読書考

理由など詳しく知らぬが、今日は英国がEU(ヨーロッパ連合)から正式に離脱(午後11時、日本時間では明朝8時)する日の筈だ。ところがどうもそのようには運ばないらしい。このことについて将来予想を含め筋の通った解説の報道は見当たらない。ま、日本だけでなく肝心のヨーロッパにもいないのかもしれぬ。英国と言えば民主主義の手本みたいに言われ、日本の政治も多く真似しているようだが、民主主義も厄介な代物だ。

このドタバタが我が生活に及ぼす影響の程は分かり兼ねるので取り敢えず措くことにして、昨日国会図書館でふと思った。暇潰しによく利用させてもらうこの巨大な図書館の蔵書は、図書だけで1千万冊を軽く超えている。いつもその日の気分で、適当な本を選んで読んでいるが、この読書が我が知性に及ぼす影響も英国のEU離脱と大差ないのは残念なことだ。読書はもっと真剣なものでなくてならないような気もする。

昨日読んだ本に書かれていたことによれば、江戸時代の心ある武家に生まれた男の子は物心がつくと親から読み書きを習い、14~5歳までには所謂四書五経を諳んじるくらいは当たり前だったそうだ。この教育的目的もさて置き、多くの書物を読むことと、少数の書物を諳んじるほど読むことを比較するに、どちらが知性への影響が多いかである。小生は、それは後者に決まっていると言いたい。

更にややこしくなるが、知性とは何ぞや、なることも悩ましい。知性とは知識か知恵かである。知識は吸収するもので知恵は出すものだとも書いてあった。言われて見ればそうかもしれぬ。であれば知性とはやや知恵に近いのかな。風が吹いて桶屋が儲かったみたい話になったが、多読は時間潰し以外の何物でもないことが分かった。

知性とは無縁の80歳に喃々とする老人が今さら感心する話でもないだろうが、銭のかからない暇潰しには図書館読書が一番だ。

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