2025年5月21日水曜日

読後感「完本 小林一茶」井上ひさし著

 書店で手にし、内容をあまり吟味せずに一茶の伝記かと思い、買ってしまった。著者のことも少し知っていたつもりだったが、井上氏がこれ程までに資料の読み込みに力量ある劇作家、劇団<こまつ座>主催者とは知らなかった。芝居は家内が好きだったので何度か付き合ったが小生はそんなに詳しくないし、最近は全く観劇経験は無い。著者は、ここに書かれた「小林一茶」を何度も公演して芝居好きの人から好評を博していたようだ。

その脚本に入る前に一茶をめぐりいくつかの文章を掲げている。詳伝風でもあるし著者の思いを一茶との会話で表現したりで、実に興味深い。こまつ座の事務所、即ち著者の仕事場は現在の柳町にあった。信州から出てきた一茶が最初に住み着き俳句で飯を食う<業俳>活動を開始したのもこの界隈であったとのこと。俳句を詠みそれを記録して稼業にするには著者の想像として並々ならぬ努力が必要だったろうと書いている。

江戸時代に在ってはこの文化人を後援するお金持ちもいたらしい。名前を夏目成美と言う札差の大旦那。一茶はこの人物の世話になりながら貧乏長屋で暮らしていたとのこと。この人物も実在していた。時代考証は実に念がいっている。一茶自身が日記を克明に記していたこともあり、著者の考証に随分役立ったようだ。日記には一茶の女房のことが詳しく記され、特に毎夜のセックスについてまで記されていたらしい。

そこから発想したかどうかは分からぬが、著者は芝居の脚本を実に複雑な人間の表と裏の顔。また社会の表と裏をの関係を丁寧に書き込んでいく。しかし所詮は俳句の世界、今の出版界のように俳句に値段が付くわけもない。その点同じ芸事でも美術関係の方が少し益しだったのかもしれぬと勝手に想像したりした。その戯曲に入る前、著者は同じ俳人の金子兜太氏との対談2章をを設けている。これも興味深い、特に一茶より少し後で出てきた松尾芭蕉の時代になると、スポンサーも得体の知れない下町の札差から大名へと替わり、詠まれる俳句も大分優雅になってきていること等。興味深かった。

兎に角、文章を書いて生業とした著者は、ちょっと筋が悪い下町のお金持ちの世話になりながら生涯貧乏で終わってしまった一茶に特別な感情、思い入れがあったのかもしれぬ。

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