2021年8月6日金曜日

読後感「上海にて」堀田善衛著

 書店でこの書を何気なく手にするまで、著者についての知識は全く無かった。敢えて言えば読みやすそうな本の薄さと価格の安さに(本体:580円+税)に惹かれただけのことだった。ところが、3日ほど掛けて通読し、大江健三郎氏の解説を読み終わると、なにか凄い本を読んだことに気が付き、すぐに読み直してしまった。

堀田善衛氏は1918年生まれ、慶應義塾文学部(仏文)出身で、終戦直後は評論家、小説家として有名だったらしい。wikiには「中国国民党宣伝部に徴用された経験をもとにした作品で作家デビューし、1951年に芥川賞受賞」とも記されている。受賞作品は「広場の孤独」。恐らく本書はそのネタ本とも言えるに違いない。

堀田氏は終戦直前1945年3月上海に渡り、8月の終戦を迎える。当然敗戦国民として国民政府に捕まり、そのまま国民党宣伝部に徴用され、翌1946年の12月釈放されて帰国する。そして日本の文壇デビューをして活躍を始め、1956年インド訪問を皮切りに諸外国を次々に訪問している。本書は1957年秋に中野重治氏、井上靖氏、本多秋五氏、山本健吉氏、十返肇氏、多田祐計氏と招かれて上海を訪れたことを書いた言わば随筆のようなものだ。

現代日本は、アジアの中で先進国と自他ともに認められる存在になっていることに疑いを持つ人はいないだろう。中国についても経済的には日本を凌ぎ、アメリカと肩を並べると世界的な大国となっていることも同じだ。台湾は中国の1国2制度と言う複雑な環境下にあり、日本では少し色眼鏡で見られているかもしれぬが、中国の文化圏であることは認めざるを得ない。

終戦を挟む1年9ヶ月を過ごした文学者が、11年ぶりに見た上海をどうのように見て感じたかである。終戦前後の混沌は大分落ち着いていたようだが、著者の受け止めは複雑だ。文中印象的な箇所が何箇所もある。著者が心配しているのは勿論国交の回復だ。しかし国交が回復できても、それが両国にとって真の友好に至るかどうかを憂慮している。何故か、両国の社会と文化があまりにも大きく異るからだ。

話が飛躍するが、最近の中国指導者習近平氏について、日本では彼が毛沢東のような独裁者になることを目指していると評論する向きが多い。彼等は毛沢東をどれほど知っているかが気になる。毛沢東は日本が負け、中国が勝ったことをどう受け止めたのか?著者堀田氏は中国の勝利を「惨勝」と称している。毛沢東の共産党軍が蒋介石の国民政府を台湾に追い落とし、中華人民共和国が成立したのは1945年の終戦から4年後、共産党結党以来28年後のことだ。

毛沢東が拘った開放とは何を意味したか?少なくても敗戦を終戦とし、後には戦犯が首相に就任し、何事も部分的な辻褄合わせで済ます日本人には考えにくい中国人指導者の大きなスケール感、そこを著者堀田氏は読者に問いかけていると思う。

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