2021年9月30日木曜日

古巣を顧みて

 また月末になってしまった。唯一の取り柄はコロナに関して出ていた緊急事態宣言なるものがやっと終わるらしい。やっと食事の時に飲みたければビールの1杯を注文できる。飲料の販売に関わる職業の人も喜んでいるだろうが、こちらも同じ気分と言える。しかしコロナの先行きに関して政府が保証できるものは何も無いのも明らかだ。なんと言っても新規感染者が減ってきている理由は誰にも明確に説明ができないからだ。

要するに「後は野となれ山となれ」の解除だから、年内にまた宣言発出となる可能性を指摘する専門家もいるが、マスコミは取り上げない。まるでコロナ問題は終わったかのようだ。新規陽性者は確かに激減しているが、自宅療養中の患者は未だ3万人を越しているのだ。マスコミの問題意識はその日暮らし、過去の検証も将来展望も関係ないことがよく分かる。何度も指摘してきたが、マスコミも自らの存在意義を意識して読者視聴者にアッピールしないと、巡り巡って最後は自分が潰れてしまうのではないか。

大手の新聞社や放送局の社員は、自分の会社が潰れるなんてあり得ないと思っているのだろう。街中から書店が次々に姿を消しつつあり、出版物の売上が減少している事実は承知だろう。新聞だってサンケイなんかとっくの昔に一度潰れている。毎日なんかも似たようなものだろう。朝日や読売なら安心かと言えばそうではあるまい。全国紙の勧誘が連日郵便受けに入っているので、これが減っているのもよく分かる。

先日久し振りに新幹線に乗車した時に新聞を買ってみた。内容の薄さは勿論だが、広告の薄さも哀れを誘った。テレビもチャンネルは増えているが観たいと思う番組が本当に少なくなっている。半ば強制的に視聴料を払わされているNHKも6チャンネルあるようだが、ずっと毎日観ている19時のニュースくらいだ。この時間に合わせて首相記者会見がライブで放送されることが最近しばしばあるのも腹立たしい。要するに内容が薄いと思う。娯楽番組も観たくなるような番組が無い。

他界した親父がずっと楽しみにしていた日曜日の「素人のど自慢」も最近はコロナの影響で開催出来ないらしい。最近はBS1で「時論・公論」を毎朝5:50から10分間観るようになったのが唯一の取り柄かもしれぬ。一方民間放送は目も当てられるぬ。番組構成は10年1日の上、出演者がご粗末すぎる。これは放送局を取り巻くヤクザな芸能界を思えば仕方ないのだろう。広告も借金関係や葬式関係のコマーシャルの多さには辟易するばかりだ。

マスコミ界で飯を食わせてもらったくせに、つまらぬことばかり書き連ねてしまった、反省しよう。

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