永遠の敗戦

真夏の暑さはどうしても8月15日の敗戦の思い出に繋がる。今日は広島に原爆が投下された日、そして9日が長崎と続く。当時は既に5歳で幼稚園に通っていたが、夏休みであったせいだろうか原爆投下のニュースを聞いた記憶がない。記憶にあるのは日付までは覚えていないが、この頃長野市内にも深夜に空襲警報が発せられ、母や祖母たちに連れられ市内北の山裾、しぐれ沢なる所まで避難したことだけ覚えている。

後は終戦の詔勅が発せられた15日の光景だ。晴れた空と座敷で泣き崩れていた母と祖母と叔母。その後暫くは敗戦国民として人並みの苦労は経験してきた。しかし小生も齢既に78、敗戦という言葉さえ意味を知らない年齢の人が多い昨今だ。後から知ることになったが、当時日本は世界平和に著しい損害を与えた国家として、連合国側から厳しい制裁を受けていた。占領軍司令官マッカーサー氏は「日本をアジアの最貧民国に落とす」と明言していたそうだ。これは国民生活の万般に及んでいたが、敗戦後5年目、昭和25年に朝鮮戦争が勃発することで風向きが変わった。

アメリカのご都合主義は今と変わらず、共産主義に対抗するためには占領国日本の協力が欠かせないことになってしまった訳だ。この朝鮮戦争が長引いたことで日本は思いもかけず命拾いをしたような格好になったとは言え、連合国側と真の和解が成立しているかどうかは怪しいものだ。

何故ならば、アメリカのご都合主義のお陰で今や日本はアジアの最貧国ではないが、独立主権国家としての国際的地位や名誉が果たして復活しているのだろうか。大いに疑問を感じる人も少なくあるまい。日本は一時アメリカの経済学者から経済大国と 持ち上げられたことさえある。しかしその時、アメリカ国内には猛烈な反発が生じたと思う。結局1989年を最後に日本はデフレ不況のどん底に突き落とされ、以来貧国への道を辿り続けている。

日銀と現政権は今やデフレで無いから、失われた20年と言い張るがとんでもない。間違いなく30年間デフレは続いている。今年の3月日本経済新聞が発表した「ニッポンの賃金」に依れば1997年を100とした場合、2017年の先進諸国の賃金は、伸びが最低のドイツでさえ155%、英米などは180%、日本だけがマイナスの約90%。国民が政府になめられていることは、トヨタなど国際企業の賃金動向を見れば一目瞭然だ。

トヨタ自動車はアメリカに生産拠点を移し、現地で約13万人を雇用している。アメリカトヨタの労働者の賃金は間違いなく増え続けているのに、日本トヨタの社員の給料は減り続けている。これを問題視する人の少ないのが不思議でならぬ。故に前回の選挙でれいわ維新に清き2票を投じた訳だ。

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