2023年3月10日金曜日

家族の肖像

 平均年齢を超える長生きをしてるので普通だったら知らないことを知る機会を得た。余談ながら記す。甥の子供を「姪孫(てっそん)」とよぶとのこと。今週は義理の姉が亡くなったことに関連して少しばかり家庭内のことに関わった。5人兄弟の3男なので、昔から難しい問題には関わらず全て兄任せできたが、兄が二人共亡くなった今となるとそうも言っていられない。しかも現存している唯一人の弟は元気であって小生よりしっかりしてるが、他家に養子に行ってるので彼に何でも押し付けるわけにもいかぬ。さもないと子どもたちや甥姪たちから誹りを受けかねない。

昔次兄が生存中に、我が家の家系図を作って説明してくれたことがあったが、その家系図はまさか捨てたとも思わないが、見当たらないので困ったものだ。兄弟の結婚式の写真は、ある場所は見当がついているが、戸棚の奥のダンボールの中で、引っ張り出すまでの気力が沸かない。自分自身の写真でさえパソコンで確認できるクラウド上のものしか探す手間が惜しい。高校生の頃までは写真帳を買ってきて、1枚1枚を丁寧に写真帳に貼る手間を惜しまなかったのに何と怠惰なことだろうか。嘆かわしい限りだが、結構思い当たる方が多いかもしれない。

現代人は殆どスマホを持っているので、カメラを常時持ち歩いている。スマホの中に取り込む写真は人によって異なるだろうが、膨大な枚数だろう。しかし、その中に家族の肖像と言える写真は意外と少ないのではなかろうか。少なくと小生の場合は皆無に近い。母方の祖父は実にこまめな方で、家族全員が写真屋さんまで揃って足を運んだ記念写真が何枚もあり、それを大切な写真帳として残していた。母もその1冊を嫁入りの際に持参したようで、最後の方に父が南方に出征する直前に撮った家族写真が貼ってあった。

弟は赤ん坊で子供は小生が一番小さい。あの写真帳は未だ長野の兄の家にあるはずだ。だがその家にはもう誰も住んでいない。甥も東京在住だから遠からず処分されるかもしれぬ。兄たちの家の処分については小生に口出しする権利は皆無なので少し心配でもある。今回義理の姉の葬式に関わることになったので、近く甥や姪たちとも久しぶりに会うことになるのでそんな事も少し話しをしてみたい。核家族の今だから仕方ないかもしれぬが、我が家には父や母の写真は飾ってない。

テレビなんかで観てても、田舎の古い家には必ずと言えるほどご先祖らしき人の写真が飾ってある。昔は、あんな写真があると扱いに困るだろう、なんて思っていたが、最近は大分考えが変わり、先祖の肖像が大切だと思い始めている。

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