晴れて強い風が吹いてるせいだろう、昨日まで東京を覆っていた黄砂がなくなり快晴になった。子供が居る気の早い家庭の窓には小さな鯉幟が泳いでいる。今日は4月19日、我が結婚記念日だ(44年4月19日)。久しぶりに古いアルバムをひっぱりだして、午前中1時間ほど掛けてゆっくり昔を思った。中に披露宴を挙げた長野の料亭が用意したサイン帳があって、出席者全員が一筆ずつ言葉を記してくれている。友人も多いが、年上の方は全員泉下の人となっている。それぞれ残してもらった言葉は味わい深い。
写真も古いものは全部モノクロで画像がぼやけ始めている。版も小さく既に顔の細部は識別が難しいが、当時のことが記憶に蘇ってくる。7年前に他界した家内の事が書かれた新聞記事などもあり、改めて読み直すと小生には過ぎた女房だったと実感。何時も独断と偏見に満ちたことばかり書いているが、幼い頃から現在に至るまでこんなに沢山の人との縁や繋がりがあったことを改めて深く思う。何も我が身だけではないだろうが、他人無くして自分は生きられない。これからも先人や友人のアドバイスを噛み締めて、人様から後ろ指を指されることが無いようにしなければいけぬと、改めて思った。
最近の写真はすべてデジタル化ですぐに見ることは可能だが、自分が死んだら後は誰にも分からない。それはさっぱりして子や孫たちに便利だろうと思う反面、ちょっと味気無さすぎる気がしないでもない。しかし過去に特段の業績が無いのだからそれが良いのかも。今日のブログは少し感傷的になりすぎたかも知れぬ。
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