米朝危機を煽り始めている。国連代表は先週北朝鮮入りをして、対話の窓口を設けたとのことではあるが、米朝関係が一触即発の危機にあるこ...

今年最後の紅葉

今朝のテレビニュースによると、アメリカは来年2月の平昌(韓国)オリンピックへの正式参加を決めていないそうだ。アメリカはトランプ大統領だけでなく国を挙げて米朝危機を煽り始めている。国連代表は先週北朝鮮入りをして、対話の窓口を設けたとのことではあるが、米朝関係が一触即発の危機にあることは認めているので、何とも嫌な気分だ。日本の選手団結成はいつになるのだろう?早いとこ済ませてアメリカに催促してはどうかだ。

11月まで土日は午前中ジムで少し運動することにしていたが、先週から土曜日だけにして日曜日は休養日にすることにしてみた。昨日も午前中は年賀状制作に充て、午後から散歩を兼ねて目白の永青文庫に行ってみた。熊本の旧細川家(元都知事細川護熙氏のご先祖)のお宝展示館である。細川家のお宝は嘗て上野の国立歴史博物館で鑑賞したことがあり、その時の展示には如何にもお宝と言ったものが数多く出展されていた。しかしここの常設展示はその類は少なく、細川家の歴史を物語る古文書が中心である

場所も目白と聞いたので、何となくすぐご近所のつもりで出かけたが、結構な距離で歩きでもあったし、静かな場所で入館者が少ない。故にゆっくり鑑賞できたのもよかった。普段目白界隈を歩くことは無いので、改めてこの地域の環境を味わったが、我が豊島区、特に池袋に隣接するにも拘らず大違いである。学習院や日本女子大のキャンパスの他に椿山荘や田名角栄氏のお屋敷跡が立ち並ぶ。細川邸はその裏側、神田川に下って行った傾斜地にひっそり佇む風情である。

他の場所に単独で建っていれば、それなりに堂々たるものだろうが、目立たないというか探し当てるのが一苦労だった。東の向かい側に建つ屋敷の土塀が長すぎて中を伺うことが出来ない。永青文庫で聞いても屋敷の持ち主を知らないとの返事。文庫を後にして神田川まで降り、地下鉄有楽町線江戸川橋まで川沿いを散歩した。左手の斜面の裾は公園になっていて子供連れが何組か日向ぼっこを楽しんでいた。大部分椿山荘の所有地らしい。

嘗て山県有朋が屋敷を構えて作庭に励んだだけあって、斜面には多くの木が茂り紅葉が夕日に映え、過去の栄耀栄華を偲ばせていた。

2017年12月9日土曜日

ペテン師内閣と提灯マスコミ

昨日で特別国会が実質終了。この国会はいったい何だったのだろう?元はと言えば、今年の通常国会終了後、憲法に則った形で全野党から要求があった臨時国会を開かず(政権は例え議長の一言でも開いたと強弁するだろう)、総選挙に持ち込んで勝利を収めた与党が、総理指名だけを目的に開催を目論んだものだ。当初は所信表明さえ無しで済まそうとしていたが、流石この態度には与党内からも反論があったのだろう。

野党が要求した「モリカケ問題」追及が申し訳程度に出来る可能性を見せて、形だけ作って見せた。総理が出席する予算委員会は衆参両院で2日ずつ、合計4日のみ。安倍一族からすれば全て読み筋通りだったと言うことか?それでも野党の追及で、会計検査院報告に表れた森友学園用地払い下げのいかがわしさや、以前払い下げ申請された際の財務省見積もり発見など、新しい事実が国民の前に曝け出された。

事実を突きつけてもマスコミは反応しない。こいつらも何を勘違いしているのか、何の調査もしないで野党の追及不足と書きまくり、言いまくって、相撲業界の面白くも無いニュースを前面に持ってくる。まるで疑惑は何も無いのに、馬鹿な野党がいつまでも同じ質問をして時間を浪費している、と言わんばかりだ。質問は同じじゃないだろう、少しは自分でも調べてみてはどうか。

官邸で総理は本当に何もなかったかのような顔で、閣僚の真ん中でふんぞり返ってうすら笑いを浮かべている。これで禊が済んだような顔をされて、本当にいいのだろうか?庶民の財布から金を搾り上げ、友達の財布の利便を図る、こんな詐欺師、ペテン師もどきがいつまで最高権力を握るのだろうか?来年が思いやられる。