2021年4月4日日曜日

伝承の課題

 今日は誕生日、目出度く満81歳になったということで、早朝から長女一家3人が揃って祝いに来てくれた。孫も先日小学校を卒業して今週から中学生、卒業式や中学校制服姿の写真なども持参して色んな話を聞かせて貰った。子供や孫の話を聞くのは楽しいが、彼らにこちらから果たして何を伝えられるかが少し心配にもなる。80年以上の長い人生を通じて、両親や祖父母を凌ぐようなことは何一つ果たせていないが、ある種の精神、言い換えれば哲学的なものは相当引き継いでいるつもりだ。

孫たちの人生がどんなものになるかは想像できないが、自分が先祖から引き継いだと思っている良いところを一分でも継承してくれるならば最高の喜びとすべきだろう。話が少し飛躍する。大分前になるが偶然観ることなったBSテレビの番組で昭和中期の3代首相、岸信介氏、池田勇人氏、佐藤栄作氏の逸話を編集したドキュメンタリーを観た。途中からだったので岸信介氏については残念ながら内容の全ては観ていない。

兎も角、岸氏の首相就任が1956年(昭和31年)の3月で佐藤氏の退陣が1972年(昭和47年)の7月だから、こちらが高校生になった頃から実社会に出て約10年かなり活躍した時代だから、人生で最も重要かつ充実した時代に相当する。当時を振り返ると、番組で紹介されたシーンはそれぞ明確な記憶はある。しかし如何せんよくもこれほどと思うくらい政治に対して無関心だったのも事実。従って番組を観て改めて当時の政治家が終戦以来の重い宿題を引き継ぎ、一人一テーマのような形でこなしていった道筋を知り、改めて当時の政治家を見直した。

三人の首相が成し遂げた宿題は岸氏については日米安全保障条約の改正、未だ片務性は残っているが、吉田氏がサンフランシスコ条約締結式に出席した際に、一人だけ別室の呼び込まれてサインさせられたものからはかなり進歩したものだったらしい。池田氏は貧困からの脱出、所得倍増の10年計画(実際は5年で成功している)。佐藤氏は沖縄返還、これ無くして戦争終結とは言えないと当時言われた。

3人共この重い課題を成し遂げて自ら首相の座を去っている。この3人の後から田中内閣、福田内閣、大平内閣と続くことになるが、田中氏は日中国交回復をしとげ、福田氏や大平氏も現代の政治家とは比較にならない国家の重い課題を背負ったものの先に上げた3人と比較すると課題が大分小さくなったように思う。佐藤氏までは歴史を踏まえた国家的課題に対する個人的な信念を感じるが、田中氏以降は歴史より未来を探り、与野党が対立する中で国民が喜びそうなことを模索し始めたように思う。

2 件のコメント:

呑兵衛あな さんのコメント...

NHKの先祖探しではありませんが、爺さんは自分が気かじった事を子孫のために伝える工夫をされたら如何ですか。
余談ですが、2016年時点のWikiPedia「安倍晋三」には面白い事が書かれていました。
現在当該記事は綺麗に存在しないページになっています。WikiPediaで完全抹消できるとは知りませんでした。
しかし私は当時無断引用していますので、暇な折にでも覗いてください。
https://nono634.blog.fc2.com/blog-entry-2132.html
後からWikiPedia記事を完全抹消するとは恐れ入りますが、消さなければならないほどバカバカしい出来事かも知れません。
とは言うものの、親子ともにそれらしい記述を残したWikiPedia頁も有りますから、状況不明確です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89#%E7%B3%BB%E8%AD%9C
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E5%A4%AA%E9%83%8E#%E7%B3%BB%E8%AD%9C

senkawa爺 さんのコメント...

呑兵衛あなさん

いつも貴重なコメントをありがとうございます。
貴兄のブログ<詐称したからと言って>や安倍氏の履歴の詳細が書かれた現在削除されているwikiも興味深く読ませて頂きました。

私個人の問題としては、子や孫たちが私の生き方から学ぶべきと感じたことが少しでもあれば、それで十分です。ブログでさえたまには読んでくれているかもしれませんが、むしろ遠い親戚の子のほうが多そうです。