昭和95年

正月3日になって元日に届いた年賀状を読み直した。年賀状を習慣的に書き始めた頃、多分30代前半かと思うが、当時のある知識人が「年賀状を印刷するのは非常に失礼千万」と何かで言っていたように記憶している。今思うと笑い話だ。こちらからもう出さないと勝手に決めて横着を決め込んでいるのに頂戴した数十枚の年賀状、宛名書きと本文の両面印刷が殆どで両面手書きはたった1通だけ。本文は全てが印刷されている。

しかし印刷のほうが情報量が圧倒的に多く、差出人の近況や思いがよく伝わり読んでいて楽しい。特に最近は写真を添えてくださる人が多い。中には面白いものがあって、印刷された写真や文面に添えて昭和95年と書き添えたものがあった。長女一家からのものだ。両親が亡くなる前後には明治は遠くなりにけりと感じていたが、娘も我が振る舞いを見ながらそう感じているのだろう。

昭和15年生まれだから今年の4月には満80歳。誰が言い出したか知らぬが人生100年時代なんて馬鹿なことを言う人も多い昨今。今朝明け方に変な初夢を見た。「もういい加減にしなさい!」別に叱っているようでもないが、起きても脳裏にこびりついている。ブログなんて下らないことは早く止めなさい、家内が言っていた口調にも似ているような気がする。これは昨夜早寝で明け方早起きしすぎ、薄暗闇の中で自らが考えていたのかもしれぬ。

70歳の坂を越してから10年間、思えば歳不相応に好きなことをしてきたものだ。中にはもっとしたいことが無い訳ではない。スキー、山歩き、囲碁、日中徘徊1万歩、ブログ書き、しかし考えれば欲には切りがない、どこかで諦めるというか切りをつけないといけないのかもしれぬ。これも家内がよく言っていた科白で「諦めの良いのが我が家の家風だからね。」この科白が脳みそに刷り込まれているのだろう。確かに何事にも辞め時、潮時はある。高校同窓会幹事も既に上から2番目、はるか後輩が会長している会に偉そうな顔をして出る意味があるのだろうか?等々

そんな事を色々考える昭和95年になりそうだ。

コメント

信州爺 さんのコメント…
sennkawa 爺 様

 コメントのテストをさせていただきます。
巧く送信できればいいのですが。

 そうですね。昭和から95年ですね。我々の青春時代がはるか遠く霞むのも
むりがありませんね。誰にも何時かは潮時は来るのですが、そ人なりのソフトランディング
を心がけたいものですね。

 信州爺
senkawa爺 さんの投稿…
信州爺 さん
不具合が治ったようです。
早速の投稿ありがとうございます。
今年もよろしくお願いします。

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