2020年7月10日金曜日

読後感「走狗」伊藤潤 著

著者は既に高名な歴史小説作家のようだが初めて作品を手にした。感想の第一は「久しぶりに面白い小説を読ませてもらった。」我が人生のこれまでで言えば歴史小説を好んで読んできたような気もするが、その中で読んだ作品の多さなどから敢えて第一人者を上げるとすれば司馬遼太郎氏かもしれぬ。司馬氏の小説も読みやすく面白いのが特徴だったように思うが、伊藤氏のこの小説はそれにも増して面白いとも言える。

明治維新前後に活躍した人物に関しては、多くの作家が様々な角度から人物を選んで小説化している。小説化された人物は西郷隆盛を筆頭に薩摩関係者が多いのは言うまでもない。しかし今回の主人公川路利良を取り上げた小説は無かったのか、読んだ記憶がない。今回(あとがき)を書いた鹿児島県出身の俳優・榎木孝明氏によると冒頭に次のように書かれている「歴史に興味を持っていいる鹿児島県人にとって、川路利良は大久保利通と並び二大嫌われ者という認識が高い。」

西郷隆盛を死に追いやった張本人代表格ということらしいのでそれは納得したが、もう一点気になったのが本書のタイトルだ。「走狗」と言う言葉はどう読んでも好印象に繋がらない否定的な意味を持っている。書店で本書に違和感を覚えて思わず手にした理由もそこにあった。確かに本書は主人公を含め登場人物を美化することには拘らず、時代の流れに乗って生き抜いた者、流れに飲み込まれて無念の死に至った者全てを公平に見ようとする作者の意図がはっきりしている。

小説家の心理として19世紀末に起こった明治維新と言う社会現象を100年近く経って、一種のロマンとして捉えたのが司馬遼太郎氏だったかもしれぬ。更に半世紀の時を経て、著者の伊藤氏はそこをロマンではなく、さればとて悲劇とすることもなく、できるだけ冷静に見つめているように思う。日本に起きた事実はしっかり踏まえた上で、小説の要素的には大きなロマンを盛り込み悲劇的要素もたっぷり取り込んでいる。

主人公を取り巻く維新の立役者の絡みも、歴史的事実から乖離しない配慮はあると思うが、新しい解釈も当然加わり、それぞれの人物像が生々しく描かれている。息もつかせぬ面白さだったし、勉強にもなった。

0 件のコメント: